Thinking TODAY

[ 2009.11.5 ]

日本の成長戦略:サービス業の生産性は低いのか

政策・経済研究センター 大島一宏

民主党新政権の政策の方向性が徐々に見えつつあるなかで、ほとんど忘れ去られたと思われる議論がある。「日本の成長戦略」である。これまでも具体論には乏しかったものの、問題意識はある程度強かったと思われる。そうした議論の背景の一つとして、「日本のサービス業の生産性は国際的にみて低いので、ここが日本経済の最大の問題点の1つである」という認識があった。しかし、現在、研修のため、米国ワシントンDCにいる私から見ると、こうした認識はむしろ誤っているのではないか、という考えをもつようになった。

まず数字の議論は横に置き、全くの個人的な感覚ではあるが、ワシントンDCのサービスの質はきわめて低い。一方、日本のサービスの生産性は、根本的に高いと感じる。買い物に行くとしよう。スーパーにしろ、コンビニエンスストア、ドラッグストアにしろ、米国(少なくともDC)ではレジの前に人が列を成しており、いつもかなり待たされる。スターバックスでも同様である。一方、日本の場合、コンビニなどではレジの前に2人と並べば、店員がとんできて、会計の対応をしてくれる。米国のレジの店員は、きわめて動作が遅く、しかも雑である。これらを比べてどちらが優秀な店員かといえば、処理スピードの観点からも、仕事の丁寧さの観点からも、明らかに日本に軍配が上がる。

では数字をチェックしてみよう。サービス業の生産性を国際的に見ると、日本の生産性は米国のおよそ7割程度という結果がある。こうした分析を受けて、「日本の生産性を引き下げているのはサービス業である」「サービス業従事者の生産性を上げなければならない」といった政策提言めいたものをよく見かける。果たして事実は正しく見られているのか。

これは計測・数字の問題なのではないか。米国の場合は、配置している店員の数が少ないように思える。生産性を計算するときは、店の売上げ(ないし付加価値)を分子とし、店員の数を分母として割る。その結果、米国の一人当たりの生産性が数字上高くなるのは当然だ。日本の場合は、同じ売上げ高に対して、配置しているスタッフの数が多い。そのため、いかによい仕事をしても、データ上は生産性が低いように見えるのだ。もしこの仮説が正しいとすれば、「サービス業の生産性が低い」とする議論は、懸命にサービス業で働く人々に対してきわめて失礼な事実認識である。

計算された数字だけを見て、日本は過剰サービスだから、消費者がサービスの品質の低下を受け入れればこの問題は解決できる、そうすれば国際競争力も高まるという意見がある。しかし少し考えてほしい。第一に経済というものは、数字上1人当たりの生産性を上げることが究極の目的ではない。そこに住む人々の経済厚生(満足度)の最大化こそが目標である。データ上で生産性が上がっても、人々の満足度が低下してしまっては意味がないのだ。また、店員の数を減らして(分母を小さくして)数字上の生産性を上昇できたとしても、国際競争力が高まるわけではない。あるべきソリューションとしては、「過剰サービスだからそれをやめればよい」というところから一歩進み、もしサービス業の店員の数を減らしたなら、そこで浮いた労働力を新たにどこにシフトさせて、さらに日本全体の生産力を高めるかを考えていく必要がある。「サービス業の生産性が低い」という誤った事実認識を前提に政府の政策が組まれるのであれば、当然打たれる政策も誤ることになる。

では、労働力をどこにシフトさせるか。答えは簡単ではないが、解をシンプルに探せば、中長期的に見て、これから需要のありそうな分野ということになる。その分野は単純には、海外というほかない。そうだとすると、世界の最大消費国という観点から、中国が1つのカギとなる。中国が消費国としてのプレゼンスを高めれば、おのずとここにグッズやサービスを供給できる国が強くなる。中国の貯蓄率が高く、消費を控えがちということであれば、その裏返しとして金融ビジネス、資産運用のチャンスが眠っている。こうした機会を雇用にうまくつなげることが国際競争力向上につながっていく。

誤った課題設定からは望ましい政策は作れない。

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