Thinking TODAY
[ 2010.1.27 ]
ツイッター日本進出1周年:「140文字のお喋り」はなぜ面白いのか?
情報技術研究センター 研究員 小関悠
昨年のインターネット界隈を振り返ったとき、ツイッター(Twitter)は欠かせないトピックだろう。アメリカ産のウェブサービスであるツイッターに対し、日本のデジタルガレージが資本・業務提携を発表したのは2009年1月7日。その頃、ツイッターを知っているのは業界関係者くらいだったが、4月に日本版が登場すると、その人気は急速に拡大した。
ツイッターのブームは日本だけではない。米Global Language Monitorは2009年の流行語として、オバマ米大統領や新型インフルエンザではなくツイッターを選出した。Googleでも昨年1年間に最も検索された言葉は、マイケル・ジャクソンを押えたツイッターだった。
そもそもツイッターとは何か。ツイッターの誕生は2006年7月。ジャック・ドーシーらが始めた「ミニブログ」「マイクロブログ」などと呼ばれるサービスである。ただし、従来のブログが日記、記事、レポートなどの発信に用いられていたのに対し、ミニブログはごく短い文章を発信するために作られている。実際、ツイッターは1回に140字までしか発信できない。日々のちょっとした出来事を書くよう設計されているのだ。Twitは「さえずり」(日本版の翻訳は「つぶやき」)という意味であり、ブログが「log=記録する」から派生していることと比較しても、その違いが読み取れる。
現在、全世界のツイッターアカウント数は約1億。日本だけでも約450万と言われている。単に利用者が多いというのではなく、企業(国内で公式に発表されているだけで数百社)、政治家、スポーツ選手や芸能人などが多数利用しているという点も大きな特長だ。鳩山首相も今年に入ってツイッターを開始し、話題を呼んだ。
ではツイッターはなぜ流行っているのか。簡潔に言うなら、「私たちはお喋りに飢えていた」ということになるだろう。ブログを始めるにはいろいろな設定が必要だが、ツイッターは自分の名前さえ決めれば、あとは好きなようにつぶやくことができる。挨拶、呼びかけ、質問、愚痴、議論……何でもいい。1つ1つを見るとあまりに散漫で、何が面白いのか分からない、時間の無駄という声も聞かれる。しかしお喋りというのは、得てしてそういうものではないだろうか。
もっとも、ツイッターが特別に斬新だったわけではない。これまでもインターネットを利用することで、私たちは手軽なコミュニケーションを楽しんできた。メール、ニュースグループ、チャット、メッセンジャー、あるいはSNSやネットゲームもそうだ。実はジャック・ドーシーも、当初はメッセンジャーの開発を考えていたという。
ところが、そうしたコミュニケーション・ツールは、いずれも使われていくうちに手軽さが失われてしまう傾向にある。例えば、電子メールは今やコンプライアンスの対象だ。SNSは友人しか見ないので安心というメリットがある一方、本音を書きづらいという「SNS疲れ」をもたらしている。匿名で手軽に楽しめるネットゲームは、ネット上のコミュニケーションに依存してしまう「ネトゲ廃人」を生み落とした。ツイッターも例外でなく、初心者にはわかりにくい独自のマナーが生まれつつあり、一部では「ツイッターはしんどい」という声も聞こえ始めている。日常のお喋りが、楽しいけれど気遣いで疲れることもあるというのとまったく同じだ。
とはいえ、お喋りのニーズがなくなることはない。もしツイッターが複雑化したら、また次のサービスが生まれるだろう。2009年のツイッターは、利用者急増に加え、Googleやマイクロソフトという超大企業との提携で黒字化も達成した。この勢いがずっと続くかどうかは、移ろいやすい私たちから気軽なお喋りを引き出せるか否かにかかっている。

