エコノミックインサイト

MRIエコノミックレビュー人材日本

春闘2024が示す日本経済の変化

デフレ脱却は生産性向上の好機

タグから探す

2024.3.26

政策・経済センター堂本健太

人材

POINT

  • 前年超えの2024年春闘賃上げ率。中小企業にも裾野拡大の兆し。
  • 賃金と物価の好循環は目前に。日本銀行は金融政策正常化に着手。
  • デフレからの脱却を契機に日本経済の生産性向上を。

カギを握る賃金の動向は?

2024年、日本経済は大きな節目を迎えている。消費者物価指数(除く生鮮食品)の伸び率は2月まで23カ月連続で2%以上となり、長年の低インフレから抜け出しつつある。物価上昇の影響もあって、国内で創出される付加価値総額を示す名目GDP(国内総生産)は600兆円超と、東日本大震災翌年の2012年を約100兆円上回る見通しである。日経平均株価は、こうしたデフレ脱却への動きを好感する形で上昇し、1989年の史上最高値を更新した後、3月は4万円台に乗せる場面もみられている。

このような前向きな変化が定着するか、カギを握るのは賃金の動向である。連合(日本労働組合総連合会)によると、2024年春闘における平均賃上げ率は、5.25%(3月21日第2回集計時点)となった(図表1)。30年ぶりの高い伸びを記録した前年同期の3.76%を大幅に上回っており、日本で持続的に賃金が上昇する動きが強まりつつある。企業規模別にみても、大企業・中小企業の双方で高めの賃上げが妥結された。
図表1 春闘における賃上げ率(左:全体平均、右:企業規模別)
春闘における賃上げ率(左:全体平均、右:企業規模別)
注:右図は第2回集計時点の値であり、大企業は組合員数300人以上、中小企業は組合員数300人未満。
出所:連合「春季生活闘争 回答集計結果」より三菱総合研究所作成

中小企業にも賃上げの裾野拡大へ

中小企業の賃上げ率についても前年を上回ったことは、賃上げの裾野拡大を示唆している。JAM(ものづくり産業労働組合)の資料に基づき、中小企業の賃上げ額の分布を前年と比較すると、明確に右側へシフトしており(図表2)、より多くの企業で賃上げが実現している様子がうかがえる。日本商工会議所の調査によると、1月時点で2024年に賃上げを予定する企業の割合は61.3%と、2018年以降で最も高くなる見込みである(図表3)。

もっとも、業績改善を伴わず、人材確保のために賃上げをせざるをえない「防衛的な賃上げ」の割合は引き続き高い。賃上げの持続性を損なわないためには、労務費の円滑な価格転嫁や生産性向上に向けた設備投資の拡大など、業績を高める取り組みが不可欠である。
図表2 中小企業の賃上げ分布(製造業)
中小企業の賃上げ分布(製造業)
注:組合員数300人未満の回答結果を集計。2023年は3月23日時点、2024年は3月21日時点。
出所:JAM(ものづくり産業労働組合)「春季生活闘争情報」より三菱総合研究所作成
図表3 賃上げを予定している中小企業の割合
賃上げを予定している中小企業の割合
注:2022年以降は1月時点の回答、2021年以前は6月時点の回答。
出所:日本商工会議所・東京商工会議所「中小企業の人手不足、賃金・最低賃金に関する調査」、日本商工会議所「商工会議所LOBO調査」より三菱総合研究所作成

「賃金と物価の好循環」が視野に

持続的な賃金上昇を踏まえ、金融政策の正常化も進められる。日本銀行は、3月18、19日の金融政策決定会合で、金融政策の枠組みの見直しを決定した。イールドカーブ・コントロールやマイナス金利政策はその役割を果たしたことから撤廃され、黒田前総裁の下で導入されて以降続いてきた「異次元の金融緩和」は転換点を迎えることとなった。

この背景として、賃金上昇の継続により、2%の物価安定目標の達成の確度が高まったことが大きい。名目賃金の伸び率とサービス価格の伸び率は長期的に連動しており(図表4)、相互に影響している様子がうかがえる。先行き、既往の輸入物価高騰の影響剥落から食料を中心に財価格の伸びは鈍化するとみられるが、サービス価格は引き続き消費者物価を押し上げるだろう。
図表4 名目賃金とサービス価格
名目賃金とサービス価格
注1:2023年度は4月~1月平均。
注2:名目賃金は所定内給与の伸びを示し、1992年度以前は30人以上の事業所・常用労働者ベース、1993年度以降は5人以上の事業所・一般労働者ベース(2016年以降は共通事業所ベース)。
注3:サービス価格は、次の特殊要因の影響を除く。①2014年・2019年の消費税増税や教育無償化、②2021年の携帯電話料金引き下げ、③2020年以降の宿泊支援制度。
出所:総務省「消費者物価指数」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」より三菱総合研究所作成
中長期の期待インフレ率も上昇傾向にあり、物価と賃金の上昇が定着し始めている。企業の5年先の平均予想物価上昇率は2023年度に急上昇している(図表5)。現実の物価上昇率とも相応に連動しており、企業の予想物価上昇率の高まりは賃金・物価の持続的上昇につながるだろう。企業の人材戦略・価格戦略も物価と賃金の上昇を前提としたものに変化すると見込まれる。
図表5 企業の予想物価上昇率と現実の物価上昇率
企業の予想物価上昇率と現実の物価上昇率
注1:企業の予想物価上昇率は、「今後5年間の名目経済成長率見通し-今後5年間の実質経済成長率見通し」により算出。
注2:現実の物価上昇率は、GDPデフレーター。直近3年(斜線部分)は、当社見通しを反映した値。
出所:内閣府「企業行動に関するアンケート調査」、「国民経済計算」より三菱総合研究所作成

購買力向上には「生産性の引き上げ」が不可欠

このように賃金と物価の上昇が定着する蓋然性は高まっており、デフレ脱却との判断も近いとみる。もっとも、それは家計の購買力向上に直結するとは限らない。物価の伸びを賃金の伸びが上回らなければ、物価の影響を考慮した購買力(実質賃金)は減退する。

先行きについて、既往の輸入物価上昇の影響が剥落することで、物価の伸びは鈍化し、実質賃金は2024年後半に前年比プラスに転じると予測する。ただし、実質賃金は生産性に左右されるため、0%台の伸びにとどまるだろう。

実質賃金を一段と高めるためには、労働者1人当たりの生産性を向上させ、賃金の原資である付加価値の増加につなげる必要がある。企業には、設備投資の拡大など、生産性向上のための取り組みが求められる。

設備投資について、企業の今後3年間の見通しは1990年以来の高い伸びとなっている(図表6)。半導体や電気自動車(EV)など、新技術開発に関する投資や人手不足に対応するための事業効率化投資は生産性向上にもつながるだろう。

また、今まではコスト削減によって競争力の維持・強化を図っていた企業にとって、物価の上昇は価格戦略の幅が広がることを意味する。つまり、より付加価値の高い製品・サービスを生み出して販売すれば、収益性を高めることもできる。加えて、人材不足の中で賃金が上昇することにより、企業は能力に基づく報酬(インセンティブ)を提供したり、多様な教育機会を提供したりしなければ、優秀な人材を確保できなくなる。人的投資に積極的な企業はさらに生産性を高めることが可能となる。デフレ脱却を契機として、企業が旧来のコスト削減重視から付加価値向上を重視する動きに転換していくことを期待したい。
図表6 今後3年間の設備投資見通し
今後3年間の設備投資見通し
注:全産業。
出所:内閣府「企業行動に関するアンケート調査」より三菱総合研究所作成