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能登半島地震の経済影響(後編)

地域経済再建に向けた課題と指針

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2024.5.9

政策・経済センター森重彰浩

堂本健太

山下大輔

田中嵩大

防災・リスクマネジメント
前編では、能登半島地震による経済影響を分析した。経済的な被害の波及を少しでも食い止め、一刻も早い地域経済の再建を図るためには、直面している課題を正確に把握することが欠かせない。本コラムでは、ライフラインなどの復旧と並行して行われている地域経済の再建に向けた取り組みを紹介するとともに、対応すべき課題と、その解決への指針について述べる。

能登半島地震で始まった新しい支援の姿

能登地域は今回の地震で、有形固定資産(ストック)と付加価値(フロー)の両面で大きな被害を受けた(詳細は「能登半島地震の経済影響(前編)」参照)。地域経済の再建に向けて、多角的な支援策が進められている。

第一に、政府による財政面での支援である。政府は1月末に「被災者の生活と生業(なりわい)支援のためのパッケージ」を決定した。これに基づき、2023年度一般会計予算の予備費から1,500億円超の支出がなされたほか、2024年度予算案の予備費も当初の5,000億円から1兆円に倍増され、うち1,389億円の支出が4月に決定した。また地域の観光需要の回復を後押しすべく、北陸応援割(1泊2万円を上限に宿泊費の50%を補助)も3月中旬から4月末にかけて実施された。

第二に、多様な被災地支援チャネルを活用した民間支援が挙げられる。一般の個人や企業が被災地を金銭的に支援する方法は、日本赤十字社などを通じた義援金振込が一般的であったが、その他のチャネルを活用する取り組みが広がりを見せている。その1つが、「代理寄付」を活用したふるさと納税である。「返礼品なし」のふるさと納税は、義援金に代わる支援方法として挙げられるが、「返礼品なし」であってもふるさと納税を受けた自治体は事務処理が必要になる。被災した自治体としてはそれをこなす余裕がないため、他の自治体が事務処理を代行することで当該自治体の負担を軽減し、寄付金は他の自治体経由で被災自治体に渡される「代理寄付」の仕組みが活用されている。実際に、この仕組みで集まった災害支援金・寄付金は、「さとふる」と「ふるさとチョイス」の合計で約35億円となっている(2024年4月下旬時点)。

その他の事例として、クラウドファンディングによる支援もある。例えば「輪島漆器の工房再建をしたい」「病院の復旧を支援したい」など個別の被災先を直接的に応援したいという声に応えるため、クラウドファンディングのプラットフォームを活用して資金を募るプロジェクトが多数立ち上がっている。

第三に、全国からの人的支援である。民間企業社員やボランティアスタッフによる復旧・復興支援に加え、全国の自治体からも合計1,000人超の支援メンバーが現地に入った。2011年の東日本大震災時に、近畿地方の自治体などで構成する関西広域連合が主導するかたちで、被災自治体に対して支援自治体を割り当てる「対口(たいこう)支援(カウンターパート支援)」が始まり、2018年に総務省の枠組みとして定着した。今回も、珠洲市には兵庫県・神戸市など、輪島市には大阪府・大阪市など、能登町には宮城県など担当自治体が調整され、過去の震災復興経験を生かした人的支援が行われている。

地域特性を踏まえた復興を

被災地では懸命の復旧が続いている。今後、能登地域が経済再建に向けて舵を切っていくために、(1)生活基盤である住宅の再建、(2)生活必需サービス(公共サービスや医療・福祉サービスなど)の復旧、さらには(3)地域経済を支える事業者の再建が欠かせない。それぞれの実現に向けたポイントについて考えたい。

第一に、住宅の再建に向けては、「倒壊家屋やがれきの撤去作業の遅れ」が最大の問題となっている。特に高齢化率が高い地区では、所有者自身による倒壊家屋の解体・撤去の対応が難しい場合も多い。一般ボランティアの受け入れも行っているが、道路や水道などのインフラ復旧の遅れから作業できる時間にも限度がある。所有者の申請に基づき、自治体が所有者に代わって倒壊家屋を解体・撤去する公費解体制度もあるが、進展していないのが実情である。相続未登記の場合には所有者の特定や意向確認が難航するなど、申請手続きが煩雑になりがちであり、また自治体のマンパワー不足で審査にも時間を要するためだ。

第二に、生活必需サービスの復旧では「マンパワー不足」に直面している。地元で公共サービスを担う自治体職員、医療従事者などは、自身が被災している場合も多い。そのため、限られたマンパワーで震災により増加した業務に対応しなければならず、職員1人当たりの負担が大きくなっている。当社の計算によると、能登半島地震の被災地域は、可住地面積当たりの一般行政職員数が2.5人と、能登地域以外の全国の市町村平均8.0人と比べてもともと大幅に少ない※1。また、医療機関や介護施設では、職員の退職による人手不足も深刻化しており、これらが生活必需サービスの復旧の大きな障害となっている。

第三に、地域経済を支える事業者の再建は、地元の貴重な技術・技能を守るため、再建意欲のある事業者に対していかに適切な支援ができるかが課題となる。被災地域の経済再建を支えるのは当然地元の事業者であるが、経営者の高齢化が進んでおり、被災を契機とする廃業が増加するとみられる。特に被災地域は輪島塗、珠洲焼、七尾ろうそく、能登上布など伝統工芸の産地であり、そこには貴重な職人技が長年蓄積されてきた。もし今後、これら伝統工芸の廃業が続けば、職人技の断絶も懸念される。高齢による廃業はやむを得ない面もあるが、その技術・技能の断絶を避けるためにも、事業再建への意欲ある事業者に対して積極的に支援していくことが求められる。

再建支援にあたっては財政面だけでなく、「被災者」と「支援者」のマッチングも重要だ。中小機構(中小企業基盤整備機構)が運営する復旧・復興マッチングサイト「ジェグテック」(https://jgoodtech.smrj.go.jp/pub/ja/、閲覧日:2024年4月26日)では、被災事業者から「自社が抱える在庫を代理で販売してほしい」といった要請だけでなく、全国の事業者から「自社ではこのようなサポートができる」という被災事業者に対する支援の声が集まっている。

ただし、ここでいう再建とは、必ずしも「全てを被災前に戻す」という意味ではない。少子高齢化・過疎化が進む中でインフラや生活基盤を震災前と同じ状態に戻すことは現実的には難しい面もあるからだ。地域の特性を踏まえ災害リスクの高い地域から人や施設を分散させる「安全な国土管理」と、地域に長年住み続けてきた住民の「生活・人生の満足」を、できる限り両立するかたちでの復興が、地元自治体や事業者、住民にとって重要となるだろう※2

今後起こり得る震災に備え、学ぶべき教訓

今回、能登半島地震で表面化した課題は能登地域特有のものではない。南海トラフ地震など、日本が近未来に直面するであろう震災に対しても事前の備えが重要であり、教訓とすべき点は多い。

まず、震災直後の被害状況の把握のフェーズにおいては、県と基礎自治体、あるいは県庁内でのシステムが共通化されておらず、避難所や避難者の情報集約に時間を要した。緊急時対応のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を実現することが求められる。また、避難先に対する需給ミスマッチの課題も浮かび上がった。自治体は事前に2次避難先を必要数確保していたが、「持病の不安があり主治医のもとを離れたくない」、「住み慣れた場所に愛着がある」などニーズのミスマッチから実際の利用率は約34%にとどまっている※3。地域住民のライフステージや生活ニーズ、心情を踏まえた備えが必要となる。

一方で、今回の能登半島地震においてデジタル技術の新たな活用例も生まれた。例えば、停電や基地局倒壊による通信の途絶に対応するため、ドローンによる空中基地局の配備が行われた。また、衛星画像データを人工知能(AI)で解析し、被害状況を把握する取り組みも専門家の間で行われた。

震災による被害を小さくする観点では、生活インフラや住宅の耐震化など地震に備えた事前投資も必要となる。今回の震災で断水の被害が広範囲で発生し復旧に時間がかかっている背景として、水道管の老朽化による耐震強度の低下が指摘されている。厚生労働省によると、通水距離当たりの修理箇所数は、輪島市が2.63箇所/km、能登町が2.66箇所/kmとなっており、過去の主要地震と比べても被害が大きい(図表1)。基幹管路に限ってみても、能登半島地震被災地域の耐震管率は20.3%と全国平均の27.6%を下回る(図表2)。ただし、これは今回の被災地だけの問題ではなく、南海トラフ地震の想定被災地域をみても、その過半の市町村において耐震管率が全国平均を下回っている状況だ。
図表1 過去の主要地震における管路施設の被害との比較(通水距離(km)に対する修理箇所数の比率)
過去の主要地震における管路施設の被害との比較(通水距離(km)に対する修理箇所数の比率)
出所:国土交通省「第1回上下水道地震対策検討委員会(2024/3/12)、資料4 上下水道施設の被害状況について」を基に三菱総合研究所作成
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001733968.pdf(閲覧日:2024年4月11日)
図表2 上水道基幹管路の耐震化状況(市町村別の耐震管率)
上水道基幹管路の耐震化状況(市町村別の耐震管率)
注:基幹管路(総延長1万1,446km)について作成。能登半島地震被災市町村は内閣府「令和6年能登半島地震による被害状況等について」において震度6強以上の市町村、南海トラフ地震想定被災市町村は内閣府(https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku/pdf/1_6.pdf、閲覧日:2024年4月26日)掲載の基本ケースにおいて市町村別の最大震度が震度6強以上の市町村。
出所:厚生労働省「水道事業における耐震化の状況(令和3年度)」、内閣府資料を基に三菱総合研究所作成
住宅についても、被害の大きい珠洲市、輪島市、能登町は、1980年以前に建てられた現行耐震基準を満たさない住宅が多い地域である。日本全国でみても、高齢化が進む地方部を中心として現行の耐震基準前の住宅が多く存在している(図表3)。南海トラフ地震の想定被災地域も例外ではなく、同様な課題を抱えている。
図表3 高齢化比率と住宅耐震基準適合比率(市町村別)
高齢化比率と住宅耐震基準適合比率(市町村別)
注:65歳以上人口比率は2020年、現行耐震基準前の住宅比率は総務省「平成30年住宅・土地統計調査」より作成。現行耐震基準前は1980年以前に建築された住宅。能登半島地震被災市町村は内閣府「令和6年能登半島地震による被害状況等について」において震度6強以上の市町村、南海トラフ地震想定被災市町村は内閣府(https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku/pdf/1_6.pdf、閲覧日:2024年4月26日)掲載の基本ケースにおいて市町村別の最大震度が震度6強以上の市町村。
出所:総務省「統計でみる市町村のすがた2023」「平成30年住宅・土地統計調査」、内閣府資料を基に三菱総合研究所作成
震災からの復旧を促進するという意味では、地震保険などリスクファイナンスへの加入も重要になる。損害保険料率算出機構によると、地震保険の加入率は上昇傾向にあるものの、全国平均で35%(2022年時点)にとどまり、地方部ほど低い傾向にある(図表4)。

今後、復旧する水道施設や再建される住宅は耐震化が進むであろう。実際、過去災害の被災地では地震保険の加入率が震災後に上昇している。しかし被害低減の観点からは事後ではなく、あくまで事前対策が望まれる。特に高齢化が進む地方部での強靭化のあり方については、国全体での議論が必要だろう。
図表4 地震保険の世帯加入率(都道府県別)
地震保険の世帯加入率(都道府県別)
注:南海トラフ地震想定被災都道府県は内閣府(https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku/pdf/1_6.pdf、閲覧日:2024年4月26日)掲載の基本ケースにおいて市町村別の最大震度が震度6強以上の市町村が一つ以上ある都道府県。
出所:損害保険料率算出機構「火災保険・地震保険の概況 2023年度版」を基に三菱総合研究所作成
被災地への支援活動はすでに全国的に広がっており、まもなく地域経済の再建に向けて政府・自治体、地元企業などは本格的に動き始めるはずである。前述の通り、住宅の再建、生活必需サービスの復旧、再建意欲ある事業者支援などにおいては今後対応すべき課題が残存する。地域の努力とともに全国からの支援も交えた取り組みが望まれる。

また、能登半島地震で表面化した課題は日本が将来直面する震災にも共通する点も多い。ライフラインの整備や耐震構造への適合、地震保険など震災が発生する前からの備えは必須である。その一方で、少子高齢化が進む中で、全ての地域において完璧な防災対策を打つことは難しい。政府の財源も限られる中で、防災対策や震災発生後の復興施策での優先順位付けの必要性はますます高まっている。今後当社としても、多様な企業・自治体等との連携のもと、持続可能でレジリエントな地域社会の実現に向けた試みに挑戦していきたい。

※1:一般行政部門の職員数は、総務省「地方公共団体定員管理関係(令和5年4月1日現在)」(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/teiin/index.html)、可住地面積は、総務省「統計でみる市区町村のすがた2023」(https://www.stat.go.jp/data/s-sugata/index.html)を基に作成。(閲覧日:2024年4月26日)

※2:詳細は、能登半島地震の教訓をどう生かすか 「自助vs.公助」の壁を超えて(MRIオピニオン2024年4月号)を参照。

※3:第48回石川県災害対策本部員会議(令和6年4月23日)会議資料P.25参照。
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/saigai/documents/0423siryou2.pdf(閲覧日:2024年4月26日)

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