JP EN
先端技術メガトレンド
量子コンピューター 第4回
量子力学の原理で動くコンピューターを使って、難問を解決する社会

国内量子コンピューター研究開発の主戦場はどこか?

未来構想センター 武田 康宏

世界で着実に進む、量子コンピューター研究開発

量子コンピューターの研究開発は、将来の本格的な実用化に向けて今どういった段階なのでしょうか。量子コンピューターの開発を進めるには、理論的な基礎研究に加えて、「マシン」にあたるハードウエアの開発と、その動作に必要なソフトウエアやアルゴリズムの開発が必要です。

グローバルに見ると、先進各国において量子コンピューターの研究開発が着実に進んでいます。ハードウエア開発の面では、量子ビットの実現方式でこれまで本流に見えていた超電導方式に加え、光方式やイオントラップ方式にも大きな注目が集まっています。ソフトウエアの面では、古典コンピューターと量子コンピューターをうまく使い分けるハイブリッド方式を活用したり、開発言語に汎用性の高いPythonを採用するなど、量子コンピューターの本格的な利用に向けたトレンドや工夫が現れています。また、2019年10月には、Googleによる「量子超越性」、すなわち「量子コンピューターの方が古典コンピューターよりも、ある計算を(特に)高速に処理・実行できること」を実証したという発表が話題になりました(詳細は※1)。量子超越性は、量子コンピューターの研究開発の重要なマイルストーンであり、世界的に量子コンピューターの実用化に対する期待がいよいよ高まってきています。

このような世界的な期待の高まりと軌を一にして、日本国内の量子コンピューターの研究開発についても、大きな動きが出てきています。今回のコラムでは、国内で取り組む企業とその研究開発領域、さらに量子技術の研究開発に対する国の政策について、解説します。

国内企業の量子コンピューター研究開発戦略

現在の国内企業の“主戦場”は、下記の3つにグループ分けできます。

①応用グループ 量子アニーリングマシンを用いて社会における実際の問題を解くグループ
②ソフトウエア
グループ
量子アニーリングマシンや量子ゲート方式の量子コンピューター上で稼働するソフトウエア・アルゴリズムを開発するグループ
③ハードウエア
グループ
量子アニーリングマシンや疑似量子計算方式のマシンを開発するグループ

①は、量子アニーリングマシンの強みである最適化ソリューションの提供や、その開発支援を行うグループで、国内企業では、Jij、フィックスターズ、NTTデータなどが該当します。また、さまざまな企業で量子アニーリングマシンによる最適化計算が注目されています。例えば、金融でのポートフォリオ最適化、化学での材料設計、自動車での渋滞回避経路などが挙げられ、各分野で共同研究やソリューション化が進められています。これらの取り組みでは、実社会の課題をいかに「組合せ最適化問題」に落とし込めるか、技術的なハードルを下げて量子アニーリングマシンを使いやすくできるか、がポイントになります。また、量子アニーリングマシンを使い、さまざまな企業との共同研究を牽引する東北大学/東京工業大学・大関真之准教授のチームも有名です。

②は、量子アニーリングマシンや量子ゲート方式の量子コンピューター向けのアルゴリズムやソフトウエアを開発し、その導入コンサルティングなどを担う企業で、国内企業では、①にも取り組むJij、フィックスターズのほか、MDR、QunaSysなどが該当します。アルゴリズムの開発においては、量子物理の専門的理解に加え、量子コンピューター上でうまく計算させるための高度な工夫が求められます。また情報工学、コンピューターサイエンスに関する理解も重要です。ソフトウエアに関してはオープンソース化されているものが多く、開発したソフトウエアを多くのユーザーに利用してもらうことでコミュニティー拡大を狙う意図も感じられます。

③は、国内大手ベンダーが主なプレーヤーです。量子アニーリングマシンの開発はNECや産業技術総合研究所(産総研)で行われており、疑似量子計算機(=シミュレーテッド・アニーリングマシン)の開発はNECや東芝、日立製作所、富士通で行われています。疑似量子計算機とは、正確には量子コンピューターではなく、最適化計算などに特化した古典コンピューターに分類されるものです。既存技術を活用できるため当面の実用性が期待されますが、短期的にはどこまで現実の問題が解けるかが課題となります。中長期的には、量子コンピューターの実用化が進む中では存在価値が問われることになるでしょう。

上述した国内企業の状況を整理すると、おおよそ下図のようにマッピングできます。図では、量子ゲート・量子アニーリングの軸と、ソフトウエア・ハードウエアの軸を設定しました。①~③の領域で量子コンピューターの研究開発に取り組む企業が国内に存在する一方で、図中・点線で囲った「量子ゲート×ハードウエア」領域へ取り組むのは、大学・公的研究機関での研究に留まっており(研究室の例は※2参照)、国内で本格的に取り組む企業は現状見当たりません。この領域にはすでにGoogle、IBM、Alibabaといった海外の大企業が巨額の資金を投入し、国際的な研究開発体制を構築しているため、国内企業がこれから参入するには相当の覚悟を要すると思われます。

国内量子コンピューター研究開発の主戦場

出所:各種資料・ヒアリングから三菱総合研究所作成

量子技術研究開発を後押しする国の政策

近年は量子コンピューターを含む量子技術に対する国の支援政策も進展しています。量子技術は、内閣府の「統合イノベーション戦略」(量子技術に関連して※3)や、破壊的イノベーション創出を目指す「ムーンショット型研究開発制度」で、対象として位置付けられています※4。また、文部科学省による「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」※5も動いています。

2020年度における量子技術イノベーション戦略に関する予算額は約215億円となっており、2019年度の約160億円からさらに増額となっています。1年あたりで見れば、アメリカの約280億円(5年間で最大約1,400億円)、EUの約125億円(10年間で約1,250億円)と比べても遜色のない数字です※6。

政策の中心である「量子技術イノベーション戦略」においては、量子アニーリングについてはハードウエア・ソフトウエアともに実用化・事業化を推進する方針が、量子ゲート型については、ハードウエアでは超電導方式を重点とした研究推進を、ソフトウエアでは短中期での実用化推進を重視する方針が打ち出されています。

新たな連携で期待が高まる、国内量子コンピューター研究開発の加速化

本コラムではこのように、国内の量子コンピューター研究開発企業の領域と国の政策について紹介しました。量子アニーリングでは、量子アニーリングマシンを使った実ビジネスや、一般ユーザーにも使えるようなソフトウエアの提供も進みつつありますが、量子ゲート方式の量子コンピューター開発に取り組む国内企業は非常に少ない現状も理解できたかと思います。

国の量子技術に対する予算は国際的にも大きなものとなっています。今後は長期的視野を持った研究支援を継続しつつ、様々な産業において企業がユーザーとして参入することや、海外の有力な大学・研究機関やグローバル企業と国際連携体制を構築することが重要となるでしょう。

こうした動きは近年、国・民間共に、欧米との連携の中で進みつつあります。例えば、国単位では「日米欧量子科学技術国際シンポジウム」※7が、民間単位では「IBM Q Network」※8、「Microsoft Quantum Network」※9が挙げられます。さらに、産学連携の事例としては、慶應義塾大学の「IBM Q Network @Keio University」※10、東北大学の「T-QARD」※11、東京大学とIBMとのパートナーシップ締結※12が挙げられます。またスタートアップ起点でQunaSysの産学連携コミュニティー「QPARC」※13など、注目すべき取り組みは多いと言えます。

このように、国内の量子コンピューターの研究開発は、堅実な研究と各種連携の進展により期待の芽があります。量子コンピューターと歩む社会実現に向け、今後の動向・さらなる進展に目が離せません。

  • ※1 Google, Google AI Blog – “Quantum supremacy using a programmable superconducting processor”. October 23, 2019
    https://ai.googleblog.com/2019/10/quantum-supremacy-using-programmable.html(閲覧日:2020年3月26日)
  • ※2 QunaSys, Qmedia「量子コンピューターを実現するハードウエア(後半)」(2018年10月30日)
    https://www.qmedia.jp/making-quantum-hardware-2/(閲覧日:2020年3月26日)
  • ※3 統合イノベーション戦略推進会議「量子技術イノベーション戦略(最終報告)」(2020年1月21日)
    https://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui048/siryo4-2.pdf(閲覧日:2020年2月18日)
  • ※4 内閣府「ムーンショット型研究開発制度」
    https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html(閲覧日:2020年3月26日)
  • ※5 文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)について」(2018年1月)
    https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/025/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2018/02/28/1401097_13.pdf
    (閲覧日:2020年3月26日)
  • ※6 統合イノベーション戦略推進会議「参考資料 量子技術イノベーション戦略 最終報告案(補足)」(2019年1月21日)
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tougou-innovation/dai6/sanko.pdf(閲覧日:2020年5月27日)
  • ※7 内閣府「日米欧量子科学技術国際シンポジウム EU-USA-Japan International Symposium on Quantum Technology における討議結果について」(2019年12月17日)
    https://www8.cao.go.jp/cstp/stmain/20191217ryoushi.html(閲覧日:2020年4月2日)
  • ※8 IBM「Q Network」
    https://www.ibm.com/quantum-computing/network/overview/(閲覧日:2020年3月26日)
  • ※9 Microsoft「Quantum Network」
    https://www.microsoft.com/en-us/quantum/quantum-network(閲覧日:2020年3月26日)
  • ※10 慶應義塾大学「最先端量子コンピューター研究拠点 IBM Q Network Hub @ Keio Universityを開設」(2018年5月22日)
    https://www.keio.ac.jp/ja/news/2018/5/22/27-44149/(閲覧日:2020年4月3日)
  • ※11 東北大学「T-QARD」
    https://qard.is.tohoku.ac.jp/(閲覧日:2020年4月3日)
  • ※12 東京大学・IBM「東京大学とIBM、「Japan-IBM Quantum Partnership」の設立に向け検討を開始」(2019年12月19日)
    https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400129072.pdf(閲覧日:2020年3月31日)
  • ※13 QunaSys「QPARC」
    https://qunasys.com/news(閲覧日:2020年4月13日)
Page Top
Back to Index
Back to Top