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ロボティクス 第5回
ふつうにロボットと一緒に働く、学ぶ、癒す、食べる社会

ロボットテクノロジーが変える農業2030・2040

人手不足と高齢化が進む農業

農業を取り巻く環境はさまざまな要因で変化の時を迎えています。
まず顕著なのは働き手の高齢化です。2019年現在、農業就業者の平均年齢は67歳。65歳以上が占める割合は全体の70%という状況です。また労働力不足の傾向も明らかです。農業従事者数は図1に示す通り減少の一途にあります。これらは特に喫緊に対策が求められる課題です。また昨今頻発する豪雨や温暖化などの気候変動が農業に一層の厳しさをもたらしています。

図1

農業就業人口の推移

出所:農業労働力に関する統計(農林水産省)をもとに三菱総合研究所作成

一方で、農業経営のあり方にも変化が起きています。国は農業や農村機能の構造改革を掲げ、2014年には農地中間管理機構を設立し、2015年には農地法改正(農地を所有できる法人の要件見直し)を行ないました。その結果、営農規模はじわじわと拡大しています。プレーヤーに着目しても、飲食、小売、電力、輸送など他産業からの農業参画も増え、日本の農業生産主体やサプライチェーンが変わりつつあります。

農業ロボット普及の現状

環境変化、特に農業の高齢化と労働力不足への対策として、農林水産省が2013年から推進しているのが「スマート農業」です。スマート農業ではICTやロボットなどの先端技術を活用して、これまで培われてきた農作物の生産技術やノウハウの継承、農作業の負荷軽減、省力化を目指しています。これまでは農業と接点のなかった情報通信事業者が農業に参入するなど先端技術の蓄積が進み、2019年度では、69件のスマート農業に関する実証試験が採択されました。

農林水産省は「2025年には農業の担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践する」という政策目標も掲げており、まさに国を挙げて農業分野でのデータ利用、ロボット利用などによるスマート農業化が急ピッチで進められています。

こうした機運もあり、老舗の農業機械メーカーから後発のベンチャー企業まで、さまざまな企業が開発を進めているのが「農業ロボット」です。海外では、品種改良や栽培方法の改良とセットで機械化(ロボット化)を進めることで、栽培をトータルでシステム化して省力化や高生産性を実現する事例が多く見受けられます。日本国内でも「農業ロボット」開発と効率化への期待は高まりつつあります。図2に示す通り現場への実装が進む例もある一方で、全体としては 、期待とは裏腹に営農者の間でロボットの導入機運は高まっていません。背景には、以下のような日本固有の事情があると考えられます。

  • ・経営規模が小さい農家が多く、高額なロボットの投資回収が難しい。
  • ・日本では一つの作物に対して多品種が栽培されており、実る高さや間隔、実の大きさや色も多様であるため、さまざまな品種をカバーするロボットを開発しようとするとコスト高になってしまう。
  • ・日本の消費者は農作物の見た目へのこだわりが強く、少しの傷も許さない傾向があるため、例えば、収穫ロボットだとスピーディーかつ高精度な動き、といった両立が難しい要件がロボットに求められる。

農業現場の特性や農作物に対する消費者の考え方などの日本固有の事情に加え、メーカーとユーザーの間のシーズとニーズのミスマッチも課題です。例えば一部の農業ロボットでは、アーム部分のアタッチメントを付け替えることにより多様な作物に対応できる汎用性を強みにしているものの、ユーザーからはアタッチメントの付け替えが面倒などの声も聞かれています。農業の現場へのロボット普及にはまだ障壁があるのが実情です。

図2

農業ロボットの例

パナソニックが開発したトマト収穫ロボット

出所:「トマト収穫ソリューション」(Panasonic)
https://news.panasonic.com/jp/stories/2018/57949.html
(閲覧日:2020年2月13日)

農研機構とシブヤ精機が共同開発したイチゴ収穫ロボット

出所:「循環移動式栽培装置と連動する定置型イチゴ収穫ロボット」(農研機構)
https://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/brain/2013/13_087.html
(閲覧日:2020年2月13日)

AGROBOT社(スペイン)のイチゴ収穫ロボット

出所:「AGROBOT」(AGROBOT社:スペイン)
http://www.agrobot.com/
(閲覧日:2020年2月13日)

施設園芸における農業ロボット実装の未来像

イチゴやトマトのビニールハウス栽培に代表されるような施設園芸では、2030年頃までには農業ロボットの導入が先行的に進むと予想されます。施設園芸で栽培されるのは価格的にも競争力がある高付加価値作物であり、農業ロボットの投資回収を見込みやすいことに加え、農業ロボットを導入できるような環境整備も容易なことが理由です。例えば最近では地上1メートルほどの高さでイチゴを育てる高設栽培が普及しつつあることからもわかるように、施設園芸は露地畑作に比べて現場環境をコントロールしやすいのです。

当面は収穫期の人手不足への対応として人に替わる収穫ロボットが部分的に導入されますが、2040年頃には収穫ロボットの導入を前提として品種改良・施設設計などがトータルデザインされた大規模な施設園芸が普及するでしょう。ハウス内の温度管理の熱源や収穫ロボットの電力供給源として、木質バイオマスなどの再生可能エネルギーの供給施設も併設されるなども期待されます。

図3

施設園芸におけるロボット実装像

出所:三菱総合研究所

大規模な稲作・露地畑作における農業ロボット実装の未来像

大規模な稲作・露地畑作においても2030年~2040年頃にかけてロボットの導入が進むと考えられます。稲作の農作業は比較的に単純で、田んぼの形状も標準化されているため、他の作物に比べてロボット導入がしやすいと考えられています。またキャベツやレタスのような大規模な露地畑作では、収穫時期には多数の人手が必要となりますが、現状では外国人労働者に頼らざるを得ず、その過酷な就労環境が社会問題化していて、収穫ロボットの導入ニーズは高いでしょう。

このような背景もあり、 数十~100ヘクタール程度の規模で稲作・路地畑作を行う大規模な農業法人を中心に農業ロボット導入が進むでしょう。耕運、施肥、種まきにおいては無人トラクターが活躍すると考えられます。農薬散布や除草では、ドローンカメラや除草ロボットが活用されます。作業の効率化や健康被害の低減といった効果があるだけでなく、必要なところにピンポイントで農薬散布を行うことで低農薬化が図られ、消費者に訴求できる新たな付加価値が生まれることでしょう。収穫期には無人収穫機が縦横無尽に農地を駆けめぐり、営農者が重労働から解放されることが期待されます。ロボット収穫が可能となるための品種改良、収穫物の加工化や販路多角化、ロボットのシェアリングサービス等も一助となり、大規模な稲作・路地畑作において各種ロボットが活躍する世界が2040年頃までに段階的に実現していくのではないでしょうか。

図4

稲作・露地畑作におけるロボットの実装像

出所:三菱総合研究所

農業ロボットの実装に向けた課題と実装後の影響

ここまで、農業ロボットが導入されるまでの青写真を描いてきましたが、実装に向けてはいくつかの課題があります。

第一に、営農規模の課題です。農業 の作業内容や作業量は時期変動が大きいため、農業ロボットの稼働時間を考慮すると一定以上の営農規模がなければロボット導入の投資効果は得られません。農業ロボットの技術改良・低コスト化だけでなく、営農規模の拡大が進まなければ農業ロボットの普及は難しいと考えられます。一方で、山がちで急斜面の多い「中山間地域」では大規模化には限界があります。しかしながら比較的小規模で手間のかかる野菜や果樹の栽培でも負担軽減ができる技術開発も必要です。

第二に、開発側とユーザー側との間のミスマッチの課題です。先に示したアタッチメントはミスマッチの一例です。高度な技術を追求するだけではなく、現場側のアイデアや発想を起点にした開発・企画を検討することが農業ロボット普及の近道となるでしょう。農業現場側が開発・企画を行うような公的研究予算やスキームがあることが望ましいと思われます。

第三に、農業ロボット単独 ではなく品種・施設・耕法・サプライチェーンも含めた全体最適に関する課題です。これから日本の農業は汎用(はんよう)品の大量生産とこだわり品の少量生産に二極化が進むとすれば 、その場合は大量生産の市場をターゲットに農業ロボット導入が進むと考えられます。量産により費用対効果を優先する発想で品種・施設・耕法・サプライチェーン、そして農業ロボットをトータルデザインするといった、日本の製造業が得意とするやり方が必要となります。

第四に、農業ロボットを利用しやすい仕組みづくりの課題です。作業内容と作業量の時期変動が大きい農業では、ロボットの稼働時期が限られてしまう効率の悪さが導入の阻害要因 になりえます。農業ロボットのシェアリングは解決策の一つと考えられますが、単に貸し出すだけでなく、修理やメンテナンス、アタッチメントの取り換え等の手間も含めてシェアリングサービス側でフルサポートすればユーザー側の利便性が格段に向上します。このようなサービスは農業ロボットの性能と並んで普及の重要な要素となるでしょう。

農業ロボットが実装された後の社会へのインパクトも考慮する必要があります。例えば、大規模農業法人が農業ロボットを導入した場合、同じ作物を生産する小規模農家は価格低下の影響で経営が悪化することが懸念されます。小規模農家ならではの農作物のブランド化や販路開拓など価格面以外の価値創造に活路を見出す 可能性があると思われますが、そのためにも政府による小規模農家への積極的な支援があることが望ましいでしょう。農業ロボット導入による効率化を追求するあまり、ニッチな野菜や生育に手間がかかる野菜が徐々に姿を消す恐れもあります。季節の野菜や地域特有の野菜等の価値を途絶えさせず、食文化を継承していく取り組みも必要です。

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