ブレインテックが切り拓く5兆円の世界市場 第1回 ブレインテックの現状

脳神経科学を応用した新事業創出

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2018.7.20

経営イノベーション本部藤本敦也

1.迫り来るブレインテックの潮流

今、欧米やイスラエルを中心に脳神経科学の研究成果を活用した新サービスが次々と出てきている。

例えば2018年1月、米国のラスベガスで開催されていたConsumer Electronics Show(以下CES)で、フィリップス社はヘッドフォン型の睡眠改善機器SmartSleepを発表した。日本有数のブレインテック関連企業であるneumo社の調べによると、睡眠時に脳波を測定して睡眠の深さを特定し、その深さに応じてある種の音を聞かせてより深い睡眠へ誘導するヘルスケア分野の新商品となっている。2018年春に米国で個人向けに399ドル/台で発売されている。
図1 フィリップス社の睡眠改善機器
図1 フィリップス社の睡眠改善機器
出所:PHILIPS SmartSleep “Introducing Philips SmartSleep”(閲覧日 2018.6.1)

https://www.usa.philips.com/c-e/smartsleep-advocacy.html

カナダのInteraXon社は簡易型の脳波計(以下EEG)Museを3万円程度で販売している。自分の脳波が簡単に測定できるため、発達障害(以下ADHD)の治療法の1つであるニューロフィードバック(自らの脳波パターンを注意集中の脳波パターンに変えることでADHDの症状を軽減する)に使われている。効果にはまだ議論の余地があるものの、スポーツ選手も、集中力を高めるトレーニング用として活用し始めている。
図2 InteraXon社の脳波計(Muse)
図2 InteraXon社の脳波計(Muse)
出所:InteraXon “muse the brain sensing headband”(閲覧日 2018.6.1)

http://www.choosemuse.com/what-does-muse-measure/

Neuronetics社は、TMS(磁気によって脳を刺激することによる、脳卒中後のまひや失語症などへの治療)を使ったうつ病治療のサービスに取り組んでいる。このInteraXon社やNeuronetics社をはじめとし、ブレインテック分野におけるユニコーン(未上場で評価額が10億ドル以上のスタートアップ企業)は2016年時点で150社以上にのぼる。

またブレインテックへの投資も近年、米国を中心に本格化している。例えば、Facebook社は自社の研究所であるFacebook Building 8を中心に、非侵襲型のBrain Machine Interface(脳波等でPCを操作する:以後BMI)の開発に数億米ドルを投資し、脳から直接コンピューターへのインプットを行うことを目指している。またテスラ社(米国の電気自動車メーカー)の創業者であるElon Musk氏がCEOを務めるNeuralink社は約30万米ドルを投資して、テレパシーの実現を目的とした100万個の神経細胞とコンピューターの同時接続開発に取り組んでいる。民間企業のみならず、DARPA(米国防高等研究計画局)も侵襲型によって、同様のプロジェクトに6500万ドルを投資、FDA(米食品医薬品局)とも協力すると発表した。

2.ブレインテックに着目すべき理由

このように近年、脳神経科学を活用した新しいビジネス開発が特に米国とイスラエルを中心に盛んである。米国は2013年に当時のオバマ大統領が「The Brain Initiative」という宣言の中で、脳神経科学をヒトゲノムプロジェクトの次のビッグプロジェクトにすると発表して3億米ドル以上の予算を付けた。イスラエルでは2012年にペレス前首相が設立に関与したIsrael Brain technologiesという非営利団体を中心とし国家的プロジェクトとしてブレインテックに取り組んできた。

さらに、簡易型脳波計の登場が、冒頭に紹介したようなコンシューマー向け製品の台頭に拍車をかけた。以前はTMSなどに代表されるような医療の用途がほとんどだった。それが、InteraXon社などが簡易型の脳波計を発売したことで、コンシューマー向けの脳神経科学サービスが続々と出てきた。neumo社の調べによると、前述したCESでも、このような簡易脳波計を活用した新サービス—集中力向上関連サービス、医療用サービス、睡眠改善サービス、BMIなどが数多く発表されていた。
図3 CES2018に出展したブレインテック領域の分布
図3 CES2018に出展したブレインテック領域の分布
出所:neumo社 CES2018 Braintechレポート P8 2018年(閲覧日 2018.6.1)

http://www.neumo.jp/ces-braintech-reports-ja/

このような脳神経科学の研究面での進歩と、コンシューマー向けにも活用できる簡易型脳波計の開発と脳神経科学の研究面での進展を基礎としている点が、今まで何度も起こってきた脳科学ブームとは根本的に異なっている。コンピューターの処理速度の向上ともに飛躍的に進歩した脳神経科学や、脳活動測定機器の進歩が相まって、より具体的に「脳とつながる」ことが現実味を帯びてきた。睡眠改善やニューロフィードバックなどは一例にすぎず、直接的に脳とつながっていくことにより、脳から直接サーバーを経由したショッピングやSNS上でのコミュニケーション、または脳から直接顧客ニーズや購買傾向を把握することなどが行われていくと考えられる。
図4 「脳」とつながることで可能になる事象
図4 「脳」とつながることで可能になる事象
出所:三菱総合研究所
医療面でも、さらなる社会課題となっていく認知症やうつ病、脳卒中などの脳関連の疾患に関する予防・診断・治療・リハビリに関する製品・サービスも進化するであろう。

まだ解決すべき技術的な側面や個人情報などの課題は残っているが、10年後にはブレインテックが活用され、医療シーンのみならずライフスタイルやビジネスシーンが一変した社会が来ると思われる。今から注目しておくべき領域であることは間違いない。

さて、ブレインテック企業の定義はさまざまだが、前述の日本有数のブレインテック関連企業neumo社の定義である「脳を計測して分析・可視化したり、脳を刺激して人体に作用を及ぼす製品を開発している企業、および体中の神経系を測定・刺激することで間接的に脳を測定・刺激する製品を開発している企業」(neumo社 CES 2018 Braintech Reportより)が明快であるため、以後この定義を用いる。

3.ブレインテックの5兆円世界市場規模

米Market Research社や、米Data Bridge Market Research社、米Grand View Research社などでは、それぞれブレインテックに関連した市場規模予測を発表している。例えばGrand View Research社がBMI領域の市場規模予測、Data Bridge Market Research社は脳活動モニタリング領域の市場規模予測を発表している。各社の市場規模の部分の重なりを排除して本稿で定義するブレインテックの市場規模を試算した。グローバルのブレインテックの市場規模は、2024年に5兆円程度になりそうである。
図5 ブレインテックの世界市場予測
図5 ブレインテックの世界市場予測
出所:Grand View Research社およびData Bridge Market Research 社資料などに基づき三菱総合研究所作成
なお上記の市場には「医療/ヘルスケア領域(医療機器やスリープテック)」「ニューロマーケティング(脳神経科学を使ったマーケテイング手法)領域」「脳活動モニタリング領域」「BMI領域」「生産性向上領域」が含まれるが、創薬や医療行為そのものは含んでいない。

4.ブレインテックビジネスのカオスマップ

現在のブレインテックのカオスマップは、フィリップス社やNeuronetics社に代表されるような「医療/ヘルスケア領域」、脳活動のモニタリングを活用した企業のブランドイメージ戦略コンサルティングのNeuroapplied社など脳神経科学の知見をマーケティングに活用した「ニューロマーケティング領域」、前述のInteraXon社のような「脳活動モニタリング領域」、学習塾での集中力計測を軸としたサービス展開予定のBrainCO社などの「生産性向上系」、そしてまだビジネスにはなっていないが、脳からコンピューターへの直接入力を目指しているFacebook社などの「人間拡張領域(≒BMI)」から成る。なお、既に事業化されているものとしては、機器販売(レンタル含む)と効果測定のモデルが大半を占めている。
図6 ブレインテックのカオスマップ
図6 ブレインテックのカオスマップ
出所:三菱総合研究所
日本においても、大阪大学が開発したパッチ式簡易脳波計の社会実装を担うPGV株式会社が設立されたほか、後述するようにNTTデータ経営研究所がニューロマーケティングのサービスとしてNeMsweets DONUTsの提供を開始するなど、海外ほどではないが着実にブレインテックを活用したビジネスが生まれてきている。

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