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IMD「世界競争力年鑑2021」からみる日本の競争力 第1回:結果概観

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2021.10.7

政策・経済センター酒井博司

POINT

  • 世界競争力年鑑2021年版も日本の総合順位は31位と停滞が続く。
  • 「ビジネス効率性」や「研究開発力」の急低下が日本の弱点。
  • 強みとされてきた研究開発力は経営層評価が急低下。潤沢な知識資本も活用力に課題。
IMD(国際経営開発研究所:International Institute for Management Development)が作成する「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」の2021年版が6月17日に公表された。連載第1回の今回は、同年鑑の内容に基づき、各国の競争力の現状と推移、日本の競争力の現状を概観する※1

幅広い観点から競争力指標を作成するIMD「世界競争力年鑑」

IMD「世界競争力年鑑」の対象は64カ国・地域で、競争力に関連する公表統計と企業の経営層を対象とするアンケート調査結果をもとに作成される。

アンケート調査が取り入れられているのは、競争力を測る上で不可欠なものの、統計では捉えきれない項目を補うためである。収集される指標は多岐にわたり、競争力総合順位は、幅広い観点から企業が競争力を発揮できる土壌が整備されている度合いとみることができる。「世界競争力年鑑」では、全ての分野を合わせた競争力総合順位のほか、4つの大分類(「経済状況」「政府効率性」「ビジネス効率性」「インフラ」)ごとの順位、さらに各大分類に5個含まれる小分類(計20個)の順位、さらには各分類を構成する個別項目の順位が公表される(表1、小分類項目の順位の推移は参考資料:図表4参照)。
表1 IMD「世界競争力年鑑」の4大分類項目と20小分類項目
表1 IMD「世界競争力年鑑」の4大分類項目と20小分類項目
出所:IMD「世界競争力年鑑2021」より三菱総合研究所作成
なお、競争力指標を作成するに当たり採用される統計データは、政府の公表統計が中心である(三菱総合研究所は日本の統計データ収集の支援を行っている)。一方、アンケート調査は、対象国の企業経営層が自国の競争力を評価するものである(他国の評価は行わない)。ちなみに2021年版のアンケート回答者数は世界計で5,776人である。

2021年版では各国につき334個の指標(統計データ(163指標)およびアンケートデータ(92指標)、参考データ※2 79指標)が収集された。このうち、参考データを除く255指標それぞれにつき標準偏差に基づくスコアが計算され、それらを分類(小分類、大分類、および全てを合わせた総合)ごとに合算して、各分類における競争力順位を定める※3

2021年版日本の競争力総合順位は31位

世界競争力年鑑における2021年の総合順位をみると、64カ国・地域中1位はスイスで、スウェーデン、デンマーク、オランダ、シンガポールがそれに次ぐ(参考資料:図表1)。近年では、北欧諸国やシンガポールなどが上位に定着している。日本は31位と前年の34位からは若干上昇したが、中期的に低迷が続いており(参考資料:図表2)、アジア・太平洋地域でも14カ国、地域中10位にとどまる。

日本の経営層は税制、政府の競争力、開放性などを弱みと認識

競争力年鑑では、先に挙げた統計とアンケート結果から作成される競争力指標のほか、自国の強みと認識する項目を経営層に挙げてもらうアンケート調査も行っている(具体的には図1に挙げた15個の選択肢から5つを選ぶ。なお、この結果には競争力順位には反映されない)。
図1 経営層アンケートからみる日本の魅力を構成する要素
図1 経営層アンケートからみる日本の魅力を構成する要素
注1:日本の経営層がみる日本の魅力(15個の選択肢から5つを選択)。「↑」は2020年より2021年に比率が上昇した項目、「↓」は2020年より2021年の比率が低下したもの。
注2:本アンケート項目は、競争力の順位には反映されていない。

出所:IMD「世界競争力年鑑2021」より三菱総合研究所作成
この結果をみると、質の高いインフラや人的資本(高い教育水準、熟練労働力)が日本の強みであり、昨年調査よりもポイントを伸ばしている。一方、税制や政府の競争力、開放性・積極性の評価は昨年に続き低評価であり、経済のダイナミズムといった経済の新陳代謝の活発さを示す項目の評価も低下している。

競争力総合順位の高い国のうち、スイスでは「(競争力に資する)税制」や「ビジネス環境」、スウェーデンやデンマーク、オランダ、ノルウェーでは「開放性・積極性」、シンガポールや台湾では「ビジネス環境」や「経済のダイナミズム」などの評価が高い。

強みの研究開発力も経営層の評価は急低下

従来、研究開発力は日本の強みと認識されてきた。実際、競争力小分類をみると、研究開発支出や特許などの研究開発関連指標からなる「科学インフラ」※4 では高順位を継続しており、研究開発を基盤として形成される知識資本も潤沢に蓄積されてきたとみなすことができる。しかし、「研究開発力」を強みとみなすか、とのアンケート結果をみると、2018年には57.5%の経営層が日本の強みであると評価していたのに対し、2021年は28.3%と、この3年で30%ポイント近くも低下している。

この結果からは、日本の研究開発力の地盤沈下に加え、経営層がもはや「研究開発力」を日本の強みと評価しておらず、研究開発により蓄積された知識資本をビジネスに有効に活用できていないとの認識であることがうかがわれる。背景には、知識資本を支える制度、組織力、人材※5などの補完的な要素に弱点があると考えられ、それらの改善なくしては知識資本の蓄積への懐疑と消極化の悪循環を招くことも危惧される。

第2回の連載では上記の点も含め、2021年版の小分類項目、個別項目のデータを詳細に分析することで日本の競争力構成の強みと弱みを明らかにし、競争力向上のためのヒントを探る。

※1:同年鑑の2020年版の解説はIMD「世界競争力年鑑2020」からみる日本の競争力 第1回:日本の総合順位は30位から34位に下落を参照。

※2:参考データは、競争力順位の算出には用いられないが、競争力をみる上で参考となる。なお、参考データの類似統計が多くの場合統計データとして採用されており、重複は避けられている。

※3:統計データ、アンケートデータ内では各項目のウエートは全て同一である。アンケートは各国の経営層が、自国のみの状況を評価する形をとる。

※4:小分類項目である「科学インフラ」は、R&Dや特許関連の19個の統計データと3個のアンケートデータからなる。

※5:例えば競争力順位の構成要素であるアンケート項目からは、ビジネスニーズに合った教育や熟練労働力やデジタル技術者の厚みなどの課題も認識されている。この点については第2回連載を参照。

参考資料

日本の競争力総合順位は31位

図表1  IMD「世界競争力年鑑」2021年 総合順位
図表1  IMD「世界競争力年鑑」2021年 総合順位
注:( )内は2020年版順位からの上昇(↑)、低下(↓)幅を示す。

出所:IMD「世界競争力年鑑2021」より三菱総合研究所作成

低迷が続く日本の競争力総合順位

日本の総合順位の変遷をみると、同年鑑の公表が開始された1989年からバブル期の終焉(しゅうえん)後の1992年まで1位を維持し、1996年までは5位以内の高い順位を維持していた。しかし、金融システム不安が表面化した1997年に17位まで急低下した。2019年に30位となった。それ以降、3年連続で30位台となっている。

ただし、競争力を規定する要素の変化に伴い、採用される指標は随時入れ替えられているため、過去と現在の総合順位を単純に比較することは適切ではない。近年においては、「グローバル化」「デジタル化」「人材」の3点のウエートが高まる傾向にある。
図表2 IMD「世界競争力年鑑」日本の総合順位の推移
図表2 IMD「世界競争力年鑑」日本の総合順位の推移
出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成

4大分類による日本の競争力順位の推移:改善がみられない「ビジネス効率性」

今回の日本の4大分類による順位をみると、経済状況は12位、政府の効率性は41位、ビジネス効率性は48位、インフラは22位である。特にビジネス効率性分野の低迷は、2015年以降に日本の総合順位を押し下げた主因である。
図表3 4大分類でみた日本の競争力順位の推移
図表3 4大分類でみた日本の競争力順位の推移
出所:IMD「世界競争力年鑑」 各年版より三菱総合研究所作成
図表4は、4大分類およびそれに属する5つの小分類(計20)ごとに日本の順位の推移をみたものである。基本的には、2017年時点に日本の弱みであった財政や生産性・効率性、経営プラクティスなどの小分類項目については改善傾向がみられなかった(むしろ悪化した)。さらに「ビジネス法制」や「取り組み・価値観」などの項目は新たに弱点となりつつある。なお、分類ごとの特徴は第2回の連載で示す。
図表4 IMD「世界競争力年鑑」における日本の大分類・小分類別競争力順位の推移
図表4 IMD「世界競争力年鑑」における日本の大分類・小分類別競争力順位の推移
注:2017年から2020年版では63カ国・地域中、2021年版では64カ国・地域中の順位。

出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成

※:長期にわたり日本の弱点分野に(改善の傾向がみえない)ことは、弱点を構成する項目が相互に補完的であり、部分的な改善が見込めないことが一因と考えられる。この点については第2回連載を参照。

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