第4回 機械翻訳とマッチングプラットフォームが通訳ガイドの仕事を変える

次世代インフラ事業本部  飯田正仁

最近は、海外のニュースや文献を読む際に、機械翻訳サービスを利用する方々も多いだろう。近年の機械翻訳の精度は著しく向上している。特に2016年11月に登場したGoogle翻訳は「ニューラル機械翻訳」というAI技術で精度を大幅に向上させ、翻訳業界のみならず世間一般に大きな衝撃を与えた。

異なる言語間のコミュニケーションを支援する機械翻訳は、社会のさまざまな場面で変化を及ぼすことが予想される。本コラムではその一例として、通訳ガイド(通訳案内士)業界のゲームチェンジについて考察する。

2020年のオモテナシは機械翻訳で

日本を訪問する外国人旅行者が急増している。2017年には約2,900万人に達しており、日本政府は、2020年に4,000万人まで増やす目標を掲げている。今後も外国人旅行者の増加が見込まれる中、これまでは、「施設などのスタッフとコミュニケーションが取りづらい」「多言語表示が少なく分かりにくい」といった外国語対応の課題が指摘されていた。しかし、近年急速に進歩している機械翻訳技術により、これらの課題は解決できそうだ。

すでに、ビジネスや観光で使える実用レベルの機械翻訳技術を搭載したアプリケーションも増えている。スマートフォンやパソコンで利用可能なクラウド型の翻訳アプリに加えて、メガホン型やスティック型の専用携帯型機器も普及しつつある(表1)。2020年の東京オリンピック・パラリンピックをマイルストーンとして、観光など限定した分野での機械翻訳は、ほぼ完成の域に達するだろう。

表1 機械翻訳のアプリケーション例(2018年5月現在)

アプリ
ケーション
開発主体概要
Google翻訳 Google社 入力テキストやGoogle Chromeで閲覧したWebページだけでなく、カメラ、音声、会話、手書き等のリアルタイム翻訳も可能。100以上の言語に対応。
Skype翻訳 Microsoft社 他のSkypeユーザーや電話と別の言語間でリアルタイム翻訳した音声通話・テキストと機械音声での出力が可能。音声通話では8言語、メッセージは50以上の言語に対応。
VoiceTra 情報通信研究機構(NICT) 旅行会話用として高い翻訳精度をもつ音声対応のスマホ用翻訳アプリ。音声認識で声からの入力をテキストに変換し、翻訳結果の表示と音声再生が可能。30以上の言語に対応。
メガホンヤク パナソニック社 空港や駅、イベントホール、観光地などでの外国人向け案内を想定したメガホン型の多言語音声翻訳機。クラウド経由で、定型文追加やソフトウェアアップデートが可能。日本語での発話内容を、日本語・英語・中国語・韓国語で再生。
ili(イリー) ログバー社 旅行シーンに特化したスティック型の小型ウェアラブル翻訳機。ネット接続無しでも利用可能だが、専用アプリ経由で翻訳精度の向上も可能(旅行シーン用に最適化された翻訳辞書を搭載)。日本語での発話内容を、英語・中国語・韓国語で再生。
POCKETALK ソースネクスト社 手のひらサイズの携帯型通訳デバイス。クラウドで最適な翻訳エンジンを自動選択することで、高い翻訳精度を実現。63言語に対応。専用グローバルSIM(通信カード)を装着すれば、Wi-Fi接続しなくても、世界79の国と地域で利用可能。

出所:三菱総合研究所

通訳ガイドの能力として重視される「ガイド」としての質

外国人旅行者が急増する一方、通訳しながら観光地などを紹介する通訳ガイドは、大幅に不足している。

有償で通訳ガイドを行うには国家資格「通訳案内士」が必要だが、資格者自体の不足に加えて、対応言語の偏在(有資格者の約7割が英語)、居住地の偏在(約4分の3が都市部在住)などの課題が指摘されてきた。こうした課題を受けて、通訳案内士法の改正(2017年6月公布)では、業務独占性の廃止や地域通訳案内士制度の全国展開などが規定された。その結果、2018年1月からは、有資格者でない一般のガイドが通訳ガイドを行うことも可能となった。

通訳ガイドは本来、語学力の高さだけでなく、日本の地理・歴史・文化などに関する深い知識も求められる。機械翻訳の支援により通訳ガイドの「通訳」部分のハードルが下がると、「ガイド」としての資質が一層重視される。非常に狭い地域・分野に精通したスペシャリストや、旅行者を楽しませるコミュニケーション能力やコーディネート能力を持ったガイドの価値が高まるだろう(図1)。

図1 通訳ガイドの能力として重視される「ガイド」としての質

図1 通訳ガイドの能力として重視される「ガイド」としての質

出所:三菱総合研究所

通訳ガイドビジネスの基盤は機械翻訳とマッチングプラットフォーム

外国人旅行者の旅行形態・ニーズは多様化している。SNSを通じた情報共有、団体旅行から個人旅行へのシフト、クルーズ船の増加などで、これまで外国人旅行者が訪れなかった地域への訪問も増えている。

こうした動きに呼応して、外国人旅行者と通訳ガイドを結びつけるマッチングプラットフォームにも、さまざまなタイプが登場している。従来の外国人旅行者と通訳ガイドのマッチングのみならず、「通訳」と「ガイド」をペアで行うサービスや、通訳ガイドが自身の語学レベルと通訳料金を設定し、旅行者に選んでもらうサービスなどが用意されている(表2)。

マッチングプラットフォームの多様化からは、通訳とガイドの分業化の傾向がうかがえる。「通訳」部分を機械翻訳に任せ、人は「ガイド」役に徹する将来を見据えたものとも考えられる。機械翻訳に「通訳」を任せられれば、通訳ガイドの役割のうち、「ガイド」としての質が一層重視されることとなろう。将来は、「ガイド」の質の評価に重点を置いたマッチングプラットフォームが人気を博すかもしれない。

表2 外国人旅行者と通訳ガイドのマッチングプラットフォーム例

プラット
フォーム
開始時期運営主体概要
外国人旅行者と通訳案内士のマッチングプラットフォーム
TripleLights 2014年4月 トラベリエンス社 外国人旅行者と通訳案内士のマッチングプラットフォーム。通訳案内士によるオリジナルツアーを販売。
通訳案内士登録情報検索サービス 2018年1月 観光庁 公開を希望した通訳案内士の情報を、公開対象者(旅行会社、ランドオペレーター、DMO等)が閲覧可能なサイト。
RECEPTION 2018年1月 inSky社 外国人旅行者と通訳案内士のマッチングプラットフォーム。事前に、両者がチャットで調整し、旅行者のニーズに対応したサービスを提供。
外国人旅行者と一般ガイドのマッチングプラットフォーム
Huber. 2017年10月 Huber.社 外国人旅行者と観光ガイドのマッチングプラットフォーム。「通訳役」と「案内役」の役務を2人で分けて行う「ペアガイド制度」を導入(マッチング技術特許を取得)。
Travee 2018年1月 H.I.S.社 外国人旅行者と地元ガイドのマッチングプラットフォーム。プラットフォームから、一定の語学力などを有して「Traveeガイド」と認定されたガイドを選択。
※別途、自治体向けに、Traveeと連携した「地域通訳案内士育成プログラム」も提供。
INTERPRETER - Guide in Japan! 2018年2月 プレジャーワークス社 外国人旅行者と地元の通訳ガイドのスマホ用マッチングアプリ。 通訳ガイドが自身の語学レベルと通訳料金を設定、旅行者が通訳ガイドを選択。

出所:三菱総合研究所

通訳ガイドは「ガイド」専業へ

マッチングプラットフォームが定着してくると、大勢の優秀なガイドが参入するようになる。機械翻訳とガイドとの組み合わせによって、対応できる言語や地域の偏りが解消され、日本中くまなく多言語対応可能なガイドが誕生するだろう。

マッチングプラットフォームでニーズに合った通訳ガイドを気軽に雇えるようになると、外国人旅行者の需要が大幅に増える。需要が少ない状態ではボランティアや副業として関わらざるを得なかったが、一人あたりの仕事が増えれば、専業ガイド一本に仕事を絞りこめる可能性がある(図2)。

専業のガイドが増えれば、相乗効果で、新しい観光ビジネスが誕生するだろう。日本は、施設型の観光資源だけでなく、体験型アクティビティにも優れたコンテンツが多い。茶道や華道などの伝統文化や工芸、四季折々の自然体験、海山でのレジャー・スポーツ、古き良き時代の生活体験など、外国人旅行者がこれまで気軽に体験できなかったさまざまなアクティビティで、多くの新規ビジネスが立ち上がることを期待したい。

図2 機械翻訳とマッチングプラットフォームによる通訳ガイドの専業化

図2 機械翻訳とマッチングプラットフォームによる通訳ガイドの専業化

出所:三菱総合研究所


ページトップへ戻る