第2回 モジュール化とアウトソーシング戦略における知財

戦略コンサルティング本部  坂井宏成

本コラムは、ビジネスにおける「勝利の方程式」の中に知財がどのように組み込まれているのか、それが、企業価値の向上にどのように貢献しているのかを考察するものである。

知財戦略にはいくつかの類型があるが、近年、市場に強い影響力をもつための有効な手段といわれるものとして、オープン/クローズ戦略がある。この戦略は、多くの日本企業が苦手にしているとされる。オープン戦略とは、自社の知財を積極的に公開し、他社も巻き込みながらビジネスを有利に進める手法の総称だ。一方、クローズ戦略とは、逆に自社の知財を内部にしまい込み、他社には踏み込ませないようにしながらビジネスを有利に進める手法の総称である。

両戦略の例を下表にまとめた。本コラムでは、これらの具体的な事例を紹介し、その勝ちパターンを考察する。

表 オープン/クローズ戦略の例
オープン戦略の例(1) モジュール化とアウトソーシング戦略の併用
(2) デファクトスタンダードを確立し、市場での優位性を確保
(3) 特許を公開し、市場拡大を達成
(4) 標準化を推進し、収益を上げる
(5) クロスライセンスで市場拡大(デフュージョン)
(6) 定額ライセンス/高額ライセンスによる収益確保
クローズ戦略の例(7) 秘匿化(特許出願をせずに技術を秘匿)
(8) 権利侵害差し止めを効果的に行い、自社の優位性を確保
(9) 特許の独占実施により収益確保

今回は、オープン戦略の中の「(1) モジュール化とアウトソーシング戦略の併用」の例として、半導体露光装置市場の覇者となったオランダ企業、ASML※1の戦略を紹介する。

ASMLは、装置ごとの個体差の少ない露光装置を製造することに成功して市場を席巻した※2。その成功の鍵は、装置のモジュール化によって部品間のインターフェースを統一したとともに、大胆なアウトソーシング戦略を採用したところにあった。

ASMLのモジュール化とアウトソーシング戦略において、知財はどのような役割を果たしたのだろうか。米国での特許出願件数を見ると、ASMLが販売シェアで首位に立った2002年時点では、ニコン、キヤノンの日系メーカー二社と比較して少ないことが分かる(図)。従って、ASMLは、少なくとも保有する特許の件数で競合他社にまさっていたわけではない。

図 競合他社より低い米国企業別特許出願件数比

図 競合他社より低い米国企業別特許出願件数比
(ASMLが世界シェア首位を獲得した2002年) n=555

ASMLは、個体差をなくすためのモジュール化に集中しながら、モジュールの基盤となる部分の特許に限定して保有した。個々のモジュールに関する特許の大部分は、モジュールを製造するアウトソース先企業に保有させ、分業体制を構築していったのだ。これを実現するためのステップは次のとおり:

1.      自社では露光装置の本体設計(アーキテクチャ)を担い、装置を土台、ステージ、レンズ、光源などのモジュールに分割。
2. 自社は、モジュール同士をつなぎ合わせるためのインターフェースの作りこみに注力。
3. 個々のモジュールは、専門の外部メーカーに委託(例えば、露光装置のレンズ部分は、ドイツの老舗レンズメーカーCarl Zeissに委託)。

ニコンやキヤノンといった、アーキテクチャからモジュールまでを自前でカバーしようとする競合他社よりも特許出願件数が少ないのは、こうした理由による。

一般に、モジュール化には、モジュール間の擦り合わせにかかるコストが低減できるところにメリットがある。一方で、参入障壁が下がって競合が増えるリスクと隣り合わせであることが少なくない。そこで、ASMLは、アーキテクチャのコア部分を知財により権利化し、その結果、競合他社による模倣を制限しながら、モジュール化のメリットを自社のみで享受できる仕組みを作り上げた。これを、アウトソーシング戦略と併用すれば、コア部分以外のモジュールの高度化は他社が担ってくれるため、自社はルールメーカーとしてアーキテクチャの更新さえ行えばよい構造が完成する。

モジュール化という形で自社のビジネスモデルをデザインし、その実現に必要な特許を選択的に保有することで、徹底して自社の優位性を守り抜く。一方で、アウトソーシング戦略により、個々のモジュールの特許出願と製造は他の企業に任せて、低コスト化を実現する。これが、ASMLの勝利を支えた知財戦略であった。

ASMLは、特許に限らず、技術ノウハウという広い意味での知財においても、他社と積極的に共有することで、モジュール化戦略を支える活動を行っている。例えば、独立系の先端半導体研究機関IMECにおける材料メーカーとの技術連携も、その一つといえるだろう。IMECというオープンな場で研究開発を実施することで、材料メーカーのさまざまな要求を、的確かつ迅速に把握できる仕組みを作り上げたとともに、他社との協力関係を構築して技術を共有したことが、モジュール化の推進に大きく貢献したものと考えられる。もちろん、こうした技術連携においても、他社と共有した技術は、あくまでもノンコア部分であり、アーキテクチャは内部に留保しておきながら、設計の主導権を握り続けている。


※1: 1990年代の半導体露光装置市場では、ニコン、キヤノンといった日系メーカーが、圧倒的な技術力を武器に高いシェアを保持していた。2000年代に入ってからは、オランダのASMLが、TSMC、SAMSUNGなどのアジア圏の半導体メーカーのニーズを取り込み、半導体メーカーの成長と共に世界シェアを拡大した。ASMLは、2002年には市場シェアNo.1となり、現在では全世界で約80%のシェアを誇っている。
※2: 従来、半導体露光装置は擦り合せ的な要素の強い製品であり、完成品は一つひとつの個体差が大きかった。その結果、装置のユーザーである半導体メーカーは、半導体のロットごとに専用装置を導入する必要があり、導入した装置に不具合が発生した場合、他の装置で代用することが難しいという課題を抱えていた。

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