第9回 特許を活用した市場独占による収益確保

戦略コンサルティング本部  井上淳一

今回は、第2回に提示したオープン/クローズ戦略のうち、クローズ戦略の一つである「(9)特許の独占実施により収益確保」(特許を活用した市場独占)の事例を取り上げる。一般に、特許を活用しても、市場を独占することは容易ではない。通常は市場で「相対的に高いシェア」を獲得し、収益を確保することが目標となる。しかし、その例外として、ある製品に関して高い技術力を持つ中堅・中小企業には、知財戦略を駆使することで当該製品市場を独占している例がある。いわゆるグローバルニッチトップ企業には、このタイプの企業が多い。

知財を活用した市場独占を実現している企業の例として、株式会社ワコムがある。同社は、ペンタブレット(電子ペンで描かれた絵や文字を電子データ化する装置)の製造を目的として1983年に設立された。同社は電子ペンの電池レス・コードレス化を実現、さらに筆圧検知や消しゴム機能の技術を開発し、関連知財を国内外で取得してきた。ペンタブレットの世界市場で80%超のシェアを獲得し、独占状態を20年以上維持している※1

ペンタブレットの世界市場規模は約700億円。他社と共存共栄できるほど大きな市場ではない。ワコムが事業規模を維持するためには、知財を活かして他社に対する優位性を堅持する必要がある。そのため、特許権をはじめとした知的財産権の侵害品の排除が欠かせない。同社は、出願の段階から権利行使を見据えた戦略を採用している。
例えば、目視での侵害立証が容易な技術は特許出願し、立証が不可能なものは権利化せずに秘匿している。また、海外での技術流出を防ぐため、特許権や意匠権は、日本のみならず主要製造国や販売国でも必ず出願している。権利行使も積極的に行い、同社の知財権を侵害した製品が市場に現れるたびに積極的に知財侵害訴訟を提起し、侵害品を排除している。なお、外形上(見た目)の模倣(意匠権の侵害)は技術の模倣よりも権利侵害の発見が容易である。同社では、意匠権を複合させた訴訟戦略により、特許権のみでは侵害の発見が困難な侵害品も排除している。結果、他社に対するけん制力は一層強力なものとなった。このように、権利行使までを想定した用意周到な出願と継続的な権利行使が、長期にわたる独占的シェア確保の要因だ。

権利行使まで考えた知財権の出願、積極的な訴訟提起などのワコムの戦略は極めてオーソドックスである。だが、実際に独占状態を長期間継続するのはたやすいことではない。ワコムがそれを実施できた要因としては、事業を多角化せず、ペンタブレット事業の拡大・進化で成長を目指す経営方針が明確で、一貫性があることが大きい。
一貫した経営方針の下で、経営戦略を支える知財戦略のスコープ(範囲)および時間軸が明確化される。知財部門は「どの技術領域に特許で参入障壁を構築するか」、「周辺特許の出願などで、ある基本特許の効力をどの時期まで(事実上)延ばす必要があるか」、「特許権でカバーできない領域を、意匠権でいかに補うか」などの判断を的確に下し、実行する最適な知財戦略を策定できた。

高い技術力を持つ中堅・中小企業やニッチトップ企業にとって、市場独占により技術を収益化し事業を存続、発展させるためには、一貫した事業方針の策定が重要である。大企業にとっても、自社技術を活用した新規事業において、他社の市場参入をけん制し、事業成功の確率を高めるための知財戦略の構築と実行は必須である。その際の知財戦略の視点として、ワコムの事例は参考とすべき点が多い。



※1: 同社有価証券報告書(2015年3月期)にると、2014年の世界シェアは88%、国内シェアは94%。

関連する企業のお客様向けサービス

ページトップへ戻る