バイオセンシング技術で感染症の流入を防ぐ

科学・安全事業本部  平川幸子

  • Point
  • ●薬の効かない菌・ウイルスが世界中で発生している
  • ●「薬剤耐性菌・ウイルス」の流行防止にはバイオセンシング技術※1)の開発が急務だ
  • ●航空機内の空気を調べる早期探知システムの構築で、水際対策も

「病院で抗菌薬を1週間分処方されたが、熱が下がったので途中で飲むのを止めてしまった」
多くの方が一度は経験したことがあるだろう。しかし、その行為が大きなリスクを招くことをご存じだろうか。処方された薬剤を飲みきらないのは、菌・ウイルスの死滅に必要な量の抗菌薬・抗ウイルス薬(以下、「抗菌薬等※2)」)を服用しないことに等しい。その結果、体内の菌・ウイルスが生き残るだけでなく、その薬剤に対する抵抗力をつけ、薬剤が効きにくくなった薬剤耐性菌・ウイルス(以下、「薬剤耐性菌等」)が発生するおそれがあるのだ。

多様な抗菌薬等の開発により、1970年代までに感染症は主要な死因ではなくなった。例えば、日本で年間10万人を超えていた結核による死者は、抗菌薬の開発後、数千人に激減した。一方、感染症による死者の減少を受けて1990年代以降は抗菌薬等の開発が停滞しているため、薬剤耐性菌等による感染症が発生しても治療薬がない事態が起こり得る状況にあり、世界的な問題となっている。現在のペースで薬剤耐性菌等が増加し、何も対策をとらない場合、2050年には世界で年間1000万人の死亡者が発生する試算もなされている※3)

薬剤耐性菌等の発生を抑制する手法の1つとしては、発生動向調査(サーベイランス)の重要性も指摘されている。現在のサーベイランスは、医療従事者が患者から採取した検体(体液等)を専門機関で検査し、発生している菌・ウイルスなどの情報や分析結果を国に報告する。この仕組みでは、検体を収集する過程を「人」に依存している上、検査に数時間~数日の時間を要するため、仮に薬剤耐性菌等が発生していても、確認に至るまで数日間のタイムラグが生じる。

しかし、バイオセンシング技術が進歩すると、迅速な検査・検出が可能となる。例えば、現在は患者の痰(たん)等を培養する形で行われている結核菌検査については、酸素蛍光センサーを備えた結核菌の検出感度が高いシステム(MGIT法)や、遺伝子レベルで特異配列を検出する分子生物学的手法の開発が進められている。麻疹ウイルスやノロウイルス、インフルエンザウイルスなどについても、同様に遺伝子レベルの特異配列の検出が可能であることから、迅速な診断技術の開発が進められている。

また、バイオセンシング技術の精度が向上すれば、少量の菌やウイルスによる検査が可能となる。さらに、気体の捕集技術が進み、空気中に含まれる病原体を遺伝子レベルで検査可能にすれば、薬剤耐性菌等の遺伝子変異の有無を早期に検出できる。

2020年オリンピック・パラリンピック東京大会では、海外から多くの選手や観光客が来日すると予想されている。空港など、多様な感染症患者や発病していないキャリア(保菌者)が流入する可能性がある場所で、バイオセンシング技術を活用する仕組みを確立することは、水際での流入抑止に有効である。また、航空機内の空気を集め、着陸後に空港で病原体の検査を迅速に行う仕組みを機能させれば、さらに早期の発見・抑止が可能となるだけでなく、保菌者の迅速な停留・隔離などにつながり、国内での感染拡大を未然に防止できる。

図 感染症患者の早期探知の仕組み(案)

出所:三菱総合研究所

図 感染症患者の早期探知の仕組み(案)

将来的には、国内の病院などに空気の捕集機を備え、医師や検査機関を介さず分析データを保健所や国に通知する仕組みも考えられる。検体収集を自動化し、検査にバイオセンシング技術を用いることで、薬剤耐性菌の発生等を早期探知し、感染症の流入を防ぐシームレスなシステムが実現する。

公衆衛生、とりわけ感染症対策は、グローバルな社会課題のひとつである。今後の技術革新により、従来は不可能だった感染症の拡大防止策が実現することを期待しつつ、これら社会課題の解決に向けて、当社もサーベイランスシステムの高度化技術に関する研究を行っていく。

※1 生体や生体分子の持つ優れた分子認識能力を活用した計測技術

※2 一般に「抗生物質」と称される場合もある(抗生物質は抗菌薬の一種)

※3 英国保健省資料(Antimicobial Resistance:Tackiling a crisis for the health and wealth of nation),2014.12


ページトップへ戻る