再生医療市場
-市場の現状と今後の課題-

戦略コンサルティング本部 産業戦略グループ  林直樹

1. はじめに

再生医療は、主に病気、けが、障害などで失われた人体組織とその機能を組織再建や細胞治療により回復させる治療法である。将来的には、糖尿病や腎不全など従来は治療法が存在しない疾患の根本治療が可能になると期待されている。国内では、京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞を樹立し、ノーベル賞を受賞したことで再生医療に注目が集まった。また、2013年11月には、再生医療に用いる製品を従来の医薬品とは異なる新たな分野として定義した改正薬事法と、医療行為として提供される再生医療について定めた再生医療新法が交付され、国内において再生医療を推進させるための法制度も整いつつある。

本レポートでは国内外における再生医療の技術、市場動向を俯瞰するとともに、日本の再生医療の抱える課題と解決策について考察したい。

2. 再生医療の俯瞰

再生医療は、スキャフォールドと呼ばれる細胞の増殖を支持する基材を用いる方法(以下「スキャフォールド治療」)と、直接細胞を用いる方法(以下「細胞治療」)に大別される。まずは、この分類法に従って再生医療の技術と市場について俯瞰する。

2.1 再生医療技術の概要

スキャフォールド治療は組織再建を主眼においた治療法である。器材を損傷部位に留置し、これが細胞接着・増殖の足場として機能することでスペースを作り、組織再建を助ける。スキャフォールドとしては、細胞自ら分泌し、細胞間を埋めている細胞外マトリックス(例:コラーゲンやプロテオグリカン)を用いた生体由来スキャフォールドや、細胞外マトリックスを模倣した人工材料を使った生体模倣スキャフォールドなどが存在する1)。スキャフォールド治療は歯周病治療などの分野で成果を挙げている。

一方で、細胞治療は、細胞そのものを用いた組織再建や細胞から分泌される生理活性物質に着目した治療法である。細胞治療により、神経の治療(アルツハイマー病やパーキンソン病、事故による脊椎損傷)や心筋の治療(心筋梗塞、心筋症、筋ジストロフィー)、糖尿病、腎臓病などの慢性疾患の根治治療が可能になると考えられており、盛んに研究されている。

以下では、再生医療の中でもホットな細胞治療の発展状況を追って見ていきたい。

細胞治療は、血液細胞を用いた治療から始まった(図2-1)。1970年代より再生不良性貧血や白血病などの難治性骨髄性疾患に対して、造血性幹細胞を患者に輸注する治療方法が確立し、現在の骨髄バンクや体性幹細胞を用いた再生医療につながっている2)。1970年代には、単に細胞を注入するだけではなく、シート状の組織を構築した上で、人体に適応する技術が開発された。1993年頃にはLanger(MIT)とVacanti(Harvard)らにより、ティッシュエンジニアリングという概念が提唱された3)。ティッシュエンジニアリングとは、工学と生命科学の融合により、人工材料と細胞・生理活性物質を組み合わせる技術のことである。これにより生体機能を代替する製品を作ることができる。これは現在の細胞シート(心筋シート)にもつながる考え方である。1990年代後半には、体細胞と比較して、分化能力が高く、さまざまな細胞に分化可能なポテンシャルの高い細胞を用いるための研究が進み、1998年にJames(Wisconsin)がヒトES細胞を樹立することでES細胞を用いた研究が盛んになる。ES細胞は生きた受精卵を壊す必要があるため、倫理面での問題が指摘されていた。このため、ヒトの受精卵を用いないiPS細胞の活用が検討されるようになった。

図 2-1再生医療の技術の俯瞰図

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出所:各種資料より三菱総合研究所作成

2.2 再生医療市場の概要

ここまで、再生医療の技術の歴史と技術開発の取り組みを紹介した。次に、再生医療市場について見ていく。

世界的に再生医療ビジネスとして成功しているのは、細胞治療ではなくむしろスキャフォールド治療である4)(図2-2)。成功の理由は、スキャフィールド治療は、細胞そのものを用いる方法ではないため、大手医療機器メーカーが、再生医療以前から提供してきた製品ラインナップを改良として、いち早く上市させたためである。

一方、細胞治療の担い手の中心は、ベンチャー企業である。製品化に向けた研究開発や治療方法を確立したとしても、大手医療機器メーカーのような既存の販売や供給体制をもっていない。新たな販売や供給体制を、自ら構築しなければならず、高コスト体質に陥りがちで、ビジネスモデルも確立していない。以上のような理由から、細胞治療は、スキャフォールド治療と比較して、市場規模はいまだ小さく、ビジネスとして成功するための課題は多い。

図 2-2再生医療のタイプ別の市場概略

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出所:三菱総合研究所

2.3 国内再生医療の概要

日本発の再生医療技術として、iPS細胞の作成とさまざまな組織に分化させたiPS細胞を用いた治療があることは言うまでもない。その他にも、セルシード社の細胞シート技術と、この技術を用いて作成した心筋シートによる拡張型心筋症の治療、患者の軟骨組織から採取した軟骨細胞をコラーゲンのような支持体(マトリックス)の中で培養・増殖させる技術があり、他にも鼓膜再生や脊椎損傷により傷ついた神経再生など臨床研究、臨床試験中の技術が多数存在している。しかし、国内の再生医療市場は、先述したとおり、高コスト体質とビジネスモデルが確立していないことから、成功を収めている企業は存在しない。

近年のiPS細胞の発明、世界に先駆けた臨床研究の開始、再生医療関連法案の成立から、日本が世界の再生医療市場を先導しているような印象もあるが、米国等と比較すると、後れをとっているのが実情である。臨床試験を経て、日本で再生医療製品として承認されているのは、ジャパンティッシュエンジニアリング社が発売している重症熱傷における培養皮膚、外傷性軟骨欠損症における培養軟骨の2品目だけである。

一方で、海外に目を向けると2013年2月における承認品は米国11品目、韓国17品目、また臨床開発段階の件数でも米国110件、韓国33件、日本4件となっており5)、品目数だけに着目すると、日本は大きく後れを取っている状況である。(図2-3)

図 2-3承認済み再生医療製品の国・地域別比較

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出所:平成24年度中小企業支援調査(再生医療の産業化に資する諸外国の制度比較に関する調査)を元に作成

3. 再生医療の抱える課題

安倍首相が示した日本再興戦略においても革新的医薬品、医療機器と共に再生医療等製品の世界に先駆けた早期実現が明言されている。冒頭で述べたとおり、2013年に一連の法整備が行われたが、再生医療製品の開発促進には法整備だけでは不十分であり、法整備に結びついた各省の省令ガイドライン、システム、保険償還の仕組みの整備が進んでいる。これにより、国内で治療効果の高い、多くの再生医療製品が承認されることが期待されているものの、再生医療の産業化には企業の新規参入の促進が必要不可欠であり、上記の取り組みだけでは対応できない課題も多く存在している。

一つ目の課題は再生医療市場の導入期~成長期にかけての収益化の仕組み作りである。従来の医薬品産業は、製品化すれば、工場で大量生産が可能であったが、細胞治療の場合には、個々の患者での細胞採取、細胞輸送、加工培養などのバリューチェーンを構築する必要がある。結果として、細胞治療は、製造・販売のプロセスが複雑で高コストにならざるを得ず、収益化が難しく、上市の障害となっている。

二つ目の課題は、全体感をもったリーダーによる、戦略的取り組みの欠如である。レポート中で紹介したように、再生医療にはさまざまな種類があり、細胞治療一つとっても多岐にわたっている。一つの技術に固執せず、再生医療全体を俯瞰してポートフォリオを組んで研究開発を行っていく必要がある。このため、日本の再生医療の司令塔となるような組織が必要である。そこでは各省庁に分かれていた予算と権限を一元化し効率的、戦略的に研究開発を行っていく。同様に製品だけでなく、再生医療のバリューチェーンに関わる周辺産業も含めて再生医療産業全体を強化することも必要である。

3.1 収益化への取り組み

解決策としては、コストの低減による収益の改善と、市場自体の拡大による市場活性化の二つが必要である。

(1)製造技術の開発によるコスト削減

コスト低減では、コスト高の原因である製造プロセスを自動化するとともに、プロセス管理手法の改善、品質管理手法の確立等により効率化することが必要である。ただし、製品ごとに大きく異なる製造方法を効率化するためには、新たな技術開発とノウハウ蓄積によるプロセス改善が必要である。

(2)対象疾患の転換と拡大

再生医療は医療であると同時に製造業であると考えることができる。製造業において収益化を目指せば、製造設備の稼働率の向上が必須である。この点が考慮されていないビジネスモデルは成功しない、もしくは国の補助金政策に頼り、脆弱な足腰の産業にしか育たないだろう。まずは、自らの足で立つ準備をする必要がある。

この観点から、市場の拡大を考えると、取り組むべき疾患を従来のように「技術的に見通しが立つ分野」から「患者から求められる分野」へシフトさせる必要がある。具体的には治療コストが非常に高い、あるいは治療法が無い分野である、心筋梗塞や脊椎損傷などでの治療法開発が望まれている。さらに、ニーズが大きく市場として拡大しやすいという意味で、美容や発毛分野なども視野に入れる必要がある。また、自国内以外の市場へ積極的に展開することで収益を上げる仕組みを整えることも重要である。

3.2 全体感をもった戦略的取り組み

再生医療全体を俯瞰した戦略的な競争的研究資金の配分や周辺産業の産業化促進の二つが考えられる。

(1)競争的研究資金の配分

日本で開発されたiPS細胞は日本の強みであり、集中的に多額の研究開発費が投じられ、技術において世界を先行している。一方でiPS細胞の実用化時期については「滲出型加齢黄斑変性に対する自家iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植に関する臨床研究」が実施されているが、一般の患者に提供されるのは早くても2020年である。再生医療は現在進行形でグローバルに展開されている。実際に提供されている再生医療についても日本が技術で世界に対抗するための研究開発に取り組む必要がある。一つの技術に絞るのではなく、戦略的にポートフォリオを組んで研究開発に取り組んでいく必要があると筆者は考えている。そのためにも、予算の配分権を持ち、戦略的投資も行える、再生医療の司令塔的組織が必要なのである。

(2)周辺産業の活性化

再生医療製品を患者に届けるまでには、細胞の採取、細胞の輸送、加工培養などのバリューチェーンが存在する。周辺産業も含めた再生医療産業活性化のためには、関連企業が集まり明確なルール作りを行い、参入企業を増やすこと、バリューチェーン上で関連する製品同士のすり合わせなどが打ち手として考えられる。現在、再生医療の関連企業100社以上が再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)を組織し、国際的な視点で再生医療の産業化戦略、実現化を目標に活動している。具体的な取り組みとして、品質試験の基準作りや、ユーザー、アカデミアとの連携を行っている6)。また、日本に強みのある装置分野や世界に率先して国際的なルール作りに取り組むべき輸送サービスや細胞加工に関わるバイオプロセシングに関しては国際標準化活動が活発に行われている。

図 3-1 FIRMに設置された検討分野

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出所:グローバル認証基盤整備事業戦略重点分野における国際認証基盤整備検討事業報告書より三菱総合研究所作成

4. まとめ

再生医療の産業化への取り組みによって、将来的に発症後、継続的に治療が必要であった疾患の根治が可能になり、われわれの健康と医療費の抑制に寄与することが期待される。課題解決に向けた目標設定と不断の努力と実行により、日本の再生医療が世界の先頭にたち、日本発の技術で多くの患者が救われる未来を創りたい。

5. 参考文献

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