医療・ヘルスケア分野における「次世代検査・診断」
─遺伝子検査等の技術開発動向とビジネスチャンス─

経営イノベーション本部  相引梨沙

1.注目される「次世代検査・診断」

高齢化が進み生活習慣が変化する中で、慢性疾患(がん、糖尿病、心疾患等)の患者が世界的に増加することが見込まれている。

世界保健機関(WHO)によると、世界全体で年間約1,400万人が新たにがんと診断されており、2030年頃に約2,400万人(1.7倍)まで増加すると予測されている。また、慢性疾患が社会・経済に与える影響も大きく、がんによる経済的なコストは2010年時点で約1兆1,600億ドルと推計されている。

患者数の増加を抑制し、社会的・経済的な影響を軽減させるためには、これまで医療の中心だった疾患発症後の「治療」に加えて、「未病・予防」、「予後・リハビリ」といった治療前後の領域におけるさらなる技術開発が求められている。

こうした中、後述する通り、個別化医療や、疾患の早期診断・リスク予測を実現する「次世代検査・診断」に関する技術の研究開発と事業化が急速に進みつつある。

研究開発等の活発化を背景に、将来的な市場拡大も期待されている。「次世代検査・診断」の関連市場は、2025年には世界全体で2017年時点の約3倍、132億ドルまで成長すると見込まれている。

「次世代検査・診断」の技術革新は、医療現場や患者のQOL等に大きな効果をもたらすことが期待されている。

一つ目の効果は、「治療」における個人に最適化された個別化医療の実現である。患者ごとに最適な治療薬・治療法を選択・検討することで、治療効果を最大化できるようになる。

二つ目の効果は、疾患の早期診断・リスク予測が可能となることである。「未病・予防」領域では、より早期に疾患を発見・診断、あるいは発症リスクを予測し、軽度なうちに疾患を治療、発症・重症化を予防できるようになる。また、「予後・リハビリ」領域においては、治療後に疾患の再発やそのリスクを、より早期かつ正確に予測できることで、再発の抑制、健康の回復促進が実現できる(表1)。

表1 「次世代検査・診断」技術によってもたらされる効果

表1 「次世代検査・診断」技術によってもたらされる効果

出所:三菱総合研究所

2.「次世代検査・診断」の技術開発動向

2.1 遺伝子を活用した「次世代検査・診断」

「次世代検査・診断」とは、遺伝子、代謝物(唾液、尿等に含まれるタンパク質、アミノ酸等)、微生物、生体情報(音声、心電図等)等の新しいバイオマーカー(生物学的指標)を活用した検査・診断である。「次世代検査・診断」として、現在活発に研究開発が行われているのが、遺伝子検査である。

代表的な遺伝子検査には、次の二つがある。一つは、個人が生まれつき保有し、原則的に生涯変化しない遺伝学的情報を明らかにする検査である。もう一つは、疾患病変部・組織の病状によって変化する遺伝子情報を明らかにする検査である。後者の例としては、がん細胞の遺伝子変異を検出する遺伝子検査等が該当する。

遺伝子検査は、ヒトの全ゲノム配列の解読(2003年)、次世代シーケンサーの誕生(2005年)を受けて、技術開発が大きく進展した。検査に用いられるシーケンサーの解析技術の向上により、検査時間の短縮、コストの低下が急速に進んでいる。2003年に初めて実現したヒトの全ゲノム解析には約13年の歳月と約30億ドルの資金を要したが、米国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)によると、2017年時点で1人当たりの全ゲノム解析にかかる時間は約1日にまで短縮され、コストも約1,000ドルまで下落している。

検査の短時間化および低コスト化に伴い、最近では特に、特定の単一遺伝子について遺伝子型・変異型を明らかにできる単独遺伝子検査が、医療現場や一般の消費者間に普及し始めている。

さらに最先端の技術開発領域では、複数の遺伝子あるいは全ゲノムの遺伝子型・変異型を網羅的に調べる、マルチ遺伝子検査・診断の技術開発へと重心が移行してきている。

このような技術開発の流れを受け、表1に示した大きな変化(個人に最適化された個別化医療、疾患の早期診断・リスク予測)が生まれつつある。

2.2 遺伝子検査が実現する個別化医療

遺伝子検査は、治療や創薬において個人に最適化された医療の実現に寄与すると期待されている。

例えば肺がん治療では、患者の遺伝子変異ごとに効果のある治療薬を選択可能となっている。具体的には、EGFRという遺伝子に変異がある患者に対して、高い治療効果が認められている肺がん治療薬「イレッサ」が適用されるようになってきている。このように、遺伝子変異ごとに有効な治療法や治療薬が徐々に明らかになっている。

現在の個別化医療の中心は、単独遺伝子検査(コンパニオン診断)を活用した、がんの治療薬の選択である。しかしながら、がんを含めた多くの疾患は、複数の遺伝子等の影響で発症・進行する。病状の進行や治療効果に、複数の遺伝子変異等が密接に関わっており、単独の遺伝子変異から個人に最適化された治療を見つけ出すのは困難だ。効率的かつ高精度に最適な治療法を発見するためには、より多くの遺伝子を対象とする検査・診断が必要である。

こうした需要に応えるため、世界各国の企業・研究者らがマルチ遺伝子検査・診断の技術開発に注力し始めている。近年特に注目されるのが、複数の遺伝子を対象とした遺伝子パネル検査と、全ゲノムを対象とした全ゲノム解析検査である。例えば米国では、Foundation Medicine、Illumina等の遺伝子解析サービス・機器企業が参入している。日本でも、2018年4月から国立がん研究センターの複数のがん関連遺伝子変異を対象とした「NCCオンコパネル」検査が初めて先進医療として承認されている(表2)。

表2 遺伝子検査の分類と具体的事例

表2 遺伝子検査の分類と具体的事例

出所:三菱総合研究所

2.3 遺伝子検査による疾患の早期診断・リスク予測

さらに遺伝子検査は、「未病・予防」、「予後・リハビリ」領域における疾患の早期診断・リスク予測にも応用され始めている。

多くの疾患の発症や悪化には、個人が生まれつきもっている遺伝子型と、その変異型の二つが関わっている。当然ながら、疾患の発症や悪化には、遺伝子以外に生活習慣等の環境要因も影響する。だが、遺伝子検査には、疾患の要因をより直接的に特定・把握できるため、より効率的かつ高い精度で疾患の早期診断・リスク予測ができるという多大なメリットがある。将来のがん発症リスクに備えるため、米国の女優アンジェリーナ・ジョリー氏が乳がん・卵巣がんリスクに関する遺伝子検査を受け、乳房切除手術、卵管卵巣摘出術を受けたことはよく知られている。

疾患の早期診断・リスク予測を実現するためには、遺伝子等のバイオマーカーの状態と疾患との因果関係の解明が重要だ。この因果関係が分かることで、疾患が発症・再発する前の段階で検査・診断を行うメリットが飛躍的に向上する。バイオマーカーの状態から、将来的な発症・再発リスクをより正確に分析・予測できるようになれば、効果的な発症・再発リスク対策や予防的治療を行いやすくなる。発症後の「治療」ではなく、発症・再発前の「予防的対策」としての活用と言えよう。

具体的な取り組みとして、グローバルでは注目すべき研究開発が進められている。例えば遺伝子解析事業を展開する米Guardant Healthでは、健常者や、がん治療を受けた後に再発が心配される「がん生存者」に向けたがんの早期診断・リスク予測検査を開発するProject LUNARに取り組んでいる。

3.「次世代検査・診断」技術がもたらす新たなビジネスチャンス

3.1 疾患リスクの把握と生命保険業界

「未病・予防」「予後・リハビリ」の各領域において、今までは分かっていなかった人々の疾患リスクや再発リスクを定量的に把握できるようになると、さまざまなビジネスに大きな変化をもたらすことになる。

生命保険業界を採り上げてみよう。商品としての医療保険を考えれば、疾患リスクがある程度予測可能になると、多くの人が少しずつほぼ定額を出し合い高額医療費に備える、という前提が崩れる可能性がある。その場合、疾患リスクが高い人だけが加入すると、支払額が増加するため保険商品は成り立たなくなる。一方で、保険業界では新たな戦略を採る動きも始まっている。加入者の健康状態や将来の疾患リスクに応じて、加入時や加入後の保険料を変動させる商品・サービスである。

例えば、第一生命グループのネオファースト生命保険では、健康診断の結果等から、ユーザーの「健康年齢」を算出し、保険料に反映させる保険商品を提供している。加入後の保険料は3年ごとに見直され、更新時の健康年齢が反映される仕組みとなっている。また第一生命が提供する健康増進サポートアプリ「健康第一」と連携し、健康年齢、健康タイプに応じた改善指標・アドバイス、改善コースの提供等、食事・運動・睡眠の面からユーザーをサポートする付加サービスも提供している。

がんの早期発見に注目している保険会社も現れている。日本生命保険は2017年9月から、新しいバイオマーカーの一つである唾液を利用した、がん早期発見検査「SALIVA CHECKER」を開発・提供するサリバテックと提携し、新たな保険商品・サービスの開発に取り組んでいる。2019年度にも同検査サービスを提供開始する方針で、日本生命保険の社員1,000名を対象に実証研究を実施する等、実用化に向けた具体的な取り組みが進んでいる。

「次世代検査・診断」を活用した疾患の早期診断・リスク予測等の観点を組み入れることで、保険加入の制約となっていた年齢や罹患経験等の条件を見直すことも可能である。条件の見直しは、これまで保険加入できなかった新規ユーザーに対しても新たに保険商品を販売できる機会を創出し、ターゲット層の拡大を目指すことができる。

3.2 疾患リスクの把握とビジネスチャンス

一般的にビジネスにおける事業収益拡大策は次の三つに集約できよう(表3、図1)。

  • ①対象ユーザーの拡大(ボリューム拡大)
  • ②魅力度・顧客満足度の向上(高付加価値化)
  • ③利益率の向上(高収益化)

先ほど見た生命保険業界で考えれば、①としては、疾患リスクの低いユーザーの保険料割引、再発リスクの低いユーザーの保険再加入促進(がん保険に再加入できない時期の短縮)等の商品・サービスが考えられる。②としては、疾患リスクに応じた付加サービスの提供が挙げられる。

生命保険以外にも、同様に考えるべき業界はある。例えば自動車業界では、高齢であっても認知症リスクが低いユーザーには、より長く自動車を利用してもらうことが可能かもしれない。また介護・ケア業界では、認知症等の疾患リスクの高いユーザーに対して、発症・重症化する前に予防的に介護・ケアプログラムを提供できるだろう(表3)。

このように、人々の疾患リスクが明らかになり、健康状態を把握できるようになることが、ビジネスにとって重要な意味を持ち、ユーザー層や事業収益を拡大させるチャンスを得られる業界は少なくないだろう。もちろん、「次世代検査・診断」技術は、消費者の差別的取り扱いに対する懸念があることや、消費者による逆選択の問題※1を生じさせる可能性もある。各業界の業法・商習慣や、文化・倫理的な側面にも留意して、活用方法等を判断する必要はあるものの、技術の進展は常に社会制度を上回るものである。積極的な活用も視野に入れるべきであろう。

※1:不利な遺伝情報を知った消費者が、その情報を企業に公開せずに、自分に有利な商品を選択する問題を指す

表3 企業の事業機会・メリットとサービス展開イメージ(例)

表3 企業の事業機会・メリットとサービス展開イメージ(例)

出所:三菱総合研究所

図1 企業の事業機会・メリット

図1 企業の事業機会・メリット

出所:三菱総合研究所

3.3 イノベーションを事業成長につなげるために

これまで述べてきたように、「次世代検査・診断」が普及していく未来において、人々の健康状態の良しあしそのものや、個人の疾患リスクを把握することが、ビジネスに影響を与える企業・業界(ヘルスケア・その周辺領域等)においては、これらの技術を有効活用する戦略を検討すべき時代を迎えている。

企業はまず、自社顧客の健康状態や疾患リスクを正しく把握・分析することが手始めであろう(ビッグデータ収集・蓄積・解析)。その上で、顧客の健康状態や、将来的な健康リスクを踏まえ、上記①~③に挙げた事業メリットの獲得を目指し、的確な戦略を構築していくことが求められる。

「次世代検査・診断」技術の開発は、いまだ発展途上である。だが、世界中で本領域に対する研究開発投資が行われ、急ピッチで技術開発が進められているため、現時点では想定し得ない急激な変化が起こる可能性もある。

「次世代検査・診断」の技術革新が自社ビジネスにもたらす正・負の影響を理解し、柔軟に戦略判断・実行できる企業こそが、新たな成功機会を得られると考える。

4.参考文献

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