IMD「世界競争力年鑑」からみる日本の競争力 第3回 日本の競争力向上に向けて

政策・経済研究センター  酒井博司

今回の連載では、各国の競争力の比較を行うとともに、連載の第1回第2回を受け、日本の競争力向上のポイントを探っていきたい。

競争力の各国比較

連載の第2回では、日本の競争力を4個の大分類と20個の小分類(経済、政府効率性、ビジネス効率性、インフラの4大分類それぞれにつき5個の小分類)より分析した。4大分類で見た日本の弱みは、政府効率性とビジネス効率性にある。政府の効率性としては、財政赤字や法人税率の問題のほか、ビジネスを円滑に行うための規制や法制面における弱みが目立つ。ビジネス効率性の分野では、意思決定速度や変化への対応力など経営の問題に加え、デジタル技術やビッグデータの活用度にも弱みがあるとの結果であった。それでは、諸外国の競争力の構成(強み、弱み)はどのようになっているだろうか。各国との比較から、日本の競争力を掘り下げる。

日本の競争力構成は米独中韓と同グループ

63カ国のデータをもとにクラスター分析(最長距離法)を行い、競争力の強みと弱みが類似した七つのクラスターに分類した(表1)。それによると、計7個のクラスター(A~G)で、先進国はほぼ三つのクラスター(A、B、C)に分類される。日本の今後の競争力向上の方向を検討していくにあたり、今回はこの三つのクラスターに注目する。日本は米国、ドイツ、中国、韓国と同じクラスターAに分類された。なお、北欧諸国(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)は香港、シンガポール、台湾などと同じクラスターB、フランスはイタリア、スペイン、ベルギーなどと同じクラスターCとなっている。

以下では、主なクラスターごとに競争力の強みと弱みの構成をみていく。まず、科学インフラや技術インフラに相対的な強みがあるのがクラスターAである。ただし、強い科学インフラや技術インフラ力を競争力の向上につなげるには、補完する要素が整備されていることが重要であり、その整備度に応じ順位が変動している。ここで日本と同じクラスターAの米国、ドイツ、中国は、いずれも日本より総合順位が上であり、特にビジネス効率性分野の差が総合順位の差となって表れているとみることができる(日本のビジネス効率性分野は、ここ5年間で唯一順位が低下している大分類項目(第2回、図2参照)である)※1。クラスターAでは、技術や科学インフラの強みを活かすよう、ビジネス環境を整備し、競争力を向上するのが妥当な方向であろう。日本の弱点としては、生産性・効率性分野、および、経営プラクティス分野の構成項目である意思決定の迅速性や市場への柔軟な対応力などが挙げられているが、この分野におけるデジタル技術の活用余地は大きい。

総じて順位の高い北欧や香港、シンガポールからなるクラスターBは、経済の一部に弱い部分があるものの、その他の政府効率性、ビジネス効率性、インフラは満遍なく強い(弱みがない)点が特徴である。一方、フランスやイタリアからなるクラスターCにおいては、特にビジネス効率性を構成する項目や雇用、租税政策などが極端に弱く、それが競争力総合順位の低さの一因となっている(図1)。

科学インフラ、技術インフラの強み活用が鍵

今後日本が競争力を向上させていくに際し、クラスターB型のようなオールラウンダーを目指すことは、経済規模の観点から難しい。それよりも、企業がビジネスを行いやすい環境を整備することでビジネス効率性の改善をしつつ、科学インフラや技術インフラの強みを活かすクラスターA型における競争力向上を目指すべきであろう。

表1 競争力順位の構成に基づくクラスター分類

ABCDEFG
日本 カナダ フランス マレーシア インド ブルガリア ロシア
米国 英国 ベルギー タイ インドネシア ハンガリー ウクライナ
ドイツ オランダ イタリア UAE フィリピン クロアチア ルーマニア
中国 デンマーク スペイン カタール カザフスタン スロバキア モンゴル
韓国 スウェーデン ポルトガル トルコ スロベニア メキシコ
ノルウェー オーストリア チリ キプロス ブラジル
スイス フィンランド ギリシャ コロンビア
ルクセンブルク チェコ サウジアラビア ベネズエラ
アイスランド エストニア ペルー
アイルランド ラトビア ヨルダン
香港 リトアニア 南アフリカ
シンガポール ポーランド
台湾
オーストラリア
ニュージーランド
イスラエル

出所:IMD, “World Competitiveness Yeabook2018”より三菱総合研究所作成

図1 主要国の競争力構成の比較

①クラスターA

図1 主要国の競争力構成の比較 図1 主要国の競争力構成の比較

②クラスターB

図1 主要国の競争力構成の比較 図1 主要国の競争力構成の比較

③クラスターC

図1 主要国の競争力構成の比較

出所:IMD, “World Competitiveness Yearbook” 各年版より三菱総合研究所作成

競争力をいかに向上させていくか

IMDの世界競争力年鑑は、単に総合順位をみて一喜一憂すべきものではない。しかし競争力を構成する要素を項目別にみれば、日本が長期的かつ持続的に競争力を向上させるために対応すべき点を考える際のヒントが数多くある。

小分類項目や個別指標の結果からは、日本の科学インフラや研究開発力の強さが見て取れる。これらは持続的成長のために必要であり、競争力の強化をもたらす必要な要素である。しかし、科学インフラや研究開発力の強さが競争力につながっていないのであれば、それらを活用するための補完的条件であるビジネス環境、および活用する仕組みと方向性に問題がある。そのため、日本の競争力向上策としては、大きく、1)ビジネスを行いやすい環境整備、2)科学インフラ力を活用する仕組みと方向性の検討、の2点を考えることができる。

ビジネスを行いやすい環境の整備

補完的条件に関しては、第2回で指摘した、日本の対内直接投資の低迷と、生産性、競争力の停滞との関連を例として考えることができる。投資先としての魅力度を反映する対内直接投資は、企業が競争力を発揮できる土壌では高まる。さらに、対内直接投資を通じたスピルオーバー効果が企業の競争環境を改善する点も考えれば、対内直接投資の増加と生産性、競争力向上の好循環がもたらされる。それでは、対内直接投資を促す要因はどこに求めることができるであろうか。Blonigen(2005)※2は、対内直接投資が「市場規模」「科学技術インフラ」「制度的要因(税制、規制)を含めたビジネスコスト」「地理や言語を含めた文化的要因」の四つの補完的な要因に依存することを示した。

日本は前二者については十分な競争力があるものの、「制度的要因(税制、規制)を含めたビジネスコスト」「地理や言語を含めた文化的要因」に問題がある。例えばビジネスコストは、オフィス賃料(56位:63カ国・地域中、以下同様)や通信費(57位)、企業向け電気料金(52位)の高さのほか、法人税率(59位)や事業開始に伴う手続き数の多さ(55位)、公的セクターとの契約の開放度(57位)なども関連している。さらに、文化的要因については、語学力(61位)や企業の意思決定速度(63位)、海外の考え方の柔軟な取り入れ(57位)などの弱みがボトルネックとなっている可能性が考えられる。日本の優れた科学技術インフラ力は、補完的条件が整備されることで潜在力を発揮できる。そのためには上記の弱点項目を中心に、官民とも幅広い観点から改善し、企業がビジネスを行いやすい環境を整備していくことが求められる。

科学インフラ力を活用する仕組みと方向性の検討

競争力を強化するためには、科学インフラや研究開発力を活用する仕組みと方向性の検討も必要である。企業や国の生産性は、自らの研究開発のみならず、アクセスできる公共財的な研究開発成果のスピルオーバーにも依存する(例えばGriliches(1979)※3)。日本企業の研究開発が自前主義を基本とし、外部との協調や連携が限定的であることは、企業がスピルオーバーを享受する環境に問題があることを意味する。例えば協調・連携を進めるオープン・イノベーションの推進は、課題解決拠点としての日本の魅力を向上させ、日本の強みである研究開発力を活かした競争力の向上をもたらすと考えられる。また、科学インフラや研究開発力を活用する方向性としては、それらを通じて日本の弱点である「ビジネス効率性」分野を強化していくことが考えられる。特にこの分野における、企業の意思決定速度(63位)や企業の市場変化への認識(55位)、機会と脅威への素早い対応(62位)、新たな機会への柔軟性と適応性(60位)などが日本の弱みに挙げられる。

一方、意外にも、デジタル技術の活用による業績向上(52位)、意思決定へのビッグデータの活用(56位)、企業におけるデジタル化への理解(44位)といった、科学インフラや研究開発力との親和性が高いと見なせる項目の順位も軒並み低い。強みのある科学インフラや研究開発力を意思決定の支援や市場動向の把握、ビジネスパートナーの探索、新事業の創出などに応用すれば、ビジネス効率性の改善を通じた競争力の強化にもつながると期待される。

※1 なお、米国、ドイツは、ビジネス効率性分野に加え、インフラ分野にも相対的な強みがある一方、中国はビジネス効率性分野が日本より高評価なものの、健康・環境、教育といった一部のインフラ分野が極端に弱い。

※2 Blonigen, B. (2005), A review of the empirical literature on FDI determinants, Atlantic Economic Journal, 33, 383-403.

※3 Griliches, Z. (1979), Issues in Assessing the Contribution of Research and Development to Productivity Growth, Bell Journal of Economics, 10(1), 92-116.


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