大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 第10回(最終回)FLAPサイクル形成に向けたロードマップ
~2030年の人材マッピング~

政策・経済研究センター  山藤昌志

本シリーズではここまで、日本の人材需給動向や求められる人材ポートフォリオの姿を定量的に示した。その上で、来るべき職の大ミスマッチを解消するための処方箋として「FLAPサイクル」の形成を提案し、各ステップにおける具体的な施策のあるべき姿を提示してきた。最終回となる本稿では、2030年までの人材需給の変化を視野に入れて、人材を流動化させるためのロードマップを描く。

2030年までの人材需給とミスマッチ解消の方向性

まず、本シリーズでこれまで述べた主な事項を整理すると次のとおりである。

  • ①日本経済全体の人材需給バランスは2020年代初頭に最も不足感が高まり、その後はデジタル新技術が徐々に雇用を代替することで、2030年にかけて余剰感が強まっていく。人材需給を職業別にブレークダウンすると、事務系・生産系の職が大幅余剰になる一方で専門技術職は一貫して不足感が強まっていき、職のミスマッチが顕在化する(図表10-1)。

図表10-1 職の大ミスマッチ時代の到来(第2回より抜粋)

図表10-1 職の大ミスマッチ時代の到来

出所:三菱総合研究所

  • ②職のミスマッチは、AI・IoE・ロボットといったデジタル技術の進展に応じて拡大する。機械による代替が集中するのは「ルーティン型」のタスクだ。特に、手仕事を含まないルーティン型タスクは早い段階から自動化が進み、手仕事的なルーティン型タスクの自動化は遅れて顕在化する。逆に、デジタル技術を活用する「ノンルーティン型」のタスクは、今後ニーズが高まっていく(図表10-2)。ミスマッチ解消の成否は、いかに人材をノンルーティン型タスクにシフトしていくかにかかっている。

図表10-2 ミスマッチ解消に必要な人材の増減(第4回より抜粋)

図表10-2 ミスマッチ解消に必要な人材の増減

出所:三菱総合研究所

  • ③ノンルーティン型タスクへのシフトを促すには、職に係る情報を「知り(Find)」、必要な知識・スキルを「学び(Learn)」、志向するキャリアの実現に向けて「行動し(Act)」、「活躍する(Perform)」というFLAPサイクルを形成する必要がある(図表10-3)。しかし、日本の職をめぐる環境には現在、FLAPサイクルの四つの要素のそれぞれに課題があり、全体として機能不全に陥っている状況だ。

図表10-3 職のミスマッチ解消に向けたFLAPサイクルの形成

図表10-3 職のミスマッチ解消に向けたFLAPサイクルの形成

出所:三菱総合研究所

FLAPサイクル形成に向けたロードマップ

本シリーズの第5回から第9回にかけては、FLAPサイクルを形成するための施策を提示した。図表10-4は、各施策を時系列のロードマップに落とし込んだものである。人材のミスマッチを解消するためには、職別需給のアンバランスが顕在化する2020年代半ばまでを集中改革期間と位置付けて、打つべき対策を講じることが必要だ。

図表10-4 2030年に向けた人材流動化ロードマップ

図表10-4 2030年に向けた人材流動化ロードマップ

出所:三菱総合研究所

以下では、ロードマップに示した優先施策をFLAPの各ステップ別に示す。

【Find:知る】職の情報インフラとなる日本版O-NETの有効活用

人材シフトの活発化には、スキルや知識、経験、適性、報酬、将来展望といった職業情報へのアクセスが不可欠だ。この観点から、働き方改革実行計画にも盛り込まれた「日本版O-NET」の活用が欠かせないが、そのためにはいくつかの条件を満たす必要がある。

第一に、情報のオープン化と連携。日本版O-NETに蓄積される情報は、米国O-NETと同様に完全にオープン化されるとともに、関連する他のシステムやデータと共通言語でひもづけられる必要がある。連携対象となるのは、ハローワーク・インターネットサービスや職場情報総合サイト、ジョブ・カード制度総合サイトといった既存の官製システムはもとより、今後大幅に不足するIT人材・デジタル人材に関して整備されてきている「スキル標準」との連携も意識することが求められよう。

第二に、民間活力活用の視点。日本版O-NETが提供するのは、職業情報の共通言語・共通基準およびそれにのっとった職業別の定量・定性データなど、民間が参入しにくいサービスに限定すべきだ。キャリア分析や人材採用支援機能といったその他のサービスは極力民間に委ねることで、民業圧迫や資源の浪費を抑えるスタンスが望まれる。

第三に、効果検証の実施。職業情報データが活用されるためには、実際にそれを使って人材が動くかどうかの検証が必要だ。日本版O-NETが提供する情報によって、人材が適切に動機づけられ、キャリア展望を描いて行動できるかどうかを検証し、うまく機能しない部分があればデータ仕様やコンテンツを調整し、人材が流動化するよう工夫する。効果検証にあたっては、将来深刻なミスマッチの発生が見込まれる職種をピンポイントでカバーすることも重要な視点である。

【Learn:学ぶ】適切な動機付けを行った上で学びのコンテンツ多様化

第8回では、日本の労働者が国際的に見ても企業外部で学ぶ時間をほとんど確保しておらず、また学び続ける姿勢も不足している状況を指摘した。これは、日本人が怠けているのではなく、メンバーシップ型と言われる日本型雇用システムの弊害といえる。日本の企業で必要となる学びが総じて「企業特殊的」な技能であり、従業員は企業内の研修やOJTを通じて自己を研鑽してきたという実態を示している。つまり、日本人にはこれまでそもそも、外で学ぶための十分な動機付けがなかったのである。

技術革新と長寿化により、終身雇用や年功序列といった日本的雇用慣行が役割を終える中、企業特殊的な技能のみを蓄積することはもはやリスクである。外での学びの重要性が高まっていくに伴って、リカレント教育に対する日本人の姿勢に変化を生む土壌ができれば、あとは以下に挙げるようなポイントを押さえることで、日本人の学びは相当程度促進されていくものと思われる。

第一に、教育カリキュラムの充実。これまでのカリキュラムは質量ともに不足しており、受講対象も専門技術者向けや介護分野向けに偏っている。特に、事務職や販売・サービス職、生産・運輸・建設職といった職系について、ITやAIといった技術面のリテラシーを向上させるためのカリキュラムはほとんど提供されていない。これからは、提供されるカリキュラムが産業界のニーズに適合し、かつ産業界がカリキュラム習得者を適切に評価する仕組みの構築が重要となる。

第二に、キャリアデザイン人材・コーディネート人材の育成。十分な質量のカリキュラムが提供されても、個人が自らのキャリア観に基づいて必要な学びを取捨選択することは容易ではない。そこでは、個々人の適性を見極めて将来のキャリア設計に対する助言を行い、学び続ける姿勢を喚起するキャリアデザイン人材、そして受講生・講師陣・産業界のニーズを調整して適切なカリキュラムを設計するコーディネート人材の存在が重要になる。日本版O-NETなどのデータによって適切に強化されたリカレント教育のプロ人材は、人材流動化を支える重要なインフラとなる。

【Act:行動する】マインド改革・制度改革・デジタル技術活用の組み合わせ

職の情報基盤が整備され、適切な学びの環境が提供されれば、人材は動くか。ここでは、足元に滞留している人材を流動化する上でカギとなる追加要素として、三つのポイントを挙げる。

第一に、キャリア観を自ら形成するという個人のマインド改革。これは、メンバーシップ型組織に長く安住してきた日本の労働者にとって、そう簡単に成し得るものではない。しかし、ここで重要なのは、「今後十数年でこれまで経験しなかったような技術革新が進むことにより、個人が自らのキャリアに責任を持たざるを得なくなる可能性がある」という健全な危機意識を持つことだ。また、これから社会に出る若年層に対しては、可能な限り早い段階で自らのキャリア観を醸成する機会を国が提供することが重要となる。

第二に、人材の動きを阻害する企業制度の改正。こちらも、日本型雇用システムに直結している諸制度に手を入れることを意味しており、一朝一夕に進展することは望めない。しかし、ミドル~シニア層が組織に滞留している状況は健全ではなく、勤続年数が長いほど恩恵をかぶる賃金や退職金、企業年金などの諸制度をより労働移動に中立なものへと変えていくことは、日本経済全体の生産性向上にとって不可欠だ。無論、その過程において国や企業は兼業副業規定の緩和やリカレント教育への補助など、摩擦緩和のためのセーフティーネットを提供することが求められる。

第三に、HRテックをはじめとするデジタル技術の活用。日本における人材開発分野は「最もデータ活用が進んでいない分野」と評されることも多い。しかし、欧米を中心に進むHRテックの取り組みでは、テキスト情報や画像情報、各種ログ情報といった非構造化データを含むあらゆる情報を取り込みつつ、AIやビッグデータ解析技術を駆使した人材活用を既に実装し始めている。人材流動化に欠かせないマッチング機能を皮切りに、日本でもHRテックの導入を推し進めるべきだ。

【Perform:活躍する】キャリア履歴をトラッキングする「パーソナル・キャリア・レコード」の整備

FLAPサイクル最後のステップである「Perform:活躍する」は、日本の人材流動化を促す上で最も重要なミッシング・ピースだと言える。現状の日本の労働市場では「知る→学ぶ→行動する」のステップをたどった結果、果たして活躍できるのか? の展望が見えていない。展望が見えていないために行動することに二の足を踏むこととなり、結果的に活躍する事例が蓄積されないという「両すくみ」の状況に陥っている。この膠着状態をどうにか打開する必要がある。

「学ぶ」「行動する」と「活躍する」の因果関係を見える化し人材流動化を促すためには、個人のキャリア履歴を記録・収集し、一気通貫で閲覧できるデータが必要だ。近年、医療・健康分野で「パーソナル・ヘルス・レコード(PHR)」整備に向けた議論が進んでいるが、それをHR分野に展開したようなデータである。現在、個人のキャリア情報は教育機関、企業、政府と相互連携できない形で散在している。これらが個人単位でひもづけられ、匿名化された上で公開されれば、どのような教育を受け、資格を取得し、職業経験を積めばどのようなキャリア展望が開けるのかの傾向が見えてくる。人材流動化を促す道しるべとなる「パーソナル・キャリア・レコード」だ。

無論、このような情報基盤の構築に向けたハードルは高い。個人情報保護やセキュリティ確保、入力フォーマットの統一化、入力情報の信ぴょう性確保、複数にまたがる所管官庁間の連携など、実現に向けた課題はいくつも存在する。一つの方向性としては、分散型台帳技術(DLT)を用いて暗号化されたキャリア情報を分散管理し、特定の主体に集中管理させないような形態が考えられる。その際に入力される情報のフォーマットについては、日本版O-NETが定める共通言語で統一化を図る。また、一足飛びに全国規模のデータ整備を行わず、特定の業種・職種や企業グループ単位で実証実験を行うようなアプローチも想定されよう。

おわりに

現在、人材不足があらゆる業種で深刻化しているが、歩みを止めることのない技術革新は中長期的に一部の雇用を代替していく。一方で、AI・IoE・ロボットといったデジタル技術を開発・適用していく専門職人材は、大幅な不足が予測される。職の大ミスマッチを解消するために、何とかして本シリーズで提案した「FLAPサイクル」を回す必要がある。

人材不足がピークを迎える足もと3~4年の間に、集中的に人材流動化を促進するための施策を打ち出すことが必要だ。来るべき第四次産業革命を取り込みつつ経済成長を実現するために、個人・企業・政府それぞれが取り組むべき課題は多く、また課題解決のために残された時間は限られている。また、今後の人材流動化において何よりも求められるのが「個人のマインド改革」であることを、われわれ一人ひとりが肝に銘じる必要がある。足元の人材不足に踊らされることなく、将来を見据えた対応を進めていく姿勢が求められている。


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