震災から5年 ─震災復興レガシーを共創・共有しよう

 
Point
地域の基盤整備は進んでいるが、その上での活動再構築は道半ば。
復旧・復興の取り組みの中で良い事例を共有しつつ課題解決を継続。
教訓・知見を「震災復興レガシー」として次世代に引き継ぐことが肝心。

 東日本大震災の発生から5年、いまだ多くの被災者が避難生活、生活再建に苦しんでいる。福島第一原発の周辺部を除き、防災インフラをはじめ生活や産業を支える基盤整備は着実に進んできたが、基盤上で展開される活動の再構築は道半ばである。

 誰もが次の災害の当事者となり得る以上、被災者の苦難とともに、災害から学んだ教訓、復興で築いた知見を忘れてはならない。これらを次世代に引き継ぐ「震災復興レガシー」として、社会に埋め込む努力を続けることが必要だ。

1.復興の現状と課題

地域復興:回復した基盤、待たれるコミュニティー再構築

 地域の活動を支える基盤整備は、この5年で着実に進展した。津波被災地のかさ上げによる土地造成はおおむね完了、災害公営住宅も2016年度中に約9割の完成が予定されている。被災農地のうち、復旧対象の約8割が営農再開可能な状態に復旧し、再開を希望する全ての水産加工施設が本年度中に再開する見通しである。

 こうしたハード面の整備が着実に進む一方で、施設を最大限に活かしきれていないことや、住民が復興を実感できていないことが課題として挙げられる。岩手県陸前高田市では、気仙町に整備する二つの災害公営住宅で入居申し込みが予定戸数を大幅に下回ったため、規模を縮小する方針を決めた。宮城県では、本年4月以降、一定要件を満たすことを条件に被災者以外にも入居を認める方針を示した。

 災害公営住宅への入居が進まない要因には、利便性の問題もあるが、仮設住宅など避難先での暮らしの中で形成されたコミュニティーが、新しい住居に移ることによって失われることへの不安があるとされている。現在、全国各地の避難者と避難先地域の住民との橋渡し役としてNPOなどの市民団体が、交流拠点施設の運営、交流イベントの開催などによってコミュニティー構築を支援している。新しい住居に移れば、こうしたコミュニティーの結びつきが失われるのではないか、その不安が避難者に二の足を踏ませている。住民が不安を抱くことなく復興活動に取り組むためには、移転先で良好なコミュニティーを再構築できるかが鍵を握る。

防災:ハードとソフト、防災と減災への取り組みが大切

 防災面では、住民避難を軸としてハードとソフトを組み合わせた対策が進んでいる。発生頻度の高い津波(L1津波*1)を想定した総延長約400キロに及ぶ防潮堤は、建設中のものも含めると約70%の地域で整備が進んでいる。また、最大クラスの津波(L2津波*1)に対しては、津波ハザードマップの見直しとともに、コミュニティーや学校単位で住民避難のための活動・教育が行われている。

 ただし防潮堤には、景観・利便性に加え、防災意識を希薄化させない注意も必要だ。例えば、岩手県宮古市田老地区は、新旧の二重の防潮堤が城壁のようにまちを取り囲み、震災以前は津波防災のモデルとされていた。しかしながら、東日本大震災では、防潮堤をはるかに越える津波が来襲し、甚大な被害を受けることとなった。災害をハードな施設(防潮堤)だけで防ぐことには限界があることを証明する実例となった。

 ハードな施設が破られた場合に備え、まちづくりや住民避難などのソフト面での対策で被害を最小限に食い止める「減災」の考え方で補うことが肝要である。田老地区は防潮堤の存在に安心し減災の思想が世代を超えて引き継がれなかった。災害対策の実効力を高めるには、ハードとソフトの両面での対応が必要であること、特に「減災」の思想を将来にわたって引き継ぐことが重要だ。

原発事故からの復興には長い道のり

 一方、地震、津波に加えて福島第一原発事故による放射能汚染の被害を受けた福島では、原発近傍を中心に復興の道のりは長い。関係者の多大な努力と気の遠くなるような作業の結果、汚染濃度が比較的低い地域での除染や廃棄物の処理は一定のめどが立ちつつある。ただし、除染などで収集された2,200万m3にも及ぶ膨大な汚染土壌や廃棄物の輸送、中間貯蔵、そして最終処分に向けた処理には30~40年を要すると見込まれる。原発の汚染水対策は、工事が完了した凍土壁の運用が開始されれば、汚染源の中で唯一分離が難しいトリチウム水の処理・処分を除き、一定のめどが立つこととなる。しかし、廃炉に向けた最大の難関である燃料デブリの取り出しを開始するまでに今後5年以上かかる見込みであり、40年程度かかるとされる廃炉完遂後の最終的な姿はいまだ明確でない。

 4基の事故炉の廃炉は世界でも例のない挑戦であり、多くの技術開発課題が残されている。長期にわたる困難な工事を、リスク低減に留意しながら着実に進める必要がある。持続的に廃炉、環境修復の事業を進めるためには、国民全体の関心・理解と事業に携わる人や技術の継承・維持が最大の課題といえよう。

2.5年を経過して見えてきたもの

形を整えるだけでは不十分、ソフト面に配慮

 震災から5年、現状と課題を振り返り見えてきたのは、形を整えるだけでは真の復旧・復興にはならないということだ。人の内面にある価値観や絆を求める心に届くことがないと、人の行動、集団の活動を生むことはできず、災害からの復旧・復興や今後の備え、ひいては社会を変える力にはならない。また、本当に良くなったという実感も得られないだろう。地域づくり、防災への備え、原発事故対応、いずれにおいても基盤整備などのハード面のみならず、人々の内面に届き、行動を喚起するソフト面の課題への対応が不可欠といえる。

市民の力で地域コミュニティーを再生

 宮城県石巻市の「ISHINOMAKI 2.0」の活動は、市民が行動を起こすソフト面の対策として注目に値する。地元の商店主やNPO職員、建築家、まちづくり研究者、広告クリエイター、ウェブディレクターなどが集まった市民団体が、木工による地域振興を目指した「石巻工房」の設立をはじめ、フリーペーパーの発行、コミュニティー拠点の開設など市民の力でまちの活性化や雇用の創出、地域コミュニティーの再生に取り組み、成果を上げている。全国で避難者支援活動を実施するNPOなどの市民団体は、復興になくてはならない重要な社会インフラとして機能している。企業や市民団体などの活動を支える各種制度やICTを活用した情報共有基盤、マッチング・プラットホームなどの整備は、震災復興から得られた貴重な経験・知見である。

減災:「海と共存する」復興の道

津波で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町では、減災の考え方をいち早く取り入れ、巨大な防潮堤を築くことなく「海と共存する」復興の道を選んだ。「命を守る」ことを第一として、住宅は津波被害を受けない高台に移し、基幹産業である水産加工・商業施設などは被害を受けること、人が避難することを前提に、海に近い従前宅地を利用することとしている。女川町の復興を牽引するリーダーは、「海が見えていることは津波の記憶を風化させないためにも重要」と言う。

 現在、高台の宅地確保のため山を切り開く造成工事が進められている最中であり、被災町民の大半は仮設住宅で暮らしているが、こうした理念の下に、町民が計画づくりや土地利用に係る合意取り付けなどを主導することで、コミュニティー形成に必要な連帯感が生まれ、着実に復興推進の力になっているといえる。

継続的な防災・減災への仕組みづくり

 当社の生活者市場予測システム(mif)の調査*2によると、「地震等の天災リスク」を不安視する人の割合は、震災直後の2012年に急増(44.9%)し、2014年までは減少傾向が続いた。2014年には御嶽山噴火など大きな自然災害が続いたこともあり、2015年に再び増加(45.5%)した。過去、何度も繰り返してきたように、災害直後の危機感は一時的に高まるが、それを持続させることはなかなか難しい。

 被災者が受けた悲しみの記憶は和らいでほしいが、次の災害への備えとして、震災で得た教訓や防災・減災対策への意識を希薄化させてはならない。そのためには、記念碑やアーカイブなどのように震災の記憶を外部の形あるものにするだけでなく、防災・減災対策の実施状況とその効果を見える化し、継続的にモニタリングするなど、防災・減災行動に直接結びつくような仕組みづくりが重要だ*3

3.復興の先にある未来に向けて

「震災復興レガシー」を創り上げ未来に遺す

 震災復興で学んだ教訓を、人々の記憶の中にある暗黙知から形式知に変え、次世代に引き継いでいけるよう、「震災復興レガシー」として創り上げ、社会に埋め込むことが重要だ。先の事例で取り上げたNPOなど民間主体が中心となって実施したコミュニティー再生の取り組みや、高台移転など減災の思想に基づくまちづくりとこれを円滑に進めるための合意形成手法は、次世代に残すべきレガシーである。災害時に一定の成果を上げているSNSや早期警戒システムなどICT技術を活用した災害時や平時の安全確保を図る仕組み、コミュニティーの再生を拡充・加速化する見守りサービスなどもレガシーとなり得る。

課題解決先進国から世界への情報発信

 原発事故対応では、事故直後の緊急時対応、廃炉汚染水対策、除染などの環境修復を通じて、膨大な技術的、社会的知見が蓄積されつつある。これから得られる新たな知見も加え、万が一の将来の原発事故における被害の拡大や長期化を防ぐための貴重なレガシーとして後世に残すことが重要だ。2016年1月、福島県の内堀雅雄知事が世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席し、東日本大震災と福島第一原発事故で失われたコミュニティーの再生に向けた取り組み、復興を担っていく人材の育成について講演を行った。被災地の首長が福島でのリアルな体験を世界に発信することは、レガシーを共創し共有する力となる。原子力安全の課題解決先進国の道を歩む日本から世界への情報発信は、重要な責務でもある。

 「天災は忘れた頃にやってくる」。関東大震災や室戸台風での甚大な被害状況を調査し、防災意識や先人の知恵の風化に警鐘を鳴らした物理学者・寺田寅彦の言葉といわれる。人工物による災害被害の甚大化や今でいうBCP(事業継続計画)にも思いを馳せた*4先人の言葉を大切にしつつ、震災から学んだ教訓を次世代に引き継ぐことが、震災を体験したわれわれの使命である。

図 東日本大震災復興の道筋

*1 国土交通省の総合的津波対策で設定されている津波レベルの定義。L1津波は最大クラスの津波に比べ発生頻度は高く(数十年~百数十年に1回)津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波、L2津波は発生頻度は極めて低い(数百年~千年に1回)ものの、発生すれば甚大な被害をもたらす津波。

*2 日本経済新聞社「日経消費インサイト」2015年12月号

*3 詳しくは本誌P5トピックス「未来に向けた防災・減災の仕組みづくり」参照。

*4 寺田寅彦「天災と国防」『寺田寅彦随筆集第五巻』岩波文庫 1948年


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