脱炭素社会の実現に向けた2050年ビジョン

 
Point
長期的な温暖化対策のあり方に関する議論を進めるべき。
オールジャパンで課題を乗り越えれば80%削減目標は実現可能。
カーボン・プライシングを起点とした消費者と企業の行動変革が鍵。

1.長期的な温暖化対策に関する議論の必要性

 2015年は気候変動問題の解決に向けて重要な1年となった。まず6月のG7サミットで、「世界全体の温室効果ガス削減目標に向けた共通のビジョンとして、2050年までに2010年比で40~70%の幅の上方の削減」が表明された。次いで、11~12月に開催された「気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」では、2020年以降の温暖化対策の新たな枠組みを、「パリ協定」として採択した。パリ協定では、CO2排出削減目標ではなく「産業革命前からの気温上昇を2度未満*1に抑える」という目標に加え、気温上昇を1.5度未満に抑える努力目標が併記された。その上で、世界全体の温室効果ガス排出量を早く頭打ちにし、今世紀後半には実質ゼロにすることが盛り込まれた。

 わが国としては、2050年も視野に入れた地球温暖化対策計画の策定が進められているが、第4次環境基本計画で国内外に宣言した「2050年温室効果ガス80%削減」の達成に向けて、より具体的なシナリオを策定するなど、長期的な地球温暖化対策のあり方に関する議論を深めていく必要がある。

2.脱炭素社会(80%削減)実現のシナリオ

 ここでは、震災以降の社会変化、経済変化なども踏まえて2050年の社会像を描き、その社会像がエネルギーの需給に与える影響要因を抽出した。これをエネルギーモデル「MARKAL-JAPAN-MRI*2」にインプットしてエネルギー起源CO2の80%削減が達成されるかどうかを検討した。

(1)2050年の社会像

 35年後の2050年には、日々の暮らし、働き方、都市構造、モビリティーなど多様な分野で大きな変化が予想されるが、その中でも特に、ICTはわれわれの暮らしを大きく変えていると想定される。例えば、バーチャル化に関する技術の進展は家庭やオフィスにおけるコミュニケーションのあり方を激変させ、「距離」が制約とならない社会をつくり、大都市と地方がより対等な関係となる。一方、住宅、交通インフラなどの静的なストックは、個々に従来の延長線上で変化を続けるだけでなく、暮らしや社会の変化に応じて集約化や構成の変化など地域の中で様相を変えていくと考えられる。

(2)2050年のエネルギー起源CO2排出見通し

 2050年の社会像を踏まえ、エネルギー需給に与える各種の影響要因をモデルに取り込み、CO2排出量*3の削減量を試算した(図1・2)。設定したシナリオは二つ。一つは現状の産業構造やエネルギー消費形態の延長を前提に最大限省エネ・再エネを導入した「低」炭素社会シナリオであり、このシナリオのもとでのエネルギー起源CO2の削減は2010年比65%削減にとどまることが分かった。もう一つは「脱」炭素社会シナリオとして検討したものであり、オールジャパンでの産業構造変化、徹底的な省エネ・再エネの深掘りに取り組むことで、2010年比で80%削減が達成可能なことを示した。

図1 2050年のエネルギー起源CO2排出見通し
図2 シナリオ実現のための前提条件

3.脱炭素社会(80%削減)実現に向けた課題への対応方策

 前述のとおり、脱炭素社会の実現にはオールジャパンの取り組みとして、さまざまな対策を具現化する必要がある。現状では、外部不経済としてCO2排出が十分に市場メカニズムに組み込まれている状況ではないため、こうした「市場のゆがみ」を是正し、さらに消費者・企業の脱炭素に資する取り組みを推進させる仕組みが不可欠だ。また、消費者や企業はそうした仕組みや社会基盤で、持続可能な成長を意識した長期的な視点での行動選択を行うことにより、豊かな脱炭素社会の実現が可能となる。
 具体的な方策として以下を提示する。

(1)脱炭素社会の基盤となる施策

 80%削減の実現に向けては、長期的視点に立った消費者・企業の自発的な行動変革が必要だが、短期的に経済的な阻害要因が生じる可能性があり、行政が先駆的な行動を支える施策を講じることが不可欠である。施策を講じる際は、市場のゆがみの是正に向けた社会変革の基盤形成に注力すべきであり、例えば原因者負担の原則に基づき、カーボン・プライシングの概念で適切に設定された炭素コストを市場原理に取り入れ、得られた資金を再配分して必要な対策費用を賄うことが合理的である。さらに、情報的手法や規制的手法を組み合わせ、社会全体の追加的費用を抑えることも重要だ。

(2)消費者の行動変革

 カーボン・プライシングが行われる社会では、脱炭素社会の実現に向けて、消費者は長期的かつライフサイクルの視点で商品・サービスを適切に選択することが求められる。適切なカーボン・プライシングが行われれば、脱炭素商品ほど価格が抑えられ、安いものを選択することが脱炭素社会につながる。さらに、脱炭素化を加速するには、商品購入のタイミングで脱炭素商品を選択するだけでなく、そのタイミングを早めることも重要となる。このためには、「長期的に判断すれば今すぐ買い替えた方がメリットがある」「初期投資とランニングコストのトータルで判断すればメリットがある」といった消費者の行動選択が鍵となる。例えば、2016年4月からの電力自由化によって、再生可能エネルギーによる電力の比率が高い会社を選択することが可能になる。近い将来、太陽光発電の普及などで再生可能エネルギーの発電コストが従来型電源より低下すると予想されており、長期的視点に立った消費者の選択が期待される。こうした消費者の選択を促すためには最新かつ正確な情報提供が求められる。

(3)企業の行動変革

 カーボン・プライシングによって外部不経済が内部化されることで、企業は経済合理性に基づき、自社の生産活動自体を脱炭素化させていくようになる。さらに、脱炭素に資する製品やサービスを社会に提供する企業行動が、投資家や金融機関から評価され、持続的な成長を支えることになる。例えばIKEAグループは、2020年に向けたサステナビリティー戦略*4を掲げ、事業で消費するエネルギーの100%に相当する再生可能エネルギーの導入を目指しつつ、販売する照明全てをLED化するなどの取り組みを進めている。また、トヨタ自動車では、環境チャレンジ2050*5を掲げ、2050年に向けてEVやFCVの開発によりエコカー普及を促進していく方針を示している。脱炭素化に向けた行動変革を進める企業が投資家や消費者から支持され、ブランド力をもつような社会こそが、脱炭素社会のあるべき姿である。

(4)オープン・イノベーション、異業種間コラボレーションによる技術開発促進

 脱炭素社会シナリオで前提とした、省エネ法が求める原単位1%改善を継続させることは、これまで省エネ努力を続けてきた製造業にとって容易ではない。生産活動自体の脱炭素化のためには、生産プロセスの最適化や、バリューチェーン全体での最適化による省エネに向けた研究開発を進めることが必要である。また、脱炭素に資する製品やサービスを社会に提供するためには、例えば家電や自動車がこれまで以上に通信と融合したシステムを開発することが求められる。

 こうした技術開発を革新的かつスピーディーに進めるには、企業単体の取り組み以外に、異業種のコラボレーションによる研究開発が必要である。例えば、エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス*6の取り組みでは、エネルギー、家電、自動車、住宅、通信といった分野の企業が結集し、行政・大学とも連携して規格の整備や技術開発を進めており、こうした取り組みの加速化が脱炭素社会の構築に必要である。

 このような方策を実現し脱炭素社会に向かうためには、企業が自らの行動を脱炭素化に整合させ、脱炭素化に資するサービスを提供し、消費者は当該サービスを選択するという好循環を生み出す必要がある(図3)。企業と消費者が同じビジョンを共有して行動し、行政がその行動を支える仕組みを整備していくことが、脱炭素社会に向けた課題を解決し、80%削減という野心的な目標達成の確度を高めることにつながる。

図3 脱炭素社会構築に向けた好循環

*1 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、2度未満の気温上昇に抑えるためには世界の温室効果ガス排出量を41~72%に抑制する必要があるとしており、パリ協定で示された目標は、G7で示されたCO2排出削減目標とほぼ同じである。

*2 エネルギー・サービス需要、エネルギー利用技術、CO2制約条件などを与え、エネルギーシステムコスト最小化のもとで最適化されたエネルギーシステムの姿を計算するエネルギーモデル。IEAが開発したMARKALを活用し、MRIが改変、高度化を行ったもの。

*3 温室効果ガスにはエネルギー起源CO2のほか、工業プロセスに起因するCO2、その他ガス(メタン、代替フロンなど)を含むが、ここでは前者のみを分析対象とした。

*4 People & Planet Positive
http://www.ikea.com/ms/ja_JP/pdf/reports-downloads/sustainability-strategy-people-and-planet-positive.pdf

*5 トヨタ環境チャレンジ2050
http://www.toyota.co.jp/jpn/sustainability/environment/challenge2050/

*6 地理的に分散して存在する再生可能エネルギー、蓄電池、需要家などのエネルギー・リソースを通信技術により集約し(アグリゲーション)、一つのエネルギー・リソースとして機能させ、電力系統への貢献など新たな価値を創出することで展開するビジネス。


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