知の統合を通じた社会課題解決型事業の推進
―未来共創イノベーションネットワークの学びと展望

 
Point
「課題抽出」「解決策収集」「共創による事業開発」の各段階が着実に進化。
複合・複雑化する社会課題の本質的な解決には「知の統合」が不可欠。
INCFの持続的進化に加えて新たな「知の統合」の試みにもチャレンジ。

1.未来共創イノベーションネットワーク2年目の活動

1)課題抽出=社会課題リストの作成・公表

 INCFでは、解決すべき社会課題を分析・整理しリストアップした「イノベーションによる解決が期待される社会課題一覧」を発行している。2回目の2018年度版では、国内に加えグローバルな視点を強化し、国連SDGsの諸テーマも織り込んで再整理した。会員外にも公表した*1結果、多くの企業・研究者の関心を得ることができた。

 特徴は三つ。第一に、SDGsに示された17の目標、169のターゲットを詳細に分析して、技術革新もしくはビジネスによる解決の可能性が高い課題を絞り込んだ。SDGsには各国の政策に依存するものも多く、イノベーションとビジネスによる解決を目指すべき項目は全体の約3割とみられる。

 第二に、「日本がどのような形で世界に貢献できるか」の観点から、グローバルな社会課題を3つのパターンに類型化した。乳幼児死亡率の低下のように日本では解決済みの課題へのソリューションを世界に提供するもの、高齢者の自律的生活支援など日本が世界に先駆けて直面する課題への取り組みを示すもの、そして、タンパク質危機のような世界的な課題・リスクに日本が先行して取り組むもの。

 第三に、SDGsには含まれないが、日本にとっては軽視できない社会課題も明らかにした。自立維持が困難な高齢者の増加、食の安全性、慢性的な交通渋滞など、先進国特有の課題の多くはSDGsには含まれていない。2018年度版リストは、SDGsを超えて解決すべき社会課題を集大成する試みでもあった。

2)解決策収集=スタートアップの活用と成長支援

 社会課題をイノベーションとビジネスで解決するためには、不確実性の高い先端分野への挑戦が欠かせない。スタートアップの斬新な技術・ビジネスモデル設計とスピード・小回りのよさを活かし、その活動・成長を支援する取り組みが有効だ。

 INCFは、スタートアップや研究者の参加を募り、優れたアイデアを表彰するコンテスト「ビジネスアクセラレーションプログラム(BAP)」を開催している。同じ趣旨の表彰・認定は国や他社主催でも多くの事例があり、例えば、Jスタートアップ*2の選出企業のなかにはINCFのベンチャー会員4社も含まれる。また、BAPの参加者・受賞者、INCF会員の多くが資金調達に成功し、次のステージに進む足掛かりを得ている。若い企業の取り組みを市場が評価し、後押しする証左である。

 行政と協働し、適切なサービスの開発・普及に取り組む例も増えてきた。医療分野で規制の「サンドボックス」制度の認定を初めて取得し、インフルエンザのオンライン受診勧奨サービスを提供開始(MICIN*3)、鯖江市の子供向けオンラインプログラミング教育実証実験(LEARNie*4)、川崎市の「認証福祉製品」認定を受けサービス提供(Moff*5)など、いずれもINCF会員の活躍の成果である。

3)共創による事業開発=会員主導の共創の場(SIG、WG)

 INCFの三つ目のアプローチ、共創による事業開発には、「SIG」「WG」という2種類の活動の場を設置している。前者は、同じ社会課題に関心をもつ会員の間で課題解決のアイデアを議論・検討する場、後者は、アイデアの具体化に向けて事業モデルを設計する場。いずれも、会員からの提案・メンバー募集を起点に、大企業・スタートアップを交えた 複数の会員が参画して侃々諤々(かんかんがくがく)議論を重ねるのが特徴だ(表)。

①実証実験展開、技術革新・行動変容へ
 「渋滞解消WG」は、INCF設立当初から活動を続ける草分け的なグループである。ドライバーの行動パターンを少し変えるだけで道路の渋滞を緩和できるとの仮説に立ち、昨年7月から富士吉田市で実証実験を行っている。実験参加者に中央高速道路の混雑状況を伝え、混雑時間帯に市内の商業・レジャー施設で利用できるクーポンを発行して、混雑をやり過ごすよう誘導する。実験では、会員のベスプラ*6が提供する「ザ・タイムセール」アプリを活用、実験段階ながら10%程度のドライバーに行動変化がみられることが確認された。渋滞解消に十分寄与する水準とされる。

②アイディエーションの効率化とビジネスモデルの検証
 「暮らし価値向上SIG」「農の担い手SIG」では、参加者の活発な議論を通じ、提案会員(大企業)の社内では得難い多様な視点からのアイデア収集・生成に成功した。提案会員は成果を自社に持ち帰り、新事業検討の材料として活用しているそうだ。一方、参加者(スタートアップ)も、「農の担い手SIG」の成果とそこで獲得したネットワークを活用して国の実証実験に応募している(プラントライフシステムズ*7)。SIGという共創の場が、参加各社に新たな機会をもたらす好例といえよう。

 「人生100年時代の学び直しWG」では、スタートアップが大企業・自治体会員と連携し、自社の新ビジネスモデルの検証を行っている。リタイア直前の人に向けた第2の働き方研修サービス(JOINS*8)、育児で離職中の女性に無償でIT教育を授け、研修後の働き口を紹介するサービス(TRUNK*9)を提供中である。

③社会規範・価値観形成
 INCFでは、社会規範・価値観の変容も、課題解決を支援する重要な要素とみる。
 「インパクト投資WG」は、社会課題解決を志向する事業に対する資金の流れ=インパクト投資を促進する狙いで、その事業がもたらす社会課題へのインパクトを評価する手法を設計しプロトタイプをリリースした*10

 「プラチナキャリア支援WG」は、人生100年時代のキャリア形成に向け、従業員の学び直しを雇用主が応援する機運の高まりを目指す。学び直しに熱心な企業を表彰する制度「プラチナキャリア・アワード」を企画・準備中である*11*12

表 共創の場(INCF)を活用した取り組み事例

2.社会課題の解決に貢献する知の統合

 INCFの活動を通じて得られたのは、幅広い業界、さまざまな業歴・規模の会員間の率直な情報・意見の学び合いから、予想を上回る気づきと新たなアイデアが生まれるというセレンディピティの実感である。複合・複雑化する社会課題の解決には、多様な知を集め、構造化・最適化する「知の統合」が不可欠だといえよう。

 世界各地でIoT・AI、ロボティクスなどデジタル先端技術を用いたイノベーション、斬新なサービス・製品が次々と登場している。ただし、それらは個々の課題解決の糸口にはなり得るが、複合化した課題の全体を大きく捉え解決するには不十分な場合が多い。大きな解決をもたらす「知の統合」の五つの要素を提案したい(図)。

 第一は、もちろん科学・技術だ。歴史的に見ても、社会課題を解決し社会を大きく変えたのは技術革新を起点とするものが大半である。しかし、新しい技術の発見・発明は、それが革新的であればあるほど、最初はビジネスにはならない。技術が創り出す価値を経済価値に転換し、ビジネスとして大きく展開させる追加的な工夫が必要だ。それが第二の構成要素、ビジネスモデルとなる。Googleは自らの使命を、「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること」*13としており、革新的な検索技術をその中心的価値としつつも、広告モデルというビジネスモデルを組み合わせることで今のようなプラットフォーマーとしての事業価値を創出している。

 素晴らしい解決策ができ、儲かる仕組みができれば、あとは市場に任せておけば良いかといえば、そうともいえない。市場は時々行き過ぎ、失敗を犯す。それを修正し、最適な社会を保障するのが第三の構成要素、制度・規制である。企業によるデータ利活用と個人のプライバシー保護のバランスをどのようにとるかが顕著な例といえよう。もっとも、わが国の場合、既存の制度・規制がイノベーションの実用化・普及を妨げているケースも少なくない。加速・減速両面からの適切な運用が期待される。

 これら供給サイドに加え、需要サイド、すなわち人と社会も変容することが、課題の抜本的な解決には欠かせない。例えば、「糖尿病予備軍の人ほど生活習慣を変えようとしない」「安全は国任せで自助による防災には関心がない」というのでは、どのような解決策も機能しない。第四の要素として、人の行動変容をいかに起こすか、その行動を促す意識変容まで掘り下げて、知を集め改善・解決策に取り組むことが必要だ。さらに第五の要素として、倫理的価値観や社会規範といった社会的受容性への考慮も無視できない。自動運転時の事故による賠償責任はだれが負うべきか、人工臓器やゲノム編集はどこまで許されるかは、AIに答えを求めるわけにはいかない問題だ。

図 社会課題を解決する統合知

3.3年目に向けて ~INCFの課題と新たなチャレンジ~

 INCFの3年目は、知の統合をさらに進めるとともに、事業化の加速にも努めたい。事業化に対する時間軸の点で、大企業とスタートアップの間に相当の意識の開きがある。早期事業化を狙うスタートアップの期待に応えるアジャイルな展開に向け、事務局としての企画・サポートにとどまらず、当社自身がパートナーとして事業化に参画・貢献する機会も増えてくるものと考える。

 加えて、より大きなインパクトを創出する新たな取り組みへのチャレンジも検討・準備を始めている。例えば、人類・世界的な規模で飛躍的な質の豊かさをもたらすような大きなテーマを設定し、グローバルな知の統合・共創を競う機会を創ることや、大きな社会インパクトの実現を促す資金循環の新たな枠組みの構築などである。
 これまでの経験を起点に、未来共創のスコープとスケールの拡大を追求していく。


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