都市・モビリティ

DXで救命率をアップ! 救急現場におけるデータ連携と可視化を実現した「QaaS」が延岡市でスタート

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さまざまなデータ連携により、効率的な救急搬送を可能にする「QaaS(“救急”as a Service)」

救急現場における救命率向上は、大きな社会課題となっています。MRIでは、DXによって救急搬送の時間短縮やスムーズな受け入れを実現させるプロジェクトに宮崎県延岡市とともに取り組み、2023年春からそのシステムが稼働を始めました。協働に至った背景について教えてください。

大木 延岡市は広大な市域を有し、離島や山間部を抱えています。そうした延岡市では、救急搬送数が増加傾向にある中で、現場への到着時間や病院への搬送時間の短縮化が課題となっていました。特に、一部の地区では病院収容までに1時間近くかかるケースもあるとのことです。救命率を上げるため、5年ほど前にドクターカーが導入されましたが、さらなる対策として「オンデマンドによるスピーディーな医療情報共有」、すなわち “救急” as a Service=「QaaS(カース)」を開発することとなりました。

ドクターヘリの配置も限られており、どの現場を優先しどこに搬送するかなど、適切な判断が求められますよね。

大木 その通りです。宮崎県では宮崎大学医学部附属病院を基地とするドクターヘリが1機あります。ドクターヘリの運用には「15分ルール」というものがあり、出動要請から15分以内に医師による治療を開始することが目標とされています。しかし延岡市、そして宮崎県北部はそもそも基地病院から片道15分圏外になってしまうのです。そこで、こうした地域にも適切に救急医療を提供できるような新たな仕組みが求められていました。
大木研究員

このQaaS開発のプロジェクト概要を教えてください。

大木 本プロジェクトは、QaaS実現に向けて、住民健康管理や医療情報共有コミュニケーション、救急搬送トリアージ、救急モビリティ運行管理の各サービスを開発するものです。救急要請に関する通報状況や搬送者の既往症などの情報をリアルタイムで病院や救急隊員に共有すれば、その患者をどのようにして運べばよいか適切な判断ができ(救急搬送トリアージ)、最も近くにいる救急車を現場に向かわせる(救急モビリティ運行管理)、さらにはスピーディーで適切な救急処置を施すといった救命率向上策が図れます。本プロジェクトではこれらのサービスを提供するためのシステムを複数の企業で分担して開発し、当社はプロジェクトの全体管理と救急モビリティ運行管理システムの開発を担当しました。

本プロジェクトでは、MRI内で異なる知の連携が行われましたね。

大木 MRIでは、人やモノの新たな移動手段として、電動で垂直離着陸が可能な「空飛ぶクルマ」に係る研究開発事業や制度整備などにも携わっており、このテーマでの知見や実績が豊富にあります。先に述べた延岡市の課題について社内で検討する中で、「空飛ぶクルマ」に関するメンバーとDX部署(公共DX本部)との間で、システム実装やDX実現に関する議論を重ねていきました。その結果、事業参画の可能性を見いだし、空飛ぶクルマの実装も見据えた救急モビリティ運行管理システムの開発・運用に取り組むこととなりました。まさに、政策や制度に関する知見とDXに関する知見との連携で、力強い提案内容を生み出した、と言えますね。
大木研究員ほか

三菱総研グループとしての強みを発揮した、2社協働によるシステム開発

今回、三菱総研グループである三菱総研DCS(以下、DCS)も一員となり、システム開発やプロジェクト管理を担いましたね。この理由について教えてください。

小橋 本プロジェクトでは、複数の機関が取得した情報を連携・共有することがキーポイントとなります。MRIは法規制や救急をはじめとする業務・システムコンサルティングを得意とし、DCSは社会インフラに関するシステム開発を強みとしています。その両社がタッグを組むことで、データ整備がスムーズに進むと考えたのです。
中島(崇)延岡市内で独立して稼働している救急車やドクターカーの位置を集約し、延岡市内のどこを移動しているのか、各モビリティが待機中なのか、出動中なのか、搬送中なのかなどを俯瞰して情報を共有することができるシステム構築に取り組みました。DCSでは地図とリアルタイムで変化する情報を連携するシステム開発経験は多くなく、担当メンバーにとっても新しいチャレンジで、貴重な経験になると考えました。
中島(崇)さん

両社の連携において、具体的にどのような点で強みを発揮できましたか?

小橋 救急モビリティ運行管理システムは、具体的なシステム要求仕様ありきで開発を始めたのではなく、設計開発しながらお客さまの要求を具体化、修正しながら進めました。また、実際にシステムを利用するのは消防本部の職員(救急指令室および救急隊員)の方であるため、緊迫した場面でも間違いがなく使いやすいシステムとすることが重要でした。こうした要件に関するコンサルティングと設計開発を行うということで、MRIとDCSの連携はもとより、お客さまを巻き込みながら一気通貫で実施できたことは、まさに三菱総研グループの総合力という強みを発揮できた部分だと思います。
中島(崇)先述のとおり、本システムは具体的なシステム要求仕様ありきで開発を進めたわけではなく、ローコード開発の利点を活かして試作品を作成し、実際の動作を確認いただきながら具体化していきました。その際、お客さまや現場のユーザーさまや各種ベンダーとの調整をMRIが実施し、技術的な支援やシステムの構築はDCSが行うなど、双方の持つ強みが発揮できたと感じています。

開発における苦労や課題、またそれを乗り越えるために工夫した点について教えてください。

野田 やはり、他社が開発したシステムのデータも連携させなくてはいけないのが難しい点でした。例えば救急車やドクターヘリの位置情報は、連携基盤を通してGPS取得データを各システムにつなぐ予定でしたが、各社の設計やデータ構造、さらにはデバイスまで異なるなどの理由から一筋縄ではいかず……。そこで、どのようなデータを、どのような形式で他システムと送受信すべきかについて、各企業や延岡市と調整を繰り返しました。

複数の企業が開発するシステムを連携させるには、各社システムの仕様制約なども踏まえつつ、技術上・運用上の全体最適を図った全体仕様を合意のうえ、責任分担と役割を明確化することが肝要です。この点、MRIはDXに係る導入ノウハウに加え、消防・救急業務についても過去実績などにもとづく知見を有しており、救急業務の各作業における取り扱いデータの整理をスムーズに実施できたと自負しています。

なお、DCSからは技術的な実行可能性の観点からさまざまにアドバイスを受けました。
野田研究員、小橋研究員
中島(悠)野田さんがおっしゃるように、実機を用いたテストをなかなか始められない場面があり、不安がありました。また、データ連携基盤を通じて3D都市モデル(クラウドGIS)とデータ連携する際には、3つのシステムを経由してデータ連携するため、それぞれのシステムの仕様を理解しつつ、こちらの意図する形でそれぞれのシステムで改修してもらう必要がありました。ここでは他ベンダーとの意思疎通が重要で、DCSだけで機能を実装するより苦労が多かったと思います。会社の枠を超えた調整を重ね、想定通りにデータが連携された時は、喜びもひとしおでした。
中島(悠)さん

総合力と実装力で「空飛ぶクルマ」を活用した救急サービスの実現へ

「空飛ぶクルマ」を医師や患者の搬送等に活用する構想もあります。「QaaS」のさらなる伸展にもつながりそうですね。

北原 「空飛ぶクルマ」は道路の整備や混雑の状況に関わらず迅速な移動が可能ですので、一刻一秒を争う救命救急への活用はまさに最適です。ただ機体はまだ開発中のため、実運航は2025年の大阪・関西万博で実現し、2020年代後半に運航数や運航エリアが順次拡大していくと想定されています。

「空飛ぶクルマ」の実装に向けては制度整備が必要で、運航に必要な制度についても「空の移動革命に向けた官民協議会」の場などを通じ、官民が連携して議論を進めているところです。その論点は、機体の型式証明や操縦士ライセンス、運航事業許可、離着陸場の整備、交通管理、騒音、無線通信など多岐に渡り、MRIはこうした制度整備の支援を継続的に実施しています。

また、救命救急の観点では、従来のモビリティとの分担・連携を含めた、業務プロセスの最適化が求められます。国の制度設計と地域の業務プロセス検討、双方の観点から実装に向けた検討が必要ですが、MRIには制度整備、地域経営、救急・医療、そしてシステムソリューションなど多岐に亘る専門部隊がおります。川上から川下まで、これらの知見を統合的に活用することで、実運航への後押しができると考えています。
北原研究員

最後に、本プロジェクトに対する思いをお聞かせください。

野田 まずは救急車、ドクターカーといった現状のモビリティで、1年間ノントラブルで運用していきたいです。そのためには保守における迅速な対応が欠かせないでしょう。また、「空飛ぶクルマ」の運航管理に向けては、3次元の情報を扱う可能性もあり、発展的に活用できるシステムであるとも言えます。加えて、議論を重ねながら、「空飛ぶクルマ」以外にも活用できるユースケースも模索していきたいです。
小橋 私は2022年7月まで地方自治体で働いており、その経験から革新的なシステムを自治体単独で作るのは予算的な面も含め非常に難しいことが身にしみています。しかし本事業に関わったことで、決して不可能ではないと確信しました。また、国の手厚い支援のある今は、自治体がDXを進めるチャンスだと思っていますので、今後もこうした自治体のチャレンジを引き続き支援していきたいと考えています。
小橋研究員
北原 2023年には、延岡市においていよいよ「空飛ぶクルマ」の導入検討や実装シミュレーションなどがスタートする予定です。今回の経験を活かし、その先の実装や運航拡大に向けたお手伝いができればと思います。
中島(悠)地域課題を解決するための支援に携われたことは大きな自信につながりました。これからもシステムの構築・提供を通じて、さまざまな分野や地域の課題解決を果たしていきたいと思います。
中島(崇)救急モビリティ運行管理システムが稼働してから、トラブルは発生していませんが、少しずつ追加の要望をいただいています。実際に使って、より良いものにしたいという期待だと感じていますので、まずは今あるシステムをご要望通りにバージョンアップして、お客さまの期待に応えていきたいと思います。
中島さん
大木 本事業は、将来の新しい技術である空飛ぶクルマまでを見据えた「QaaS」を支えるシステムの構築について、いわゆる川上から川下まで一貫して手がけられたことが、MRIとしても新しいチャレンジでした。もし延岡市に「空飛ぶクルマ」があれば、救急搬送の時間を削減し、より迅速な救急搬送や、延岡市域全体の到達時間の平滑化ができます。また、救命救急用途としての空飛ぶクルマの実装自体が国内初のチャレンジになるはずです。今後も空飛ぶクルマの実装に向けた取り組みにぜひ関わっていければと思いますし、その一環として、空飛ぶクルマ向けの運行管理システム機能拡張に取り組んでいきたいと考えています。
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PROFILEプロフィール

インタビューイー

  • フロンティア・テクノロジー本部 次世代テクノロジーグループ グループリーダー
    ドローンや空飛ぶクルマに関する制度検討支援や研究開発・実証プロジェクトのマネジメント業務に従事しています。国内外の最新動向を踏まえた提言や、ステークホルダー間の合意形成を強みとしています。近年は地方自治体への実装に向けた取り組みに注力しています。
  • 北原 貴子
    北原 貴子
    フロンティア・テクノロジー本部 次世代テクノロジーグループ
    航空宇宙や通信分野における新技術(ドローンや空飛ぶクルマ、衛星通信等)の社会実装に向け、官民のお客さまに対し、法制度整備や事業展開に係る支援を担当しています。また、国際標準化や海外展開支援等、日本社会と国際社会を繋げる仕事にも従事しています。
  • 公共DX本部 社会DX戦略グループ
    国や自治体等における政策施策を実現するためのシステム導入コンサルティング、DX推進コンサルティングに従事しています、近年は、当社ポリシーコンサルティング部門と連携を強化のうえ、防災分野など、DXが遅れており、かつ推進が急務である分野への取り組みを実施しています。
  • 小橋 佑哉
    小橋 佑哉
    公共DX本部 社会DX戦略グループ
    過去に自治体職員として約10年間勤務した経験を持ち、自治体業務への知見・知識を強みとしています。主に国や自治体等におけるシステム導入コンサルティングやBPR検討に係るコンサルティングに従事しています。
  • 中島 崇
    中島 崇
    三菱総研DCS株式会社 ビジネスソリューション本部 ソリューション第1部 第2グループ
    官公庁系のシステム開発・工程管理支援などを多く経験し、民間では人事給与分野の業務改善などを経験。最近ではローコードツール(OutSystems)を用いたシステム構築・導入・運用をプロジェクトマネジャー(PM)として主導し、さまざまな課題解決に取り組んでいます。
  • 中島 悠人
    中島 悠人
    三菱総研DCS株式会社 ビジネスソリューション本部 ソリューション第1部 第2グループ
    社会人3年目で、ローコード開発ツール(OutSystems)を利用した民間・公共のシステム開発を複数経験しています。保有資格(OutSystems Associate Reactive Developer、応用情報技術者など)の知識を活用し、システム開発を通じて課題を解決しています。

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MRIは、人々が多様な行動機会を充足することでウェルビーイングを向上させる「actfulness」の概念を提唱。「actfulness」の実現による、個人のウェルビーイング向上と企業や地域の持続的成長の両立を目指し、方法論の検討・提案やDXを活用した移動・交通システム、人やモノの新たな移動手段となる「空飛ぶクルマ」の実装などに取り組んでいます。

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