新常態の働き方

「DE&I」があたり前の組織風土へ。
組織に潜む公平・公正でない規則、ルール、慣習を変えていく。

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自らの経験からDE&Iの重要性を認識

当社は、「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)行動指針」を掲げ、その浸透に努めています。一人ひとり、あるいは組織はどう変わるべきなのか? まず、お二人の「DE&Iの重要性を認識したきっかけ」からお聞かせください。

籔田 私は銀行員として1983年に社会人のスタートを切りましたが、その後、バブル崩壊、金融ビッグバンなどを経て、銀行の統合・再編が繰り返されました。当時の私の職場には銀行と信託銀行を含めて6行の出身者が集まっていましたが、どの銀行も長い歴史があり、基盤としてきた地域や事業、強みも異なることから、社員間のコミュニケーションには随分苦労しました。一方で、「これは強みかもしれない」と思うこともありました。一人ひとりが異なる見方、考え方を発することで、時間はかかるものの、これまでより柔軟に、より良い解決策を導き出せたのです。

当時、「ダイバーシティ」という言葉は浸透していませんでしたが、お互いの違いを理解し認め合うことが前に進む力になることを発見しました。その意味では、私の場合、ダイバーシティの前に「インクルージョン」からその重要性に思い至り、DE&Iを理解する上での原体験にはなったと思います。スプツニ子!さんはどうでしょう?
スプツニ子! 私はいろいろな職場を経験していますが、一つ大きな出来事として、マサチューセッツ工科大学(MIT)での経験があります。当時、私は新しい教授を採用するチームに参加していました。過去、MITの教員は白人男性が多かったのですが、それでは社会の多様な課題を感知する力が不足することに気づき、多様なアンテナを立てることができる、自分たちとは異なる観点をもつ研究者を探していました。その時、「確かに、人材の多様性はイノベーションと直結するな」と思ったことを覚えています。

その後、日本に帰国したら、状況はかなり違っていました。イノベーションを起こそうという強い意思や、そのために多様性を重んじることも、そうした人材を積極的に集めようという雰囲気も感じられず、日本にも多様な人材がいるのに、もったいないと感じました。そんな多様性に対するもやもやした感じを払しょくしたいという想いが、法人向けにDE&I推進を支援する「株式会社Cradle(クレードル)」を立ち上げる大きな動機になりました。

変化に対応するために。選ばれる企業になるために。

当社は、「DE&I」の実践を成長戦略の重要な柱の一つと位置づけています。その背景や、DE&Iを具体的にどう成長に結びつけていくかについてお話しいただけますでしょうか。

籔田 当社では「DE&I行動指針」を掲げていますが、それを具体的に進めるにあたり、全社をあげてディスカッションを行いました。「なぜ今、DE&Iなのか」という質問に対して出た答えの一つが、“自らを変革していくため”というものでした。

当社を取り巻く事業環境は、テクノロジーの進化が加速するなかで日々刻々と変化しています。例えば生成AIが実用化されることで、シンクタンク事業などは業務プロセスを大きく転換していく必要があるでしょう。一方で、当社には膨大な知の蓄積があり、課題解決への知見やノウハウが数多くあります。こうした無形資産は成長基盤にもなりますが、昨日の延長線上に明日があると考えることは大きなリスクを伴います。もちろん、事業の効率面だけを考えれば、既存事業を既存の組織でこれまで通りに進めることが効率的ですが、そうしたアプローチは短期的には有効でもイノベーションは起こりづらく、中長期的な成長にはつながらない。多様なスキルや経験をもった人材がそれぞれのアンテナを立てながら、お互いに能力を高め、成果を競い合うハイブリッドな組織にしていく必要があると考えています。
スプツニ子! 変化の激しい時代において、同質性が高い組織には大きなリスクがあるという点、大いに共感できます。マシュー・サイドの「多様性の科学」という書籍には、CIAが9.11の大規模テロを予防できなかったのは同質性の高い組織だったから、という事例が掲載されています。
籔田 もう一つ、社内ディスカッションでは“選ばれる企業になるために”という意見も数多く出ました。皆さんご承知のように、Z世代を中心に、働く動機が金銭や社会的地位といった価値観から、環境・社会との共生やサステナビリティへの貢献といった軸に変化しています。そんな世代を前にして、ダイバーシティを尊重し、実践する企業であることは極めて重要で、とりわけ社会課題解決企業を標榜する当社にとっては自社のパーパスにかかわるテーマだと考えています。

「ヘルシーコンフリクト」を受容する組織風土が必要

企業変革に不可欠な要素であり、人材の持続性を担保するためにも重要な取り組みであるDE&Iを、日々の業務に定着させるためには何が必要でしょうか。

スプツニ子! 多様性を活かした意思決定を実践していくためには、「ヘルシーコンフリクト」を受容する組織風土が必要不可欠になります。これは、新しいアイデアやイノベーションを生み出すためには「健全な対立」が必要という考え方で、誰もが言いたいことを言い、フラットな議論ができる心理的安全性のある組織文化をつくることが必須です。そうした観点で伝統的な日本企業を見ると、同質性が高く、既存のヒエラルキーのもとで同調圧力がかかって組織の決定に異論を唱えづらく、結局はあうんの呼吸で決まってしまう。これは、イノベーションにつながる新しいアイデアや常識を覆す意見が出しづらいというリスクを抱えています。
籔田 同感です。そうしたリスクに関して、私が「こうありたい」と思うことが3つあります。

1つは、ヒエラルキーが強い組織ほど、トップの責任が大きいということです。組織には上司と部下が存在し、発言力や意思決定力に強弱があります。そうした強い立場の人がそのままであれば、組織はいつまで経っても変わらない。立場が弱い人をどれだけ尊重できるか。上司から変わっていく必要があると強く感じます。

2つめは、これも日本企業の特質の一つだと思いますが、ミドルアップ、ミドルダウン的なコミュニケーション文化があります。これを活かして、トップから現場まで、DE&Iの重要性とその推進に向けた風通しのいい企業文化の実現までをカスケードダウンしていくことが必要だと思います。
スプツニ子! その際、DE&Iを阻む「アンコンシャスバイアス」——無意識の偏見や思い込み、それによって差別し傷つけるつもりもないのに結果的に相手を攻撃し傷つけてしまう「マイクロアグレッション」などについても伝え、日常に落とし込んでいってほしいですね。誰もが陥る可能性があることですから。
籔田 強い立場の人ほどそうしたバイアスや攻撃心を抱きがちという、自らへの警戒心をもってお互いに歩み寄ることが大事ですね。その歩み寄る姿勢に関連するのが、3つめです。

当社の社員は能力が高く、いわゆる優秀な人が多く、自立心も強い。これは大いに歓迎すべきことですが、一方で、大抵のことは自分でできてしまうため、あまり他人から干渉されることを嫌う、ある意味で「おとなの集団」と言えます。そうすると日常業務のなかで、あえて異なる考えや価値観をもつ人、例えばキャリア採用で入った人たちに踏み込んで悩みを聞いたり、意見を求めたりすることを積極的にはしなくなります。そんな人ばかりだと、DE&Iを頭で理解しつつもアンコンシャスバイアスを払しょくし切れず、結局は同質化された人材、組織のままになってしまう。昨年は有識者を招いて、アンコンシャスバイアスの話を聞き、社内にも広く発信しました。今回の対談もそうですが、少しずつでも同質性がもつリスク、多様性が発揮する推進力を組織に浸透させていきたいと思います。

また、若い人の見方は少し異なる印象を持っています。社長に就任以来、社員数名ずつと対話するエンゲージメントトークを続けているのですが、その中で、DE&Iに関して入社2、3年目の若手を中心とする組織を超えた勉強会の場があることを知りました。こうした世代がもつ当事者意識、自発的なアクションを大事にしながら、自由に言え合える雰囲気づくりや、どんな意見でも尊重される組織をつくっていくことがトップとしての役割だと思っています。
籔田社長

規則や慣習のなかに潜む「構造的な差別」

「DE&I」のEは「Equity:公平・公正性」です。従来のD&Iに包含されていた「Equality:平等性」だけでなく、新たにその概念を加える意味、必要性はどこにあるのでしょうか。

スプツニ子! Equality=平等という概念は理解しやすく、受け入れやすい概念だと思います。一方で、Equity=公平・公正性という言葉は、「社会や企業のなかには、ジェンダー、人種、セクシャリティ、障がいなど、一人ひとりの特性によって、スタート地点に違いがある、つまり世の中には構造的な差別があり、その構造の偏りを点検し、正そう」という意味で用いられています。

スタート地点での差別というのは、組織のなかにある小さな規則やルール、慣習に潜む無自覚な差別で、働く時間、会議の時間、昇進プロセスなどの場面で表れます。それが当たり前と思っているけれど、積み重なると、一人ひとりの特性やライフステージ、例えば子育てや介護をしている人によっては極めて不利な状況に陥る“構造的な差別”が起きると言えます。そして、とても難しいのが、この構造的な差別は、それによって不利益を被っていない人たちにとって、透明で見えづらい状況である、ということです。例えば、私自身は、東京藝術大学のデザイン科で初めての女性教授ですが、子どもの保育園のお迎えをしていた私にとっては、隔週で開催される教授会が夕方5時から始まることが大変でした。最初は、隔週だし、少しの我慢かなと思って、毎回お迎えを夫に頼んだり、彼がどうしても行けない時は、高いお金を出してベビーシッターを雇ったりを数カ月ほど続けていたのですが、とても負担でした。そこで、ある時、「この時間に教授会を開催する必要性はありますか? 実は保育園のお迎えと重なっていて……」と投げかけたところ、幸いとても理解ある先生ばかりで、「ごめん、気が付かなかった! 他の時間にしよう」と、すんなりと時間を変更してもらうことができました。

ここで肝心なことは、誰も私を差別しようと思っている人はおらず、悪者はどこにもいないのです。ただ、それまで子育てに関与していなかった男性だけで教授会をしていたがゆえに、その開催時間が“構造的な差別”を生んでいるとは誰も気づかなかったということです。
籔田 ダイバーシティを組織に根づかせるためには、機会の「平等」を実現するところからもう一歩進んで、「公平・公正性」を確保することが大変重要なことと理解しました。一方で、ジェンダー、人種、セクシャリティ、障がいなどのEquityの考え方は理解できるが、キャリアや能力、知見などの差についてはどう考えるのか、その線引きが難しかったり、立場によっては逆差別と捉えることがあったり、企業という組織の中で具体的な方策を進める難しさを感じています。社内ディスカッションの中でもこうした難しさに関してさまざまな意見が出ていました。答えはありませんが、だからこそ立場を超えて率直な意見を交わし合える場を継続的に持つことが大事だと考えています。加えて、こうした問題は、大小問わずいろいろな組織に潜在していることから、社会全体でEquityの重要性を認識しないといけないとも感じています。
スプツニ子! 確かにそう思います。例えば、政府も「女性管理職比率30%」という目標を掲げていますが、これに対して「下駄を履かせるのは逆差別だ」「男性も女性も関係なく能力で評価すべきだ」という意見があります。ただ、Equityで重要なのは、そもそも女性も男性も関係なくフラットに能力を発揮できる組織構造になっているか? ということです。組織に存在する構造的な偏りを早く察知して変えていくには、特に管理職層に多様性が必要です。私は藝大デザイン科で初めて保育園のお迎えに行く教授になったので、教授会の開催時間の働きづらさに気が付くことができましたよね。構造的な差別は、そういった日常の見えづらい部分に潜んでいます。なかなか声をあげづらい事柄が生じていることを考えれば、目標を達成するなかでこうした差別が生じていることに多くの人が気づくことも大切です。ですから「逆差別」と言っている方々には、そもそもの構造に偏りがあること、Equity=公平・公正ではない環境があるということ、そしてその構造をフラットにするために多様性が重要であることをぜひ知ってほしいと思います。
スプツニ子!氏

相互理解力と共感力がますます重要に

当社が今後、DE&Iをさらに推進していくためには、どんなことが必要になるでしょう。個人として、また企業として、双方の観点からお話しください。

スプツニ子! 自分がなかなか気づかないような制約や苦しみが世の中には多く存在しています。子育てのことも障がいのこともLGBTQのこともジェンダーのことも、なるべくインプットをしながら相互理解力と共感力を高め、サポートし合える環境づくりをしていくことが重要だと思います。
籔田 強い立場の人が弱い立場の人を思いやることが大事だと思います。この立場というのは、ライフステージによって変化します。スプツニ子!さんがそうであったように、いつか自分も制約や苦しみを経験するかもしれない。そんな意識をもって、長い目で見ればお互い様という気持ちでの信頼関係を構築していくことだと思います。

また、会社としては、一つひとつの制度・規則・慣習のなかに潜む差別を取り除き、心理的安全性を高めていくことが私の仕事ですので、ぜひ遠慮せずに声をあげてほしいと思います。その点、私はこの会社はすごく風通しがよく、ものも言いやすいし、社員がさまざまな問題意識を持っており、能力もやる気も高い会社だと思っています。皆で相互理解力と共感力を高めながら、変革を先駆ける、強く、しなやかな未来実装企業にしていきたいと思います。
スプツニ子! 私からはもう一つ、健康問題についてです。クレードルを立ち上げた背景の一つでもありますが、女性のホルモンサイクルに伴う月経や更年期症状に対する世の中の認識を高めたいと思っています。不調を感じたら、必要な時にはぜひ病院を受診して欲しいということを伝えたいです。閉経後の女性で、更年期症状のためにホルモン補充療法を受けている人は豪州56%、カナダ42%、米国39%、日本はたった1.7%。仕事や暮らしのなかで、女性自身が自分の体のことを知ってマネジメントをする文化がないのは、大きな問題だと感じており、せっかく国民皆保険制度があるので、必要な時には医療を頼ってほしいと思います。ちなみに男性にも更年期障害はあって、ホルモン検査や軟こうや注射による治療が行われており、泌尿器科に行けば的確な治療が受けられます。

DE&Iの実践を通して変化を楽しむ

最後に、社員を含めたステークホルダーへのメッセージをお願いします

スプツニ子! 生成AIもWeb3.0もそうですが、変化が大きい時代に私たちはいます。そうした時こそ、多様な人が組織に存在していることが重要で、多様なアンテナが立っているほど、イノベーティブで、強く、しなやかな会社になれる。変化を楽しむことができると思います。そんな姿を描きながら、常に組織の構造デザインに偏りが起きていないか点検し、新しくデザインしていってほしいと思います。DE&Iの実践はその大きな力になりますので、私もクレードルのサービスを通じて皆さんのDE&Iを最大限応援していきたいと思います。
籔田 変化を楽しむことは仕事を楽しむということで、大賛成です。銀行員時代の経験を含め、いろいろな人と協力して一つのこと成し遂げていくことはすごく楽しいことだと感じています。大変な部分も多いですが、同じ仕事をするならそういう環境で仕事をしている方が楽しいはずですし、また成長も実感できます。

そのためにも三菱総研グループを、よりダイバーシティに富んだ企業グループにしていきたいと思います。「DE&I行動指針」は当社らしく少し長めですが、社員のいろいろな思いが込められています。ぜひ多くのステークホルダーの方に目を通していただき、自分に何ができるか、多くの人々ができることから始めていくことで、社会をよりよく変えていけると信じています。

PROFILEプロフィール

インタビューイー

  • スプツニ子!氏
    スプツニ子!
    アーティスト、株式会社Cradle 代表取締役社長
    MITメディアラボ助教授、東京大学大学院特任准教授を経て、現在、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。2019年よりTEDフェロー、2017年世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」選出。第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」、「Vogue Woman of the Year」、「世界が尊敬する日本人100」選出、「G1新世代リーダー・アワード2023」等受賞。2019年、株式会社Cradleを設立、代表取締役社長就任。
  • 籔田 健二
    籔田 健二
    代表取締役社長
    1983年4月株式会社三菱銀行入行。株式会社三菱UFJ銀行取締役副頭取執行役員等を経て、2021年10月に当社副社長執行役員。2021年12月から現職。

インタビューアー

  • 吉池 由美子
    吉池 由美子
    執行役員 人事部長
    ヘルスケア・ウェルネス本部長、広報部長、シンクタンク部門統括室長を経て、2022年10月より人事部長。2023年10月に執行役員就任。

所属・役職は当時のものです

Our Efforts

「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」のコンセプト

女性のさらなる活躍推進、障がい者雇用支援、外国人・キャリア採用の拡大といった多様性確保にとどまらず、社員一人ひとりがDE&I行動指針に沿って実践を図りながら、DE&Iの推進に係る施策を進めます。

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