CROSS TALK 新経営理念
MRIの変革にかける想い

  • 小宮山 宏(写真左)

    三菱総合研究所
    理事長

  • 仲伏 達也(写真中央)

    三菱総合研究所
    ビジネス・コンサルティング部門 副部門長 兼
    キャリア・イノベーション本部 本部長
    (経営理念策定の統括リーダー(当時、経営企画部長))

  • 魚住 剛一郎(写真右)

    三菱総合研究所
    経営イノベーション本部 本部長
    (経営理念策定の社員代表タスクフォースリーダー)

新経営理念は、社員参加型のプロセスを経て策定されました。
このプロセスを支援しリードしたメンバーと小宮山理事長に、
次の50年に向け、日本の進むべき姿と三菱総合研究所(MRI)の役割、
新しい経営理念が表すメッセージについて語ってもらいました。

このたび、創業50周年という大きな節目に経営理念を刷新されることになりました。新経営理念の策定には、どんな想いがあって取り組まれたのでしょうか?

小宮山:

日本は、MRIが創業から歩んできた50年で、さまざまな問題に直面し、社会の変革を求められてきました。それに対して私たちは、日本が世界に先んじて、課題解決先進国を目指すべきだと提唱してきました。活力ある長寿社会や、環境や資源の制約を克服できる社会の実現など、世界共通の課題解決を先導することが日本の新たな競争力となります。しかし現実には、近年特に、日本の社会変革力が低下していることを痛感しています。
日本はこれまで、政府が中心となって経済社会の発展を引っ張ってきました。そのため、国民は政府を頼る意識が非常に強いのではないでしょうか。しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を例に取ってみても、感染拡大危機への対処経験が政府になかったこともあり、政府も国民も手探りで進まざるを得ない状況に陥りました。私は、今回の件で、科学的知見の重要性をあらためて認識しました。政府の対応や、その他さまざまな意志決定において、法律だけでなく、科学的知識に基づく判断が重要です。そうした対処ができる知見の蓄積や人財の育成は、今後の重要な課題です。

時代認識
  • ■21世紀型社会(脱工業化・持続的成長)への転換期
  • ■社会課題深刻化・デジタル化により既成概念は曲がり角
    (民主主義・資本主義・グローバル化・株主至上主義)
  • ■日本は社会変革力が低下、課題山積
  • 社会課題解決が企業持続条件、事業機会
仲伏:

多くの社員も、日本の社会変革力が低下していると感じていることが新経営理念策定の過程で分かりました。日本の社会変革力低下の背景には、高度経済成長以降の成功体験、岩盤と言われる既得権益、リスクや失敗への受容性の低さ、ダイバーシティの欠如があると思います。今後、山積する社会課題を解決していくためには、日本社会の社会変革力を高めることが不可欠です。MRIが、その動きをリードする存在となるためには、まず社員自身が社会変革をリードするという決意を示し、全ての社員が納得、共感することが第一歩と考えました。今後10年、20年、そして50年とMRIが進む方向を決める新経営理念の策定プロセスに、全ての社員が参画するというコンセプトを最も重視して、2018年末から準備を重ねてきました。

魚住:

新しい理念を形にする時、これからのMRIの在り方に共感し、自らの行動指針として意識できるものとするために、社員参加型の策定プロセスをとりました。そのプロセスの後半では、社内のTF(タスクフォース)メンバー8名が選ばれ、その中で2019年10月から時間をかけて議論を重ねました。メンバーの意見はもっと割れるかもしれないと予想していましたが、掘り下げると皆がほぼ同じ方向性の考えを持っていたので少し驚いたほどです。それぞれが日本社会の中枢を支える組織や企業とコミュニケーションを取り業務を行う中で、同じように「日本の社会変革力を向上させるべき」という課題認識を抱いていました。

日本が社会変革力を向上させるために、MRIはどのような役割を担うのでしょうか。

小宮山:

現在の日本では、政府だけでなく企業やベンチャーも、日本が抱えるさまざまな問題を俯瞰した目線での提言をすることが十分できていません。例えば、今回の新型コロナウイルス感染症の流行(以降コロナ禍)で、ベンチャー企業からさまざまな提案が関係各所にあったと理解しています。しかしそれらの提案は、検査キット、抗体検査などについての個別論が主で、なかなか包括的なプランには至っていません。
今必要なのは、「どういう政策を打ち出すことで、どのぐらい死亡率が下がるのか」「どこに検査キットの在庫があり、いつ頃一般に提供できるか」といった、社会システム的な視点から打ち出される具体策であることは明らかです。こうした戦略的な取り組みは、政府だけでなく、一般企業にも求められています。しかし、広い視野を持ち、かつ具体的な施策を実現できる企業が日本に少ない、このことは大きな課題だと考えています。
政策をつくるのは誰にとっても難しいことですが、そうした中で、科学的知見を含めた知の蓄積を持つMRIは、社会変革への提言を行い、日本社会だけでなく世界に先駆ける、行動を担う企業となるべきです。シンクタンクとして50年前に創業したMRIこそが、広い視野から、日本の社会変革力の低下という課題解決に大きく貢献できる存在であり、これからの日本社会において、より重い責任を担うべきだと思っています。

魚住:

日本国内、そして海外の知の存在を深くかつ幅広く知り、それをどうつなぐかをデザインするには、やはりそうした経験の蓄積が必要です。MRIにはその蓄積があります。これからの日本社会が豊かで持続可能な未来に向かうためには、そうした蓄積がある組織こそが一歩踏み出すことが必要だと考えています。
理事長が指摘されたように、社会課題や未来社会の可能性について研究・提言を行い、社会の変革にコミットすることはもともとシンクタンクの本質です。MRIはさらにその変革を力強く引っ張っていく存在になるよう、提供価値や社員の意識を高めていくというのが今回の新経営理念に流れるメッセージです。

仲伏:

先に述べたとおり、創業50周年に向け新経営理念策定の準備を始めたのはコロナ禍以前のことでした。しかし、今年に入って世界中が大きな危機を迎え、長年の社会のひずみが顕在化したことで、むしろ込められたメッセージの重要性が高まったと考えています。つまり、コロナ禍によって日本の社会課題が浮き彫りになったとはいえ、その内容はコロナ前から変わっていないのです。極端に言えば、私が入社した約30年前から、少子高齢化・人口減少、地球環境問題、グローバル化、高度情報化、東京一極集中(地方活性化)、低成長経済(経済成熟化)といった社会課題はいずれも解決せず、日本社会は変革ができないまま足踏みを続けています。
MRIはその中で「変革の先駆者」となり、日本社会の課題解決に貢献していくべきです。

それでは、新しい経営理念を決定されるにあたり、MRIが日本社会を変革するという内容が盛り込まれたということでしょうか?

仲伏:

MRIだけが変革を先駆けるのでなく、共感によってより多くの関係者を巻き込み、結果として、山積する多くの社会課題や、今後も生まれてくる新たな課題の解決を促進する存在になりたいと考えています。
つまり、MRI自身が覚悟や決意もって課題解決策の社会実装に参画することは大前提ですが、複雑化している現代の社会課題に対して、MRI単独では具体的な解決策を社会実装できないことは明らかです。MRIにない技術、人財、ノウハウ、ネットワークを持ったパートナーと共創することも新経営理念には盛り込まれています。

魚住:

中長期的かつ複合的な事象に対して、これから目指す社会像を指し示すことがMRIの役割であると考えています。社会の成長局面であれば、比較的誰からも賛成が得られやすい社会像が描け、そこに向けて猛進できたでしょう。しかし、成熟社会となり社会課題が複雑化している現在、単純に全員賛成の正解が出せるものではなくなっています。
このような課題を解決するためには、論理的思考に加えて、幅広い知見、さらには社会をこうしたいという想いも必要です。それを言葉にしたものが新経営理念の中にある「スタンス」です。

小宮山:

不確実性が高まる昨今、さまざまな社会課題について、解決の前例がないものが増えています。また科学が絡むために、課題解決が難しくなっている状況があります。このような時代だからこそ、MRIの持つ科学的知見と、知をつなぐことが強みとなるのです。広い視野で物事を捉え、本質的なことを理解している人のみが、知をつなぐことができます。
例えば、ある製品1つ生産するにも、サプライチェーンの構造や個々のプロセスでの作業、プロセス間をつなぐ物流などの全体観を把握している人でないと、個々の情報や知恵をつなぐのは難しい。つまり、社会を変革するには、問題を俯瞰できる能力や、知をつないだ経験が求められます。方策を実装してみないと結果が予想しづらい問題が増えた分、実施する際には、知見に基づいてより多くの知をつなぐことが重要になってきます。「知をつなぐ」ことは、MRIの持つ強みを活かした取り組みとなるはずです。こうした点を伝える新経営理念は、私が提唱するプラチナ社会にも通じており、MRIにとって相応しいものですね。

新経営理念の中にある「スタンス」という言葉はどのような意味で使われているのでしょうか?

小宮山:

日本の社会変革力が低下している状況で、「MRIが変革を先駆ける」こと、それがまさに「スタンス」であるともいえます。スタンスとは、「ミッションやビジョンの実現に向け、走り方やスピードを工夫したり、共感を得る取り組みにチャレンジしたり、最適な提案をする」ことです。

魚住:

シンクタンクの業務としては、お客さまに対して知見やデータに基づいた選択肢を中立な立場で提示することを行ってきました。知の創造であり、これが私たちの仕事の軸足であることは今後も変わりません。加えて、ここ数年は提案を形にする実装も行ってきました。
今後は実装に留まらず、社会において実現(定着)することが重要です。その際には、どのような形で何を実現するかを決定する必要もあります。さらに、結果として日本を動かし、世界を動かしていく。ここまでMRIが実施する上で、向かうべき方向性を指し示すことが「スタンス」であり、その覚悟を社員それぞれが持っていくことを新経営理念では表現しています。

仲伏:

「スタンス」とは、意見や選択肢が大きく分かれるようなテーマや政策に関して、MRI自身の見解を明確にするということです。そして、解決策を実行・実装するということは、失敗や批判のリスクを受け入れて、どれか一つの選択肢を選ぶ、いや、他の選択肢を捨てるということに他なりませんが、これまでのシンクタンクには要求されないものでした。
しかしながら、「失われた30年」を振り返れば、正解や将来が見通せないこと、あるいは、批判や失敗リスクがあることなどを理由に、一歩踏み出すことを避けてきたのが日本社会であると言っても過言ではありません。そこから脱却することが社会変革に必要なのであれば、MRI自身がまず「スタンス」を取ろうという方針転換となったのです。
今後は、批判や失敗のリスクも受容して、MRI自身の見解を明確にし、その上でパートナーの皆さまとよくコミュニケーションをとり、実現・実装にも踏み込む決意が「スタンスをとる」というコミットメントに表れています。

新経営理念の今後の展開や課題についてお聞かせください。

魚住:

今回の新しい経営理念を決定するための議論は、非常に貴重な体験でした。この策定プロセスに深く関わった社員は、今回の経営理念の哲学について共通の認識を持つことができたと感じています。全社員が経営理念の決定プロセスになんらかの形でかかわったことで、多くの社員がもともと持っていた課題意識が形にできた手応えも感じています。今後は社内の各階層でこの哲学を浸透させ、個々人で腹落ちさせていくための活動が必要ですが、それは比較的早いスピードで進むと予想しています。
新しい経営理念は、MRIが社会の中で新しいポジションを築いていくためのもので、それに向けて社員がともに目指すべき姿を示しています。当社の競争力の源泉や今後のスタンスの取り方を示すメッセージでもあります。私たちひとり一人、あるいは組織としてのMRI全体が社会に対して貢献するために示したものであることも含めて、社内で共有していきたいと思っています。

仲伏:

これからMRIは新経営理念とともに「変革」していくわけですから、その道程は想定通りにはいかないことも覚悟しています。回り道、やり直し、失敗は当たり前です。ひょっとすると、大きなリスクが顕在化するかもしれません。そんな時に経営陣や幹部が一致して、社員、パートナー、お客さま、株主に対して、ブレない姿勢を貫くことができるか。それが長い目でみたこの取り組みが成功するかどうかの第一の鍵だと思います。
次に、幹部も含めて、社員が変革や先駆けを楽しいと思えること。最後の鍵は、共感の輪を広げていくことです。MRIのスタンス、姿勢、目指すゴールのイメージなどへ共感してもらえる社員、パートナー、お客さま、株主を増やしていくことが、MRIの変革を実現し、ひいては社会の変革につながるものだと思います。

今回の新経営理念を踏まえ、日本の今後の課題や、その中でのMRIとしての目標についてお聞かせください。

小宮山:

これからは、正解がないか、正解がたくさんある時代。自ら先駆けてやってみて、うまくいったものが「正解」とされるようになるでしょう。MRI自身が自ら先駆ける事業やさまざまなパートナーと共創する事業など、社会実装を今後の経営戦略の機軸の一つとした展開が重要になってきます。すべてをコロナ禍のせいにするつもりはありませんが、世界でも、日本でも大きな転換点となったことは事実。今後間違いなく、日本企業は経営モデルの転換を求められます。企業や世の中が変わっていくために、MRIは広く貢献してもらいたいですね。

魚住:

私たちは「未来を先駆ける」という姿勢で、社会課題解決企業としてさまざまなテーマに対応することになります。日本は「失われた」20年、30年を重ねてしまったと言われることが多い中で、MRIの活動によって、「失われてはいない、良い方向に向かっている」といえる状態に経済社会のベクトルを変えていきたいと考えています。まずは、自らがそれを先駆ける企業となっていく必要があります。
また、日本は課題解決先進国として、世界の中での存在感もあげていくことが必要であり、当社もそうした点に大きなインパクトを与えられる存在となるべきです。世界的に発信力のある日本企業の中では、戦後競争力のあるものづくりやそれに関わる技術力をもった企業の存在感が大きかったと思いますが、私たちはそういった方々との共創を目指して知恵・アイデア・行動などソフトな分野での発信を先駆ける企業を目指します。

仲伏:

複雑化し、難易度の高くなった社会課題の解決は「共創」が大前提になります。とは言え、誰かがスタンスを明確にし、リスクを取ってチャレンジしない限り、多くの関係者の共感を得ることは難しいと思います。他方、何でもやみくもにチャレンジすればよいというものでもありません。
まず、社会課題や科学的な知見に基づいて、将来を常に見通し、課題解決の根本の要素(missing piece)を特定すること。そして、政策・制度と先進技術に関する知見、そして多様なネットワークを活かして、収益化のハードルが高く成功率が低いとされる社会課題解決ビジネスの成功率を高めることが当社の果たすべき役割です。
そのためには、従来の強みを磨くとともに、新たな強みを生み出していくことが必要です。従来の強みとは、政策・制度や科学・ICTの知見、分析力、俯瞰力、知の統合、顧客やパートナーと寄り添う伴走力などです。新たな強みは、従来の中立重視からスタンスをとること、課題解決策(ビジネス)の社会実装にまで責任をもってチャレンジすることであり、こうした力を付けるための先行投資や実践経験、いや失敗経験の蓄積が重要です。
他の企業から見て、「MRIと協業すれば、社会課題解決のビジネス化の可能性が高まる」と思ってもらえるような存在に成長していきたいと考えます。

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