• TOP
  • コラム一覧
  • 量子コンピューター実現の鍵はスケーラビリティの確立
COLUMNS 先端技術メガトレンド 量子コンピューター
  • URLをコピー コピーしました
量子コンピューター 第2回
量子力学の原理で動くコンピューターを使って、難問を解決する社会

量子コンピューター実現の鍵はスケーラビリティの確立

デジタル・イノベーション本部 柴垣 和広 2020.05.15

加速度的に進む量子コンピューターの開発競争とその方式

いま量子コンピューターの研究は、これまでにないほど加速しています。特にアメリカ、欧州、中国では、政府が年間100〜200億円規模を投資する大プロジェクトが開始されています。量子コンピューターの研究開発に取り組む企業に目を向けると、Google、IBM、Microsoft、Intel、AlibabaなどのIT大手企業がメインプレーヤーとして研究をけん引しつつも、ソフトウエア開発を中心にさまざまなベンチャー企業も参入しています。

各企業が開発している量子コンピューターはさまざまな実現方式で提案されていますが、大きく分けると「量子アニーリング方式」と「量子ゲート方式」の2種類に分類されます。

量子アニーリング方式とは、量子アニーリング(量子焼きなまし法)という計算原理を用い、膨大な組合せの中から最適な組合せを導く「組合せ最適化問題」に特化された専用マシンです。量子アニーリング方式を量子コンピューターに含めるかどうかは、専門家の間でも議論が分かれますが、ここでは量子コンピューターの1種類として整理します。ただし富士通や日立などが開発した、デジタル回路を用いたアニーリング方式については、量子コンピューターには含めないものとします。

一方量子ゲート方式とは、いわゆる汎用(はんよう)型の量子コンピューターです。従来のノイマン型コンピューターが使っていた「論理ゲート」の代わりに「量子ゲート」を使って計算処理を行うことから、量子ゲート方式と呼ばれます。

以下でそれぞれについて詳しく見てみましょう。

量子アニーリング方式:すでに応用が始まった、特定の課題を高速に解く専用マシン

量子アニーリング方式とは、1998年に東京工業大学の西森教授らが提案した実現方式です。カナダのD-Wave社が2011年に「世界初の商用量子コンピューター」として商品化したことで注目されました。量子アニーリング方式では「組合せ最適化問題」を、イジングモデルと呼ばれる数式に帰着させて解きます。イジングモデルとは、物理学の磁性体の理論などで用いられる有名なモデルです。イジングモデルを解くことで、どのような条件ならばエネルギー最小化が実現されるかが解として得られるので、それが最適化問題の解として利用できるのです。

最も有名な量子アニーリング方式の適用例は、「巡回セールスマン問題」に代表される経路最適化です。これは「セールスマンが都市を回るときに、最小の移動距離で回るにはどうすればよいか」を問う問題であり、例えば配送計画の最適化など、現実社会での応用も想定できます。すでにフォルクスワーゲン社などで、量子アニーリング方式のコンピューターを用いた北京の交通最適化の実証実験が行われた例もあります。

量子アニーリング方式のコンピューターは、超電導量子ビットを用いた量子コンピューターとしてすでに商用化されていますが、将来これをさらに進展させるにためには、技術的に大きな課題が2つあります。それは、「大規模化(集積化)」と「完全結合」の実現です。前述した「巡回セールスマン問題」を例にすると、大規模化は都市の数に、また結合数は都市から都市への移動の制約に対応します。より大規模かつ精緻な最適化問題への対応を実現するには、これらの課題の解決が必要です。

一方で、小規模かつ部分結合での組合せ最適化であれば、従来の古典コンピューターでは簡単に解けない問題であっても、現在の技術で作られた量子アニーリング方式のコンピューターで瞬時に解くことができます。このため、現実社会で解決すべき問題点を「組合せ最適化問題」として整理できれば、多様な応用による解決が期待できます。

量子ゲート方式:破壊的なイノベーションをもたらす、量子コンピューターの大本命

量子ゲート方式とは、量子ゲートを操作して複雑なアルゴリズムを処理できる量子コンピューターの実現方式です。0と1で表現された情報を用いて論理演算を行う古典的な論理ゲートに対して、量子ゲートは0と1の重ね合わせ状態や位相差を制御して計算を行います。

量子ゲート方式には、量子ビットに何を用いるかによって、さまざまな実現方式が提案されていて、代表的なものには、超電導方式、イオントラップ方式、光量子方式、シリコン方式、トポロジカル方式があります。それぞれの方式には長所・短所があり(図1)、どの実現方法が有望かを巡り、企業や研究機関が開発を競い合っています。

図1

量子ゲート方式の代表的な実現方式の特徴

出所:三菱総合研究所

量子ゲート方式の量子コンピューターは、「エラー訂正量子コンピューター」とも呼ばれています。量子ビットの操作は、0と1の切り替えではなく、その重ね合わせ・位相差などをアナログに制御する必要があるため、その誤りを適切に制御できなければ大規模な計算を精度よく実行できません。エラーを訂正する仕組みである「量子誤り訂正符号」により、多数の物理的な量子ビットから論理ビットに符号化することで、大規模な計算を精度よく実行できます。古典コンピューターよりも速く問題を解くことができるアルゴリズムとその応用例として、「Shor(ショア)の因数分解アルゴリズム」による暗号解読や、「Grover(グローバー)の検索アルゴリズム」による超高速なデータベース探索などが知られています。

量子ゲート方式の最大の課題は、「誤り訂正の技術の確立」と、そのための「多数の安定した量子ビットの実現」といえるでしょう。量子ビットは不確定性原理のために、情報を原理的にコピーできません。そのためかつては、誤りを訂正できない故に量子コンピューターを実現することは不可能だと考えられていました。しかしその後、量子もつれ状態にある量子ビットを活用して、エラーそのものではなくエラーの原因を観測して確定させることによって量子ビットのエラーを訂正する方式などが提案され、現在精力的に研究されています。

誤り訂正は、量子もつれ(エンタングルメント)状態にある複数の量子ビットを生成し、適切に操作することで実現できます。そのために必須な要件は、十分なコヒーレンス時間(量子もつれ状態で安定的に存在できる時間)を持つ多数の量子ビットを扱えることです。それに加えて、安定して動作できる誤り訂正の技術の確立が必要です。これらを実現して初めて、量子コンピューターとして破壊的なインパクトをもたらすものになるでしょう。

誤り訂正を実施するためには、1論理量子ビットのために、複数の物理量子ビットが必要になります。またShor(ショア)の因数分解アルゴリズムやGrover(グローバー)の検索アルゴリズムには、1万~100万論理量子ビットが必要です。現在は数十規模の物理量子ビットでの実現が報告されている段階であり、高度なアルゴリズムを実行できる量子コンピューターの実現までには大きな隔たりがあります。

スケーラブルな仕組みの確立が、量子コンピューター実現の鍵

これまで量子アニーリング方式と量子ゲート方式の実現方式と、両方式の課題について見てきました。その上で量子コンピューターの実現に向けてボトルネックは何かを一言で言えば、「スケーラブルな仕組みが確立できていないこと」でしょう。

スケーラブルな仕組みとは何を意味するでしょうか。現状での量子コンピューターは、数千量子ビット実現できている量子アニーリング方式を用いた「組合せ最適化問題」への応用が実現されています。また、数百程度の少数の量子ビットを誤り訂正なしで活用できるNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)と呼ばれる量子コンピューターを用いた応用が模索されています。しかし、暗号解読や汎用量子コンピューターの実現といった大きな目標に挑むには、今実現しているよりはるかに「多くの」量子ビットを「安定的」に扱うことが不可欠です。しかしこういったスケーラブルな仕組みを実現するには、まだ多くの技術的な課題が残されているのです(図2)。

アメリカと中国を中心とした膨大な予算と人員による日進月歩の技術革新により、さまざまな要素技術が開発され、部分的な解決方法も示されてきました。しかし、量子コンピューターとして本来期待される価値を発揮するには、要素技術を統合し、スケーラブルな仕組みを実現できるかどうかにかかっているのです。

図2

量子コンピューターの実現方式別の将来展望

出所:三菱総合研究所

  • URLをコピー コピーしました