食農

食と農のミライ—変革に向けたMRIのアプローチ

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スタートは「祖父の農業をどうしたら守れるのか」という問題意識

久保田 ロシアのウクライナ侵攻をきっかけとした食料安全保障への関心の高まり、気候変動問題への対応など、食料問題に注目が集まっています。MRIとしても食料の持続的な生産・確保は着目している社会課題で、特に国内の農業生産の維持確保やグローバルのフードシステムの環境対応といったテーマを検討してきました。

平野さんと武川さんはもともと民間企業の経営コンサルティングに従事されていますが、社内若手の検討会での「平野さんのおじいちゃん問題」をきっかけに、農業の生産維持について掘り下げて検討するようになりましたね。
平野 私の祖父は三重県で営農しており、80代ながらそれなりに所得も上げていました。ただ、当時、事業承継の予定はなく、「実家の田んぼ、これからどうするんだろう?」と考えはじめたのが1つのきっかけでした。この農業後継者不在問題はどの地域でもある話であり、「このままで日本の農業は大丈夫なのか?」と考えるようになりました。さらに深掘りしていくと、生産面だけでなく、流通の問題、環境の問題、食生活の問題など、さまざまな社会課題が潜んでいることに気づきました。このテーマに関心を持たれた先輩方の力添えもあり、検討を進める中で、正式にMRIとしての組織的な研究に発展させていくことになりました。
平野研究員
久保田 山本さんは食農分野で官公庁の業務や、当社独自の研究提言活動を進められていますが、関心を持ったきっかけを教えてください。
山本 私は大学で環境工学を専攻しており、もともとサステナビリティに興味がありました。MRIに入社後は食農に関するコンサルティング業務に携わり、当社の創業50周年に実施した未来研究で、「地球の持続可能性」パートを担当しました。その経験から改めて食農を取り巻く社会課題などを考えはじめました。
久保田 そして、安川さんは食品ロス問題のプロジェクトや、山本さんたちと食農×環境の提言活動に取り組まれていますね。
安川 私は大学時代から食品ロスの研究を行っておりましたが、入社後数年間に参画した食品ロス案件は、自治体の実態調査に携わることが中心でした。しかしこの3年ほど食品ロスと環境問題が密接につながっているという風潮が高まり、プロジェクト数が増えただけでなく、食品ロス削減技術に関する実証事業などへと広がりを見せています。私自身、今は愛媛県に在住し遠隔勤務をする中で、生産地の様子などをより身近な問題としてとらえられるようになりました。
安川研究員

農業経営体が減る将来でも、農業生産額を維持し豊かな食生活実現を目指す

久保田 国内の農業生産の維持確保に関して、武川さんが行った推計では、今後30年間で国内の農業経営体数は107万から18万まで激減するという予測結果が出ました。
武川 はい、図1は農林業センサスの品目別経営体数などのデータを基に、家族経営の農家と法人経営の農家を分けて推計したものです。2050年には経営体数で18万まで減少、2020年対比で84%減少という結果です。衝撃的にみえるかもしれませんが、農家年齢のコーホート分析が軸になっていますから、相当程度、確からしい推計結果です。もちろん、経営体当たりの経営規模の拡大は一定程度続くとみていますが、農家の数の減少をカバーしきれず、耕地面積や生産額も半減する見通しです。
図1 2050年の国内農業生産力はこのままだと半減
図1 2050年の国内農業生産力はこのままだと半減
出所:三菱総合研究所
平野 しかし、この状況を「だから、農業人口を増やすべき」と短絡的な発想にしてはいけないというのがMRIのもう1つの主張です。もうけが少なくても農業経営を続けてくれる兼業農家や零細農家にいつまでも頼ることには無理があります。乱暴な言い方になるかもしれませんが、農業経営体数や農業就業者数は、むしろ、ある程度、減少させる必要があります。ただし、生産額や付加価値額の日本全体での総額はなるべく維持する。その結果、1経営体当たりの売上や就業者当たりの付加価値額が、他産業並みになる、という状態を目指す必要があります。そうでなければ、「持続可能な農業」でないと考えます。
久保田 最近では「買い負け」という言葉も出てきて、日本の食料自給率を38%から高めるべきだという主張も頻繁に聞かれます。
武川 一部のメディアでは「自給率を上げよ」という論説を見かけることがありますが、自給率は高ければ良いのかというと決してそうではありません。カロリーベースの食料自給率が低くなった原因は、国内生産の衰退以上に、食生活の変化が大きな要因です。もともと自給率が高かった米の消費量が減り、その分、輸入比率の高い小麦や油脂類、飼料の輸入比率の高い畜産物の消費量が増えた結果、日本全体のカロリーベースの食料自給率が低下しているのです。1つのポイントは、これらの「輸入比率の高い食料は安い」ということです。裏を返せば、日本で生産が難しい食品や、海外では日本よりずっと安く生産できる食品を輸入することで消費者は多様な食生活が送れるようになったということでもあります。また、金額ベースでの70%弱の自給率は、国際的にみて際立って低いレベル、ということではありません。カロリーベースでの自給率を高めるために多様な食生活を犠牲にして、米ばかりを食べるようにすべき、というのは必ずしも正しいこととは言えないでしょう。
武川研究員
久保田 私たちの豊かな食生活のためには、食品を国内生産だけに頼るのではなく、輸入もなくてはならないということですね。
平野 ただし、主食穀物という最も重要な食料において、消費と国内生産のバランスが危険水域に入りつつあることに、MRIとしては警鐘を鳴らしたいと考えています。MRIの試算では、米や小麦などの「土地利用型農業」は、人口減少に伴う消費減少量を上回るスピードで生産量が減る見込みで、国内生産量と需要量のギャップは2040年代に最もリスクの高い状況になると考えています。現状、米と小麦の輸入は500万トン程度ですが、成行きでは、さらに200万トン程度の輸入増が必要となります。この推計を踏まえると、食料自給率を向上させるどころか、いかに国内生産の減少を抑えるのか、ということが課題となる可能性が高いでしょう。気候変動や地政学的なリスクを見据えながら、最終的に国内生産と輸入・備蓄をどのように組み合わせて日本人の胃袋を満たすのか、しっかり仮説と見通しを持って考えるべきというのが私たちの提言であり、その1つの方向性を「【提言】食料安全保障の長期ビジョン」にまとめました。
図2 米・小麦の国内生産は、需要を上回るペースで減少
図2 米・小麦の国内生産は、需要を上回るペースで減少
注:結果は2023年5月29日現在暫定値
出所:農林水産省「農業センサス」等を基に三菱総合研究所作成

食農生産における環境負荷軽減は、地道な改革を積み重ねることが大切

久保田 「平野さんのおじいちゃん問題」というミクロな課題からマクロな課題が明らかになりましたね。さて、もう1つの大きな課題が、食品・農業の環境対応です。MRIとして注目しているポイントを教えてください。
山本 食品や農業と環境負荷が密接につながっている印象はあまりないかもしれませんが、温室効果ガス(GHG)排出量のうち実は約3割がフードシステム分野に起因するものと言われています。日本は人口減少していますが、地球全体ではまだまだ人口増加トレンドは続いており、世界的な食料需要は大きく増えていく見通しです。ですから国内にとどまらず、世界規模での環境負荷増大を解決するような解決策を生み出していくことが大切です。
図3 日本の食がもたらすGHG排出量
図3 日本の食がもたらすGHG排出量
注:国内と海外の排出係数を同等と仮定して活動量比より推計。輸入食料の物流関連の環境負荷は含まない。
出所:国立環境研究所「日本国温室効果ガスインベントリ報告書 2021年」(2021)、農林水産省「飼料をめぐる情勢」(2022)、南斉規介「産業連関表による環境負荷原単位データブック3(3EID) 」(2019)、農林水産省「令和元年度食料需給表」(2021)、財務省「貿易統計」(2019)等を基に三菱総合研究所試算
久保田 となると、環境対応はグローバルな目線で考えていく必要がありますね。食農の中で鍵となる領域はありますか?
安川 注目しているのはタンパク源です。実は私たちが普段口にしている食肉、特に牛肉を得るためには、ゲップに含まれるメタンなどの影響もあり、大きなGHG排出を伴います。一方、牛肉を食べることは日本でも他国でも重要な食文化であり、「環境負荷が大きいのでやめましょう」というわけにはいきません。だからこそ、解決策を探ることは難しく、慎重に考えていく必要があります。
山本 食料需要の増加によって、GHGの排出量は2050年には現在の1.4倍に膨らむ見通しです。特に牛肉由来GHGは増加分のうちの46%を占め、影響が大きいです。穀物などは「育てたものをそのまま食べる」ものですが、牛肉などの家畜由来の食物は「育てたもの(穀物など)を与えて育て、初めて食べ物になる」ものです。その分、飼料生育による環境負荷も考慮する必要があるため、GHG排出量も、そのほか土地、水利用も膨らんでしまうのです。
図4 食農分野のGHG排出量は増加
図4 食農分野のGHG排出量は増加
出所: 国際連合食糧農業機関(FAO)のFAOSTAT Food Balancesおよび国際応用システム分析研究所(IIASA) SSP database、Poore and Nemecek(2018)、Gephartら(2021)に基づき三菱総合研究所作成
久保田 GHG排出量の削減に対して、具体的な解決策は出てきているのでしょうか。実現にあたって超えなければいけない課題も教えてください。
安川 例えば、培養肉は生産に広い土地や餌を必要としないため、画期的な肉の供給方法として効果が期待されますが、制度面や私たちの受容性の問題は残ります。今後生産効率が飛躍的に向上して安価に手に入るようになったとしても、すぐに普及するかというと、なかなか難しいかもしれません。

今の生産方法を大きく変えない範囲での解決策としては、牛の給餌をカシューナッツ殻液や海藻を原料としたものに変えるといったものが挙げられます。これらの対策を通して、メタンガス排出量が減るという研究成果も出てきています。また、タンパク源ではありませんが、米の栽培において水田の中干し期間(水稲の栽培期間中、出穂前に一度水田の水を抜いて田面を乾かすこと)を延長するだけでも同じくメタンガス排出量の削減につながります。ただ、これらの手法を取り入れることに対して、どのようにインセンティブ付けして生産者の実践を促すか、というところは今後の大きな課題です。
久保田 安川さんにご紹介いただいた生産側のソリューションに加えて、需要側が考えるべきソリューションはあるのでしょうか。食生活を変えるとすると、各国の文化や習慣と密接に関連するため、かなり難しさもありそうです。
久保田研究員
山本 おっしゃる通りで、生産側の取り組みだけでブレイクスルーできるわけではなく、需要側の取り組みも組み合わせて実践していく必要があります。ただ、環境負荷が高いからと言って、牛肉の需要を抑制すればいいと考えるのは安直すぎます。各国の食文化を構成する重要な要素ですし、やっぱり牛肉ならではの「おいしさ」がありますよね。栄養面でタンパク質の摂取量を満たすこと自体は鶏肉や豚肉、魚でも実現できますが、味わいが牛肉と同じわけではありません。ですから、「環境負荷が高い牛肉を食べるのをやめ、代わりにこちらを食べてください」と完全にシフトするのは難しいと思われます。

例えば2050年までの牛肉の需要増分だけでも、摂取源を多様化することで、一定の環境負荷低減効果があることが当社の試算で明らかになりました。具体的には他のタンパク源に置き換えたり、代替肉に置き換えたりするということです。

これからの肉の需要増は、発展途上国の人口増加や経済成長に伴う肉食の増加によるところが大きいです。重要なのは、肉需要増に伴う環境負荷増大の解決を発展途上国に押しつけてはいけないということです。

加えて、おいしさや価格とは別の判断基準を消費者に提供し、環境負荷の低い食品を選ぶ動機付けを進めることも有効だと考えます。現在、消費者に対してはそもそも自分が食べているものに環境負荷があるということ、それがどれくらいなのか? といったことは全く情報提供されていないといっても過言ではありません。環境負荷に基づいて食生活を考えようにも、判断基準自体が与えられていない状況であり、この現状を変えていくことが大切でしょう。
山本研究員

30年後のために、今から変革を

久保田 これまでの議論をまとめさせてください。気候変動に伴う食料生産リスクはもちろんありますが、FAOによる、2040年までは世界の食料生産は増産傾向といった推計もありますし、今後3~5年で急激に日本の食料事情が悪化するとは考えにくそうです。とはいえ、将来の環境負荷増大や国内の農業生産力の不安に対して、不安から危機になった段階で対策しても遅いでしょう。今から日本の農業、そして日本・世界の食料システムを変革していく必要があると考えています。

例えば、国として、日本の食料安全保障に関するグランドデザインを示していくべきでしょう。食料安全保障で重要なのは穀物の生産であり、そのための労働力と農地の維持です。2024年に改正される農業基本法の中で、いつまでにどの程度の生産力を確保するのかを明示しながら、その実現に向けて生活者や農業従事者、関係団体を巻き込んでいくことが期待されます。
対談風景
久保田 環境対応に関しては、企業の役割も重要になるでしょう。例えば大手食品会社は、TCFD※1対応としてGHGプロトコル スコープ3基準※2を見据え、グローバルにサプライチェーン全体での環境負荷低減に取り組む必要に迫られています。また、SBTi※3でも昨年FLAGガイダンス※4が公表され、加盟する企業は食料生産にかかるGHG排出量の把握と削減への対応が待ったなしの状況です。これらの対応を単なる制度対応と考えると負担増に思えますが、経営戦略の一環として環境対応・サステナブル対応を考える転換期ととらえることもできます。消費者のトレンドに影響される移り変わりの激しい食品業界ではありますが、持続可能な事業・経営を行っていくための非財務的な価値に改めて着目することが求められるのではないでしょうか。
山本 複雑化するサプライチェーンを考えると、業界横断的に企業連携し、足並みを揃えて取り組んでいく場面も出てきそうですね。原料調達と環境負荷削減の両立には、食品・飲料関連の民間企業の取り組みが重要になると思います。MRIとしてそういった企業の取り組みを、サポートしていきたいと考えています。

※1:気候関連財務情報開示タスクフォース

※2:GHG排出量を算定・報告する国際基準のこと。企業から直接出されたGHGだけでなく、サプライチェーン全体の排出量も重視。バリューチェーンの上流から下流までの排出量を対象とする。

※3:Science Based Targetsイニシアティブ

※4:森林・土地・農業分野のGHG削減目標を設定するためのガイダンス

PROFILEプロフィール

メンバー

  • 経営イノベーション本部 ヘルスケア・食農グループ
    入社以来、食農関連企業を含む民間企業の事業戦略・組織戦略・マーケティング戦略のコンサルティング業務に従事。毎年1カ月程度、ぶどう農家の実家からリモートワークを行い、就業時間の前後に農作業を手伝う。
  • 政策・経済センター 兼 経営イノベーション本部 ヘルスケア・食農グループ
    入社以来、食農分野や国内の地域産業に関わる業務に従事。2児の母であり、子どもたちが大人になる20年以上先の未来に向けた持続可能性に興味を持つ。現在、食×サステナビリティをテーマに研究・提言活動を実施している。
  • 政策・経済センター 兼 キャリア・イノベーション本部 政策・戦略グループ
    入社以来、民間企業の人事・組織領域のコンサルティング、人的資本経営に関する官公庁支援に取り組みながら、食農に関する研究提言にも従事。祖父は現在も営農を続けながら、父へ事業継承を開始。自身は田植え・稲刈りを手伝う。
  • サステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループ
    カーボンニュートラル実現に向けた政策検討や事業支援に多く従事。近年は、食品ロス問題や食の生産から消費までのプロセスにおける環境負荷をテーマとした研究・提言業務に取り組む。現在は地方移住制度を利用して愛媛県今治市に在住し、子育てをしながらリモートワークを中心に勤務。
  • 政策・経済センター 兼 経営イノベーション本部 ヘルスケア・食農グループ
    入社以来、食農関連企業を含む民間企業の事業戦略・マーケティング戦略のコンサルティング業務に取り組みながら、食農に関する研究提言にも従事。大学・大学院時代から国内農業を対象に研究をしており、多くの農村・農家に足を運ぶ。

所属・役職は当時のものです

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