エネルギー

「カーボンニュートラル資源立国・日本」へのチャレンジ

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「カーボンニュートラル資源立国・日本」とは?

カーボンニュートラルの実現は世界共通ミッションとなっています。一方で、米中貿易摩擦やロシアによるウクライナ侵攻などから、経済安全保障に対する意識も高まっています。こうした状況下で、日本はどのようにカーボンニュートラル実現を図ればよいのでしょうか?

井上 カーボンニュートラル実現が世界的潮流であることは間違いないですし、日本もしかるべき対応を進めています。しかしながら、昨今の地政学リスクの高まりなどから、各国は経済安全保障への対応を迫られ、単純にカーボンニュートラル削減目標を達成するのが難しい状況です。そこで三菱総合研究所(MRI)は、資源に乏しい日本では、国内に取り込んだ資源を循環させて活用することが鍵であると考え、「カーボンニュートラル資源立国」という提言を行っています。
井上研究員

カーボンニュートラル資源というのは新しい概念ですね。その定義は?

水嶋 カーボンニュートラル資源とは、カーボンニュートラル実現に必要不可欠なものを意味します。MRIでは、次の3つの視点から定義しています。1つ目は、再生可能エネルギー(再エネ)資源、2つ目は、再エネ発電設備や蓄電池などに含まれる金属資源、3つ目は、素材産業のカーボンニュートラル実現に必要な鉄スクラップ・廃プラスチックなどです。

日本の産業構造などを踏まえると、日本における具体的なカーボンニュートラル資源は何でしょうか?

水嶋 まず1つ目の再エネ資源ですが、例えばその代表格である太陽光については、日本に設置された太陽光パネルの約9割が輸入品で占められています。そこで、太陽光パネルのリユースや国産化を進め、輸入比率を下げていく必要があります。2つ目の金属資源は、今後、自動車がEVへとシフトする中で、EVの蓄電池に使用されているリチウムやコバルト、ニッケルなどの希少金属の資源循環が重要になります。3つ目の素材産業については、生産プロセスの抜本的な見直しが必要であり、鉄スクラップの活用や廃プラスチックの再生利用が重要になります。いずれも、国内でのリユースや、資源回収、リサイクルの仕掛けが大事になってきます。
水嶋研究員

「カーボンニュートラル資源立国」は、今後の国際競争力の要にもなりうる、MRI独自の提言ですね。競争力が高い日本の産業として素材産業があげられますが、この分野でのカーボンニュートラル資源立国に向けた具体的な方策例について紹介してください。

佐藤 鉄鋼についてですが、日本での製鉄技術としては高炉転炉法とスクラップ製鉄法があります。前者は、鉄鉱石を還元するプロセスがあり、そこでコークスを大量に使用するためCO2排出量が多くなります。こうした課題に対して、鉄鉱石の還元時に、水素を直接に還元剤として活用する「水素直接還元法」を導入することが考えられます。しかしながら、日本では水素の製造コストが高く、この方策の実現は簡単ではありません。そのため、まずは後者の「スクラップ製鉄法」拡充に努めるべきであり、市中スクラップ鉄の活用率を高めることが現実的な方策と言えます。

プラスチックについてはいかがでしょうか?

佐藤 プラスチックは、原油由来のナフサを原料として製造していることから、カーボンニュートラル化に向けては、リサイクルを高度化する、またはバイオマスで代替することで、ナフサの新規投入量を減らすといったアプローチがあります。

前者については、現状では、回収した廃プラスチックはエネルギーリカバリー(焼却による熱回収)が大半(60%程度)を占めています。今後は、マテリアルリサイクル(20%)やケミカルリサイクル(3%)の比率を上げていくことが課題となります。

後者については、現状、輸入に依存しているバイオマス資源について、国内で調達できるようにすることが課題です。そのために例えば、バイオマス資源を利用する化学工業メーカーが国内の林業振興に対して連携・支援を行うことで、間伐材などの利活用を図るといった取り組みが有効だと考えます。
佐藤研究員

資源循環がカーボンニュートラル実現の確度を高める

MRIではカーボンニュートラル実現による効果や影響に関するシミュレーションを実施し、政策的な課題の抽出を行っていますね。このシミュレーションに、カーボンニュートラル資源循環の取り組みを組み込んだ結果はどのようなものでしょうか?

竹安 シミュレーションモデルを用いて、鉄鋼とプラスチックについて、資源循環の取り組みがカーボンニュートラルに与える効果を定量評価(※)しました。鉄鋼では、鉄スクラップの回収率を高めるとともに、現状輸出されている鉄スクラップを最大限国内で利用することにより、電炉によるスクラップ製鉄法の比率を半分強まで拡大できると仮定しました。その結果、鉄鋼業のCO2排出量については、2050年には、現状の取り組みを延長した場合の排出量よりも約30%削減できると推定されます。

プラスチックでは、ケミカルリサイクル技術の高度化や廃プラスチックの品質を担保することにより、リサイクル由来のプラスチックを全体の半分程度まで拡大することが可能であると仮定しました。その結果、化学工業のCO2排出量については、2050年には、現状の取り組みを延長した場合の排出量よりも約20%削減できると推定されます。
図1 鉄鋼業において鉄スクラップ利用を拡充した場合のCO2削減効果
図1 鉄鋼業において鉄スクラップ利用を拡充した場合のCO2削減効果
図2 化学工業において再生プラスチック利用を拡充した場合のCO2削減効果
図2 化学工業において再生プラスチック利用を拡充した場合のCO2削減効果
※本シミュレーションモデルでは革新的技術(水素直接還元製鉄やバイオマス資源によるプラスチック代替など)の導入を仮定せずに試算しています。
出所:三菱総合研究所
竹安 鉄鋼業と化学工業のカーボンニュートラルの手段としては、水素活用やCO2活用、バイオマス資源活用などの革新的技術が必要である一方で、先に申し上げた通り、水素やバイオマス原料の調達には課題があります。国内資源の乏しい日本にとって、資源循環は、国内の資源を有効利用するため経済安全保障の確保につながり、シミュレーション結果が示す通り、カーボンニュートラル実現の確度を高めるものでもあると言えます。
竹安研究員

鍵となるビジネスモデル変革

昨今、ESGの情報開示を強く求める投資家が増えており、民間企業においても主体的にカーボンニュートラルに取り組む必要が生じています。こうした取り組みは、単にコスト要因としてとらえるだけでなく、新たな成長の機会としてとらえていくことも重要ですね。カーボンニュートラル資源立国の実現についても、同様の観点から民主導で進めることが求められますが、ビジネスモデル変革のようなことが必要でしょうか?

水嶋 カーボンニュートラル資源について、資源循環型のサプライチェーンを構築することが重要ですね。その実現に向けたビジネスモデル変革が求められます。例えば、電化製品や自動車などの販売方法やビジネスモデルを “サブスクリプション型”へシフトすることもひとつの鍵です。これは、メーカーにとっては顧客との関係性を長期的に継続できる一方、ユーザー側は初期費用を抑えられるというメリットがあります。さらに、販売商品は“メーカー所有”のままとなるため、メーカー自身が責任を持って製品のメンテナンスや、部品や部材のリサイクルなどにあたるはずです。このような変化を促進するため、欧州ではDPP(デジタルプロダクトパスポート)が推進されています。これは、製造元や使用材料、リサイクル性などの情報を開示することで、製品の持続可能性を証明するものです。同様の取り組みが日本でも進むと、サブスクリプションの活用も加速化するのではと考えています。
水嶋研究員
猪瀬 基本的には、民主導で「供給側は技術」、「需要側は価値観」の変革が必要です。それを促進するために、カーボンニュートラル資源に対するプレミアム価格の設定や、カーボンニュートラル資源循環の価値を可視化するといった政府介入も重要になってきます。今は供給側の変革は進みつつあるものの需要側の変革が難しい状況なので、「多少高額でも、カーボンニュートラルに寄与する商品を選ぼう」という世論にすることが必要でしょう。例えばタバコもかつてはどこでも吸えるのが当たり前だったのが、今は受動喫煙などにも厳しい目が向けられていますよね。これと同じような社会的価値観の変容が不可欠なのです。

供給側での革新的技術の導入やビジネスモデル改革に加えて、需要側では、価値観の変革を促すことが求められますね。その上で、さらにカーボンニュートラル資源循環を進めるためには、制度的な対応も必要ですね。

猪瀬 そういう意味では、クレジット制度を活用したカーボンニュートラル資源の循環促進が考えられます。これは、循環利用率などの目標を設定し、各企業で目標を上回る成果を上げた際にはその差分をクレジットとして認証して、経済的な取引を可能にするものです。その原資はプラスチック製造事業者などが投じていくといった取り組みが世界的に実践されています。
猪瀬研究員

「カーボンニュートラル資源立国」は、日本が世界を先導しうる戦略である

カーボンニュートラル資源立国としての日本の勝ち筋と、そのためにわれわれがサポートできる「MRIならではアプローチ」とは何でしょうか?

井上 カーボンニュートラル資源の循環に対し、日本はグローバルスタンダードを考慮しながら、覚悟を持ってその社会実装を進めていくこと、そしてそれを息切れせずに進めていくことが肝心です。そのためには産官学をあげた取り組みが必要です。

民主導でありつつも、制度改革や研究開発といった後押しをするために、産官学連携が肝要ですね。

井上 日本はエネルギーおよび資源の海外依存度が高い国です。そんな日本だからこそ、「カーボンニュートラル実現をするために、カーボンニュートラル資源を開発し循環させる」という課題に向きあうことで、新しい経済社会構築に向けた成長や投資の機会の創造にもつながります。日本は今でも技術で世界をリードする力を有しています。このような視点で産官学が一体となって取り組めば、カーボンニュートラル資源立国として、世界を先導することも可能でしょう。

「カーボンニュートラル資源立国」の提言は、単なる社会課題解決以上の可能性を秘めているということですね。

井上 欧米では経済安全保障を強化しており、例えばアメリカのEVに対する税額控除制度では、その対象要件が、アメリカ国内での生産や部品・資源などの調達を重視した内容となっており、現時点は日本の自動車メーカーの製品は対象外となっています。日本がこうした潮流に対応し、世界的に勝負するには官主導だけではうまく回らず、グローバルに展開している民間企業などを巻き込むことも欠かせないでしょう。産官学それぞれとのネットワークや支援実績はMRIの大きな強みですし、今後はそれらをつなげていくことこそが重要な役割だと考えています。

各所をツナグと同時に、理論を社会実装に落とし込む力も求められますよね。

井上 その点では、MRIは、例えば、再生プラスチックの需給マッチングに関するツール開発を行い、多くの民間企業の参画のもとでそのシステム実証を実施しています。実証を通じて得られた知見を、今後の社会実装に役立てていきます。

多様な分野の専門家が揃う総合シンクタンクである強みを活かし、さまざまな分野間のかけ算を進めることで創造的な解決アプローチを提供していきたいと思います。同時にさまざまなビジネスパートナーと連携し、カーボンニュートラル実現と成長の両立につながる政策や技術の社会実装を進めます。

PROFILEプロフィール

インタビューイー

  • 政策・経済センター 特命リーダー
    資源エネルギー庁総合政策課(当時)に3年間出向し、長期エネルギー需給見通しやエネルギー基本計画の策定に従事。帰任後は主に再生可能エネルギー政策立案・実行支援、エネルギーモデル・電力需給シミュレーションモデルを用いた定量分析業務などに取り組んできました。現在は、カーボンニュートラル資源立国の実現に向けた研究・提言を主導しています。
  • 経営イノベーション本部 戦略コンサルティンググループ
    環境汚染対策といった社会課題解決事業の事業戦略立案を数多く手掛けてきました。近年は長期的な視点での取り組みが求められる社会課題、特にカーボンニュートラルの実現戦略立案を中心としたコンサルティング業務を主導しています。
  • 営業本部 営業企画グループ 特命リーダー 博士(工学)
    関西のお客さまを中心に、ビジョン・計画、事業戦略、マーケティング戦略などのコンサルティング業務に従事してきました。最近は、営業担当として、お客さまやパートナーさまとともに関西地域の活性化やビジネス開拓に取り組んでいます。
  • 金融DX本部 博士(経済学)
    金融庁や経済産業省をはじめとした官公庁向け委託調査および金融機関向けコンサルティング業務に従事。近年では特にサステナビリティと金融を軸としたコンサルティング業務を主導して取り組んでいます。
  • サステナビリティ本部 脱炭素ソリューショングループ
    エネルギー分野の技術・政策・制度に関する知見を基にして、官公庁のお客さまを中心に、省エネルギー分野の技術評価・制度設計支援を担当しています。また、エネルギーモデルを用いた将来のエネルギー需給構造の分析による研究・提言業務に取り組んでいます。

インタビューアー

  • 橋 徹
    橋 徹
    政策・経済センター 博士(学術)
    環境・健康・農業・伝統文化をテーマとした地域事業開発、循環・脱炭素をテーマとした政策形成や実証事業などに取り組んできました。お客さまをはじめ、広く一般にもしっかりと届く発信を心掛けています。

所属・役職は当時のものです