マンスリーレビュー

2020年8月号特集経営コンサルティング

コロナ体験がもたらす業務変革

自律分散の創意・改革が社会も変える

同じ月のマンスリーレビュー

タグから探す

2020.8.1
経営コンサルティング

POINT

  • テレワークを出発点にさまざまな分野で業務・マネジメント改革が進む。
  • 個別企業の自律分散した経営改革が社会全体の変革に結びつく。
  • 企業・個人・国それぞれの改革が協調すれば大きな成果が得られる。

1.コロナが加速する業務と生活の変化

新型コロナウイルス感染症が広まる中、いわば半強制的なかたちでテレワーク生活が急速に普及した。結果、朝晩の通勤混雑から解放され、オフィスでも会議室確保の手間が省かれるなど、メリットを社員も企業も実感するようになった。社員の管理やコミュニケーションの取り方などマネジメント上の課題もあるが、それらを解決する工夫を通じて、テレワークがニューノーマルの座を占めるのは間違いない。

テレワークの副次的効果は、業務のデジタル化・合理化にも大きく役立つことだ。業務や社員の行動データを蓄積し可視化することで、さまざまなムリ・ムラ・ムダをあぶり出し、取捨選択して最適化することが可能になる。定型事務の合理化にとどめず、営業や社内会議などの非定型業務のデータを蓄積することにより、社内のあらゆる領域で業務改革を進め、生産性を高めることができる。

デジタル化が進めば、ハンコによる手続き的な承認や部下の監視など、これまで中間管理職が行っていた日常的な管理業務は姿を消していく。部下の管理・監督ではなく、組織の成果を出すためのマネジメント力が求められる。上意下達の仲介ではなく、組織の運営方針を明確に示し、若手社員が伸び伸びと働き成長できる職場のリーダー、アドバイザーである。経営者には、新しい時代に適した中間管理職の研修・育成に加え、中間管理というプロセス自体を改革することが本質的な課題となる。

業務の変化は顧客接点にまで広がり、ネットを介したデジタルな顧客接点の比重が増す。リアルな接点が必要な要素だけリアルで対応するように変化し、そこでは従来よりも高い質が求められる。例えばファッションのECサイト上では、試着や採寸のみ実店舗で実施する一方、来店時にはオンラインで蓄積した情報に基づき顧客の好みに合った洋服が事前に用意されているといった対応である。デジタル情報と洗練されたリアルを組み合わせ、従来よりも高い顧客価値の提供が可能になる(図1)。
[図1] 業務改革が社会変革へ連鎖

2.経営改革への連鎖が起きる

このような業務の変化・デジタル化は、企業の経営全体にも大きな影響を与え、経営改革への連鎖を引き起こす。

デジタル化は時間や場所に左右されない働き方を加速する。子育て世代の女性、高年齢層や家庭の事情で勤務エリアに制約がある人など、従来の労働市場では活用しきれなかった人財の活躍を期待できるようになる。コミュニケーションのデジタル化や機械翻訳の精度向上は、言語や住む場所にかかわらず、多様な人財を適材適所の組み合わせで自社の業務に取り込むことを可能にする。

こうした中、隙間時間を有効活用して副業あるいは新たな活躍・成長の機会を求める人財の増加も予想される。ミレニアル世代など、QOL向上に加えて仕事と自分の価値観との親和性を求める人財が増える中で、これらの人財を引きつけることが企業の持続・成長の鍵をにぎる。優秀な人財ほど変化を求め、流動化しやすくなる時代、企業には、流出を食い止めるのではなく、積極的に改革を進め、人財が魅力を感じて集まりやすい仕組みと職場環境を備えることが求められる。

オフィスの立地条件も大きく変化する。従来の一極集中型オフィスから、サテライトオフィスや自宅などに分散することで、集中オフィスに必要な機能・スペースは削減される。顧客接点もデジタルにシフトするため、立地の自由度も高まる。「集中オフィスは最小限の機能」「複数分散・ネットで接続された働き場所」が自然の流れである。

顧客接点も含めてリアルからデジタルへの転換が進めば、事業拡大へのハードルも緩和される。顧客開拓にデジタル接点とAI活用・代替を進めれば、営業拠点やスタッフ確保のコストは下がる。営業力とスピードで勝負する時代から、製品やサービスなど価値創出の中身と企画・設計の質を問われる時代に移る。働く場所の分散化は、リアルな空間において生じる偶発的なアイデア創出が起きにくいなどの指摘もあるだけに、こうした課題の克服・工夫が新たなテーマとなるだろう。

3.自律的な経営改革が社会変革に結びつく

コロナに触発されたニューノーマルとデジタル社会に向けて、企業が自律的に創意・改革を進めることの波及効果は、大きな社会変革となって現れる可能性がある。

企業の人財活用が変われば、多様で自由度の高い働き方が可能となり、例えば育児や介護で仕事を辞めざるを得なかった人が働けるようになる。働く場所の分散化が進むことで、自分の生活ペースに合った働き方も可能となる。このような働き方の変化は、個人のQOLを向上させると同時に、少子高齢化時代の労働力確保という社会課題の解決にも大きく寄与する。仕事と育児が両立しやすくなり、生活環境のよい地方に居住して働く人財が増えれば、出生率の向上も期待できる。個別企業の働き方改革が、少子高齢化対策と地方創生にも結びつく。

企業のオフィス立地の見直しは大都市圏への一方的な人口移動の流れにも方向転換をもたらす。業務のデジタル化が、地理的・時間的な地方のハンディキャップを縮小し、場所の分散化を促進する。生活者の視点から見れば、住宅環境や自然環境など、地方の魅力の再評価につながる。先駆的な成功事例は、9年前に本社機能の一部を石川県に移転した小松製作所である。採用時の企業イメージなど一部にマイナス面も見られたが、総合的にはプラス面が多かったという。

これまでの工業社会では、企業は人と設備を集積し、効率化することで生産性の向上を図ってきた。今後は地方のオフィスでもデジタル化により生産性を確保することが可能になることから、地方へのオフィス立地が進む。このような動きは、地方への人口環流を促し、地方創生に大きく寄与する。コロナ禍が契機となって動き出した個別企業の自主的な経営・業務改革が、日本の課題解決の原動力となりうる好例といえよう。

4.変革を加速させるためにすべきこと

変革を加速するカギは、企業経営者自らの創意・改革を出発点とし、個人の自立・自律への意識改革、さらには国・制度の抜本的な見直しを断行することだ(図2)。

(1) 自律・分散による企業の創意・改革が大きな社会変化の出発点

いま多くの企業に広がりつつある業務改革は、コロナ禍を契機とする要素が大きい半面、コロナが収束すれば元に戻るというものではない。ニューノーマルに向けた本質的な変化を見極め、改革を加速できる企業が市場を制する。各社の事情に即しつつも、経営者が決意をもって非連続な業務改革に臨むことが求められる。

まず、テレワークを大前提として、ゼロベースで業務を再設計する必要がある。後戻りのない「業務デジタル化」の一環として社内全体に浸透させ、対象業務を拡大すべきだ。今後は、会議運営などでも、蓄積した記録データをAIに学習させ、適切なアジェンダや時間設定、会議のファシリテーションをAIに代行をさせることも一般化するだろう。定型事務にとどめず、非定型業務も含めて大胆にデジタル化・合理化を狙うことが肝要だ。

働き手にはQOL向上を重視する人財が増えるなど、これまでと異なる価値観にも寛容な環境整備が必須となる。表情や声色などの非言語情報が伝わりにくいといったテレワーク特有の状況は、職場の生産性にとどまらず、働く人の意識など広範囲に影響するだけに、創意工夫が必要だ。またテレワーク下では、各個人の働きぶりを常時モニターすることが難しいため、職務を明確にしたジョブ型業務の拡大も必要となる。

業務改革が、自社の生産性向上のみならず、中長期的な社会変革にも結びつくという視点も欠かせない。これまで多くの日本企業は、正社員かつフルタイムの人財をオフィスに集め、社員のやる気や頑張りに依存して事業を拡大してきた面がある。今後は人が流動化することを前提に、可視化された業務を適切にマネジメントし、人財のQOLや地域創生までを意識したマルチステークホルダーの経営が求められる。各社の努力が共振して社会の変革をもたらすのが自律分散協調社会の姿である。

(2) 新しいワークスタイル、ライフプラン

各個人は、働く場所や時間に縛られず柔軟に働くことが可能になる一方、日々のワークスタイルや生涯のライフプランは、自己責任において設計し、自主的に管理することが求められる。企業と同様に、個人も主体性と自らの品質管理が大切だ。IT企業のサイボウズでは、「質問責任」を社員に課している。分からないことは質問しなければならず、分からないことを放置しないことを社員の責任としている。

企業に所属していることに安住せず、自立+自律する意識が必要である。自己へのスキルアップ投資を継続的に行うこと、その前提として自身の特徴を理解し、人生の目標を見定めることが求められる。わが国でも、終身雇用や年功序列は徐々に過去のものになっていくだろう。さまざまな地域に居住するキャリアや立場の違う人が自主的に参加し、その職場では組織の目的のために力を合わせる、自律分散協調社会の一つの姿といえよう。

(3) 国、制度の改革も必須

自律分散協調型の変革を円滑に実現させるためには、企業や人財の取り組みだけでなく、国も制度改革などを通じて能動的に後押しすることが求められる。工業社会に最適化された制度は根本から設計し直すことが必要だ。例えば、社会人の再教育は世界的にも低いレベルにある。70歳までの定年延長の努力義務など雇用の安定も、各企業に担わせるのでなく、国として人財活用策を打ち出すべきだ。

国難ともいうべき現在の状況を企業・人財さらには国が同じ方向を向いて取り組み始める契機としたい。相互依存から自律分散協調型への「変革」が求められる。
[図2] 変革を加速させるためにすべきこと