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2023年6月号特集2エネルギーサステナビリティ

「日本型カーボンプライシング」の制度像を考える

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2023.6.1

English version: 26 July 2023

サステナビリティ本部橋本 賢

エネルギー

POINT

  • GX推進法に基づき日本もカーボンプライシングを導入。
  • 2050年カーボンニュートラル実現には大幅な政策強化が必要。
  • 負担の公平性を確保しつつ成長に向けた投資戦略を。

「成長志向型カーボンプライシング」導入へ

二酸化炭素(CO2)排出に金銭的負担を求めるカーボンプライシングが、日本にも導入される。2023年2月に「GX※1実現に向けた基本方針」が閣議決定され、同5月12日にはGX推進法(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)が成立した。今後10年間で発行する20兆円規模の脱炭素成長型経済構造移行債(GX経済移行債)を財源に、2050年のカーボンニュートラル達成に向けた技術の開発・実装を先行して進める。

また、移行債の原資を確保するため、2026年度に自主参加型の排出量取引制度を本格導入した上で、2028年度の化石燃料賦課金(炭素賦課金)導入を経て2033年度に発電事業者への排出枠の有償割り当てを行う計画である。

カーボンプライシングはカーボンニュートラルへの移行を資金移動面から支える。だが、石油石炭税やFIT・FIP※2賦課金など、エネルギー関連の政策負担が増えない範囲内に炭素価格の賦課を抑えながらGX経済移行債の発行規模を20兆円にとどめている現在の制度設計で、カーボンニュートラルを十分に実現できるかは検証が必要だろう。

カーボンニュートラル実現に必要な政策強度

特集1でも触れたように、2050年のカーボンニュートラル実現に必要な電化・電動化や水素の製造・利用といった技術については、短中期での収益化が難しいものが少なくない。これら削減対策の「規模・導入コスト・導入時期」を積み上げることにより求められる政府支援※3を当社が分析したところ、FIT・FIPを維持する前提で、2050年までに累計70兆円程度の支援が必要と推計される(図)。特に技術実装が本格化する2030年以降に支援ニーズが拡大する見通しである。
[図] 政府収支の試算結果
[図] 政府収支の試算結果
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出所:三菱総合研究所
なお、2050年以降も水素の製造・利用やCCS(CO2回収・貯留)を含め、カーボンニュートラルを維持するための支出が別途必要となる。

その上で、GX推進法に示されている賦課上限を設けることなくカーボンプライシングを2026年度から全面的に導入すれば電力部門の炭素価格(CO2排出枠の価格)は2040〜2050年にかけてトンあたり1.3万〜3.0万円程度となるほか、70兆円規模の補助原資を賄うのに必要な炭素価格(炭素賦課金)は2026〜2050年平均で同6,400円に上る見込み。いずれも現在の地球温暖化対策税(トンあたり289円)の数十倍以上だ。

想定する制度運用期間が異なるため単純比較はできないものの、70兆円規模の補助原資を確保するために必要な2050年までの負担額をあえて比べてみる。GX経済移行債20兆円の償還原資確保のために賦課上限を設けてカーボンプライシングを導入する場合に比べて、電力部門の排出量取引については2.5倍程度、炭素賦課金に関しては4.4倍程度の負担増になる。2050年にカーボンニュートラルを実現する上では、現在のGX推進法の枠組みでは政策の強度が不十分であり、将来的に制度の大幅な強化が求められることが分析結果から示唆される。

「成長志向」との両立に向けて

当社が分析したように政府支援が70兆円規模となれば、国民にとって一定の負担増は免れない。

さらに分析結果によると、今後の制度設計次第ではあるものの、この負担は民生部門および産業部門の小口排出に偏る可能性が高い※4。制度強化にあたっては、国民・企業が受容できる負担の水準を見極めるとともに、部門や業種の間で公平な負担の在り方について正面から議論し、合意形成を図ることが求められる。

今回の分析では、政府が検討してきた技術開発ロードマップを踏まえつつ、電化が困難な燃焼設備については水素や合成燃料などを海外からの調達などで補い、最終的にCO2の回収・除去により2050年のカーボンニュートラル実現を目指すシナリオを想定した。ただし実際には、これとは異なったさまざまなシナリオも描きうる。

日本のカーボンニュートラル実現に向けた最適な道筋の探索は始まったばかりだ。数十兆円という巨額の資金規模や、先進技術の開発・実装に目が行きがちだが、真に重要なのはそこではない。

政府によるGX投資を成長に結びつけるには、ますます厳しくなる国際競争環境において、エネルギーコストの上昇を乗り越えて「勝てる」分野を見定めた上で、重点的に資金を投下していく戦略が不可欠となる。

※1:グリーントランスフォーメーション。脱炭素化を実現するための社会変革。

※2:FITもFIPも再生可能エネルギー普及のための補助制度。

※3:ここでは、実装に対する補助金のほか、水素利用に対する補助を想定した。

※4:分析では、排出量取引制度の対象として想定されるエネルギー多消費産業には炭素賦課金は賦課されず、民生・運輸部門と産業部門の小口排出主体で負担することを想定している。

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