マンスリーレビュー

2023年4月号トピックス1経済・社会・技術

社会課題を解決する「ナッジ」の設計の勘所

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2023.4.1

先進技術センター但野 紅美子

経済・社会・技術

POINT

  • 行動変容手法の一つである「ナッジ」の利用が拡大。
  • 倫理面で慎重に配慮した施策の設計を。
  • DX、IoTがさらなる社会実装を後押しする。

「ナッジ」で社会課題を解決する

人の行動特性を踏まえた「さりげない」働きかけは、その後のアクションを促す。この仕組みを社会課題の解決に活かそうとする動きが進んでいる。「禁止してもやめられない」「強制すると大きな反発を招く」など、規制だけでは限界のある行動の促進に活用することが期待されている。

例えば京都市は、喫煙禁止を伝える看板を喫煙所の外に設置したが望む効果が得られなかった。そこで路面に喫煙所への道筋を示す矢印を掲示すると7%違反が減少した。

選択の自由が確保された中で、「さりげなく」促す働きかけは行動経済学で「ナッジ」と呼ばれて、国内外の官公庁をはじめ各方面から注目されている。遊び心をくすぐり「つい行動したくなる」よう促す「仕掛け※1」の事例も増えている。

不適切な行動変容にしない「設計」を

ナッジや仕掛けの活用は広がっているが※2課題も残る。その一つが、効果的な施策の設計にあたり具体的な方法が明確でないことだ。例えばナッジ活用のための既存ガイドライン※3は抽象的な方針を示すにとどまっており、実務上の指針としては不十分である。行動特性や適用領域には多様なパターンが存在し、また倫理面で慎重な配慮が要求されることから画一的なガイドラインを定めることが難しい側面がある。とりわけ「望ましくない行動をさせる」「望ましい行動を妨げる」などの悪い働きかけはスラッジと呼ばれ、避けなければならない。

臓器提供の意思表示では、意思表示欄のデフォルト(初期値)を「同意」に変えると大きな効果が得られることが知られている。しかし臓器提供希望者の割合が低い日本では、多数が望まない同意をデフォルトにするのは好ましくない。

災害時の避難促進では「その場にとどまると他の人の命を危険にさらすおそれがある」とのメッセージを伝えることが効果的だが、場合により不快感や恐怖を与えかねない。心理的負担が大きい働きかけは乱用すべきではない。いかに効果的な施策でも、受け手の価値観・性格によっては逆効果になる場合もある。倫理委員会や倫理チェックリストによる倫理性の客観的な確認も重要だ。

倫理的な配慮に基づいた社会実装のススメ

スラッジ問題などを回避し効率的な行動促進策を設計する重要性は増している。当社でも、継続的な知見の蓄積に基づき具体的な行動促進策を設計する実践的な方法論の研究・構築を進めている。

今後のDX推進やIoT普及に伴い、多様性を考慮した精緻な介入が容易になり、効果検証も低コストで実施可能になる。しかし行動促進の取り組みの活用範囲が拡大する一方、不当な目的での介入や効果そのものへの懸念が強まりかねない。行動促進の取り組みを社会実装するには、行動特性の不適切な利用を防止する知見を継続的に高め、倫理的な配慮を前提条件に多様な生活者に向けた効果的な施策を設計することが肝要である。

※1:松村真宏(2016年)『仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方』(東洋経済新報社)。

※2:経済協力開発機構(OECD)によれば、ナッジの政策利用を推進する組織は200を超える。国内では、2022年末時点で14の自治体でナッジ・ユニットが設立されている。

※3:OECDのBASIC、FEAST(EAST)、NUDGES、MINDSPACEといったガイドライン(フレームワーク)が存在する。