マンスリーレビュー

2024年1月号特集3経済・社会・技術

「物価も金利も上がる日本」に必要な行動変化

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2024.1.1

English version: 22 March 2024

政策・経済センター堂本 健太

経済・社会・技術

POINT

  • 人口減少下での持続的な経済成長にとって各所での行動変化が必要。
  • 企業では、収益性の改善に向けた設備・人的投資の拡充がいっそう重要に。
  • 政府は国債費の増加に、家計は資産の実質価値の減少に備えるべき。

人口減少下での経済成長に必要な一歩

日本経済がデフレ完全脱却を果たした後、次の課題となるのは「持続的な経済成長の実現」である。ただし今回の物価・金利上昇局面は、長期デフレへの突入前(1990年代前半まで)と比べて、経済の前提条件が多くの点で異なる。最も重要な違いは、人口構造の変化である。

今後の日本経済は、人口増のもとで期待されるような労働供給の増加や消費市場の拡大に頼れない。「企業・政府・家計」の各主体は人口減少下における安定的な物価上昇と持続的な経済成長の両立に向けた第一歩を踏み出す必要がある。すなわち、「デフレ下で定着した行動からの脱却」である。

企業:市場からの淘汰や人材流出への備えを

日本企業は過去30年間、コスト削減が最優先課題であった※1。コスト削減による収益性の維持は、経済の停滞感が強いデフレ期には正当化されうる。しかし物価・金利上昇局面では、負債の金利だけでなく投資家の要求収益率も高まるため、コスト削減頼みでは不十分だ。収益性が低迷する企業は、投資家の撤退など「市場での淘汰」に直面するだろう。さらに物価上昇に見合った賃上げができなければ、人材流出による人手不足の深刻化も免れない。

一方で企業にとり物価上昇の定着は、商品・サービスの値上げを含めた柔軟な価格設定を可能にするなどのプラスの側面に通じる。これを機に先端技術や人的資本への投資で付加価値を向上させ、適切な価格転嫁による収益性改善を目指すべきだ。

例えば、AIロボットの導入で業務プロセスを合理化すれば、浮いたリソースを既存の商品・サービスの高付加価値化や新ビジネスの企画などに活用できる。技術に習熟した人材の確保に向けた賃上げやスキルに応じた給与体系の導入、社内人材育成といった取り組みもいっそう重要になるだろう。

政府:国債費負担に備え将来不安の緩和を

政府は、債務残高が累増しても利払い費が抑制される低金利環境のもと、国債増発と大規模な景気対策を繰り返してきた。国債残高は過去30年で約180兆円から1,000兆円以上にまで増加しており、金利上昇局面での国債費の増大は必至だ。「物価・金利上昇」の初期には、消費税・法人税などの税収増が先行し、財政収支は一時的に改善する可能性がある。ただし中長期的に見ると、低金利の既発債が満期を迎え、高金利での借り換えが進むにつれ、国債費負担は時間差で増大する。財務省の試算では、金利が1%ポイント上昇すれば3年後には国債費が2.5兆円増加する。コロナ禍前に比べて10年物国債金利はすでに1%ポイント程度上昇する場面もあり、この試算が現実味を帯び始めている。

財政規律が緩んだままでは、財政運営に対する不信感は強まるばかりだ。危機意識の高まりから消費抑制の傾向が強まる恐れもある※2。一時的な税収増を、減税という形式で家計に幅広く還元するのではなく、財政健全化目標の堅持・債務抑制に役立て、中・長期的な消費者の不安緩和に努めなければならない。

家計:物価上昇への耐性を強める資産運用を

家計に関しては、「現預金が最も安全」とのデフレ下での認識を改める必要がある。物価上昇は現預金の実質的な価値(購買力)の低下を意味し、2%の物価上昇が10年間続けば購買力は約2割低下するからだ。ただし物価・賃金上昇の好循環が続けば、現預金以外で資産運用の余地が生まれる。企業の収益性が改善に向かえば、株式・投資信託などの運用利回りが改善し、「金利がない時代」より有利な資産設計も可能になる。新型NISAの導入など制度的な後押しも踏まえ、物価上昇への耐性を高める意識が重要だろう。

行動変化で持続的な成長の実現へ

デフレ下で定着した行動から各主体が脱却できれば、経済全体の資金の流れは、持続的な成長に適した姿に変化する。1998年以降は、図に示す通り、政府が資金調達・成長投資を担う「官主導」型となっており、財政の観点から持続可能ではなかった。今後は1990年代前半までのように、企業が成長投資を牽引する「民主導」型に立ち戻していくことが期待される※3

その中で政府は、政策の予見性の確保などにより民間資金の導入を促すことで、財政負担の軽減が可能となる。物価・金利上昇を契機に、各主体が行動変化に踏み切ることで、持続可能な成長の実現につながることを期待したい。
[図] 資金循環における資金過不足(金融資産と負債増減の差額)
[図] 資金循環における資金過不足(金融資産と負債増減の差額)
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出所:日本銀行「資金循環統計」より三菱総合研究所作成

※1:労務費の抑制について、労働分配率は1999年度の75.7%から2022年度には67.5%にまで低下した(出所:財務省「法人企業統計調査」、集計対象は金融業・保険業を除く全産業・全規模)。成長投資も抑制され、手元の現預金残高は同期間で約1.9倍にまで増加した(出所:日本銀行「資金循環統計」、集計対象は非金融法人企業)。

※2:当社が2023年に実施した調査では、「財政危機は回避できる」と考える家計はわずか2割にとどまった。

※3:例えば、脱炭素化に関して政府が総額20兆円規模のGX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債を起債して民間投資の呼び水とする方針である。

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