コラム

3Xによる行動変容の未来2030ヘルスケアテクノロジー

3Xがドライブする健康シーン 第2回:新サービスがもたらす行動変容と疾病リスクの低下

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2021.9.3

先進技術センター斉藤卓也

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • 行動変容には3つの壁が存在。
  • 3Xを組み合わせたサービス提供が行動変容の継続に寄与。
  • 新しいサービスの開発には企業間のデータ連携の促進が必要。
前回のコラム「生活習慣改善の継続を支えるサービス」では、バイオテクノロジー(BX技術)、センサーなどのデジタルテクノロジー(DX技術)、コミュニケーションテクノロジー(CX技術)の3Xを組み合わせることで疾病予防の効果が促進されることに触れました。

本コラムでは、疾病を予防し、ウェルビーイングを高めるための健康管理について、現状の行動変容の課題を明らかにし、その課題解決に有効と考えるサービスや期待される効果を紹介します。

メタボリックシンドロームが引き起こす生活習慣病の連鎖

「メタボリックシンドローム」とは、「内臓肥満に高血圧・高血糖・脂質代謝異常が組み合わさることにより、心臓病や脳卒中などになりやすい病態」※1を指します。

厚生労働省の「令和元年国民健康・栄養調査報告」※2によると、40歳から74歳の中高年では32.1%とおよそ3人に1人が、「メタボリックシンドロームが強く疑われる」、または「メタボリックシンドローム予備群」であり、特に男性は54.5%と半数以上が該当しています。

このメタボリックシンドローム自体は疾病ではありませんが、進行することによって生活習慣病のリスクが高まり、糖尿病、動脈硬化、腎臓病、そして最終的には心筋梗塞や脳卒中などを引き起こす可能性があります。そのため、日ごろから食事・運動などの健康管理を心がけて、取り組みを継続することが大事ですが、実際には「何からどのように始めたらよいかわからない」「一人ではなかなか続けられない」といった方が多いのではないでしょうか。

行動変容の継続を阻む複数の壁

当社が30代以上の男女を対象に実施したアンケート調査において、生活習慣の改善を継続できない理由を「とてもあてはまる」から「まったくあてはまらない」まで5段階評価で尋ねたところ、「とてもあてはまる」という回答の上位3項目は、「行動変容の取り組みによる効果が実感できない(12%)」「一緒に頑張る仲間がいない(12%)」「自分に合った目標や取り組み方法が設定できない(9%)」でした。
図1 生活習慣の改善を継続できない理由
生活習慣の改善を継続できない理由
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(n=667、2021年7月実施)
このアンケート結果からわかることは、生活習慣の改善という行動変容を継続するには、その一連のプロセスの中でそれぞれ壁があるということです。

まず、第1の壁は、行動変容の開始時点では、自身に合った目標の設定や取り組み方法がわからないことによって、何の取り組みを行えばよいか決められず、具体的なアクションに移せないことです。

次に第2の壁は、行動変容の取り組み中に共に頑張れる仲間がいないことで、飽きたりモチベーションが維持できなかったりして、離脱してしまうことです。筆者自身もパーソナルトレーニングに友人と通うことで2年間定期的に継続できており、仲間の大切さを実感しているところです。

最後に第3の壁は、行動変容の取り組み後の効果が都度実感できないことによって、本当に健康の維持向上につながっているのかを認識できないことです。

これら3つの壁を残らず越えることが行動変容には不可欠といえます。行動変容を促すための新しいサービスや技術を普及させるには、その点が配慮される必要があります。

3Xの融合が生み出す2030年の健康・予防サービス

それでは、3つの壁を乗り越えて、健康に駆り立てる行動変容を継続させるための3Xの技術はどのようなものがあるでしょうか。

第1の壁である、自身に適した目標や生活・運動の取り組みを設定するには、NTTPCコミュニケーションズの「AnyMotion」のようなマーカーを身体に付けない簡便なモーションキャプチャーによる動作の解析や、東急スポーツオアシスのトレーニングアプリ「WEBGYM」で使われているようなAIチャットボットでのインストラクターに代わる指導などのDX技術が活用できます。2030年にはさらに進歩し、運動時の細かい動作の解析、人間のインストラクターと遜色のないレベルで対話できるAIチャットボットができる可能性があります。

第2の壁である、健康管理・運動などを仲間と一緒に取り組むことについては、米国で広まりつつあるホームフィットネスにおいて、オンラインでも他の参加者を画面で見ながらライブ感が味わえるトレーニングサービス「peloton」、ミラー型フィットネスデバイス「Mirror」などによって、あたかも仲間と同じ空間で運動しているような気分になれるCX技術が活用できます。CX技術も2030年には、VR、参加者のアバター化などの進歩によって新しい空間の楽しみ方ができると思われます。

最後の壁である行動変容の効果を実感するには、非侵襲(生体を傷つけない)で、自宅で手軽にさまざまな身体の状態を測定できるセンサーやウェアラブルデバイスなどのBX技術が活用できます。例えば、メディカルフォトニクスの「CaLighD」という機器では脂質を、ライトタッチテクノロジーが開発するセンサーでは血糖値を、それぞれ非侵襲で測定できます。2030年には、自動かつリアルタイムで身体の状態を測定し、AIとの組み合わせなどによって運動効果の予測ができるようになることも期待できます。

以上のように行動変容の継続に寄与する技術を3Xの視点からそれぞれ紹介しましたが、これらのサービスを個別に購入して利用するというのは手間がかかり管理も大変です。したがって、2030年の未来では、以下のように3Xの技術を組み合わせた一体的なサービスの提供によって利用者にも受け入れられやすいものになると考えます。また、技術の組み合わせだけでなく、詳細は後述しますが、地域や同好のコミュニティとのマッチング機能を盛り込むことも、行動変容を継続するためのポイントです。
図2 2030年における新しい健康管理サービス像
2030年における新しい健康管理サービス像
出所:三菱総合研究所

コミュニティの活用が普及・継続のカギ

この新しいサービスを世の中に普及させるには、企業側の目線では、単に技術を組み合わせるだけでなく、ターゲットを定め、効果的かつ効率的にサービスを提供することが重要です。

具体的には、個人向けではなく、企業のような既にコミュニティとして土壌ができている組織をターゲットとすることで、それまで健康管理や運動が習慣化していなかった人も周囲の人とともに活動が継続でき、結果的に健康な生活も維持できます。また、企業内だけでなく、自身の居住地や趣味を同じとするコミュニティともマッチングできる機能を組み込むことで、参加したいコミュニティを探してスポーツに興じる、リアル(対面)/オンラインでチャットやトレーニングを行うなど、利用者のニーズに応じた活動を提供することも効果的です。

また、サービス提供の効率性の面では、従来の専門家やトレーナーなどによる1対1の食事・運動指導は人件費がかさんでしまい、利用者の拡大が困難になることが想像されます。新サービスでは、リアルだけでなくオンラインでの1対多人数での指導も組み込む、また定型的な指導や運動時の動作解析には、先に紹介したモーションキャプチャー・AIなどの技術を活用するなど、リアルとオンライン、人と技術のそれぞれをハイブリッド化をすることによって、安価で広範なサービス提供が可能となるでしょう。

新サービスによって行動変容が継続し、疾病リスクは低下

図2で示した新サービスが世の中に出た際にどの程度の利用意向があるかを、前出のアンケート調査で質問したところ、これまで行動変容が継続しなかった人、また何も取り組んだことがない人でもサービスを利用したいとの回答が得られました。

サービスの支払意思額によって利用意向が変わるので、それに伴い行動変容の継続率も変化しますが、現状の38%の継続率から、月額5,000円支払いでは42%、月額3,000円支払いでは44%、月額1,000円支払いでは50%まで継続率が増加するという結果になり、行動変容の継続に効果をもたらすことが示唆されました。

また、行動変容の継続率が上昇することで、生活習慣病の罹患率の低下も期待できます。当社の試算では、脳卒中の罹患率が5.1%、心臓病の罹患率が8.9%、糖尿病の罹患率が12.7%低下する可能性があるという結果になりました。

課題は企業の垣根を越えたデータ連携

さて、ここまでの流れで、2030年の新サービスの提供が行動変容の継続、ひいては一層の健康にもつながる可能性が示されました。

サービスの実装に向けては、健康状態のモニタリングや運動プログラムの提供、AIなどによる動作解析・指導などさまざまな機能を組み合わせるため、一つの企業で全ての機能を開発・実装するにはハードルが高く、複数企業による連携したサービス像になることが想定されます。

企業の連携にあたっては、要するコスト(時間、人的リソースなど)に対して、連携によって生み出した新サービスを安価で広く提供でき、市場ニーズも大きいことが示せれば、企業は連携に前向きになることが考えられます。例えば、オンライントレーニングのサービスを提供している企業が、オンラインの参加者をスポーツジムなどの施設へ送客し、トレーニングで得られたデータをAIを強みとした企業が解析するなど、サービス提供のバリューチェーンを構築する企業がそれぞれの価値を確保できるようにする必要があります。

それに加えて、現状では企業間に垣根があり、複数企業がデータ連携したサービスの開発があまり進んでいないため、セキュリティに配慮したデータプラットフォームの構築などによる円滑なデータの流通・解析が求められます。

厚生労働省の「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会」における「国民・患者視点に立ったPHRの検討における留意事項」※3でも、個人情報の適切な管理、情報の電子化・標準化、民間事業者間による情報の相互運用性などが指摘されており、これらを具体的な仕組みや法制度に落とし込むことが、プラットフォームの実現にあたって重要となります。

以上、本コラムでは生活習慣の改善をテーマに、3Xの組み合わせによる新サービスと、その効果や実現に向けた課題についてご紹介しました。次回のコラムでは、メンタルヘルスケアについて、本コラムと同様に先進的な技術を活用した2030年のサービスや導入の効果などをご紹介します。

※1:「山岸 良匡、メタボリックシンドロームとは?、e-ヘルスネット」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/metabolic/m-01-001.html、厚生労働省(閲覧日:2021年8月11日)

※2:「令和元年 国民健康・栄養調査報告」厚生労働省(2020年12月)

※3:「国民・患者視点に立ったPHRの検討における留意事項」厚生労働省(2020年2月6日)