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IMD「世界競争力年鑑」2023年版からみる日本の競争力 第1回:データ解説編

総合順位は35位 過去最低を更新

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2023.10.24

政策・経済センター酒井博司

IMD「世界競争力年鑑」2023年版によれば、日本の競争力総合順位は35位と過去最低を更新した。日本の競争力の弱点はどこにあるのか、経営層が認識する課題は何か。本コラムの第1回では、日本の競争力の現状を同年鑑のデータを用い解説する。第2回の分析編では個別データを詳説し競争力向上の道筋を提示する

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IMD(国際経営開発研究所:International Institute for Management Development)が作成する「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」の2023年版が6月20日に公表。日本の競争力総合順位は過去最低の35位となった。

第1回では、「日本の競争力の現状」それに「各国の競争力の現状と推移」を概観する。本年の対象は64カ国・地域で、政府統計を中心とした統計164指標とアンケートによる92指標の計256指標により競争力順位が計算されている※1。ここでアンケート調査が取り入れられているのは、競争力を測る上で不可欠なものの、統計では捉えきれない項目を補うためである※2。多種多様な指標に基づき作成される競争力総合順位は、幅広い観点から企業が競争力を発揮できる環境の整備度合いを具現化したものとみることができる。

「世界競争力年鑑」2023年版の結果について、IMDは多面的な要因が絡み合った「polycrisis※3」の影響が強かったと指摘している。景況感が暗く、インフレ圧力も差し迫る中、安定したエネルギー供給、強固で柔軟なサプライチェーン、貿易黒字を維持した国の競争力は強い地位を維持した一方、原材料やエネルギーの輸入に多くを依存する国の競争力は低位にとどまった、との見方である。

2023年版における日本の競争力順位は35位と、前年の34位から1下がって、1989年の同年鑑公表開始以来で最低となった。アジア・太平洋地域でもインドネシアの後塵(こうじん)を拝し11位(14カ国・地域中)である(図表1)。

日本の総合順位の変遷をみると、1989年からバブル期終焉(しゅうえん)後の1992年まで1位を維持し、1996年までは5位以内の高い順位を維持した。しかし、金融システム不安が表面化した1997年に17位に急低下した後は、20位台の中盤前後で推移し、2019年以降は30位台が続いている(図表2)※4
図表1 IMD「世界競争力年鑑」2023年 総合順位
IMD「世界競争力年鑑」2023年 総合順位
注:22年からの順位差は2022年版順位からの上昇(△)、下落(▲)幅を示す。

出所:IMD「世界競争力年鑑」2023年より三菱総合研究所作成
図表2 日本の総合順位の推移
日本の総合順位の推移
出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成

ビジネス効率性の低迷が持続、弱点項目は固定化

競争力年鑑では、全ての分野を合わせた競争力総合順位のほか、4つの大分類(「経済状況」「政府効率性」「ビジネス効率性」「インフラ」)ごとの順位、さらに各大分類に5個含まれる小分類(計20個)の順位、さらには各分類を構成する個別項目の順位が公表される。今回発表された日本の4大分類による順位をみると、経済状況は26位、政府の効率性は42位、ビジネス効率性は47位、インフラは23位である。4大分類ではビジネス効率性のみ昨年よりもやや順位を上げたが、当該分野の長期的な低迷傾向が、近年の日本の総合順位低迷の主因となっている(図表3)。
図表3 4大分類による日本の競争力順位変遷
4大分類による日本の競争力順位変遷
出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成
図表4は、4大分類およびそれに属する5つの小分類(計20個)ごとに、日本の順位の変遷をみたものである。基本的には、2019年時点で日本の弱みであった政府効率性分野の「財政」やビジネス効率性分野の「経営プラクティス」などの小分類項目の順位は低位で固定化しており、改善傾向がみられない。特に企業の意思決定の迅速さや機会と脅威への対応力、起業家精神などからなる「経営プラクティス」は64カ国・地域中62位であり、日本の最大の課題である。さらに経済状況分野の「貿易」、政府効率性分野の「制度的枠組み」「ビジネス法制」などの項目は新たな弱点となりつつある。
図表4 大分類・小分類別にみる日本の競争力順位の推移
大分類・小分類別にみる日本の競争力順位の推移
注:2018年から2020年、2022年版では63カ国・地域中、2021年版では64カ国・地域中の順位

出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成

日本の経営層の認識「新ビジネスの育成」「推進環境」に課題

競争力年鑑では、先に挙げた統計とアンケート結果から作成される競争力指標のほか、経営層を対象に、自国の強みと認識する項目を選択するアンケート調査も行っている(図表5。なお、この結果は競争力順位には反映されない)。

日本に関してこの結果をみると、質の高いインフラや高い教育水準、熟練労働力からなる人的資本などは持続的に強みと認識されている。一方、ビジネスを推進し、サポートするコーポレートガバナンスの質や資金調達、法整備は昨年より大きく評価を落とし、政府の競争力や税制については回答が0%となった。また、長らく日本の強みと認識※5されてきた「研究開発力」への評価はやや持ち直したが、中期的には低下傾向にあるとみられる。

ここで、競争力総合順位の高い国の回答結果をみると、インフラや人的資本関連項目に加え、デンマークでは法制度や開放性・積極性、アイルランドでは税制やビジネス環境、シンガポールは政府の競争力、スイスは税制、台湾はコーポレートガバナンス、米国は資金調達など、日本が弱点とする項目において強みを発揮している。
図表5 経営層アンケートからみる日本の強みを構成する要素(回答者の各項目選択比率)
経営層アンケートからみる日本の強みを構成する要素(回答者の各項目選択比率)
注:回答者は上記15項目の中から5つを選択。

出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成

【参考1】2023年の重要トレンド(経営者意識調査):高まる景気要因への注目

競争力年鑑では、調査の過程において経営者意識調査(Executive Opinion Survey)も行っている※6。2023年版では、世界経済の後退、減速リスクおよびインフレ圧力といった景気要因が自社事業に影響を及ぼす主因と認識された(図表6)。一方、2022年版では重要トレンドと認識されていた新型コロナウイルス感染症による影響の長期化の重要度は大きく低下※7した。地政学的紛争リスク、サプライチェーンについても2022年版よりは数値を落としたが、IMDは今後の経済およびグローバル化の方向性に大きな影響を与えるこれらの要因は政財界リーダーにとって重要事項であり続けると指摘している。

なお脱炭素化への移行やエネルギー安全保障、地球温暖化への影響を重要と認識する割合は2割程度あるいはそれ以下と、2022年に引き続き自社事業に大きな影響を与える要因とみなす向きは少ない※8
図表6 経営者意識調査にみる2023年のビジネスに影響を与える重要トレンド
経営者意識調査にみる2023年のビジネスに影響を与える重要トレンド
注:数値は各項目をビジネスに影響を与える重要トレンドとみなす回答者の割合

出所:IMD「Executive Opinion Survey 2023」より三菱総合研究所作成
連載第1回では、IMD「世界競争力年鑑」の順位データを中心に、日本と世界の競争力の状況を概観した。次回分析編は、同年鑑で用いられている各国の項目別データを用いた分析を行いつつ、競争力に関する日本の問題点と今後の方向性を検討する。

【参考2】統計データ、アンケートデータ別の競争力順位

競争力年鑑2023年版の個別指標を用い、統計データのみ、およびアンケートデータのみから競争力ランキングを同年鑑と同様の方法で計算した結果※9が図表7である。日本は統計とアンケートを合わせた総合順位は35位であるが、統計指標のみから算出した競争力順位は16位であり、アンケートデータ指標のみから算出した順位は38位と大きな乖離(かいり)がある。

4大分類別でも政府効率性を除き、同様の傾向にある。アンケートで得られるデータは、横並びの統計では捉えられない競争力に関わる意識等を得るために重要であるものの、回答者の国民性もあり、一定のバイアスがある※10ことは否定できない。IMDの競争力ランキングを見る際には、その点に留意することが必要である。
図表7 統計データ、アンケートデータ別の競争力順位
統計データ、アンケートデータ別の競争力順位
注:統計データ(164指標)、アンケートデータ(92指標)のみを用い順位を算出。なお、スコア算出に際しては、IMD「世界競争力年鑑」と同様の手法を採用している。

出所:IMD「世界競争力年鑑」2023年より三菱総合研究所推計・作成

※1:2022年版以降ロシア、ウクライナは対象から外れており、2023年版ではクウェートが新たに対象国となった。2023年版のアンケートの回答者数は6,419人。

※2:なお、アンケートは回答が国民性により楽観もしくは悲観に振れることや、理想と現実の乖離が大きければ評価が低くなる可能性など、一定のバイアスをもつ。
【参考2】において、客観的な統計データ(164指標)のみに基づく競争力ランキングと、経営層の意識を示すアンケートデータ(92指標)のみに基づく競争力ランキングを中分類別に独自に算出した。

※3:IMDは、 (i) 景気後退、(ii) インフレ、(iii) 地政学的紛争、(iv)エネルギー安全保障の4要素が合わさったものをpolycrisisしている。

※4:競争力を規定する要素の変化に伴い、採用される指標は随時入れ替えられている。そのため、過去と現在の総合順位を単純に比較することは適切ではない。

※5:2018年以前は6割程度が研究開発力を日本の強みと認識していた。

※6:この「経営者意識調査」は国別には公表されず、各国の競争力順位に反映されない。なお、本調査は毎年行われているが、10個の選択肢は入れ替えられるため基本的には経年比較はできない。

※7:2022年版との比較では新型コロナ影響の長期化(2022年版42%→2023年版7%)。

※8:調査項目、選択肢は異なるが、2021年版では「新型コロナ影響長期化」「環境の持続可能性」「企業の社会的責任」が懸念事項のトップ3であり、特に欧州諸国の回答者の60%程度が「環境の持続可能性」を自社事業に影響を与える要因と回答していた。一方、利益と環境や社会的責任に関する問いには、回答した55%の経営層が利益や成長よりも環境や社会的責任を優先するとしている。

※9:IMDは統計データのみ、アンケートデータのみの順位を公表していない。

※10:日本は韓国と並び、統計調査の順位とアンケート調査の順位が最も乖離している(日本:統計16位、アンケート38位、韓国:統計15位、アンケート37位)。また、米国や中国、ドイツも統計調査の順位が高い。一方、サウジアラビア(統計45位、アンケート6位)やカタール(統計42位、アンケート5位)、インドネシア(統計53位、アンケート21位)やインド(統計59位、アンケート29位)は統計に比べアンケート調査の順位が圧倒的に高い。

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