コラム

環境・エネルギートピックスエネルギー

動き出した国内蓄電池ビジネス 第1回:系統用蓄電池ビジネスの展望

2024年に起こる市場環境変化と事業検討のポイント

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2024.2.8

エネルギー・サステナビリティ事業本部湯浅友幸

環境・エネルギートピックス
脱炭素社会に向けて加速させるべき再生可能エネルギーの利用拡大——。しかし発電量の変動等の課題から、安定的に既存電力システムに組み込むには工夫が必要だ。その一つに需給調整に資する蓄電や放電を行う「系統用蓄電池」の存在がある。国や自治体の補助施策が定まるなど、本格的な社会実装が目前に迫る。2024年4月以降には系統用蓄電池に対し民間が投資の検討を行う際の判断材料が一旦出揃うなど、持続的な市場拡大に向けた市場環境が整う予定である。本コラムでは当社が系統用蓄電池の投資プロジェクトを支援してきた知見を基に、今後着目すべき市場環境変化や事業検討のポイントについて紹介する。

蓄電池投資 活性化の背景は?

「系統用蓄電池」に関連しては、2023年7月の全国知事会でも支援拡充が提言されるなど、国だけでなく自治体からの期待も大きい。脱炭素社会に向けた再エネ大量導入を実現する中で、出力変動の調整や余剰電力の活用に貢献できるためである。

国や自治体の補助施策を通じ、系統用蓄電池への投資も大きく活性化している。2022年以降、国と東京都の大規模な補助金事業において合計56件の事業が採択され、400億円以上の補助金交付が決定された※1
図1 国および東京都の補助金交付実績
国および東京都の補助金交付実績
出所:各補助金の交付決定情報と各社プレスリリースを基に三菱総合研究所作成
2024年度の経済産業省予算でも系統用蓄電池の導入補助を目的とした支援事業が予定されている※2。しかし、今後も継続的に補助金事業が行われるかは国や自治体の施策に依存する。

一方、系統用蓄電池の導入を支援する新たな制度として2023年度より「長期脱炭素電源オークション」が開始した。本オークションで約定した系統用蓄電池は建設費を含む固定費の回収に相当する水準の金額を取得できる。ただし、蓄電池運用の収益の約9割を国に還付することが求められる。

脱炭素化への機運が政策的に高まる中、補助施策を通じて系統用蓄電池に係る投資機会は継続が見込まれる。

どうなるか 24年4月以降の投資環境

2024年4月以降、蓄電池事業を取り巻く以下の3つの動きに伴い、より投資判断を行いやすい環境が整う。これらは系統用蓄電池の主要ユースケースである需給調整市場※3と容量市場※4、前述の長期脱炭素電源オークションに関わるものである。

①需給調整市場全メニューの開設

「需給調整市場」は送配電事業者が瞬時の電力需給バランスをとるために、電源を有する事業者からバランス調整機能(調整力)を調達する市場である。同市場では求められる制御の応答速度等に応じてメニュー分けがなされているが、段階的にメニューごとの取引が開始してきた。2024年4月にはこれまで未開設であった一次/二次調整力のメニューが開設する。これらは秒単位などの制御が求められるため、応答速度の速い蓄電池の参入が期待されている。これまで事業者はこれらメニューが未開設で実態がわからない状況での投資判断が求められたが、今後は取引価格や運用状況の実態を踏まえた投資判断が可能になる。

②容量市場の運用開始

「容量市場」は国全体で必要な電力の供給能力を確保するための市場であり、参入する電源は電力供給に係る要請に応えることに対して対価を得る。同市場の実運用が2024年4月に開始することで、今後は運用実態を把握した上で投資判断が可能になる。オークションで落札した電源は2024年4月以降に市場ルールの下での運用を求められる。さまざまな運用上の義務を課される中で生じる課題について、国などでの議論内容を踏まえて事業検討が可能になる。

③長期脱炭素電源オークションの結果公表

第1回の長期脱炭素電源オークションの結果公開は2024年4月末頃を予定しており、約定総額や落札容量が公表される。公表結果から、今後落札可能な系統用蓄電池の総容量や落札金額も推測可能になることが見込まれる。

これまで系統用蓄電池への投資を行ってきた事業者は補助施策の活用を主としつつ、市場の実情が把握できないリスクの中で投資検討を行う必要があった。2024年4月以降は上述の動向を把握しながら、市場実態をより細かく加味した検討が可能となる。

事業検討 3つのポイント

系統用蓄電池に関連するビジネスの期待が高まる中、特に事業検討のポイントとなるのは、「ユースケース選択」「電力市場価格推計」「蓄電池制御ロジック検討」の3点である。当社がこれまで投融資を検討する事業者、金融機関向けの支援を多数行った中でも、これらが事業判断の主要な論点となっている。

①ユースケース(利用用途)選択

系統用蓄電池をどのようなユースケースで用いるかは期待収益と運用の難易度に大きく影響する。主なユースケースは卸電力市場※5での裁定取引(アービトラージ:同一の価値商品の一時的な価格差を利用し、利益を得る取り引き)、需給調整市場、容量市場の3つである。複数のユースケースを組み合わせれば期待収益は向上するが、その分運用の難易度も上がる。目標とする収益水準と実現可能な運用制御を勘案したユースケース選択が重要になる。

②電力市場価格推計

各ユースケースでの取引価格は市場と政策の動向に応じ変動し、事業収支に大きく影響する。電源構成、燃料価格、各市場ルールの更新など影響要素は多岐にわたる。蓄電池事業の運用期間は15~20年程度の長期であり、その間の市場環境の変化を踏まえた価格見通しに基づいて事業計画を立てることが重要になる。

③蓄電池制御ロジック検討

蓄電池事業の収益性の向上には、時刻ごとに最適なユースケースに向けた充放電を行う制御が必要になる。最適な制御を行うためには、ユースケースに分けて時々刻々と変化する取引価格を参照し、充電残量など運用上の制約も勘案した判断が求められる。事業計画を立てる際もこうしたロジックに基づく事業性評価を行うことが重要になる。
図2 系統用蓄電池の事業検討に係るポイントと検討要素
系統用蓄電池の事業検討に係るポイントと検討要素
出所:三菱総合研究所作成

事業計画の重要性とソリューション

系統用蓄電池の事業推進には、ここまで紹介した市場環境変化や事業検討のポイントをおさえた事業計画を立案することが必要である。長期的な市場価格の見立て、適切な運用想定を置いた事業性評価は、投資に向けた自社での合意形成にとどまらず、資金の貸し手(レンダー)の融資判断や補助金申請の審査でも重要なチェック事項となる。

当社では、これらを加味して蓄電池事業の事業性評価を行うサービスを提供している。本サービスでは卸/需給調整/容量市場の将来の価格見通しの推計を行う。推計した市場価格のデータをインプットとして蓄電池の運用シミュレーター「MERSOL※6」によって、最適な運用パターンと事業性を試算できる。
図3 系統用蓄電池の事業性評価に向けた三菱総合研究所の提供サービス
系統用蓄電池の事業性評価に向けた三菱総合研究所の提供サービス
出所:三菱総合研究所作成
図4 提供サービスのアウトプットイメージ
提供サービスのアウトプットイメージ
出所:三菱総合研究所作成
当社は本サービスを通じ、蓄電池事業への投融資を検討する事業者、金融機関に対して第三者の立場で事業性評価を支援してきた。本サービスは将来想定される必要な供給力や調整力などを同時に取引する「同時市場※7」の導入など、市場制度の大々的な変更も迅速に反映する予定である。こうした継続的なサービスの改良によりお客さまのニーズに対応し続けることで、今後も日本の蓄電池市場の活性化に貢献していく。

※1:数値の根拠となる補助金は次の通り。「令和3年度補正 再生可能エネルギー導入加速化に向けた系統用蓄電池等導入支援事業」「令和4年度補正 再生可能エネルギー導入拡大に資する分散型エネルギーリソース導入支援事業費補助金(系統用蓄電システム・水電解装置導入支援事業)」「令和5年度 系統用蓄電池等導入・配電網合理化等再生可能エネルギー導入加速化事業費補助金(系統用蓄電池等導入支援事業)」(いずれも資源エネルギー庁)。「東京都 系統用大規模蓄電池導入促進事業」(東京都)。

※2:経済産業省(2023年12月22日)「令和6年度経済産業省予算のPR資料一覧:GX推進対策費」における「再生可能エネルギー導入拡大に向けた系統用蓄電池等の電力貯蔵システム導入支援事業」に基づく。
https://www.meti.go.jp/main/yosan/yosan_fy2024/pr/pdf/pr_gx.pdf(閲覧日:2024年2月5日)

※3:短時間での電力需給のバランスをとる能力(調整力)を取引する市場。送配電事業者の指令の基づき、分単位や秒単位等の需給のアンバランスや変動の制御に貢献することで対価を得られる。応答速度等の要件に応じて、一次/二次①/二次②/三次①/三次②の5つのメニューに分かれている。電源を有する事業者は保有する電源の機能に応じて要件を満たすメニューへの参入が可能。

※4:電力の供給能力を取引する市場。卸電力市場や需給調整市場への参画などを通じて電力の安定供給に日々貢献するための要請に応えることに対して対価が得られる。長期脱炭素電源オークションは容量市場の1メニューである。

※5:電力量を取引する市場。系統用蓄電池の場合、市場価格が高いときに放電した電力を売り、安いときに充電する電力を買うことで、値差による収益が得られる。

※6:蓄電池の最適運用パターンや運用収支見込みのシミュレーションを行うWebサービス。本サービスでは、実際に導入された蓄電池向けに日々の最適な実運用計画も提供していく予定である。
https://mersol-web.jp/

※7:電力量と調整力を同時に取引する市場。将来の日本での導入を視野に現在経済産業省や電力広域的運営推進機関での議論が行われている。