コラム

VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?人材

第6回:なぜ今、「リベラル・アーツ」なのか

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2023.3.22

キャリア・イノベーション本部奥村隆一

VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?

キャリア形成のリーダーは「あなた自身」

人材流動化の幕開けともいえるこの時代に、いかなるスキルを獲得し、どのように自分が理想とするキャリアを実現していくのか。まず始めに誤解のないように申し上げると、「リーダーシップ力はリーダーにのみ必要な能力ではない」という点だ。第2回コラムで述べたように、私たちの職業人生が一つの会社だけで完結しなくなってきている中、自分のキャリアづくりを会社任せにはできない状況が強まってきている。つまり、すべてのビジネスパーソンが、自分のキャリア形成の「リーダー」と言える。心から願う未来を明確に描き、自分自身を導いていくためのリーダーシップが、今、私たちに問われている。このようなリーダーシップのことを「セルフ・リーダーシップ」と呼ぶ※1

まず、極端なケースを考えてみたい。VUCAの逆、すなわち、急速な市場変化・技術変化(Volatility:変動性)がなく、大規模な自然災害・感染症などの不確実な事象(Uncertainty:不確実性)が発生することもなく、ビジネスのグローバル化などに伴う複雑な問題(Complexity:複雑性)がなく、価値観の多様化や対立軸の不透明化などによる曖昧性(Ambiguity:曖昧性)が存在しない状況での「リーダーシップ」とは何であるかを問うてみる。ビジネスを取り巻く環境は常に変化し、長期的に見れば複雑さの度合いは増しつつあるので、この想定は全く現実的ではない。

しかし仮にこのような状況が存在するとしたら、「リーダーシップ力」は不要で、「マネジメント力」さえあればよい、と筆者は考える。予見でき、変化することのない一直線のキャリアラダー(はしごを一歩ずつ順番に登るようなキャリアアップ)を、ひたすら登っていくための「自己管理力」としてのマネジメント力である。

裏を返せば、VUCAの時代だからこそリーダーシップ力が必要ともいえる。

ところで、マネジメントとリーダーシップは似て非なるものである。前者は「成果を上げるための手段や手法を定め、管理すること」であり、後者は「ビジョンを明確にして、その実現を導くこと」である。言い方を変えれば、マネジメントでは「問いを解く力」を、リーダーシップには「問いを立てる力」が求められる。

近年、オンラインを活用したビジネスパーソン向け学習支援サービスが充実してきているが、プログラムの内容はプレゼンテーション、ロジカルシンキング、交渉、コミュニケーションといった、ポータブルスキルの獲得を主眼としたものが多い。これらのスキルは主に顕在化しているビジネス課題に対処するための「問いを解く」技法であり、「問いを立てる力」を育むことに対応したコンテンツはまだ少ないように思われる※2

リベラル・アーツと「問いを立てる力」

ここに、今日「リベラル・アーツ」がビジネスパーソンの学びの教材として着目されている理由がある。リベラル・アーツとは、歴史学、心理学、哲学、芸術といったいわゆる「教養」の学問とされている。これまでは、どちらかと言えば人生を豊かにするために、定年後の趣味活動として学ぶイメージがあったかもしれない。

しかし近年、少しずつ事情が変わってきている。VUCAの時代にセルフ・リーダーシップを発揮していく上で、問いを立てる力や問い続ける力、もっと広く捉えれば「独学力」を高めるための学びとして注目されてきているのだ。

東京工業大学では2016年に学部と大学院をつなぐ「リベラル研究教育院」を開設した。立教大学では2017年より、リベラル・アーツの理念を礎にグローバルリーダーの育成を図る原則英語のみで学位の取得が可能なコース「グローバル・リベラルアーツ・プログラム」が始まっている。オンラインサービスでは慶應丸の内シティキャンパスが、主催する「夕学五十講」などからえりすぐった講演動画を視聴できる会員サービス「クロシング」を2016年より開始している。さらに、KDDIグループが2022年9月1日よりスマホやパソコンで学べるリベラル・アーツのプログラム提供を開始(「関連情報」参照)するなど、多様な媒体や手法による民間サービスも増えてきており、ビジネスパーソンがリベラル・アーツに触れることの可能な機会は急速に広がっている。

一方で、「問いを立てる力」を身に付けることは、今日のビジネス環境を生き抜く上でどのような意味をもつのか、またなぜ「リベラル・アーツ」を学ぶことが、この能力の獲得・向上につながるのだろうか。

筆者が注目する独立研究者、山口周氏の著書からその答えを探ってみる。長文だが重要なところなので以下に記したい※3


ビジネスは基本的に「問題の発見」と「問題の解消」を組み合わせることによって富を生み出しています。過去の社会において「問題」がたくさんあったということは、ビジネスの規模を規定するボトルネックは「問題の解消」にあったということです。だからこそ20世紀後半の数十年間という長いあいだ「問題を解ける人」「正解を出せる人」は労働市場で高く評価され、高水準の報酬を得ることが可能でした。(中略)このボトルネックの関係は、今日では逆転しつつあります。つまり「問題が希少」で「解決能力が過剰」になっているということです。(中略)今後のビジネスではボトルネックとなる「問題」をいかにして発見し提起するのかがカギになります。


このように、日ごろ見過ごしがちな潜在的な問題を発見する力はVUCAの時代にこそ真価を発揮できると思われる。さらに言えば、市場創出には問いを立てた上で、「どういう世界を実現したいのか」という構想力も問われる。

これらの力を磨くには、「今の自分」から自由になる必要がある。固定観念や常識をいったん横において物事を捉えられる素養、と言ってもよいかもしれない。歴史学は今生きている時代を相対化する俯瞰力、芸術は観察力、文学や心理学は人間に対する深い理解力、自然科学は仮説構築力をそれぞれ高めるのに役立つ。時代を俯瞰し、観察力を鋭敏にし、人間理解を深め、仮説をつくる。多分野・多領域の「知」を往還する結果、経営レベルや地球規模などの高い視座、自社や自業界に限らない広い視野、異なる立場のステークホルダーの視点を含む複眼的な視点を獲得できるようになり、だれもが気づかないような問題を発見する力の獲得につながる。

「メタスキル」を向上させるリベラル・アーツ学習

リベラル・アーツの学びを通して得られるのは、ビジネスに必要なロジカルシンキングやプレゼン力、語学力、プログラミング力などの「スキル」を醸成する基盤となる「メタスキル」である。メタスキルとは、保有するスキルを効果的に機能させるためのスキルであり、一般的なスキル研修で身に付けるのが難しい。

VUCAの時代に求められるメタスキルとは何か。米国の非営利組織であるLecticaでは2002年よりVUCA の環境下で、ビジネスパーソンが効果的なパフォーマンスを行うためのメタスキル(VUCAスキル)の開発が行われている。具体的には、ハーバード大学のカート・フィッシャー博士のダイナミックスキル理論をベースにした独自の能力スコアを構築し、ビジネスパーソンや学生の能力レベルを測定したり、能力向上の実践方法を提示する取り組みを行っている。

「VUCAスキル」とは、端的に言えば、「私たちが解をもっていない」あるいは「解に到達できないかもしれない」という前提で業務を遂行していくためのスキルであり、以下の4つのカテゴリーで構成される。
表 VUCAスキルを構成する4つのカテゴリー
VUCAスキルを構成する4つのカテゴリー

出所:下記情報を参考に筆者作成。
非営利法人Lecticaウェブサイト
https://lecticalive.org(閲覧日:2022年8月20日)
Mediumに掲載のTheo Dawson氏記事 「VUCA unpacked (1)~(5)」
https://theo-dawson.medium.com/(閲覧日:2022年8月20日)

詳細:「VUCA unpacked (1)—Introduction」(2020年11月30日)
https://theo-dawson.medium.com/vuca-unpacked-1-introduction-57cf72ac368b
「VUCA unpacked (2)—Collaborative capacity」(2020年12月1日)
https://theo-dawson.medium.com/vuca-unpacked-2-collaborative-capacity-4d794378dd25
「VUCA unpacked (3)—Perspective coordination」(2020年12月13日)
https://theo-dawson.medium.com/vuca-unpacked-3-perspective-coordination-13e722981ce6
「VUCA unpacked (4) — Contextual thinking」(2020年12月27日)
https://theo-dawson.medium.com/vuca-unpacked-4-contextual-thinking-a5baaecfb270
「VUCA unpacked (5)—Decision-making process」(2021年1月31日)
https://theo-dawson.medium.com/vuca-unpacked-5-decision-making-process-db0c1493f190

では、VUCAスキルは、どうしたら高められるのか。Lecticaは、上記4つのカテゴリーを「メガスキル」、これを「マクロ」「ミニ」「マイクロ」といったようにブレークダウンし、細分化した体系(スキルマップ)を作り上げている。そして、最も詳細化した「マイクロレベル」のスキル向上に焦点を当てて学習を行っている。効果的ではあるが、一つのメガスキルに対しマイクロレベルのスキルは50以上、全メガスキルで200以上と多く、すべてのスキル習得には時間と労力を要する。

それと比べれば体系的でも網羅的でもないが、取りあえずVUCAのメガスキルを手っ取り早く高める上では、筆者はリベラル・アーツの学びが役に立つと考えている。例えば、他者と協力的に働くための協調力には「心理学」、相互尊重や創造性を育み、心を開き、アイデアを生み出して発展させる視点調整力には「芸術」、認識を深めたり広げたりする文脈思考力には「文学」や「哲学」、検討の枠組みや目標を設定したり、解決策を特定したりする意思決定プロセス力には、先人の行いから学ぶために「歴史学」が向いているだろう。

メタスキルを高めることは、「人間力」を向上させることに等しい。特定の目的に対応したスキルはすぐに身に付くが、応用が利きにくい。一方、メタスキルは身に付けるのに時間がかかるが、私たちの心理的、精神的な発達を促すので、多くの局面で役に立つ※4。つまり、「リベラル・アーツ」とはメタスキルを育み、人間力を高める、VUCA時代を生き抜く上で効果的な学習教材なのである。

「正解」のない時代に自分のキャリア形成を導くセルフ・リーダーシップの能力を高めるには、「問いを立てる力」や、これを含むメタスキルの強化が重要である。そして、メタスキルの向上にはLecticaが提示する方法もよいが、より簡便に行うとしたら、リベラル・アーツが格好の教材になりうると考える。また、幸いにしてこれを学ぶ機会も広がってきている。リベラル・アーツ学習をうまく取り入れて、VUCAを生き抜く上で一つの重要なセルフプロデュースするリーダーシップを身に付けていくことをぜひお勧めしたい。

※1:チャールズ・マンツは以下の書籍の中でセルフ・リーダーシップを、"a comprehensive self-influence perspective that concerns leading oneself "「自分自身を導くため、自らに影響を与える包括的な視座」と定義している。
Charles C. Manz "Mastering Self-Leadership: Empowering Yourself for Personal Excellence" Pearson P T R, 1991

※2:「問いを立てる力」を育むのに関連するプログラムとしてはリベラルアーツのほか、アート思考やデザイン思考などがある。個人向けの研修や社員研修に、これらのメニューも徐々に取り入れられるようになってきている。

※3:山口周『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社、2019年 )37ページを引用した

※4:ロバート・キーガンの成人発達理論では、人間の成長には水平的成長(知識やスキルの向上)と垂直的成長(知性や意識の深化)の2タイプがあり、どちらも成人になったら止まるというものではなく、むしろ生涯を通じて伸び続けるものとされている。

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