コラム

3Xによる行動変容の未来2030テクノロジー

AIロボティックスの社会実装:将来展望1

あらゆる機械が高度に知能化する時代の到来

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2024.4.26

先進技術センター中村裕彦

3Xによる行動変容の未来2030
ChatGPTの登場以降、ビジネスにおける生成AIの活用が注目を集めていますが、もう1つ見逃せないのは、既存の機械やシステムにAIを搭載することで、あらゆる産業プロセスを高機能化していく「機械の知能化」という大きな潮流です。人間では絶対に感知できない微細な情報を検知して解析し、モノづくり品質や接客品質の向上に役立てたり、病気の早期発見につなげたりするなど、イノベーション創出・社会課題解決に貢献するものと期待されています。第1回は、機械の知能化の基本的な概念と展望を概観します。

機械の知能化で自動化を超えた価値提供へ

2022年のChatGPTの公開以後、さまざまな業務プロセスへの生成AI活用が具体化しつつあり、オフィスワークの大幅な効率化が期待されています。また、googleやamazonなどのメガプラットフォーマーや独創的・革新的な技術を持つスタートアップは、効率化のターゲットを物理的作業の領域に広げる意図を持って、ロボットへの投資を加速しています。

これらの動きは一過性のブームではなく、人の労働の機械化⇒機械の自動化による生産性・利便性向上⇒より柔軟な自動化・自律化のための機械の知能化という一連の大きな流れです。

既存の機械・システムにAIを搭載する、あるいはネットワークを通じてAIと連動することで、その機械・システムの機能を大きく拡張することができます。例えば産業ロボットを用いた従来の生産ラインにAIを搭載することで、故障やトラブルにつながる予兆を学習して自動検知し安全な稼働や品質向上を図る、といったことが可能になります。

ここでは、AIにより柔軟かつ複雑な動作が可能になった機械を知能機械と呼びます。

知能機械は、周囲や対象の状態を認識するためのセンサー、情報処理を担うAI、情報処理結果に基づいて動作する機構(エフェクター)から構成されます(図表1)。この構成はロボットと同じです。違いは、エフェクターが加熱や冷却、電磁波放射など、運動や移動を伴わないものも含んでいる点です。

なお、構成要素全てが1つの機械の中に入っている必要はありません。センサーとエフェクターは近接している必要がありますが、AIは遠方のクラウド上に存在する場合もあります。

また、AI自体も知能機械の一種です。スマート工場のように、構成要素の一部にロボットアームを持つシステムや、AIで高機能化した化学プラントなども知能機械です。

このように自動化の延長として見れば、AIやロボットは人の雇用を奪う脅威ではなく、人の生産性を向上し、社会の利便性を高めるための機械であることは明らかです。いたずらに恐れたり、過剰な期待を持ったりすべきものではありません。
図表1 知能機械を構成する基本要素
知能機械を構成する基本要素
三菱総合研究所作成

知能機械としてのAIロボティックスへの期待

現在、実用化されているロボットの大半は、機械やモノの動きを操作するエフェクターを備え、ある程度の自律性を持った知能機械です。

従来、産業分野でのロボット活用は、大規模な生産ラインでの比較的単純な作業の自動化に限られていましたが、近年では、AIの性能向上と低価格化に伴い、小規模・小ロットの製造プロセスや、機械化が困難とされてきたエッセンシャルワーク(医療・介護をはじめ人々の生活の維持に不可欠な業務)関連の作業への導入が始まりつつあります。

知能化したロボットは、部分的に人の移動・操作に関する機能を拡張しますが、この拡張は、量的なものと質的なものに分けられます。

人の機能の量的拡張には、(1)より高速に、(2)より大量に、(3)より安定して、(4)より連続的に業務を進めるという、機械として共通の特性があげられます。従来のロボットも(1)〜(4)の特性を備えているのは周知の通りですが、これらはセンサー、AI、エフェクターそれぞれ単独でも備えている特性です。

一方、質的な機能拡張は、センサー、AI、エフェクターそれぞれの固有なものになります。
  • センサー:五感とは全く異なる物理的情報(例えば磁気や放射線など)を認識する検出器が使える点、広帯域(赤外線、紫外線、超音波など)である点、定量(数値データ)測定である点など。
  • AI:人では処理できない複雑な処理ができる点、人にはイメージできない多次元の解析ができる点など。
  • エフェクター:人にはできない精緻な位置調整ができる点、人を大きく凌駕する出力を発生できる点、人が対応できない極限環境で動作する点など。
これらの関係を図表2に示します。

このように、AI搭載などにより高度に知能化したロボット=AIロボティックスが人間の機能を質的・量的に拡張していくことで、柔軟な対応力が必要な医療・介護現場での支援作業や、危険な高所などでの複雑な作業の自動化など、従来では成し得なかった社会課題解決やイノベーション創出が可能になるものと期待できます。
図表2 知能機械がもたらす「量的・質的」機能拡張の全体像
知能機械がもたらす「量的・質的」機能拡張の全体像
三菱総合研究所作成

社会実装は既存機械へのAI搭載が先行

今後、知能機械が社会にどう実装されていくのかという点から見ると、AIによる既存の機械・システムを機能向上させるタイプの知能機械が多数を占めることは明らかです。なぜならこの場合、既存機械・システムの改良ですので、ユーザーにとって導入のメリットを具体的に判断しやすいことに加え、基本的な使用法はすでにマスターできていますから、機械の耐用年数が経過したタイミングでの代替に対する抵抗感は小さいと考えられます。自然に社会浸透が進みます。

一方、AIロボティックスのように、新規性の高い機械を新たな分野に適用する場合、先行経験がありませんので、機械導入の効果についてユーザーが事前に確信を持つことは稀です。また、機器本体以外にも、装置の円滑な可動のための保守・検査や人材教育、機器の周辺環境の整備など、不確定要素が多数存在します。このため、活用範囲の拡大ペースは緩やかでした。

しかしながら、近年、ロボットの知能化が幅広く進展し、柔軟な自動化が可能になることに加え、導入コストの低下、操作性の向上、メンテナンスの簡略化なども進みつつあります。小規模事業者や少量・単品生産の製造業に加え、ホテルのフロントやバックヤード、レストランなどでの調理や配膳、建築物の清掃・警備など多様な業界での活用例も広がりつつあります。

今後、既存の機械の知能化とロボット活用が相まって生産性向上や労働力不足の緩和が進むと期待されます。

インフラ整備とルール変革が普及のカギ

前述のAIロボティックスなどの新規性の高い知能機械の場合、技術進展と低コスト化だけでは社会浸透に至りません。適切なインフラ整備と社会ルールの変革も併せて進める必要があります。

例えば、徒歩が中心であった時代、馬車が移動の主役であった時代、自動車が普及した時代では道路のあり方や交通ルールは大きく変化しました。また、エレベータの大衆化があって初めて、高さ方向への居住空間の拡大がもたらされ、現在の都市空間ができあがりました。

新規性の高いロボットなどの社会浸透のためには、移動の妨げになる段差の解消や、通路の確保など、活動を阻害しない社会インフラの整備に加え、ロボットの活動を前提とした交通ルールの整備など、社会ルールの変革が必要になります。

ロボットが問題なく活動できる社会インフラは、さまざまなハンディキャップを持つ方々が問題なく活動できる社会インフラでもあります。バリアフリー社会を実現することは、社会の責務であるとともに、新規性の高いロボットなどの普及を促し、生産性と効率性・利便性に優れた社会の形成にもつながります。

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