エコノミックインサイト

MRIエコノミックレビューエネルギー日本

カーボンプライシングの適切な炭素価格設定と制度設計

企業の行動変容を後押しするために

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2023.9.5

政策・経済センター小川崇臣

エネルギー

POINT

  • カーボンプライシングは行動変容を加速させる強力なツール。
  • 業種によって経済的影響や行動変容の促進効果は大きく異なる。
  • 中長期的な炭素価格の変動を踏まえた制度設計が必要。

需要家の行動変容を加速

二酸化炭素(CO2)排出に金銭的負担を求めるカーボンプライシング(CP)には炭素税、排出量取引など、さまざまな形態がある。その目的は炭素に価格をつけることで、企業・消費者の行動変容を促し、脱炭素型の社会・産業構造への移行を促すことである。例えば、2022年11月のMRIエコノミックレビュー「欧州エネルギー危機に対する今後の展望と日本への示唆」における図3が示すように、電気料金が高い国ほど国内総生産(GDP)あたりの電力消費量が少ないという傾向がある。CPの導入によって、排出原単位の大きい電力のコストが高くなれば、電力消費量の削減や、より排出原単位の小さい電力への切り替えを行うインセンティブが働き、行動変容を加速させる可能性がある。

2023年5月30日付の当社ニュースリリース「カーボンニュートラル達成に向けた移行の在り方」では、このようなCPの効果を以下の2つに大別している。①脱炭素製品・技術のコストが、従来の製品・技術と比較して相対的に低下することでコスト競争力を逆転させ、需要家の消費構造を変化させる効果、②革新的な製品・技術の研究開発や普及加速のための支援へとCPによる歳入を再分配することで市場の予見性を高め、産業構造を転換させる効果である。

本稿では、①の需要家の行動変容を促す効果について、特に企業の「業種」による違いに焦点を当てた分析を行った。この分析結果を踏まえ、CPによる行動変容促進効果と企業の競争力への影響の両面から、適切な炭素価格の水準や制度の在り方について考えてみたい。

行動変容の促進には適切な炭素価格が必要

CPの導入は需要家の行動変容を加速させる強力なツールになり得ることは上述のとおりである。ただし、そのためには適切な水準の炭素価格を設定する必要がある。

それではどの程度の炭素価格を設定すれば効果的に行動変容を促進することができるのだろうか。2023年3月に企業に対して実施したアンケート調査を基に、炭素価格の水準とその際に行動変容を起こす企業の比率を業種別に分析した結果を図1に示す。

CO2排出1tあたりの価格が2千~3千円/tCO2程度までは行動変容を起こす企業の比率が大きく上昇しており、CPによって少しでも炭素に価格を賦課すれば企業の行動が大きく変化することが分かる。一方で、炭素価格が高くなるほど行動変容を起こす企業数の増加は鈍化しており、炭素価格に応じて線形に行動変容の促進効果が得られるわけではないことも示唆されている。

上段の「設備の電化」における行動変容の促進効果が他と比べて高くなっており、同じ設備更新を伴う中段の「省エネ製品への買い替え」よりも、特に炭素価格が低い範囲での違いが顕著となっている。これは、電化について一部の産業部門における製造設備を除き、他の熱源などには既存技術が活用可能な設備が多いことや、省エネ製品への買い替えによる効果に限界を感じる企業が多いとみられることなどが要因と考えられる。

下段の「再エネ電力への切り替え」が炭素価格に対する弾力性が低い理由としては、電力価格の高騰によりこれ以上の負担増を許容できない企業の比率が高くなってしまっていることなどが考えられる。

需要家の行動変容を促すというCPの目的達成には、炭素価格の設定水準が非常に重要である。業種や行動変容の種類によって効果が異なるという上記の分析結果を踏まえる必要はあるが、「再エネ電力への切り替え」を除き過半数の企業の行動変容を加速させるためには、1万円/tCO2程度の炭素価格が必要となることが分かる。

炭素価格がこれよりも低いと行動変容の促進効果が十分でないことに加え、制度全体で得られる収入の減少を招く結果となり、再分配による資金移動の効果が限定的となってしまう懸念がある。
図1 炭素価格の水準によって行動変容を起こす企業の比率が大きく異なる
炭素価格の水準によって行動変容を起こす企業の比率が大きく異なる
出所:全国の企業に対して2023年3月に実施したアンケート結果を基に三菱総合研究所作成

企業経営に与える影響にも配慮が必要

前節では炭素価格の水準が低い場合の課題について述べたが、逆に炭素価格が高額である場合に生じる懸念についても考察したい。CP導入による影響は業種によっても異なると考えられることから、各業種の排出量からCPによって課される支出を算出し、営業利益と比較することで業種ごとの企業活動への影響の違いを明らかにした。

図2に各業種の生産額あたりの排出量および営業利益がCPによる支出と等しくなる炭素価格の水準を示す。この「営業利益がCPによる支出と等しくなる炭素価格水準」とは、各業種においてCPによって生じる支出が営業利益を上回らない範囲での炭素価格の上限である「上限炭素価格水準」を意味する。

この結果を見ると、CPによる影響が大きい「鉄鋼・非鉄金属・金属」、「電気・ガス」の上限炭素価格水準は、他業種の3分の1から4分の1程度にとどまっている。この2つの業種でエネルギー多消費かつ生産額あたりの排出量が大きいためと考えられる。なお、「化学」もエネルギー消費が多く生産額あたりの排出量も比較的大きい業種だが、前述の2業種よりも営業利益率が高いため上限炭素価格水準は高くなっていると考えられる。

このように、CPの導入が企業経営上の利益率に与える影響は、業種ごとのエネルギー消費構造や利益の構造などによって大きく異なり、一律に高額の炭素価格を設定してしまうと日本国内での企業活動が困難な業種が出てきてしまうと懸念される。

しかし、2023年5月に成立したGX推進法で想定されているCPに関する制度においては、きめ細かい炭素価格の水準を業種ごとに設定することは困難と考えられる※1。そこで、減免措置の対象とする業種を設定するほか、得られた歳入をCPによる効果が限定的な業種等に再配分して脱炭素製品・技術への需要を創出するなど、制度設計の工夫によって業種間の格差拡大を防ぐことが求められるだろう。
図2 CP導入による影響は業種ごとに大きく異なる
CP導入による影響は業種ごとに大きく異なる
出所:各業種の営業利益:企業活動基本調査における2016~2020年度平均
生産額あたりの排出量:産業連関表による環境負荷原単位データブック(2015年)

行動変容加速と経済成長に資する制度設計を

カーボンニュートラル(CN)の実現に向けては段階的な炭素価格の更新も必要である。国際エネルギー機関によるWorld Energy Outlook 2022 では、先進国のNet Zero Scenario における2030年の炭素価格が140ドル(2万円程度)/tCO2と、かなりの高額に設定されている。一方で、GX推進法で想定されている炭素価格水準は2千円/tCO2程度※2であり、行動変容を促進してCNを実現するのに十分な水準とは言えない。

仮に制度開始当初は炭素価格が低水準であったとしても、将来的には引き上げていく方針を示すことが重要である。そうすることで炭素価格が上昇する前に、企業の行動変容を早期に促進する効果が期待できる。さらに、将来の炭素価格の見通しが立てられれば、企業にとって自らの事業判断や投資に関する予見性が高まり、より脱炭素なサプライチェーンやビジネスモデルへの転換のほか、設備投資も行いやすくなると考えられる。

CPの導入を日本の成長につなげていくためには、行動変容の加速を目的とした中長期的な炭素価格の引き上げ方針の提示と、業種ごとに生じる企業活動への影響の違いを踏まえた制度設計が求められている。

※1:2023年5月に成立したGX推進法では、化石燃料の輸入事業者を賦課金徴収の対象とした「化石燃料賦課金」や、発電事業者に有償で排出枠を割り当てる「排出量取引制度」の導入が予定されている。これらの制度の下では、化石燃料の輸入事業者や発電事業者に課された炭素価格が転嫁される形でより下流の事業者に波及していくことになる。

※2:GX推進法で示されている「今後10年間で発行される20兆円のGX移行債の償還」に対して、GHG累積排出量が100億tCO2程度であると想定した場合の金額。