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能登半島地震の経済影響(前編)

能登地域ストック・フロー全体の2割相当の被害

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2024.5.8

政策・経済センター森重彰浩

堂本健太

山下大輔

田中嵩大

防災・リスクマネジメント
能登半島地震が当該地域に甚大な被害を与えたのは言うまでもない。1日も早い復旧・復興に向けて、有形資産の毀損といった直接的な被害はもちろん、地域の生産活動の停滞による供給力の低下、観光需要の減退、地域コミュニティ喪失など波及的な影響を適切に把握することが欠かせない。このコラムでは、能登半島地震による経済影響の詳細な推計を試みた。前編では、現時点での影響をストック(有形固定資産)とフロー(付加価値)の両面から分析。結果として、ストックの損失は約2兆円、フローの下押しは約1,600億円にものぼることが明らかとなった。この金額はいずれも能登地域のストック・フロー額全体の2割にも相当する。後編では、被災地支援の取り組みを紹介するとともに、今後の経済再建に向けた課題を述べる。

地震による経済への波及メカニズム

最初に、地震による経済への波及メカニズムを整理する(図表1)。試算に当たっては、現時点で把握可能なデータに基づき経済影響に関して詳細な推計を試みた。

今般の地震によって、電気・ガス・水道・交通網・港湾など生活や産業の基盤となるインフラが毀損した。加えて、生産・販売拠点などが被害を受けたことにより多くの人々が職を失い、域内での日常生活にも大きな支障を与えた。結果として、域内から人が流出している。

人材の流出によって地域の供給力が低下することに加えて、観光客などの流入が減ることで需要自体も大きく減少する。このように、供給と需要の両面が減少することで、域内での生産活動は一層低下する。人と産業が戻らない状況が長く続くと、域内の文化やコミュニティ喪失にもつながる恐れがある。

さらに被災地域で生産されていた部品・製品などの供給が不足することによって、サプライチェーンを通じて域外の供給力にも影響を及ぼす可能性がある。

ここでは、ストック(生活基盤や産業基盤、生産・販売拠点などの有形固定資産)の損失額、フロー(域内での生産活動によって生み出される付加価値)の下押し額に焦点を当てて地震による経済影響を試算した。
図表1 地震による経済への波及メカニズム
地震による経済への波及メカニズム
三菱総合研究所作成

能登地域のストック被害は2兆円強

生活・産業の基盤となる道路などの社会資本や住宅・企業設備といったストックは、地震で大きな被害を受けた。

2024年2月上旬までにおおむね判明した被災状況などを基に推計すると、能登地域におけるストックの毀損額は2.2兆円程度となった。能登地域のストック全体の25%を占め、地域の生活・産業に甚大な影響を及ぼしている(図表2)。既存の統計では能登地域のストック額が得られないことから、全国のストック額に都道府県あるいは市町村の按分比率を乗じて能登地域のストック額を独自に推計した(図表3)。

ストックの毀損額の内訳をみると、社会資本が1.4兆円程度と推計される。社会資本の中では道路の毀損額が最も大きく、0.8兆円程度となった。国道249号や半島沿岸部の県道などを中心に路面損壊や土砂崩れなどの被害が多発。また、地盤が脆弱であることも判明しつつあり、今後の復旧に向けたボトルネックとなることが想定される。そのほか、治山・治水・海岸の毀損額が0.2兆円程度となった。防波堤や岸壁が損傷した海岸施設、地盤隆起による海底露出が発生した漁港施設などが含まれる。社会資本以外の民間ストックでは、住宅が0.3兆円程度、企業設備・在庫が0.5兆円程度と推計される。
図表2 能登半島地震による有形固定資産ストックの推計毀損額
能登半島地震による有形固定資産ストックの推計毀損額
注1:本コラムにおける能登地域は半島振興法で指定された13市町の合計。石川県は七尾市、輪島市、珠洲市、羽咋市、かほく市、河北郡津幡町、河北郡内灘町、羽咋郡志賀町、羽咋郡宝達志水町、鹿島郡中能登町、鳳珠郡穴水町、鳳珠郡能登町、富山県は氷見市。
注2:毀損率は、2月上旬時点での官庁や各都道府県発表の被害状況を踏まえ、東日本大震災の毀損率なども参考に三菱総合研究所推計(詳細は図表3参照)。
出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成
図表3 有形固定資産ストック毀損額の推計方法
有形固定資産ストック毀損額の推計方法
出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成

付加価値創出の下押し額は約1,600億円

生産活動はストック毀損に伴って制約を受け、地域の生み出す付加価値が下押しされる。

地震発生前、能登地域で生み出されていた付加価値は、2023年時点で年間7,800億円程度と推計される。経済センサス(事業所・企業の経済活動を全国的・地域的に明らかする政府の基幹統計調査)により純付加価値ベースの産業構成をみると(図表4)、能登地域では製造業が31.5%を占め、全国(16.4%)に比べて大きい。製造業の内訳について従業員数ベースでみると、特に、繊維(21.5%)、電子部品・デバイス(9.8%)の割合が全国より大きい。

中部経済産業局が公表した北陸地域の鉱工業生産指数によると、2024年1月の速報値は、北陸地域(富山・石川・福井の3県)が、季節調整済前期比で▲10.9%の大幅な減少となった※1。1月は自動車メーカーの認証不正問題の影響で全国的に生産が落ち込んだが、北陸地域は全国の下落幅(同▲6.7%)を上回る減少である。能登地域のウェイトが高い繊維工業は同▲19.8%の大幅な減少となっており、被災による工場稼働停止などが響いたとみられる。ただし、同じく能登地域のウェイトが高い電子部品・デバイス工業については、大手メーカーの主力工場への被害は限定的であったとみられ、同▲1.8%にとどまっている。
図表4 能登地域の産業構成
能登地域の産業構成
注1:産業構成は2020年、従業員数は2021年時点の数値。
注2:従業員数は製造業合計に占める割合。
注3:純付加価値=売上金額-費用総額+給与総額+租税公課
出所:総務省「令和3年経済センサス」を基に三菱総合研究所作成
能登地域の生み出す付加価値がどの程度下押しされるかは、道路などの社会資本の今後の復旧スピードに大きく左右される。インフラの復旧が長期化すれば、民間資本ストックや労働力の復旧の遅れ、あるいは他地域への流出の可能性も高まる。

今回の地震は甚大な被害が特定地域に集中するとともに、能登地域特有の地理的条件によって復旧工事が難航している。日本全体での人手不足を勘案すると、復旧ペースは従来の地震災害に比べて遅れるだろう。地震発生から3カ月が経過し、電気・水道などの基本的なライフラインは復旧が進んでいるが、上水道については、珠洲市や輪島市など被害の大きい地域を中心に依然として5,310戸が断水している(4月16日現在)。執筆時点で明らかになっているインフラの復旧状況なども勘案して、労働力が1年程度でおおむね震災前の水準に戻ると仮定した場合、能登地域の付加価値下押し額は約1,600億円、能登地域で創出される年間付加価値の約21%にのぼると推計される(図表5)。地域経済に重大な打撃となる。
図表5 能登地域の付加価値の下押し額
能登地域の付加価値の下押し額
注1:付加価値の下押し額は、内閣府(2016)「平成28年熊本地震の影響試算の推計方法について」の手法を参考に、注2~3の通り試算。
注2:付加価値の喪失額=各産業の付加価値×(1-稼働可能率)。
注3:稼働可能率=(1-ストック毀損率)×インフラ復旧率×労働復帰率。
注4:ライフラインと労働がおおむね正常化するまでの期間は執筆時点の復旧見通しや過去の震災を参考に、ライフラインはおおむね3カ月、労働力はおおむね1年と仮定した。
出所:総務省「令和3年経済センサス‐活動調査」、内閣府「県民経済計算」、石川県、富山県を基に三菱総合研究所作成
個別産業に目を向けると、製造業について、電子部品工場は徐々に生産再開へ動き出しているが、経済産業省によると、繊維、工芸品、印刷製造業などでは、一部生産再開の目途が立たず、事業存続が危ぶまれる事例もみられる。また、石川県によると、県内には2022年度時点で95社のニッチトップ企業(市場規模は小さいものの、高いシェアを誇る企業)が存在し、国際的に高い競争力を持つグローバルニッチトップ企業も9社と、全国5位の多さである※2。グローバルニッチトップ企業のうち2社は能登地域(半島振興法指定の13市町)に工場を有しており、1社の工場は1月中に稼働再開したものの、もう1社は完全復旧に3カ月近くを要した。

観光については、地域を支える主力産業の1つであり、関連業種の雇用など幅広い影響が見込まれる。能登地域を訪れる観光客数はコロナ危機前の2019年時点で800万人弱と、石川県を訪れる観光客の3分の1にも相当する。被災地域では、特に外国人観光客の減少が長期化する傾向にあり、コロナ危機収束後のインバウンド需要の回復局面に観光産業が十分活動できないことの機会損失は大きい。宿泊施設だけではなく、伝統工芸などの豊富な観光資源にも被害がみられる。

最後に、漁業について、津波による漁船の損壊や海岸の隆起により、多くの事業者が漁はおろか出航すらできない事態に陥っている。漁業従事者の高齢化が進んでいることから、再開に向けたハードルも高い。地域における漁業の直接的な付加価値の割合は大きくないが、輪島の朝市など観光資源としての重要性も高い。漁業の衰退は、能登地域のブランド価値低下にもつながりかねない。

以上の分析を踏まえ、後編では、能登地域の経済再建に向けての課題や、能登半島地震から得られる今後の震災への教訓について、整理する。

※1:経済産業省中部経済産業局「北陸地域の鉱工業生産指数」
https://www.chubu.meti.go.jp/e31chosa/iip.html(閲覧日:2024年4月5日)

※2:石川県「石川県産業振興指針」より引用。ただし、2014年に実施したグローバルニッチトップ企業100選に選ばれた「天池合繊株式会社」はコロナ禍の2021年に破産。
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/syoko/documents/shishin2023.pdf(閲覧日:2024年3月4日)

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