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ロボティクス 第3回
ふつうにロボットと一緒に働く、学ぶ、癒す、食べる社会

ロボットテクノロジーが変える介護2030・2040

未来構想センター 白井 優美 2020.04.06

進行する高齢化と介護人材不足

日本はこれから急激な人口減少の局面を迎えます。人口に占める高齢者、特に75歳以上の高齢者の割合は年々増加していきます。要介護・要支援認定者数は2018年度時点で644万人であり、2000年度と比較すると2.95倍にもなっています(図1)。

図1

要介護・要支援認定者数の推移

注1)陸前高田市、大槌町、女川町、桑折町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町は含まれていない。

注2)楢葉町、富岡町、大熊町は含まれていない。

出所:厚生労働省「介護保険制度をめぐる状況について」(2019(平成31)年2月)
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000482328.pdf
(閲覧日:2020年2月27日)

一方、介護人材(介護する側)は2025年度末に約245万人の需要が見込まれており(図2)、2016年度の実績数字である約190万人に対して、約55万人が不足。年間6万人のペースで介護人材を確保していく必要があります。

図2

介護人材の需要

注1)需要見込み(約216万人・245万人)については、市町村により第7期介護保険事業計画に位置付けられたサービス見込み量(総合事業を含む)等に基づく都道府県による推計値を集計したもの。

注2)2016年度の約190万人は、「介護サービス施設・事業所調査」の介護職員数(回収率等による補正後)に、総合事業のうち従前の介護予防訪問介護等に相当するサービスに従事する介護職員数(推計値:約6.6万人)を加えたもの。

出所:厚生労働省「介護人材確保に向けた取り組み」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02977.html
(閲覧日:2020年2月27日)

介護人材の確保のためには、介護職員への処遇改善、人材の確保・育成策の強化のほか、介護現場におけるロボット技術の活用が必要です。介護ロボットによって介護業務の負担軽減を図ると同時に、介護記録の作成・保管などの事務作業をICTの活用で効率化することで、介護職員が介護業務に直接関われる時間を増やす取り組みが求められます。

介護ロボットの動向

経済産業省はロボット介護機器について、6分野13項目の開発重点分野を定め、開発を促進しています(図3)。

図3

ロボット介護機器の開発重点分野(2017年10月改定)

出所:国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「介護ロボットポータルサイト」
http://robotcare.jp/jp/priority/index.php
(閲覧日:2020年3月10日)

この国策を受け、主に中小企業が中心となって介護ロボットが開発・販売されてきました。特に、移乗支援・移動支援・排泄支援・見守り支援・入浴支援の5分野については、すでにロボット導入の実証実験が多く行われています(図4)。

しかし全体的にみれば、介護施設へのロボット導入は進んでいるとは言えません。その理由として、使い勝手の悪さ(機器が重くて大きい、操作が難しい、用途が狭い、利用者が限定されるなど)や高額な導入費用の両面で、現場ニーズとマッチしていないことが挙げられます。さらに、一般に「介護は人の手で行うもの」という社会意識が根強く、介護ロボットに嫌悪感が抱かれてしまうことも積極的な導入を難しくしています。

図4

介護ロボットの例

移乗支援ロボット

パナソニック エイジフリーが開発した「リショーネPlus」はベッドの半分が電動車いすに変化。

出所:パナソニックエイジフリー株式会社

移乗アシストスーツ

CYBERDYNEが開発した「HAL®介護用腰タイプ」 は生体電位を読み取り腰の動きを補助する。

出所:CYBERDYNE株式会社

排尿予測

トリプル・ダブリュー・ジャパンが開発した「DFree」は超音波で排尿のタイミングを事前に知らせる装置。

出所:トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社「DFree」
https://dfree.biz/beginners.html
(閲覧日:2020年2月27日)

ベッドセンサー

パラマウントベッドが開発した「眠りSCAN」はマットレスの下に設置したセンサにより睡眠状態を把握しリアルタイムに表示。

出所:パラマウントベッド株式会社「見守り支援システム 眠りSCAN」
https://www.paramount.co.jp/learn/reductionworkburden/nemuriscan
(閲覧日:2020年2月27日)

セラピーロボット

産総研が開発した「パロ」 は高齢者・認知症者へのアニマルセラピー効果があり、世界中で活用されている。

出所:国立研究開発法人産業技術総合研究所

コミュニケーションロボット

三菱総研DCSと日本サード・パーティは、クラウド型対話AIエンジンと、ソフトバンクロボティクスのヒューマノイドロボット「NAO(ナオ)」を活用し、子どもやお年寄りを対象にした コミュニケーションロボットサービスの共同実験を開始。

出所:三菱総研DCS株式会社

介護を支える社会保障財政はひっ迫しています。現状の施設介護に偏重するあり方から、今後は施設介護と在宅介護を両輪とする社会システムにシフトしていきます。その中で求められるのは、そもそも要介護状態を作らない、悪化させないことです。要介護度の軽い段階から高齢者の健康状態・行動・心理症状を把握し、小さな変化を見逃さず、悪化の前に先手を打つ対応が求められます。

これらを可能にするには、介護する側の負担減も考慮すべきです。介護者にとって、要介護者の排泄物の処理や認知症高齢者の徘徊・暴言暴力・異常行動は心身的に大きな負担となっています。全体の作業量を削減できれば、予兆を見逃さず介護度を進めないことができるのです。

要介護状態の悪化を防ぎ、介護する側の負担を軽減するために、今後は個々の介護作業の効率化を図るだけでなく、生活自立を支援するロボットやコミュニケーションロボット、ならびに介護業務全体を最適化しうる情報収集可能なセンサーシステムなどを早急に普及させていくことが必要です。

2030年には見守り・排泄支援・服薬支援ロボットが普及

2030年頃の介護の現場では、ロボット導入は費用対効果が大きい所から普及していくことでしょう。見守り系ロボットは、幅広い要介護度の方が利用対象となり、一日の利用時間も長いことから、介護する側の負担を大きく軽減できます。また、要介護度を軽度で引き止めるには、残存する身体能力や認知能力をなるべく活用することが必要ですが、日常生活の中で運動やコミュニケーションなどをアシストできるロボットの普及によって、残存能力の維持も期待できます。

排泄支援の現場ニーズは非常に高いものがあります。実際に、排泄支援ロボットを利用して自力で排尿できるようになったことで、要介護者の尊厳が回復し、要介護度が劇的に改善された事例もあります。

服薬支援ロボット(薬の飲み忘れや飲み間違いを防ぐロボット)も高いニーズがあります。家族・医療・介護職間における服薬情報が共有できることで、介護の質も上がっていきます。

一方で、移乗・移動・入浴などの作業支援ロボットは、要介護者のさまざまな身体状態に十分対応させるにはまだ技術的に難易度が高いのが実情です。稼働空間の制約の問題もあり、普及にはまだ時間がかかるでしょう。

図5

在宅介護のイメージ像(2030年頃)

出所:三菱総合研究所

図6

施設介護のイメージ像(2030年頃)

出所:三菱総合研究所

2040年、ロボットとの生活が当たり前となる

2040年頃にはロボットが稼働しやすくデザインされた施設や住居の普及が進み、浴槽、ベッド、トイレなどは高齢者に合わせたユーザーインターフェースとなっていきます。またロボット技術も大きく進歩し、移乗・移動・入浴などを支援するロボットも普及しているでしょう。特段に意識することなく、当たり前にロボットを使いながら生活するようになる結果、軽度の要介護者でも快適に自立した生活が送れるようになることが予想されます。

重度の要介護者向けには、ロボット導入を前提としてトータルデザインされた介護施設が登場します。直接的な介護作業はロボットが行い、介護職員は入居者との触れ合いや心のケアに専念します。こうした社会では、「介護は人の手で行うもの」という意識も変わり、ロボットに介護されるほうがむしろ快適と考えられるようになるでしょう。

図7

在宅介護のイメージ像(2040年頃)

出所:三菱総合研究所

図8

施設介護のイメージ像(2040年頃)

出所:三菱総合研究所

「したい・されたい」介護とは。普及のカギは利用者

介護ロボット普及のカギは、信頼性の高い技術の確立と、利用者(介護される側とする側)の意識醸成です。使いやすい介護ロボットを開発して有効活用していくには、開発側と現場が粘り強く対話し続けることが必要です。短期的にみれば人が介護業務を担当したほうが効率的かもしれません。しかし、介護負担増や人材不足の深刻化が目に見えているなか、ロボットの導入はこうした状況を緩和するだけでなく、今後の可能性を広げることができるのです。例えばセンサー情報によって多数のデータ収集・分析ができれば、要介護者に対して新たな介護や治療の方策を発見したり、介護サービスが向上したりすることも期待できます。直接的でなくとも「ロボットを導入している」という先進的なマインドをアピールできれば、人材が集まりやすくなるという介護施設の声もあります。

とはいえ自らに即して考えた時、「心からロボットに介護されたいか?」という問いには賛否両論あるでしょう。心情的に賛成あるいは反対というだけではなく、介護される側もする側も、できる限り安心して快適に暮らすにはどうしたらよいかを考えてみて欲しいと思います。

何であればロボットにしてもらってもよいか、そのとき何を条件として求めるのか。そこに普及のヒントが隠されているかもしれません。排泄支援の事例のように、人間よりロボットの方がむしろ好ましいこともあるでしょう。利用者のニーズが明確になれば、介護施設もロボットの導入がしやすくなり、販売数が見込めればコストメリットも生まれます。

10年後、20年後の未来社会は不確実ですが、私たちが10歳、20歳年齢を重ねることだけは確実です。介護がすべての人にとって「自身のこと」であるという認識を広げ、ありたい未来を選び取っていくことが重要です。

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