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ロボティクス 第4回
ふつうにロボットと一緒に働く、学ぶ、癒す、食べる社会

ロボットテクノロジーが変える教育・スポーツ2030・2040

教員不足が深刻化する教育の現場

教育現場では久しく教員不足が叫ばれていますが未だ解消されず、教員の間では疲弊感が漂っていることはさまざまな報道で目にするところです。2016年度に文部科学省が実施した「教員勤務実態調査」によると、職種別教員の一日あたりの学内勤務時間を2006年度と2016年度で比較すると、小学校・中学校ともすべての職種で2016年度の方がより学内勤務時間が増加しています(図1)。実際には教員の多くが自宅への持ち帰りでさまざまな作業を行っているとされ、一日あたり10時間をはるかに超えて働いているのが実情です。

図1

職種別教員の一日当たりの学内勤務時間(除く持ち帰り時間)

出所:文部科学省「教員勤務実態調査」(2016(平成28)年度)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/09/28/1409717_4_1.pdf
(閲覧日:2020年2月4日)

また、2018年に文部科学省が実施した「教員の確保の状況に関するアンケート結果」(図2)によると、教員不足の要因として、「産休・育休取得者数の増加」「特別支援学級数の増加」「転入による学級数の増加」「辞退者の増加」「病休者数の増加」などに4割以上の先生が「良く当てはまる」「どちらかというと良く当てはまる」と回答しています。この結果から、必要人数に対して基礎的な教員数が不足していることが見てとれます。

図2

「教員不足」の要因(欠員または必要教員数の増加に係るもの)

出所:文部科学省「いわゆる「教員不足」について」(2018(平成30)年8月)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/002/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/08/08/1407922_10.pdf
(閲覧日:2020年2月4日)

また英語やプログラミング教科が必須になるなど、これまでにないスキルが教員に求められ、教員が対応すべき事項は増大しています。その他教育に山積する課題は、教育の地域間格差や、自然や実験などの実践と触れ合う機会の減少など、枚挙にいとまがありません。
教育に関連するスポーツについても、子どもの体力低下、部活動を含めたスポーツ指導者の不足、障がい者スポーツの発展の課題などがあります。

教育やスポーツ分野で進みはじめたロボット導入の現状

このような課題を解決するために今、教育現場やスポーツ分野において、指導を支援するロボットの導入が始まっています。その一例を見てみましょう。

教育分野

子どもを対象としたプログラミング教育ロボットや、アクティブラーニングを可能とする学習支援ロボットが登場しています。相手が人間ではないことでの気軽さや、身体性(実体としての動き)を伴う学習手法により、子どもたちから積極的な反応を引き出しています。ロボットを活用することで教員不足への補完を行い、教員が不得意とするプログラミング分野やダンス教育、実践が効果的とされる語学教育などの分野でロボットが活用され始めています(図3)。このほか学習アプリやAI教師、バーチャル教室などICT技術系でのロボット開発が活発に行われています。

図3

教育分野でのロボット導入事例

プログラミング教育ロボット「NAO」

ソフトバンクロボティクス(日本)が開発したコミュニケーションロボット「NAO」。小中高等学校での「情報活用能力の育成」において、プログラミング教育の現場へ物理的に動くロボットを導入することにより、プログラミングをわかりやすく体験させ、生徒の学習意欲を高める。

出所:日本サードパーティー

アクティブラーニング

筑波大学(日本)の大澤助教は、学習用ロボットがすぐに子どもたちに飽きられてしまう現象から、子どもたち自らが学習コンテンツとロボットの動作をセットで作成し合う実証実験を実施。ロボットを使ったアクティブラーニングの可能性について研究。

出所:筑波大学 大澤博隆助教

ダンス教育ロボット

東北大学(日本)が開発したダンス教育ロボット。力覚センサーと2つのレーザー距離計で学生の動きを追跡。これを、専門的なダンサーの動きを記録したモーションキャプチャデータと比較し、良く踊れているか判断するという。練習が進むにつれ、インストラクターロボットは徐々にダンスに誘導するために使う力を減少させていく。

出所:「Video Friday: Robot Dance Teacher, Transformer Drone, and Pneumatic Reel Actuator」2017年6月2日(IEEE SPECTRUM) https://spectrum.ieee.org/automaton/robotics/robotics-hardware/video-friday-robot-dance-teacher-transformer-drone-pneumatic-reel-actuator
(閲覧日:2020年2月7日)

スポーツ分野

すでにトップアスリート向けに、選手の伴走や伴泳などによって走り方や泳ぎ方をサポートするロボットが実用化されています。また、障がい者がスポーツに参加するギア(装具)として、体の動かし方を矯正するロボットやモーター・筋電位センサーが組み込まれたロボット義足なども出てきています。さらに、AIロボットによる審判(体操競技など)や、センサーが搭載されたサッカーボールなど、さまざまなものが研究・実証段階となっています。またゴルフでは、自律走行追随型のロボットキャリーカートも開発されています。

教育分野におけるロボット実装の未来像

教育へのロボット導入は、教員不足への対応や、より高い学習効果を引き出す手段として、今後さらに実用化が進められていくでしょう。今から10年後、20年後の未来の教育現場はロボットによってどう変わるのか、いくつかの場面を切り取って見てみましょう。

教員をサポートするロボット

2030年頃には、特に英語や数学、プログラミングなどの特定分野のスキルを持つ教員不足を補うため「教師サポートロボット(アバター)」が普及しているでしょう。このロボットは決まったことを教えるだけでなく、生徒のさまざまな疑問・質問に答える「壁打ち機能」も備えています。またVR技術の進展とともに、自然との触れ合いや歴史を学ぶ体験などを仮想的に与えてくれる「仮想実体験学習ロボット」も2040年頃には実用化されるでしょう。

図4

仮想実体験学習ロボット

出所:三菱総合研究所

保育園・幼稚園で活躍するロボット

保育園・幼稚園においては、保育士や幼稚園教諭の人手不足にこたえるために、子どもたちを見守りながら一緒に遊んでくれたり、保育士と協働してくれたりするロボットが、2030年頃には活躍し始めるでしょう(図5)。

図5

保育園・幼稚園で活躍するロボット

出所:三菱総合研究所

家庭で活躍する学習支援ロボット

2040年頃には家庭にも学習ロボットが導入され、子どもたちはさまざまな教科内容を学習ロボットから学べるようになるでしょう。また大手の塾教室などでは、ロボットを貸与して運営する、いわばサテライト塾の提供も開始するでしょう。こういったロボットは勉強の相手をしてくれるだけでなく、さまざまな機能で子どもたちの生活をサポートしてくれます。例えば、朝起こしてくれたりカウンセリングしてくれたりといった、マルチタスク可能なロボットが家庭に入ってくることと思われます。

スポーツ分野におけるロボット実装の未来像

今はトップアスリート向けに実用化が進んでいるスポーツ分野のロボットは、今後一般化が進み、スポーツ指導や競技審判、障がい者スポーツの分野に浸透し、さらに競技の姿そのものを変化させていくことが予想されます。こちらもいくつかの場面を切り取って見てみましょう。

部活やスポーツ教室で活躍するロボット

2040年頃には、走り方や泳ぎ方をサポートしたり、部活の生徒のやる気を向上させたりする「スポーツインストラクターロボット」や、トップアスリートの体の動かし方を疑似体験させてくれる「疑似トップアスリートロボット」などが普及するでしょう。またゴルフ場ではロボットキャディーが登場し、ゴルファーにアドバイスをしたり、「フォアー!」と叫んでボールを探してくれたりする姿が一般化しているかもしれません。

図6

部活やスポーツ教室で活躍するロボット

出所:三菱総合研究所

ほとんどの競技で審判はロボットが担う

2030年頃には、体操競技やフィギュアスケートなどの採点競技には、審判の採点補助のためにロボット審判が導入され、2040年頃にはほとんどのスポーツ競技の審判がロボット化されているでしょう。特に球技、格闘技などの判定で活躍しているほか、採点競技では表現力を採点できるAIロボットが、芸術性まで採点できるようになっていると思われます。

障がい者スポーツはロボットのサポートを受けて新たな競技が生まれる

スポーツは歴史的に、人間単体の力を競い合うものから、競馬や馬術のように馬と人が一体になって競うもの、自転車競技のように道具を用いて速さを競うもの、というように発展してきました。特に20世紀に入ってから自動車を用いたモータースポーツが生まれ、その頂点にF1が位置しているように、マシンの性能そのものが競技結果を大きく変えるスポーツも普及してきました。

2040年頃には、競技ロボットやAIを用いたスポーツが普及していると考えられます。体に障がいがある人だけでなく、年齢や性別、体格の大小にかかわらず競い合える「ユニバーサルスポーツ」に発展していることが予想されます。

ロボットテクノロジーの発展のために克服すべき課題

教育やスポーツ競技にロボットの導入が進むことによって、教員不足の解消や質の向上が図られ、新しいスポーツの世界が広がることが期待できます。しかしその実現には克服すべき課題が数多く存在します。

教育用ロボットに求められる高度なクオリティーの実現

教育用のロボットは高度な受け答え、豊富なデータ(知識)、正確な答えが求められ、家庭用のおもちゃとは一線を画すクオリティーが必要です。また、コーチングの機能を果たすためには教科の知識的なデータとともに、「高度な傾聴」と「的確な受け答え」が必要となってきます。児童生徒と先生との間で交わされる会話やコミュニケーションに関する膨大なデータの収集が必要となります。

教育用ロボットを使いこなせる教員のICTリテラシー向上(もしくはその代替策)

学校の教員は多忙を極め、ICTに詳しくなる環境に置かれていません。ロボットを開発するICT企業が教育用ロボットを開発したとしても、教員のICTリテラシーの不足によってロボットを使いこなせない可能性があり、導入の阻害となる可能性があります。教員のリテラシー向上、あるいはリテラシーに依存しない代替策を今から考えていく必要があります。

ロボット技術者のすそ野の拡大

ロボットテクノロジーはさまざまな技術を集成したものであり、今後もさらに新しい技術が加わってくると考えられます。現状日本では、ロボット技術者のすそ野が狭いことが課題です。特に、幅広い要素技術や新しい技術を統合して機能を発揮するロボットを造るためのロボットインテグレーター、あるいはRTSP(ロボットテクノロジー・システムプロデューサー)といった人材が必要になります。

「人間拡張技術」がもたらす個人のアイデンティティー錯誤への危惧

人間がもともと持つ運動機能などをロボット やAIを活用して飛躍させる「人間拡張技術」が進むと、教育やスポーツにおいても、単体の人間の「拡張」は、常にネットワークとつながった環境下で行われていく可能性があります。ネットワークを通じて、第三者が自らの「行動」の中に入ってくること(例えばスポーツにおいてトップアスリートの動きが自らの動きの中に入ってくること)によって、逆に自らの行動自体への錯誤が起きることもありえます。

個人のアイデンティティーを防御するために、自己と他人(第三者)を明確に認識させるためのマーカー的な機能をシステム上で持たせるなど、何らかの対策は必要になってきますが、解決策はこれからの技術展開と密接に関わっています。国際機関や政府機関などによる法制度上の歯止めも必要になると考えられます。

ロボットの安全性の確保

人間の近くに位置するロボットや、保育ロボットのように危険を事前に察知するロボットは、人の安全や生死に関わる存在となり、法的責任論についての問題が生じてきます。これまでは産業用ロボットを中心に、人と協働するロボットの安全性の検討や標準化が行われてきましたが、今後はより広い分野で用いられるロボットを念頭に、物理的安全性の確保や標準化の検討を早急に行っていくことが必要となります。

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