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ロボティクス 第8回
ふつうにロボットと一緒に働く、学ぶ、癒す、食べる社会

ロボットテクノロジーが変える小売・飲食2030・2040

小売・飲食分野で著しく低い労働生産性と労働力不足

日本は先進国の中でも全産業にわたって生産性が低いとされていますが、特に顕著なのがサービス業、特に小売・飲食分野の労働生産性の低さです。総務省の「経済センサスと経営指標を用いた産業間比較」のデータでも、小売業、飲食サービス業は第三次産業の中でも低い生産性であることがわかります。従業員1人当たりの付加価値額では、小売業は製造業の6割程度、飲食サービス業では3割程度にとどまっています(図1)。

図1

労働生産性(従業員1人当たり付加価値額)の産業間比較

出所:総務省「経済センサスと経営指標を用いた産業間比較」(2012年) より三菱総合研究所作成

一方、職業安定業務統計で示された有効求人倍率(パートタイムを含む常用)では、商品販売、飲食物調理の職業の有効求人倍率は高い状態が続いており、小売・飲食分野では人手不足が常態化していることがわかります (図2)。

図2

有効求人倍率(パートタイムを含む常用)

出所:職業安定業務統計より三菱総合研究所作成

小売・飲食分野におけるロボット導入の現状

これまでのコラムでは、ロボットの導入によって人手不足や労働の効率性の課題を克服しようとするさまざまな産業の動きを見てきました。しかし、小売・飲食分野においてはまだまだロボットの導入は進んでいません。

内閣府の「生産性向上に向けた企業の新規技術・人材活用等に関する意識調査」において、国内の多様な業種を含む2,327社へのアンケート調査の結果として、小売・飲食分野のロボット導入状況は農業を除いて最も低い水準であることが示されています(図3)。

図3

業種別のロボットなど新技術の導入状況

※国内2,327社へのアンケート結果
出所:内閣府「生産性向上に向けた企業の新規技術・人材活用等に関する意識調査」(2017年) より三菱総合研究所作成

とりわけ小売業でロボット導入が進まなかったのには理由があります。まず、小売業の業務内容が陳列、棚卸、接客、会計、掃除など多岐にわたることがあげられます。また、商品が多品目かつ小ロット、入れ替わりが激しく、形、大きさがさまざまなどの点から、たとえロボットを導入したとしても個々には利益率が低くなってしまうことも導入の阻害要因となっています。

非接触ニーズの高まりによるロボット導入の拡大

ところが、中国武漢から発生し、2020年に入って瞬く間に全世界に感染拡大した新型コロナウィルスの出現は、サービスロボットの導入を拡大させることになりそうです。これまで小売・飲食分野では人と人とが触れ合うサービス提供が主流でした。しかし今回のコロナウィルス感染拡大で、できるだけ人を介さない販売や料理の提供を求めるような生活者の行動変容が起きています。これまでも実験的に接客ロボットや食事の配膳ロボットが店舗に導入されたり、無人店舗、無人決済を導入したりする試みはありましたが、こういった動きが今後さらに加速する可能性があります。

今回私たちの検討では、小売・飲食分野の「接客・運営」、「決済」、「管理」のバリューチェーンの各部分でAI、IoT、ロボットなどのソリューション導入の実態と動向をまとめました(図4)。「決済」部分においてはすでに実装レベルに至っているものが多くあり、無人レジも出てきています。それに対して、「接客・運営」部分については、接客や調理、配膳ロボットなどが登場してきているものの、本格導入までには時間がかかる模様です。一方、商品管理や従業員・店舗管理などの「管理」部分については、特に小売店舗で最も人手がかかる棚卸、商品陳列をはじめ、まだロボット化は進んでいません。

図4

小売・飲食分野のバリューチェーンに見るロボット化の状況と動向

出所:三菱総合研究所

飲食業におけるロボットの導入事例

調理については、一部工程のみならず全工程の調理を行えるロボットが登場しています。また、人件費上昇が著しい中国においては、配膳ロボットが年間2万台も売れています(図5)。

図5

調理ロボットや自動配膳ロボットの事例

調理ロボット「Moley」

イギリスのMoley RoboticsとShadowRoboticsが共同で開発。129個のセンサーと20個のモーターで構成されており、キッチンの天井部分にロボットアーム2個を設置した形で構成されている。ロボットは、洗練された腕の動作で調理器具を扱う。2,000種類の食品調理過程がプログラミングされており、ユーザーの指示に応じて、簡単な調理補助から調理全過程までこなす。

写真提供:Moley Robotics

自動配膳ロボット「Penny」

食事の配膳や使用済みの皿の回収に使用されることが想定されている。回転寿司チェーンやファミレスにあるような備え付けのタッチパッドから、客が注文ボタンを押すと、Pennyがテーブルに向かうようにプログラムされている。

写真提供:Bear Robotics

小売業におけるロボットの導入事例

無人店舗は実験的とはいえ、無人レジをはじめさまざまな実証が行われています。棚卸・商品陳列では画像認識技術やRFIDなどを用いた商品管理が広がりつつあります。例えば商品全てにRFIDが付与されることで、棚卸の簡略化だけでなく、決済時の複数商品の一括読み取りや、万引防止、店舗在庫のリアルタイム把握などが実現できます。ただしいずれの実証でも、棚への商品の補充はまだ人が行う必要があり、本当の無人店舗化にはかなり時間がかかりそうです。

図6

無人店舗や在庫管理ロボットの事例

無人コンビニ「ロボットマート」

入店時に、スマホをかざしてゲートにある機器でQRコードをスキャン。スマホ情報認証後は、自由に商品を手に取り、店舗を出る際に画像認識で商品を読み取り自動的に会計を行う。

写真提供:株式会社ロボットセキュリティポリス

在庫管理ロボット「Tally」

小売店舗の商品が棚からなくなっていること、在庫がなくなったことを従業員にアナウンスすることが可能。また、商品が異なる棚に並べられていないか、異なる向きで入っていないか、商品の価格タグが有効であるかなどのデータを検知・収集。

写真提供:Simbe Robotics, Inc.

小売・飲食分野におけるロボット実装の未来像

大衆向け小売店舗の未来

2030年頃の大衆向け小売店舗においては、商品補充以外はほぼ無人化が実現しているでしょう。来店客はスマホなどのQRコードをかざして入店ゲートを通過し、選んだ商品を無人レジで自動決済します(図7)。2030年時点では、無人レジ方式が主流となると考えられます。購入した商品の特定を画像認識で行うシステムも実用レベルに達していると思われますが、まだコストが高いことから普及には時間がかかりそうです。2040年頃には商品補充や棚卸もロボットが行う完全自動化店舗が実現しているでしょう。そこでは、来店客は顔認証され、選んだ商品は画像認識の普及により、自分のカバンに入れてそのまま店舗を出れば決済されるようになるでしょう。

図7

2030年の大衆向け小売店舗のイメージ

出所:三菱総合研究所

高級小売店舗の未来

通販や無人店舗に対抗するため、高級小売店舗においてはテクノロジーを駆使して店員の接客の質を高め、来店でしか体験できない顧客満足を提供するようになります(図8)。来店客のデータは蓄積され、客が店を訪れる前にすでに店員には客の来店目的や好みが伝えられています。また客の店内での動きを感知したAIが、店員に接客の方法を助言してくれます。服飾店では、身体サイズは3Dスキャナで採寸されます。試着もバーチャルリアリティーが用いられ、次の旅先に合った服を試着することもできるようになります。オーダーメードのためのデータは直ちに工場に送られ、商品はすぐに客の手元に、また客が望むところに届けられるようになります。

図8

高級小売店舗の未来のイメージ

出所:三菱総合研究所

大衆向け飲食店舗の未来像

2030年時点の大衆向け飲食店舗では、まだ店舗内で人とロボットが協働しています。入店はやはり、小売店舗と同じようにスマホなどのQRコードをかざして入店ゲートを通ります。メニューのオーダーはタブレットが主流ですが、レコメンドもしてくれます。注文は即座に調理場に伝達されます。調理場では、食材カットや下ごしらえといった手間のかかる作業はロボットが行い、調理師は仕上げなどの繊細な仕事に集中し、質の高い料理を提供します。配膳はほぼロボットが行ってくれるようになっています。

さらに2040年頃には、大衆向け飲食店舗はほぼ無人化されているでしょう。もちろん入場は顔認証で入れます。ここでは調理の仕上げまですべてロボットが行い、好みによって味付けも変えてくれるようになるでしょう(図9)。

図9

2030年と2040年の大衆向け飲食店舗のイメージ

出所:三菱総合研究所

ロボットテクノロジーの発展のために克服すべき課題

今後、小売・飲食分野は無人化やロボットの活躍が多くみられるようになるでしょう。そのような中で克服すべき課題は以下のようなことがあげられます。

小売・飲食店舗の「没個性化」

安価で標準化されたパッケージシステムを企業が用いることで模倣が容易になり、企業・店舗ごとの個性がなくなり、小売・飲食分野(特に大衆小売・飲食店舗)は画一化が進む可能性があります。一方で、飲食業では独自のメニューや店主の人間性など画一化とは真逆の個性的な価値を提供する飲食店も繁盛するでしょう。

日頃利用するコンビニやスーパーは、「没個性」傾向は避けられないと考えられます。差別化のために、客が嬉しくなるようなイベントや企画で個性を出していく必要があるでしょう。また、高級小売店舗においては、すべての業務を完全に自動化するのではなく、人対人による接客価値を見出し、あえて人間で対応するようなことも必要と思われます。

ロボットに頼りすぎることによる、有事の際の閉店リスク

完全自動化になった場合、通信回線の不通やクラウドサービスなどがダウンすることにより、店舗の運営が完全に停止するリスク(ドアが開かない、接客ができない、決済ができないなど)が危惧されます。有事の際には人間が対応可能な店舗づくりや業務フローづくりが必要です。またクラウドだけに頼らずオンプレミス(自社運用)で稼働可能にしておくなど、フェイルセーフ設計も求められます。

ロボットが最適に機能できる環境の検討

これまで見てきた他の分野も同じですが、小売・飲食分野における現在の作業方法やレイアウトは「人間にとって最適」に設計されています。この作業フローや作業環境を「ロボットにとって最適」に設計し直すことにより、ロボットの活用が進んでいくでしょう。人間ではどうしてもできない多くのこと(例えば首を360度回す、疲れを感じない、高速に動ける)がロボットにはできます。ロボットの特性を十分把握したうえで、ロボットが最適に機能できる環境を研究する必要があります。

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