「共創」で拓く、人と技術の未来

三菱総研フォーラム2019 鼎談「人間拡張技術による未来社会」
 
人間は太古より多様な道具と技術を使いこなし、新しい人工物を次々に生み出しながら、さまざまな環境変化を乗り越えてきた。そして今、AI/ロボティクスが、ビッグデータや脳科学、生命科学などの知見と融合することで人間拡張技術が高度に発展し、環境そのものを大きく変えようとしている。生態系のように複雑に絡み合ったテクノロジーの数々は、私たちの社会や産業にどんなインパクトを与えるのか。それらがもたらす影響は、果たして創造的な未来につながるのか、それとも未知なる社会問題を引き起こすのか。フォーラム後半では、人間拡張技術の第一人者である持丸正明氏、進化学を専門とする佐倉統氏、当社理事長の小宮山宏が、多面的な視点からディスカッションを行った。その内容を抜粋して紹介する。
産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 研究センター長 持丸正明氏
東京大学大学院 情報学環 教授 佐倉 統氏
三菱総合研究所 理事長 小宮山 宏
司会|三菱総合研究所 未来構想センター 主任研究員 藤本敦也


人と技術の境界が溶けていく

佐倉氏
佐倉 鼎談に先駆け、まず私から「技術と人の関わり」の歴史を振り返りつつ、話題を提供したいと思います。

ヒトは、ネアンデルタール人の時代から道具を駆使して環境の変化に適応してきました。動物はゲノム(遺伝子)の変異で環境に適応しますが、ヒトは技術によって進化してきたのです。事実、ホモ・サピエンスは遺伝的にほとんど変化していません。「人間」とは「技術や人工物と一体化したシステム」といえるでしょう。しかし一方で、技術が社会に悪影響をもたらすこともあります。アメリカの技術史家コーワンは、家事労働が機械化されると主婦はむしろ忙しくなると喝破しました。「洗う」という作業を効率化した洗濯機の登場が、皮肉にも洗濯の量や頻度を増やし、トータルな作業量を激増させたという具合です。現在の高度化した人間拡張技術の活用によって、こうした予期せぬ影響はさらに大きくなるでしょう。技術をいかに手なずけて有用なものとするか。「技術の家畜化」はこれからの大きなテーマといえます。

これらを踏まえ、私からは(1)今の技術と従来の技術はどう違うか(2)技術は長期的に社会にどのような影響をもたらすか(3)結局のところ人工物は敵か味方か? という3つの論点を提起したいと思います。
 
藤本 最初の論点からいきましょう。新旧の技術の違いはどこにあるでしょうか。
 
持丸氏
持丸 現在の人間拡張技術の大きな特徴は、インテグレーション型であることです。かつてのように、一つの大きなイノベーションが劇的な変革を生むのではなく、複数の小さなイノベーションの集まりが革新をもたらしている。技術面での大きなポイントは「環境の個別化」技術だと思います。メガネはかけた人の見え方を変えるだけですが、AR(拡張現実)ゴーグルは環境そのものを変える。例えば、ARゴーグルをつければ、この会場の壁を青や赤、それぞれが好きな色に変えて講演を聴くことができる。結果、環境をコントロールしているのか、環境にコントロールされているのかが曖昧になっているように思います。
 
佐倉 人と技術の一体化も進んでいます。人工内耳のように実際に体内に入り込んでいる技術も多い。もはや人を抜きにして技術は開発できません。その結果、人間の研究と技術の研究の境界もなくなりつつあります。
 
持丸 フィジカルとサイバーの境界も同様です。人間拡張技術が進展すれば、サイバー世界で私たちのコピーが自由に活動できるようになる。これにはプラスとマイナスの両面があると思います。
 
小宮山 スピード感の違いも重要です。中世なら祖父母も孫もほぼ同じ環境に生きていましたが、今は一世代、それどころか、わずか10年ぐらいで環境がガラリと変わる。未来予測も非常に困難です。夢のようでもあるし、恐ろしくもあります。
 
グラフィックレコーディング1
※グラフィックレコーディング:議論や対話などを絵や図といったグラフィックに可視化して記録していくファシリテーションの手法の一つ

技術を生かすカギは「市民の声」

藤本 次に、技術が長期的に人にどんな影響を及ぼすかという点についてはいかがでしょうか。
 
佐倉 サイバーとフィジカルの境界がなくなることで、かえって人間の身体性の価値が高まるのではないでしょうか。アルゴリズムで対処できる囲碁はAIが得意とする領域ですが、歌はなかなかうまく表現できない。なぜかというと息継ぎの再現が最後まで難しかったという話があります。息継ぎは人間の身体的制約によるものですが、かえってそれが、歌のうまさや魅力の一つになっていたのですね。ですからAIを人間にすべて似せるというよりも、人間の身体性を退化させないためにも、アルゴリズムで容易に対処できる領域はAIが担い、身体性に関する領域は人が担うというように、ポジティブに役割を分担した方がいい。
 
持丸 技術を使って人を動かす人、つまり「技術を家畜化する人」と技術によって動かされる人、つまり「技術で家畜化される人」という新たな社会格差が生まれるかもしれません。
 
小宮山理事長
小宮山 歴史学者のハラリは、著書『ホモ・デウス』で、まさに、技術を駆使する特権的な支配層と、彼らに利用される奴隷のような人々が二極化する暗黒社会を予言しています。一方、持丸さんの講演では、誰もが自己実現を図れる夢の未来が語られました。どちらが現実になるかは分からない。しかし、それを決めるのは、結局のところ人間の意志です。
 
佐倉 ただ、私はそもそも「支配層が技術を100%使いこなせる」という仮定に懐疑的です。アルゴリズムには必ずバイアスがかかる。支配層といえども技術の未知の部分に翻弄されるでしょうし、被支配層も別の技術を使えば反逆できるはずです。
 
小宮山 いずれにせよ、社会は多様だからこそ面白い。多様性が確保できるように技術を進化させないといけません。
 
佐倉 はい。ただ、今のAIは基本的に統計ですから、やればやるほど産出物の多様性がなくなっていきます。突然変異的に新しい表現を生み出すことにかけては、現状ではAIより人間の方が優れていると思います。
 
持丸 私は、多様性の確保のためには、技術開発にユーザー発想を取り入れることが一つの解決策だと思います。ユーザーとの「共創(コ・クリエーション)」が、作り手の意図を超えた多様性を育む土壌になると思います。
 
藤本研究員
藤本 さまざまな意見が出ましたが、結局のところ、人工物は敵でしょうか、味方でしょうか?
 
持丸 シェアリングエコノミーという新しい価値を提案したウーバーは、労働者として法律で保護されない不安定なワーカーを大量に生み出すという社会問題も引き起こしました。技術は時に、開発者が意図せぬ影響を社会に及ぼします。それらをすべて予測することはできません。もちろん、私たちも開発段階で多様な立場の意見を取り入れるように努力しています。しかし実際には、社会に出してみないと、どう転ぶか分からないのが現実です。
 
小宮山 技術の悪影響をできるだけ排除するには、素人が敢然と専門領域について議論することが大事だと思います。技術の中身については専門家に任せるしかありませんが「前提」なら議論できる。ロサンゼルス大地震が起きたとき「日本では絶対に崩落は起きない」と多くの専門家が言いました。しかし翌年の阪神・淡路大震災では高速道路が倒壊した。これも前提が間違っていたのです。優秀な専門家が前提を疑わずに突き進むのは実は危険なのです。前提については専門外からゼロベースで果敢に踏み込むことが不可欠です。
 
佐倉 そのための議論の場が必要ですね。
 
小宮山 はい。まさに大学やシンクタンクの役割です。
 
持丸 ただ、その前提を経営者が握っている場合もあります。例えば、遠隔ロボティクスをコンビニエンスストアの商品補充に使うという試みを考えてみてください。100%自動化するのは難しいのでオペレーターが必要になる。とはいえ特別なスキルは必要ない。となると、日本より最低賃金が安い外国と高速ネットワークでつなぎ、そこで人材を確保しようという発想が生まれます。経営の効率化という前提では正しいし、法的にも問題がないかもしれませんが、研究者としては違和感がぬぐえない。社会全体で議論を尽くす必要がある。
 
佐倉 研究倫理については、ヒトゲノム計画が立ちあがった1990年代に盛んに言われるようになり、最近では研究者にも「Responsible Research(責任ある研究)」の規範が浸透していますが、これをさらに進めるためにも、多様な価値観を取り入れる仕組みが欲しいですね。
 

生活に根ざした新産業を、日本から

藤本 ところで、人間拡張技術における日本の強みは何でしょうか。
 
持丸 産業としてフィジカルなタッチポイントを多数持っていることじゃないでしょうか。中国や韓国に追い上げられているとはいえ、家電にせよ車にせよ、先進国でこれほど多くのタッチポイントを持つ国はほぼない。さらに日本は少子高齢化や防災などの先駆的な社会課題を抱えています。これを生かせば、サイバーが得意なアメリカや中国とは違う「生活」にフォーカスした新産業が生み出せるのではないでしょうか。
 
佐倉 また、日本社会にはキリスト教文化圏に比べて機械や人工物を友達のように自然に受け入れる文化がありますよね。介護ロボットのようなフレンドリーロボットの開発も盛んです。人工物社会、ロボット社会構築の新たなモデルが日本から生まれる可能性もあるのではないでしょうか。
 
藤本 日本の産業界には何を期待しますか。
 
持丸 日本型企業系列をもっと活用してほしい。人間拡張技術はインテグレーション型ですから、複数かつ多様で小さなイノベーションを重ねることで面白いことが起こります。ビジネス化のフェーズでも、技術開発、サービス提供、データ管理、金融、顧客などを含むビジネスエコシステムの構築がカギを握っている。一つの大きなポリシーで異分野の企業体がつながる企業系列の存在は大きな強みになるでしょう。
 
小宮山 私は「防災レジリエンス」領域で日本企業の活躍を期待します。世界で異常気象が猛威をふるう中、インフラの強化は重要課題です。技術の集大成ともいえる分野ですから、ぜひ日本の底力を発揮してほしい。
 
佐倉 私は経営者の方々に、株主への利益還元や株価アップだけでなく、もっと広い視野での価値創造に目を向けてほしい。もちろん収益は大事ですが、その基礎を支える社会が崩れたら元も子もありません。防災は典型ですが、社会を支えることに少しでも資源を投入してほしい。そう切に願っています。
 
藤本 最後に、三菱総研50周年記念研究への期待をお聞かせいただけますでしょうか。
 
持丸 人間拡張について、技術面だけでなく社会面も含めて考察している点に強く賛同しています。会社は株主だけでなく、従業員、社会、顧客、取引先すべてのもの。そこに価値を見いださなければ会社の永続は不可能です。ぜひ、そんな側面も含めた研究をお願いします。
 
佐倉 キーワードの一つが「ウェルビーイング」だと思います。量だけでなく、質をどう充実させるか。多様な価値を包摂する技術開発が大事だと思います。
 
藤本 ポスト資本主義と日本型ウェルビーイング。特に人と人とのつながりの未来像はまさに大事な研究テーマと考えておりますので、今後も深めていきたいと思います。本日はありがとうございました。
 
グラフィックレコーディング2