レジリエンス

震災が起きたあのとき、MRIは。【後編】

関東大震災から100年、私たちは災害にどう備え、向き合うべきか
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次々と噴出する課題に向き合い、道なき道を進み続けた福島での事業

池田 お二人が東日本大震災後に手がけた事業について、さらに深掘りさせてください。
船曳 東日本大震災発生直後はあらゆる組織・活動が混乱を極めましたが、政府や原子力安全・保安院、東京電力による災害時広報も例外ではありませんでした。私たちは震災発生の翌年、原子力安全・保安院からの委託を受けて、震災・事故後の情報発信などを検証し改善策を提言する業務にあたりました。現在進行形で事態が推移する中、成果不良が許されない極めて難易度が高い業務でした。従来の知見があまり役に立たず、大きな挫折感を味わいながらの仕事でしたが、なんとか自分なりに出した答えに対してご担当者から謝意をいただいたときの安堵感・達成感は今でもよく憶えています。
池田 その後、現地で除染に関わる事業にも取り組まれたそうですね。
船曳 当初、除染を行う根拠となる法律がなかったのですが、2011年8月に「放射性物質汚染対処特別措置法」が公布され、環境省が所管省庁となりました。しかし法律はできたものの、具体的な除染や除去土壌・廃棄物の処理・処分の方法は手探りの状態でした。また、どこまでの範囲・水準で除染すれば「除染完了」となるのかも定かではありませんでした。
伊藤 すべてが暗中模索だったのですね。
船曳 当社は環境省からの委託を受けて、関東圏自治体の除染実施計画の策定を支援しました。法律を理解したうえで放射性物質の技術的専門性を活かし、さまざまな関係機関との難しい調整を行いながら、国内初となる「除染実施計画」の策定支援ができる会社は珍しかったのではないでしょうか。また、複雑な被災者心情に思いをはせながらの広報・コミュニケーション戦略の策定も支援しました。
池田 技術的・社会的にも難しい状況の中での事業だったのですね。想定外の出来事も起きたのではないでしょうか。
池田研究員
船曳 汚泥処理がそのひとつです。震災後、放射性物質が下水道に流入し、東日本の下水処理場の汚泥から放射性セシウムが検出されました。とりわけ福島市堀河町終末処理場では脱水汚泥から最高値44万6,000Bq/kgという高濃度のセシウムが検出され、処理場外に搬出できなくなりました。狭小な敷地のため保管状況はすぐに逼迫し、脱水汚泥の早急な減容化・搬出対策が必要となったのです。
池田 まさに時間との闘いがいくつも重なる状況で、壮絶な日々ですね。
船曳 当社は他社と協力してJV(共同企業体)を組成し、環境省からの委託を受けて、脱水汚泥を乾燥・減容化し、さらにそれをドラム缶封入して搬出する仮設減容化施設(乾燥設備)を福島市堀河町終末処理場に設置・運営しました。2011年から2016年にわたる事業でした。この過程では、JV各社と協力して、運転管理、放射線管理、地域対応などさまざまな現地業務にあたりました。
伊藤 今のお話は非常に興味深いです。これまでにない事業で、なぜMRIが選ばれ、役に立てたと思われますか?
船曳 関連法規制や放射線の専門的な知見、リスク評価手法、地域対応ノウハウなど、課題解決に必要な価値を備え、これらを組み合わせて「誰にとっても初めての課題」に解決の道筋をつける総合力を持っていたからだと思います。堀河町終末処理場での事業は、現地事務所でヘルメットと作業着を着用し、朝礼に始まり夕礼に終わる日々。このような現地での事業はMRIとしても初めてだったので、会社の理解を得るのも一苦労でしたし、現地での産みの苦しみがありました。しかし、その後は軌道に乗って、福島市を起点に減容化事業を国見町、南相馬市、双葉町などの複数地域に展開していきました。
左:福島市堀河町終末処理場にて、右:Jヴィレッジにて
撮影:三菱総合研究所
伊藤 ひとつの挑戦、そして経験がさらなる事業へと広がった事例ですね。
船曳 現地でヘルメットをかぶって作業着を着て行う減容化事業。関係者から「MRIはそんなこともやっているんですね⁉」とよく驚かれました。これまでそんなことをやっていませんでしたので、ごもっともな驚きです。この10年、そしてこれから、当社は調査・コンサルティングだけではなく、社会実装するシンクタンクになりたいと思っています。お話しした福島での現地事業はその先駆的な取り組みであったと捉えています。
伊藤 地域復興の道筋をつくることも防災の延長線上にありますよね。
船曳 除染などの環境再生とともに、福島第一原子力発電所(1F)が立地する福島県浜通り地域を中心とした地域コミュニティと産業の再生も大きな課題です。当社は、福島の環境再生と地域再生の両立を目指し、2016年に他社と協力して「福島イノベーション・コースト構想推進企業協議会」を立ち上げ、防災・レジリエンスや地域再生に向けた官民連携プロジェクトの企画・推進を5年間、行いました。震災後12年以上たちますが、福島の地域再生は今もなお、現在進行形の課題です。
池田 船曳さんはよく「防災をコストではなく、価値にしたい」とおっしゃっていて、非常に共感していますが、産業・地域の再生でも防災・レジリエンスが新たな価値として根付くとよいと感じています。

堤さんがこれまで経験されてきた災害の知見はどのように生かされているでしょうか。
堤 都市直下型地震であった阪神・淡路大震災の被害は一定程度の強震動対策や不燃化対策につながりましたが、老朽木造住宅や木造住宅密集地域の解消にはいまだ至っていません。一方、津波被害が甚大であった東日本大震災を受けて、「100~150年間隔で起こる災害に対してはハード対策、最大クラスの災害に対してはハード対策+ソフト対策で対応する」という対策を進めています。
堤本部長

レジリエントな社会を実現するために、防災を価値にする

伊藤 MRIの提言する「レジリエントな社会の実現」には、気候変動リスクへの対応も欠かせません。気候変動対策は、「地球温暖化の原因物質である温室効果ガスの排出量を削減する」(緩和策)と、「社会・経済のシステムや自然生態系を気候変化に応じて調整し、影響を軽減する」(適応策)の2本柱があります。今後、気候変動リスクによって自然災害が激甚化・頻発化すると予測されており、適応策の一環としてより長期的な目線で防災を推進する重要度は増しています。
池田 人の命を守る観点の「防災」も、引き続き注力しなければいけませんよね。
伊藤 その通りです。私たちは、自治体が気候変動をふまえた防災対策を進める際の一助となるよう、「気候変動×防災」の考え方の整理や、それを具体的な施策に反映するためのマニュアル整備などに環境省と取り組んでいます。また、気候変動が引き起こす災害の激甚化に関する影響評価にも取り組んでいます。これには定量的な被害想定が重要で、堤さんたちが手がけてきた地震被害想定で培ったMRIの知見・経験を活かせる部分は大きいと考えています。
伊藤研究員
船曳 防災を価値にするための具体的な取り組みとしてどんなものがありますか?
伊藤 経済産業省とともに、経済成長とレジリエンス向上を両立できる産業政策のあり方について調査・検討を実施しました。その他、東京都とはオリンピック・パラリンピック開催にあたり、安全・安心な大会開催を目指したリスクマネジメントや都市運営についての検討・実装支援なども行いました。

日本は自然災害大国と言われていますが、逆に捉えれば「自然災害に対する知見・経験が豊富」であるということ。気候変動対策はグローバルな社会課題であり、仕組みづくりや技術開発には国をまたいだ連携や調整も欠かせません。そうした気候変動対策の一環としての「気候変動適応」の文脈で防災を捉えることで、日本の防災に関するノウハウの海外展開の契機もさらに増やせるのではないでしょうか。災害大国である日本だからこそ適応分野をリードしていくことが期待されていますし、それと併せて、社会活動・経済活動を守り、さらには促進できるようなレジリエンスのあり方も追求していきたいですね。
池田 日本の防災が、世界をリードできる商材になり得るというのは、目から鱗が落ちるようです。

平時と有事を横断・融合させた「備えない備え」の視点こそ

池田 防災事業で「大切にすべきこと」は何でしょうか。
船曳 ひとつは「有事から平時を見て検証し続ける」こと。考えたくもないことですが、再び同じ場所で同じような事態が発生した場合、私たちはよりよい災害対応ができるでしょうか? また、私たちは異なる地域でも福島の経験・教訓を活かせる状態なのでしょうか? そのような観点で自問自答し、現在を検証し続けることを忘れてはならないと考えています。
船曳研究員
伊藤 身につまされる話ですね。年々激甚化する災害でも耐えられるかが問われていますし、私もその意識を持って気候変動適応の取り組みを考えていきたいです。
船曳 2つ目は「政策・技術の知見と現場感・リアリティの知見を併せ持つ」こと。福島で業務にあたっていた頃、「東京から来たコンサルは役に立たない。かえって迷惑」という声を聞くことがありました。現場感なき政策提言やコンサルティングは実態にはそぐわないことも多いということだと思います。一方で、大局観と戦略性のない個別最適的な現地施策は危ういものだということにも注意が必要です。

これと関連し、「住民・被災者目線で政策を考える」ことが3つ目です。理屈としては合理的な政策でも、住民目線から見ると不合理、不完全であったり、外から見ているだけではわからない被災者としての複雑な心情・実情が絡み合っていたりします。それを現地で実際に見て、話を聞いて知らなければいけない。机上の空論や実効性のない政策・戦略にならないよう、被災者・生活者の生の声をできるだけ多く聞き、気付きを得ることが大切だと考えています。
堤 私は防災意識の低下が気になっています。世代を超えて何度も語り継がれてきた教訓を、東日本大震災では活かしきれなかった。MRIが全社横断で提言している「備えない備え」が急務だと考えています。
船曳 社会価値をどうつくるか。報告書を書くだけでは世の中に大きなインパクトを与えることは難しい。使命感を持ってフロントを開拓し、そこに道なき道をつくって先導する。その結果として何かを成し遂げたときに得られる達成感や充実感は非常に大きなものです。MRIはそういうことをやれる会社なのですから、池田さん、伊藤さんにもがんばってほしいですね。
池田 まさにMRIのビジョンである「未来を問い続け、変革を先駆ける」ということが必要であり、この言葉が腹落ちした気がします。
伊藤 今後もさまざまな提言にチャレンジしたいです。
堤 2人とも、入社前に会社で実現したかった思いがあるはず。会社生活の中で、世の中がどう安全になったのか、どう変わったのかを実感・表現し、具体化することを期待しています。
堤本部長

この収録は2023年7月に行われました。2024年1月の能登半島地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された全ての方々に心よりお見舞いを申し上げます。

PROFILEプロフィール

インタビューアー

  • 社会インフラ事業本部 リスクマネジメントグループ
    官公庁や民間企業のお客さまに対して、防災・危機管理や気候変動適応に関するコンサルティング・政策提言支援を行っています。リスクに対する適切な理解と対策検討の支援を通じて、お客さまの価値を一層高めることを目指しています。
  • 社会インフラ事業本部 リスクマネジメントグループ
    官公庁や民間企業のお客さまに対して防災・減災、産業安全を軸に、調査研究・コンサルティング・提言策定支援を行っています。産業化・ビジネス化の観点を含めた課題解決を図っていくための自社事業開発にも取り組んでいます。

インタビューイー

  • 社会インフラ事業本部長
    国・自治体の地震被害想定をはじめとした防災・危機管理、リスク評価に基づくコンサルティング、民間企業の事業継続/レジリエンス戦略検討をご支援してきました。社会や企業経営の課題解決に向けてお客さまと一緒に議論しながら真摯に取り組んでいきます。
  • 社会インフラ事業本部 リスクマネジメントグループリーダー
    長らく原子力事業やリスクコミュニケーションに関する調査・コンサルティングを行ってきましたが、東日本大震災後は福島復興事業に8年間、従事しました。現在は当社の防災・レジリエンス、産業リスクマネジメントに関する事業全般を担当しています。

所属・役職は掲載時のものです

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「レジリエンス」のコンセプト

平時と災害時をどのようにつなげるかという視点を重視し、レジリエントで持続可能な社会や産業を築けるよう課題に向き合っています。リスクマネジメントや危機管理の知見や経験を活かし、デジタル技術を用いたリスク予測や影響評価、リスク対策に取り組みます。

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