マンスリーレビュー

2022年3月号特集1防災・リスクマネジメント経済・社会・技術

備えない「備え」によるレジリエンスの実現

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2022.3.1

全社連携事業推進本部関根 秀真

POINT

  • 自然災害は特殊な事象ではなく、私たちの日常生活に包含されている。
  • レジリエントな社会の実現には、防災×中長期の社会課題解決が必要。
  • 備えない「備え」すなわち、フェーズフリー※1の実現が鍵となる。

特殊な事象ではない将来災害

東日本大震災から10年となる2021年3月、当社は「来る巨大災害に対して加速すべき防災の改革」として※2、①優先度を明確化した防災政策の集中展開、②先端的防災社会の構築、③パーソナル防災の実現、を提言した。

それから1年、日本を含む各国にて、新型コロナウイルス感染症の影響に加え、さまざまな自然災害が頻発している。国内に目を向けても、2021年7月の静岡県・神奈川県を中心とした集中豪雨、同8月の西日本地域の集中豪雨にて多くの被害が発生した。幸いにも大きな被害は生じていないが、マグニチュード5以上の地震も後を絶たない。

古くは寺田寅彦の警句「天災は忘れた頃にやってくる」、最近では災害の度に「予想外の時期、あるいは場所で、想定外の被害に見舞われた」といわれるなど、自然災害は日常とは非連続の別フェーズで生じる特別なものとの意識が高い。また、災害への備えには長期的な目線での対応が必要となる。集中力を切らさずに、自分事として捉え続けることは至難の業といえるだろう。

しかしながら、南海トラフ地震は今後30年での発生確率が70〜80%(40年では90%)、首都直下地震は同70%程度とされている。2021年12月に新たに被害想定が公表された、日本海溝・千島海溝地震も同30~40%である。気候変動についても、COP26で国際合意した1.5℃目標が達成された場合でも、50年に1度という高温の頻度は全世界において8.6倍に、10年に1度という大雨も同様に1.5倍となることがIPCC※3から示されている。さらに2℃上昇の場合、国内では洪水頻度が約2倍となる※4と推計されている(図1)。

現代社会において自然災害は決して予想外、想定外の特殊な事象ではなく、私たちの日常生活に包含されている。これからの日本の未来社会を考える上では、巨大災害が起きないことを前提とすることはできないのである。
[図1] 中長期的な自然災害リスク
[図1] 中長期的な自然災害リスク
出所:三菱総合研究所

レジリエンス実現のための防災対策

東日本大震災後に宮城県仙台市で開催された第3回国連防災世界会議(2015年)で採択された仙台防災枠組みは、日本において「レジリエンス」という用語が広く使われるきっかけとなった。近年では組織経営、人材、環境などさまざまな分野で広く使われているが、本論では国連防災機関(UNDRR)による定義にて考えたい。

UNDRRではレジリエンスを、「ハザードにさらされているシステム、コミュニティ、または社会が、ハザードの影響に抵抗し、吸収し、適応し、変化し、その本質的な基本構造の保存と復元を含む、タイムリーかつ効率的な方法で回復する能力であり、リスク管理を通じて機能する」※5と定義している。ここで重要な点は、想定されるハザードに対して「抵抗」「吸収」するだけでなく「適応」「変化」することの必要性である。

つまり、レジリエントな社会とは、事前・事後の両面で対処することにより実現される、しなやかな回復力をもつ未来社会である。その実現においては、ハザードと社会環境(曝露(ばくろ)・脆弱(ぜいじゃく)性)の変化を先読みし、適切に予測した上で、守るべきものの優先順位、制約条件、他のリスクとのバランス、 さらには、地域の将来像と価値基準などを合わせた適切かつ合理的な対応が必要となる。

日本の防災対策は、これまでにも大規模災害の度に改善されてきた。建築基準法における耐震基準の見直し、防潮堤の拡充、堤防強化、精緻なハザードマップの作成・更新など、現在の防災対策の基盤となっている。また、この10年間の特筆すべき動きは、民間主導によるデジタル技術を活用した個人・企業・行政向けの防災情報サービスの進展であろう。もちろん、この背景には、スマートフォンの急速な普及、AI・IoTなどの技術革新がある。従来はビジネスにはならないといわれていた防災が、社会貢献と収益性の両面から注目されるようになってきている。

さらに対策を推し進めるには、従来の防災の枠組みを超え、将来目指す社会を見据え、地域住民、企業、学校、NPOなどの多様なステークホルダーが自助・互助・共助を通じて、レジリエンスを高め行動を自分事として進める必要がある。

備えない「備え」=フェーズフリー

とはいうものの、ひとたび大規模災害が起きても、「喉元過ぎれば——」といわれるように、人々の防災意識は時間とともに薄らいでいく。また、災害以外の中長期的な社会課題も日本には山積している。このような状況において、防災目的だけでは社会が動かないことは残念ながら事実である。

ではどうすればよいか。有事のために「備える」のではなく、平時の日常生活において「備え」を包含した社会を形成する、いわば、「備えない『備え』」の実現である。

いつ来るか分からない災害に対する備えは、将来リスクに対するコストであり、積極的な投資・行動には繋がりにくい。このため、平時と有事のフェーズを切り離すのではなく、横断・融合することで、備えない「備え」を実践していくのである(図2)。
[図2] レジリエンスと平時・有事の横断・融合の関係性
[図2] レジリエンスと平時・有事の横断・融合の関係性
出所:三菱総合研究所
将来への布石の一例として、グローバルな重要課題であるカーボンニュートラルに向けた電気自動車の位置付けを考えたい。電気自動車は、平時においては、環境価値以外にもランニングコストの安さとともに走行の静かさによる快適性を享受できる(現時点では本体価格の高さ、航続距離の短さなどの解決すべき課題も多い)。一方、有事においては、車載蓄電池の非常用電源としての活用が期待されている。ここで、充電設備、家庭・施設などにおける給電機能の普及など、関連する社会インフラの整備において「備え」を包含することで、平時の効率性・快適性とともに、有事の頑健性と快適性を確保することができる。

私たちは今も続くコロナ禍でも、備えない「備え」に踏み出している。ウィズコロナと呼ばれる状態は、人命を第一とした利他的な行動を重視しつつ、同時に社会・経済を可能なかぎり止めない、平時と有事の融合状態における試行錯誤の連続である。この2年あまりの間に、オンラインコミュニケーション、非接触、空気清浄などに関わる多くの技術・サービスが短期間で開発され、私たちの日常生活に定着していった。

私たちの価値観、行動様式もコロナ前とは大きく変わった。これらの変化は、制約条件下で、社会・経済の動きを止めないようにするとともに、どのように自身の生活の豊かさ、快適さを実現するかの挑戦であり、コロナ後も「備え」を包含した新常態として社会を変えていくことが予想される。

レジリエンス実現の視点と想定災害への方策

それでは、フェーズフリーによるレジリエントな社会の実現への挑戦をこれからどのように進めればよいか。「地域社会」「産業(企業)」「個人」の視点から見てみたい。

地域社会では、互助・共助力を発揮できるコミュニティの存在が、有事において生活への影響を最小限に抑え、早期復旧を実現する。一方で、このようなコミュニティは、平時においても地域の課題を解決し、住みやすく、安全な地域を創造する。また、将来の自然災害に適応することが地域の競争力にも繋がり、結果としてレジリエントで持続可能な地域の実現にも寄与する。

産業サイドから見ると、従前の発想では防災対策は企業にとってのコストであり、足元の企業価値の向上に繋がりにくい。しかしながら、非財務価値が重視されるとともに、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)で企業の自然災害に対する物理的なリスク(直接・間接の想定被害)が開示対象となっている。株式市場で選ばれるためにも、レジリエンスに対する投資が重要となっていく。

また個人レベルでは、日常生活における快適性・豊かさ=ウェルビーイングと予防行動との無意識での連接が鍵となる。例えば、食品備蓄において単に非常食を買い置きするという発想ではなく、「おいしいもの」「欲しいもの」をまとめて安く買い、消費をしながら備蓄をするという考え方もある。この2年間で、個人の防災対策の意識は高まった※6が、防災意識は持続しないことを前提とした、備えない「備え」を実現することが個人のレジリエンス力を高める。


本稿に続く特集2特集3では、これから生じることがほぼ確実な自然災害に対する方策について述べる。

特集2では、「南海トラフ地震」と「千島海溝地震・日本海溝地震」の2つの地震災害をもとに、産業と個人のレジリエンスについて述べる。南海トラフ地震は、日本の製造業出荷額の約6割、自動車輸出の約9割を担う地域に甚大な被害をもたらす。一方、千島海溝地震・日本海溝地震の想定被害域は、長期的に高齢化、過疎化が進む地域が多く含まれる。こうした地域の特徴と想定災害の特徴を掛け合わせた上で、災害時に向けた備えと平時の企業活動、快適性を両立させた生活を確立(二兎を追う戦略)へのアプローチを提案する。

特集3では、気候変動要因による風水害を起点とした自然災害の激甚化への適応を、地域社会のレジリエンスの観点から述べる。近年、カーボンニュートラルの取り組みは国内でも急速に進んでいるが、実現するまでには一定の期間が必要であり、その効果が気温上昇の抑制に至るまではさらに長期間が必要となる。それまでに生じるリスクをどのように社会に埋め込むか、そのために必要となる、地域レベルでのアプローチを提案する。

巨大地震、気候変動の対応は共に待ったなしである。レジリエントな社会実現へ、まずはこれからの10年を挑戦の期間として歩みを進めたい。

※1:フェーズフリーとは、日常時(平常時)と非常時(災害時)の2つのフェーズ(社会の状態)をフリーにして、生活の質(QOL/クオリティ・オブ・ライフ)を向上させようとする、防災に関わる新しい概念で、いつも使っているモノやサービスを、もしものときにも役立てることができるという考え方である(PF総合サイト冒頭より)。
https://phasefree.net/

※2:MRIマンスリーレビュー2021年3月号「来る巨大災害に対して加速すべき防災の改革」。

※3:気候変動に関する政府間パネル。

※4:気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会(2020年10月)「気候変動を踏まえた治水計画のあり方」。

※5:The ability of a system, community or society exposed to hazards to resist, absorb, accommodate, adapt to, transform and recover from the effects of a hazard in a timely and efficient manner, including through the preservation and restoration of its essential basic structures and functions through risk management.

※6:三菱総合研究所 生活者市場予測システム(mif)のアンケート調査結果。