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新しい防災に求められる「個人に寄り添う支援」

能登半島地震の「2次避難」から考える
2024.4.1

社会インフラ事業本部山崎大夢

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INSIGHT

能登半島地震では、被災地から離れた安全な地域に移動する2次避難が呼びかけられたが、移動を躊躇われた方も多かった。この裏には「避難後の生活への不安」があり、被災者一人ひとりに寄り添うことが大切だったのではないか。南海トラフ巨大地震など来るべき災害に備えるべく、「個人に寄り添う支援」のある新しい防災のあり方を考えたい。

能登半島地震で進まなかった2次避難

地震などの災害が生じ、自宅で安全を確保しながら生活することが困難となった場合には、まず近隣の学校・公共施設などに避難する(1次避難)。そして厳しい環境下での避難所生活が長期化すると「災害関連死」の発生が懸念されるため、被災地から離れた安全な地域に避難する2次避難が推奨される。2024年1月に発生した能登半島地震でも、甚大な被害を受けた能登地域から一時的に離れ、石川県内や他道府県の旅館・ホテル等に避難する2次避難が呼びかけられた。

一方、能登半島地震の被災地からの2次避難は十分に実施されたとは言えない。石川県では2次避難の受入可能数を31,128人/日として準備を進めたが、実際の受入数は累計7,613人と、累計利用率は24%に留まっている(全て2024年2月20日時点※1) 。また石川県は、避難所以外で生活する被災者向けに情報提供を行う窓口を開設しているが、窓口に連絡先を登録した11,646名のうち4,417名が避難先を「自宅」、134名が「車中泊」と回答している(図1)。

2次避難を行わない決断をした背景には、家族や自身の状況、仕事、長年住み続けた自宅や故郷への想いなど、それぞれに重大な事情がある(図2)。さまざまな事情を抱えながら被災生活を送る方々には寄り添うべきである。一方で「災害関連死」のリスクもある厳しい環境を離れて、より安全性・快適性の高い空間に一時的に身を寄せ、将来の復興に向けて力を蓄えるという意味では、2次避難は本人の意向をくんだ上で、円滑に進むよう仕組みを作るべきだ。そしてそのカギは、2次避難を躊躇させている「避難後の生活への不安」※2を取り除くことではないか。
図1 避難所以外で生活する被災者向けに情報提供を行う窓口における避難場所の登録状況
避難所以外で生活する被災者向けに情報提供を行う窓口における避難場所の登録状況のグラフ
出所:石川県「令和6年能登半島地震による被害等の状況について(第94報 令和6年2月20日14時00分現在)」から三菱総合研究所作成
図2 2次避難に応じない理由
出所:読売新聞「能登の被災者5割超、仕事や介護理由に『2次避難に応じるつもりない』…読売アンケート調査」から三菱総合研究所作成
https://www.yomiuri.co.jp/national/20240130-OYT1T50210/(閲覧日:2024年3月4日)

「個人に寄り添う支援」は芽生えている

どのようにすれば2次避難に躊躇う人の不安感を取り除き、それを円滑に進めることができるだろうか。本稿では「個人に寄り添う支援を行うこと」に着目する。

政府レベルでも、個人に寄り添う支援に関する取り組みが進められている。2021年の災害対策基本法の改正により、要支援者一人ひとりに応じて、関係者の協働のもと必要となる支援内容を整理する「個別避難計画」の作成が努力義務とされた※3。また、支援が求められる被災者一人ひとりの被災状況や生活状況の課題を個別に把握し、関係者の連携により自立・生活再建を支援する「災害ケースマネジメント」※4の取り組みも推進されている。

能登半島地震の被災地において高齢者や障がい者等の2次避難が難航している状況も報じられているなか※5、個人の状況をそれぞれに把握した上で、アプローチのあり方を検討し災害に備える、という考え方は、2次避難の円滑化にも援用されるべきだろう。

個人に寄り添う支援は、民間でも取り組みが進んでいる。能登半島地震では、希望する中学生が被災地を離れ、県内の宿泊施設などで集団での2次避難生活を送っている。そこでの支援物資の中には、身体に合わない衣類や学習進度に合わない参考書など、個々のニーズにマッチしないものもあるという。この問題を解決する取り組みが、NPO法人カタリバの「子ども応援パーソナルボックス」だ。カタリバは石川県や珠洲市・輪島市と連携協定を締結し、自治体や学校を介して集団避難先などから生徒個々のニーズを聴取、一人ひとりの状況に合わせて衣類・衛生用品・学用品をパーソナルボックスとして詰め込み、2次避難先などの中学生のもとに直接届けている。個々のニーズに寄り添った物資提供によって、少しでも被災前に近い日常を取り戻してもらう取り組みで、来るべき災害での2次避難円滑化に向けて学ぶべき事例と言える。取り組みの促進だけでなく、取り組み自体の情報発信も進めば、避難後の生活に対する不安をより和らげることが出来るだろう。

鍵は「DX」「市民を交えた地域での共創」

2次避難の円滑化に限らず、配慮が求められる方から若年層に至るまで、一人ひとりへの寄り添いがある防災のあり方を描くこと、これが災害大国・日本で求められる姿だ。では、今後「個人に寄り添う支援」をどう創出していけばよいか。

まずカギとなるのは、個人のプロファイルデータを活用した「個人に寄り添う防災DX」の推進だ。

属性・カテゴリーや趣向などに関するデータを一つひとつ重ね合わせていくことで、寄り添うべき個人の解像度を上げていくことができる。例えば、当社のコラム※6では、事前防災行動に関心をもちつつ行動を起こしていない「ライト層」に着目し、基本属性や困難に立ち向かう能力、日常的な関心・行動といったデータを取得し、サービス設計の手がかりを探る方法を紹介している。この手法は「ライト層」に限らず、他の層も含めて防災行動を検討する上でも活用可能だろう。技術がさらに進展し、移動行動や健康に関するデータの蓄積が進めば、地域の人々の生活の様子や懸念事項など個人の姿を、より多角的かつ解像度高く把握できるようになる。こうしたデータが地域間で共有されるようになると、混乱する被災地域に代わって、外部の支援地域がデータを活用し取り組みを主導するといったことも可能になるだろう。当然、個人情報の取り扱いについては十分に配慮されるべきだが、デジタル庁が掲げる「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を」にもあるように、個人に寄り添うためのDXが重要だ。

またデータにより描かれた個人への解決策を創出するための方法として、「市民を交えた地域での共創」を提案したい(図3)。

行政は日頃から地域住民に近く接しており地域防災でもメインプレイヤーとしての役割が期待されるが、人手不足が深刻化する中、すべてを任せることはできない。そのため、行政・地域住民・民間企業が適切に役割分担しつつ、「個人に寄り添う支援」を共創することが求められる。具体的な姿は、次のようなものだ。行政や地域住民からは生活者起点のリアルな声から出てくるアイデアを集める。ここでは前述した個人のプロファイルデータも活用する。民間企業からは、それぞれの企業活動の中から得られるアイデアを集める。対話を通じてこれらのアイデアを具体化し、プロトタイプを開発しながら、支援のあり方を練り上げていく。このプロセスの中で、助け合いの基盤となる人的ネットワークも築かれていくだろう。いつまた襲いかかるかわからない次の災害に備え、こうした共創の取り組みを今すぐ始めるべきだ。
図3 目指すべき将来の「個人に寄り添う防災」
出所:三菱総合研究所

※1:石川県「令和6年能登半島地震による被害等の状況について(第94報 令和6年2月20日14時00分現在)」
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/saigai/documents/higaihou_94_0220_1400.pdf(閲覧日:2024年2月29日)

※2:中日新聞「進まない2次避難 自治体間で呼びかけに温度差が生まれるわけ」
https://www.chunichi.co.jp/article/839481(閲覧日:2024年2月29日)

※3:内閣府防災「避難行動要支援者の避難行動支援に関すること」
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/yoshiensha.html(閲覧日:2024年2月29日)

※4:内閣府防災「災害ケースマネジメント」
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/case/index.html(閲覧日:2024年3月1日)

※5:NHK 石川NEWSWEB「重度の障害者など2次避難が難しい人も」
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20240122/3020018398.html(閲覧日:2024年3月1日)

※6個人起点によるレジリエントな社会の実現(MRIマンスリーレビュー2023年4月号)

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