マンスリーレビュー

2023年4月号特集1防災・リスクマネジメント経済・社会・技術

個人起点によるレジリエントな社会の実現

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2023.4.1

English version: 21 June 2023

政策・経済センター山口 健太郎

POINT

  • 個人の行動を起点に全体で助け合う「レジリエントな社会」が必要。
  • 事前防災活動に関心をもちつつ行動していない「ライト層」がカギ。
  • ライト層のセグメント分析を活用したサービス開発で新たな社会を。

首都直下地震にどう備えるか?

100年前の1923年9月1日に発生した関東大震災では約10万5,000人※1の死者が出た。一方、今後30年以内に最大約70%※2の確率で起きるとされる首都直下地震では最大約2万3,000人※3が犠牲になると想定されている。この100年で建物の耐災性が飛躍的に向上したため、助かる人は大幅に増える。

しかし首都圏での資本集積が進んだことで破損するモノは急増し、民間部門の資産被害は約42兆円に達する。少子高齢化※4も相まって、発災後の市民生活、福祉、経済の停滞は、当時よりもさらに大規模になる。

このため、来たるべき首都直下地震や南海トラフ地震に向けては市民の安全確保に加えて、復旧期間中の生活や福祉の質を向上させるとともに、それらを支える地域経済の維持をより重視した対策が必要となってくる。

改めて「レジリエントな社会」とは

膨大な数の被災者が同時に発生することになる首都直下地震では、市民生活や福祉、そして地域経済の維持に充てられる「公助」に質・量とも限界が生じることは明白だ。

このため首都直下地震に向けては、市民個人や企業などが事前に自発的な防災行動をとり、それによって生み出した公助リソースの余力を、真にそれを必要としている先に投入するよう望まれる。

個人や企業による自発的な防災行動は、自分や自社を助けるだけではなく、社会全体を助けることにもつながる。コロナ禍を経験した私たちは、自らを感染から守ることが、医療現場にかかる負担を軽減し、重い病気を患っている人々に対する医療サービス水準の維持につながることを知っている。防災とて同じことである。

本稿では、自発的な行動を起点として全体で助け合う社会を「レジリエントな社会」と定義する。この認識のもと、特集1では個人起点、特集2は官民協調特集3は企業起点による、レジリエントな社会の実現策について提言する。

個人の自発的な行動は手厚い公助につながる

被災後の市区町村において最も多くのリソースが投入されるのは、避難所運営であるとされる。2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震における発災後のピーク時には、行方不明者の捜索や救助活動、支援物資の受け入れなど多様な業務が求められる中で、避難所運営に自治体職員の約2割が必要になったという報告もある※5

東京都は、首都直下地震が起こった場合、都民の14%の約200万人が避難所を利用すると想定している。ただ当社は、このうち101万人が、住居に被害はないが、断水や高層階に住んでいることで生活に支障が出て避難するとみている。

仮にこの101万人が、知人宅に身を寄せたり、日頃から物資備蓄を徹底した上で自宅にとどまったりして自発的な防災行動をとったとしたら、自治体側は一般行政職員の1割に当たる約7,000人(当社試算)を避難所に送らずに済む。1日あたりで、約300万食の食料と約300万リットルの飲料水の準備、避難所への配送、避難所での管理や配布が不要となる。これらの余力は、真に必要としている人たちへの公助に充てることが可能となる。

個人が自発的に事前防災に取り組む

個人が、平時から自発的に事前防災行動を起こしやすくするには、どうすればよいのだろうか。一つの方策として、個人の日常生活と事前防災行動をスムーズにつなぎ合わせる民間サービスの開発が考えられる。そのためには、個人の日常生活の特徴と、事前防災行動に関する意向との関係を深く理解することが必要だ。

当社は、首都圏に住む7,000人を対象に、基本属性29項目、困難に立ち向かう能力に関する74項目、日常的な関心・行動に関する71項目からなる生活者データの「パーソナル・レジリエンス・プロファイル(PRP)2023」を作成した(表)。
[表]「パーソナル・レジリエンス・プロファイル(PRP)2023」の構成
[表]「パーソナル・レジリエンス・プロファイル(PRP)2023」の構成
出所:三菱総合研究所
あわせて、事前防災行動の実態についても質問を行い、その回答内容とPRPとの関係を定量的に分析した。なお、この7,000人のデータについては、個人が特定できないよう処理されている。

調査対象者を大別すると、災害後の生活を見据えた事前防災行動をすでに起こしている「積極層」は全体の16%にとどまるが、事前防災行動に関心をもちつつ行動を起こしていない「ライト層」は60%に上る。残り24%は「消極層」である。

東京都の例で、首都直下地震が来る前に都民の約7%に当たる101万人が自発的に個別避難の準備をしておけば、社会全体にインパクトをもたらしうることを示した。この前提に立てば、全体の6割を占めるライト層が、自分の置かれた立場で自発性を発揮すれば、その効果は絶大だろう。

日常から見えてくる新しい防災アプローチ

分析結果からすると、全体として年齢、次世代への思い、人生のつらさの経験値が高まるほど事前防災行動の積極性が増す傾向が見て取れる。ただし、ライト層は平均的であるため、サービス設計の手掛かりとなる特徴が把握しづらい。

そこでPRPの出番である。ライト層にクラスター分析を適用して特徴が似ている人同士をセグメント分けし、日常生活の特徴を把握した(図)。
[図] PRP分析結果に見る「ライト層」の日常
[図] PRP分析結果に見る「ライト層」の日常
出所:三菱総合研究所
最多であるセグメントAの人々は、仕事中心の生活を送る一方、テレワークやシェアリングサービスを使いこなす新常態生活に適応している。こうした層に対しては、首都圏外の空き物件のシェアリングサービスを、テレワークを認めている企業を通じて展開することが考えられる。セグメントAの人々は、日常的にこのサービスを使いこなすことによって、災害時にもスムーズに仕事と生活の拠点を首都圏外に移せるようになる。

またセグメントBの人々は、普段から多様なライフスタイルや趣味、友達付き合いを楽しんでおり、生活に対するポジティブさや新しいことへの好奇心の強さがうかがえる。この層を「レジリエントな社会」コンセプトのアーリーアダプター※6と想定し、新たなサービスを開発する際に優先的なアプローチ先とする戦略も有効だろう。

生活者データであるPRPを用いて個人の日常を可視化すれば、事前防災行動につながるサービス内容やアプローチ戦略を考案できる。企業にとっては多様なビジネス機会を確認するツールとなり、公的機関にとっては防災領域に多様な企業や専門家を巻き込む上でのエビデンスとなる。

官民によるPRP活用が進めば、個人は多様なオプションの中から自分好みの日常サービスを選択して無理のない事前防災行動をとれる。結果として災害時には「我慢しない被災生活」を送ることができるようになる。

社会実装イメージと活用のポイント

では、実社会ではPRPをどのように活用すればよいだろうか。一つのイメージは、防災など公共政策領域における新サービスを政府、企業、市民が協働して創り上げる活動のコミュニケーション・ツールとして活用することである。

公共政策領域における多様な主体の共創活動は、埼玉県横瀬町の「よこらぼ※7」や、オランダ・アムステルダム市の水害対策「アムステルダム・レインプルーフ※8」など国内外に存在するが、PRPのような個人起点の生活者データに基づいた取り組みは、筆者の知るかぎり見当たらない。

一方で、公共政策領域におけるPRPの活用には留意点がある。個人が多様であれば、求められるサービスのデザインも多様にならざるを得ない。したがって、「できる範囲のことだけをやる」ような、民間企業がとりがちな断片的な対応にとどまるかぎりは、一部の人々の耐災性を向上させることは可能かもしれないが、地域全体を大きく変えることは不可能である。

この点を乗り越えるためのポイントは2つある。まず、自治体など公的機関による、中立的かつ俯瞰(ふかん)的な事前分析が不可欠である。

具体的には、どのような問題について何人規模の事前防災行動を起こしたいか、それにより生まれる公助の余力はどの程度かの2点を明確にする必要がある。そのための分析は、公表されている行政データや学術論文を活用すれば可能である。

さらに、サービスの具体像に関する仮説を設定し、そうしたものを提供するのに十分な専門性や力量をもつ企業と専門家を協力依頼先としてリストアップする必要がある。PRPはこのような選定を行う上で有効である。

次に、自発的な行動をとった個人を後押しするサービスを開発した企業に対し、彼らがどれだけ公助軽減に寄与したかを定量的に示し、個別にフィードバックする仕組みがあることが好ましい。利他的な貢献を積極的に認めて称賛する機運が社会で強まれば、個人は自発的行動をとるモチベーションを高め、企業の社会的価値も向上し、ひいては「レジリエントな社会」の実現につながるだろう。


関東大震災から100年の間、日本は土木や防災技術の発展を通じて社会の耐災性を高めてきた。半面で、土木・防災分野以外の社会変化によって続々ともたらされる脆弱(ぜいじゃく)さに悩まされてきた。

この際限のない状況に終止符を打つには、災害時にも困らない社会と個人の日常の在り方を問い直し、改善行動を非防災分野も含む政府、企業、市民の連携によって誘引していく必要がある。そのための総力戦を今すぐ始めなければならない。

※1:武村雅之(2003年)『関東大震災-大東京圏の揺れを知る』(鹿島出版会)。

※2:東京都(2022年5月25日)「首都直下地震等による東京の被害想定」。

※3:中央防災会議(2013年12月19日)「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」。

※4:国勢調査によると、1920年に5%だった首都圏の65歳以上の人口比率は、2020年には25%に上昇した。

※5:岩手県宮古市(2012年)「東日本大震災における災害対応行動の検証」。井上雅志ら(2021年)「熊本地震の実績に基づく自治体職員・応援職員の避難所運営への人員投入量予測式の検討」(自然災害科学40巻S08号)。 

※6:初期採用層。新たな革新的商品やサービスなどをイノベーター(革新的採用者)の次に受容する人々を指す。

※7:2016年に開始。企業や個人から新しい事業・研究・企画の案を募集し、横瀬町がその実現を支援する。

※8:2014年に開始。住民、行政、専門機関、企業が協働して、豪雨に対する都市機能の強靱化を進める。