マンスリーレビュー

2023年4月号特集3防災・リスクマネジメント経済・社会・技術

巨大地震見据えた「コーポレート・レジリエンス」を

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2023.4.1

セーフティ&インダストリー本部井上 剛

防災・リスクマネジメント

POINT

  • 外部からのストレスへの適応力を強化することは企業経営に不可欠。
  • 近い将来発生しうる巨大地震に対する「レジリエンス経営」は不十分。
  • 時間軸を統合した対応を進めれば他社への差別化の武器にもなりうる。

企業に求められる災害への適応力強化

外部環境の変化がもたらすストレスへの適応力を強化することは、企業経営に不可欠である。当社は、企業がこうした適応力を活かして事業を持続させる能力である「コーポレート・レジリエンス」を向上させる方策を提言している※1

同提言では、企業が近年経験するようになった多様なストレスを、発現時間の長さに応じて順に「突発的なストレス」「急速なストレス」「持続的なストレス」の3つに区分している。

この考え方をもとに、来たるベき巨大地震や激甚化する水害に対して、企業はどのような「レジリエンス経営」を進めるべきかを考えたい。

ストレス対応の違いがリスクに

数十年から100年という長期で起こる気候変動は、持続的なストレスの代表例である。東証プライム上場企業に対しては2022年3月期から、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)※2 提言に沿った気候変動関連リスクの情報開示が義務付けられた。財務面での利益追求だけでなく、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)を含む多様な観点を経営に取り込む必要が生じているのだ。こういった持続的なストレスへの対応は従来、企業のCSR部門が中心となって行われることが多かった。

一方、発生確率が高まっている巨大地震や近年頻発している大規模災害は突発的なストレスの代表例で企業の危機管理部門が対応することが多い。

企業は近年、2018年の西日本豪雨や2019年の台風19号などによる、想定外の規模の水害に悩まされている。かつてはめったに起きないとされてきた浸水が定期的に発生するとの前提で対策を立てる必要が出てきているのだ。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」※3は、水害の頻度が今後さらに高まると予想している※4

近い将来に高い確率で発生する首都直下地震や南海トラフ巨大地震などの地震災害も突発的なストレスであるが、プレート境界や活断層の有無などによる地域特性が強く、TCFDなどのグローバル基準に沿った対応では見逃されがちである。

しかし、こうした地震被害は甚大であるため、適切に対策を講じていることを示さなければ、企業活動に与えるリスクが国際市場で過大評価されてしまう可能性がある。

時間軸を統合した対応を

このように企業は、自然災害について突発的なストレスと持続的なストレスに同時に対処しなければならなくなっている。担当する部署も別であるため、スムーズな対応も非常に難しいといえる。

そこで、突発的なストレスに対処するためのリスク管理の考え方と、持続的なストレスに対応するためのシナリオ・プロセスの考え方を統合することが重要ではないだろうか。

災害は「起こりやすさ」と「起こった場合の損失や利益の大きさ」の2つの軸で表現できる(図)。この観点からすると、気候変動による水害の激甚化は、起こりやすさと起こった場合の損失の両方が拡大した状況と考えることができる。
[図] リスクプロファイリングのイメージ
[図] リスクプロファイリングのイメージ
出所:三菱総合研究所
2つの軸と、将来起こりうるシナリオを組み合わせて地震、風水害、噴火などの自然災害を整理していけば、中長期的な視点で優先的に対応すべき対象を特定できる。事業機会とリスクのプロファイリングを行い、優先順位をつけるのである。

このように想定災害を整理した後の具体的なリスク低減策としてはまず、すでに自社が取り組んでいる対策を、整理の結果に基づき強化していくことが考えられる。既存施策に対し、新技術や新たな仕組みの導入などにより、想定災害に対応できるレベルへと是正することである。

一方、整理した結果、想定被害の規模が従来の対策を強化するだけでは対応できないレベルに達することもありうる。その場合は、原材料の供給元を多重化したり、サプライチェーン全体を見直すとともに、企業立地や製品・サービスを変更するなど、事業の根幹に関わる改編も必要となる。

レジリエンス経営は差別化の武器になる

激甚化している災害への対処や、情報開示の義務付けへの対応などで、国内企業には非常に多くのストレスがかかっている。

ただし、この状況を活用してリスクマネジメントを強化することで、巨大地震に備えるに足る「レジリエンス経営」を実現できれば、他社に対する差別化を進める武器となる。

※1:当社コラム(2022年3月16日)「コーポレート・レジリエンス向上の取り組み 第1回:企業のレジリエンス実装」。

※2:G20の要請を受け民間主導で設立された国際機関。

※3:1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された国際組織。

※4:IPCC第6次評価報告書(AR6)第1作業部会報告書の概要より。