コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング防災・リスクマネジメント

コーポレート・レジリエンス向上の取り組み 第1回:企業のレジリエンス実装

タグから探す

2022.3.16

経営イノベーション本部丸貴徹庸

瀧 陽一郎

大内久幸

経営戦略とイノベーション
本連載では、コーポレート・レジリエンスを「環境の変化がもたらすストレスを受容、吸収できる適応力により、企業・事業を持続する能力」と捉え、企業がレジリエンスを実装する方策について体系的に整理したい。そのうち第1回は、コーポレート・レジリエンスの全体像について述べる。

企業が受けるストレスとレジリエンスの関係

企業の長期的価値が重視される中、上場企業はESG投資家の目にかなうべく、非財務資本の充実、ならびに非財務情報の開示に積極的に取り組むことが求められている。2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂では、「サステナビリティを巡る課題への取り組み」が明確に位置づけられた。非上場企業であっても、金融やサプライチェーンから取り組みのプレッシャーを強く受ける状況にある。

同時に、地政学的なリスクが高まりを見せ、特に人権問題、経済安全保障問題などに起因する一部リスクの顕在化は、サプライチェーンの地理的な集中構造の見直しを企業に迫っている。さらにCOVID-19対応下では、加速度的なデジタル化の波が生み出され、ITシステムは日常的なサイバー攻撃にさらされている。過去に経験したことのないような大災害や、再び新たな感染症に世界が見舞われるリスクも高まっている。

このような外部環境の変化によってもたらされるストレスを受容し、吸収できる適応力を企業が保有する必要に迫られている。「コーポレート・レジリエンスの向上」とは、まさにこの企業とその事業を持続する能力を高め、レジリエンスを企業に実装していく取り組みを指している。

「レジリエンス」の意味は、物理学や、心理学、そして社会学など多方面の学問分野で論じられてきている。今日、人材(または個人)にとどまることなく、企業(または組織)が有しておくべき能力としても用いられるようになってきており、企業競争力を高めていく上でも重要な能力と言える。しかしながら、ビジネスの文脈で語られるとき、しばしばリスクマネジメントや危機管理、あるいは事業継続マネジメント活動といった話に限定されてしまったり、経営資源やサプライチェーンの冗長性や多様性の確保、あるいは共創や戦略的なルール・メイキングなど事業戦略上のアプローチ面から整理されたりと、必ずしも統一的な見解は確立されていないのが実情と思える。

企業へのレジリエンス実装を定義づける「物差し」が未確立なままに企業基盤の強化にやみくもに取り組んでも、単発的な対応にとどまり、漏れの生ずる恐れがある。

「レジリエンスを獲得する」ということは、非レジリエントな状態をレジリエントな状態へと変えていくことに他ならない。故に筆者らは、企業のレジリエンスの「度合い」そのものを客観的に評価することは困難と考えている。そのため企業が具体的にレジリエンスを実装していく上では、外部から受けるストレスに応じ、これを発揮すべき状況(局面)を定義することによって、それら状況下で「非レジリエントな現状」を段階的に克服していく取り組みが有効と考えている。

コーポレート・レジリエンスが対象とする3つのフェーズ

企業が外部環境から受けるストレスは、その大きさと発現の時間の二軸により、模式的に「突発的なストレス」「急速なストレス」「持続的なストレス」の3つに分類できよう(図1)。
図1 環境の変化が企業へ与えるストレス
図1 環境の変化が企業へ与えるストレス
出所:三菱総合研究所
第1に、事件・事故・災害の発生などによりもたらされる「突発的」なストレスが挙げられる。極めて深刻であるが十分に起こり得ると考えられる被害シナリオを考慮する必要があり、日本においては発生の可能性が高まる巨大地震や、近年頻発する集中豪雨などの大規模自然災害と言えば想起しやすいだろう。

本ストレスは、短期間に甚大なインパクトを企業へ及ぼす。本ストレスへ備える取り組みをフェーズ1と呼ぶことにする。企業が最大限の対策を講じたとしても、単独での対応には限界もあり、必ずしも自助のみで対策を担保することはできない。

第2に、ある期間に一定の方向へ「急速」に変化するストレスへの対応にも企業は取り組む必要がある。

新型コロナウイルス感染症などのまん延による非接触な世界への急激な変化やデジタルへの依存度合いの急速な高まりは、市場や取引先から求められる制約ともなり、自ら変革することで強みを発揮していく場ともなる。

人権問題、各国・地域間の対立構造の激化、武力衝突などの地政学的なリスクは、急速に変化するストレスになりうる。リスクへの対応次第では、資源の確保や価格、今後のビジネスの取引先や市場の選択に大きな影響を与える。

日常的に攻撃にさらされるITセキュリティに関しても、IT部門は絶えず知見を最新にアップデートし続けなければならない。このように、社会を取り巻く環境変化、あるいは社会的な制約環境の変化を見極めることを通じて、企業は適応のスピード力が問われる。こうした対応をフェーズ2と位置づける。

さらに企業には、「気候変動問題や生物多様性への適合」を始めとする、さまざまな「持続的」なストレスが降りかかっている。このストレスによってビジネスが必ずしも直ちに立ち行かなくなる訳ではない。またこのストレスは、外圧として受動的な姿勢で「受け止める」にとどめることなく、事業によってその解決を図る社会課題ともなる。

持続的なストレスへの対応には、新たなビジネスモデルや働き方についての中長期的な構想力が求められる。そして多様なアイデアを生み出し、サステナブルな企業を実現するためには、企業基盤の形成が重要になる。「良い事業を生み出すための良い組織づくり」、これをフェーズ3の取り組みと定義する。

ただし、欧州が政策的に先行させてくる環境規制などには注意が必要である。これによりもたらされるストレスが一定の水準を超えた場合、「組織づくり」をする時間的な余裕などなく、イシューとしてフェーズ2の範疇で対応しなければならない。

併せて企業は、いまだはっきりとストレスとして認識していないエマージング・リスク発現の可能性について、常に意識しておく必要がある。

企業としては、突発的な環境変化ストレス(フェーズ1)へ備えるために、ストレスによって生ずる自社事業のボトルネックを見極め、解消を図ることが1番目の目標となる。急速な環境変化への対応(フェーズ2)では、一企業集団からサプライ(あるいはバリュー)チェーン全体へ管理意識を拡大し、相互依存性をひもとくことが必要になる。その中で、事業が持つ制約条件からの解放を実現すべくオペレーションの改革を推進することが2番目の目標と言える。

そして持続的な環境変化ストレスに適応すべく、サステナブルな企業を実現する土台となる「ビジネスモデル変革を創出する組織基盤」の形成を目指すことが、企業へのレジリエンス実装の3番目の目標と考える(図2)。
図2 コーポレート・レジリエンスの3つのフェーズ
図2 コーポレート・レジリエンスの3つのフェーズ
出所:三菱総合研究所
このように、3つのフェーズ定義によって企業がレジリエンスを発揮すべき局面を分類することができる。この分類に応じて、企業が強化対象とすべき異なるマネジメント基盤の要素を見いだすことができる。企業が受けるトータルのインパクトは、フェーズ2、フェーズ3へ進むほど不確かで、影響範囲も見えにくくなる。最終的にフェーズ1以上の大きさへと積み上がり、対策も複雑化する可能性がある。特に価値創造基盤形成の重みが増していくにつれて、具体的なイシューへの取り組みを支える日常的な組織文化・風土、社員などの意識、制度・仕組み・業務プロセスの在り方の重要性が増すものと考えている。

企業のレジリエンスレベル向上のために

「企業がレジリエンスを発揮する」ことは、短期的な時間軸の中で生じる外的なショックから事業を立ち直らせることに限定されるものではない。長期的な時間軸上でストレスを吸収するための組織的な能力を含むものと捉えている。

当社の考えるコーポレート・レジリエンスの向上とは、突発的、急速、持続的な三様のストレスへの対応を包含する。異なるフェーズのそれぞれに対して適切な対策を講じる段階的な取り組みを通して、企業の防護基盤と同時に価値創造基盤の形成を目指し、企業のレジリエンスのレベルを高めていくものと整理している。

コーポレート・レジリエンスのフェーズによって、企業が強化対象とするマネジメント基盤の要素は異なってくる。

例えば、「経営の関与に基づく企業スタンスの構築と浸透」「ステークホルダー・エンゲージメントの推進」「レピュテーションの評価」「インシデントの管理と分析」「学習と改善への組織的な取り組みプロセスの強化」といったマネジメント・システムは、全てのフェーズへの共通の基盤強化の取り組み要素として挙げられよう。

一方で、「リスクモニタリングの実践や危機管理体制の構築・強化」「オペレーショナル・レジリエンスの獲得」「デジタル化の推進とセキュリティ基盤の確保」「ダイバーシティ&インクルージョンの実現」「人事諸制度の改革」「パーパスの浸透と従業員エンゲージメントの向上に向けた取り組み」などは、企業が今、自らに求めるフェーズを見定めることによって、強化の取り組みの方向性がより明確になる施策となろう。

コーポレート・レジリエンスの向上により、優れた事業を生み出し持続するための優れた組織基盤の形成を目指す。この土台の上で、DX、人材マネジメント、国難級の災害への備え、サプライチェーン全体でソフトロー(時にハードロー)の潮流に応える姿勢といった、今日求められる主要成功要因(KSF)を取り込むことが、レジリエントかつサステナブルな企業を実現する近道ではないかと考える。

本コラムで述べた三様のストレスへ立ち向かうべく、当社はこれまでのエンタープライズ・リスクマネジメントのコンサルティング実績から得た知見を結集させ、広くコーポレート・レジリエンスの向上を支援していきたいと考えている。第2回以降では、外部極大ストレスに対するレジリエンスの発揮や、コーポレート・レジリエンス発揮の基盤となる要件、中長期的にコーポレート・レジリエンスを実現する組織像などについて理解を深めていきたい。