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デジタル赤字拡大は悪いことなのか?

目指すべきは「日本の強み」と「デジタル」の融合

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2024.4.25

政策・経済センター西角直樹

綿谷謙吾

情報通信
国際収支におけるデジタル関連サービスの赤字である「デジタル赤字」という言葉がメディアで頻繁に報じられるようになった。近年急速に赤字幅が拡大した項目であること、日本のデジタル競争力の弱さを象徴していると考えられることなどが注目される要因だが、そもそもデジタル赤字は日本経済にとって「悪」なのだろうか。本コラムでは、国際収支統計や輸出競争力指標の詳細な分析を基に、デジタル赤字が意味する真の課題と日本が進むべき進路を明らかにする。カギとなるのは「日本の強み」と「デジタル」の融合だ。

10年で2倍以上に拡大したデジタル赤字

日本の国際収支における「デジタル赤字」が拡大している(図表1)。日本銀行のレポートを参考に、デジタル関連収支※1を集計すると、2023年のデジタル関連収支は、▲5.5兆円の赤字となった。現在の統計基準を基にデータをさかのぼることができる、2014年(▲2.1兆円)と比較すると、10年間で赤字額は2倍以上に拡大している。
図表1 日本のデジタル関連収支と主な項目
日本のデジタル関連収支と主な項目
注:デジタル関連収支の定義は、松瀬他(2023)図表2に基づく。
出所:財務省・日本銀行「国際収支統計」、日本銀行資料などを基に三菱総合研究所作成
デジタル赤字の規模は国際収支全体からみるとどの程度だろうか? 2023年の財貿易(モノの輸出入)の収支と比較すると、日本が海外からの輸入に依存している原料品(非鉄金属鉱や鉄鉱石など、▲5.6兆円)と同程度の赤字規模である。加えて、同じサービス収支の項目であるインバウンドによる黒字(旅行収支、+3.6兆円)よりもデジタル赤字が大きく上回っている状況だ。デジタル赤字の規模は日本経済にとっても、無視できない大きさとなりつつある。

デジタル赤字が拡大した背景には、GAFAM※2を代表とした海外のビッグテックのサービス利用拡大がある。例えば、デジタル関連収支に含まれるOS分野(著作権など使用料)では、PC向けではMicrosoft、スマートフォン向けではApple、Googleが圧倒的シェアを有する。また、インターネット広告(専門・経営コンサルティングサービス)は、検索サービスやSNS、動画視聴と連動しており、ビッグテックの市場シェアが高いと予想される※3。クラウドサービス(通信・コンピュータ・情報サービス)では、Amazon、Microsoft、Googleの3社で、世界のクラウド市場の6割超のシェア※4を有しており、日本市場においてもシェアが高い。日本においてこれらのサービスの利用が増えれば増えるほど、海外への利用料支払いが膨らみ、デジタル赤字が拡大することになる。実際に、クラウドサービスが含まれる、「通信・コンピュータ・情報サービス」の日本の支払先をみると、米国向けが最大となっており、2022年時点で1兆円超の支払いとなっている他、Googleのアジア拠点があるシンガポール向けの支払いも大きい(図表2)。
図表2 日本の通信・コンピュータ・情報サービスの支払先
日本の通信・コンピュータ・情報サービスの支払先
注:2023年は三菱総合研究所予測。日本の国際収支統計の地域別データでは、デジタル関連収支の項目のうち「通信・コンピュータ・情報サービス」のみ取得可能。また、地域別のデータに、ビッグテックの拠点があるアイルランド向け支払いのデータはなく、その他に含まれる。
出所:財務省・日本銀行「国際収支統計」を基に三菱総合研究所作成

デジタル赤字はデジタル化が加速した証にも

では急拡大するデジタル赤字は悪いことなのだろうか? デジタル赤字拡大による影響をまとめたのが図表3である。

まずはマイナス面について述べる。第一に、日本の輸出入の観点で考えれば、赤字の拡大は、「海外への支払い増加」=「国富の流出」につながる。第二に、日本企業の支払いが拡大すれば、研究開発や人材への投資余力も低下する可能性がある。第三に、社会の重要インフラであるデジタルサービスを特定の海外事業者に依存することのリスクもある。サービス障害発生時には、ビジネスから日常生活まであらゆる経済・社会活動に影響※5が生じる。また、一部の海外企業により市場が寡占化していることも課題である。日本向けサービスが突然停止される事態は想定しにくいものの、規約やサービス仕様、手数料などの配分に関しては事業者側が優位性を有している他、日本国内からの統制が及びにくい。
図表3 デジタル赤字拡大による影響
デジタル赤字拡大による影響
三菱総合研究所作成
一方で、デジタル赤字の拡大はマイナス面ばかりではない。プラスの面にも着目する必要がある。デジタル赤字拡大の背景には、日本の消費者や企業が便利なデジタルサービスの利活用を進めたこと、つまり「デジタル化の加速」の側面もある。

総務省「通信利用動向調査」によれば、スマートフォンの世帯保有率は9割を超えている。個人はSNSや動画視聴、ECサイトを利用し、利便性の高い生活を送ることができるようになった。また、企業のクラウドサービス利用割合は、2022年に7割を超えている(図表4)。海外への支払いが拡大しているのは、企業のクラウド導入が進展したことの裏返しでもあり、生産性向上につながっている。
図表4 企業のクラウドサービス利用割合と通信・コンピュータ・情報サービス支払い
企業のクラウドサービス利用割合と通信・コンピュータ・情報サービス支払い
注:企業のクラウドサービス利用割合は「全社的に利用している」「一部の事業所または部門で利用している」と回答した企業の合計。
出所:総務省「通信利用動向調査(企業編)」、財務省・日本銀行「国際収支統計」を基に三菱総合研究所作成
その他にも、海外のECサイトのプラットフォームを活用することで、中小企業なども海外市場に容易にアクセスが可能になり、販路拡大の機会につながっている。またクラウドなどでは、安全性やセキュリティが担保されたサービスを、自社でサーバーなどを整備(オンプレミス)する場合と比較し低コストで利用できる。これらはいずれもデジタル赤字のプラス面である。

デジタル赤字は、「赤字」という表現からマイナスのイメージを受けやすいが、企業業績の収支と異なり、国際収支項目における赤字はそれ自体が悪いわけではない。上述のように海外事業者への依存などの課題はあるが、日本のデジタル化が進んだ結果として、デジタル赤字は拡大している。デジタル赤字拡大の背景や影響を、プラス・マイナス両面から評価することが重要である。

比較優位性の高い部門とデジタルの融合図れ

海外製のデジタルサービス・インフラは日本社会にすでに浸透しており、全て国産に置き換えるのは現実的には不可能である。これから本格的な活用が見込まれる生成AIに関しても、現時点では米国企業の競争力が高い。クラウドサービスや生成AIの基盤モデルなどのデジタル基盤分野でも、米国企業が優位な状況が継続する可能性が高い。日本の個人・企業がデジタルサービスを活用すればするほど、デジタル赤字が拡大する構造は今後も続くだろう※6。その意味では、短期間でデジタル赤字の解消を行うことは困難といえる。

日本が目指すべきは「デジタル赤字の解消」ではなく、「日本の強みとデジタルの融合」である。海外事業者のデジタルサービスを活用し、付加価値の高い製品・サービスを提供することができれば、デジタル赤字が拡大したとしても、デジタル基盤分野以外の貿易で稼ぐことが可能となる。そのために日本が強みを持つ分野とデジタルを組み合わせることがカギとなる。

図表5は日本の財・サービス輸出の競争力を示したものである。日本の輸出競争力をみる指標として、顕示比較優位性指数を試算した。この指数が1を上回るとその産業は比較優位がある(貿易において相対的な優位性を持つ)ことを意味するが、デジタル関連収支に該当する「通信・コンピュータ・情報サービス」「専門・経営コンサルティングサービス」は比較優位がない(図表5 棒・赤)。一方、財貿易の品目をみると、高い競争力を有した比較優位の製品が多い(図表5 棒・青)。
図表5 日本の財・サービス輸出の競争力(顕示比較優位性、2022年)
日本の財・サービス輸出の競争力(顕示比較優位性、2022年)
注:2022年の財・サービス輸出額(名目、ドル)を基に試算。財は、2022年の日本の輸出金額上位5品目。財貿易は、HSコード2桁レベルで計算。顕示比較優位性(RCA)は各国の産業が比較優位を持っているかを示す指標であり、1を超えるとその産業は他国と比較し比較優位があることを意味する。
出所:UN Comtrade、UNCTADを基に三菱総合研究所作成
例えば、半導体製造装置を含む機械類や自動車などでは、高い競争力を維持している。日本が比較優位性の高い分野にデジタルを組み合わせることで、より付加価値の高い製品・サービスを提供し、さらに競争力を高めることが重要である。日本同様、製造業が強く、デジタル関連収支分野の比較優位が低いドイツでは、SiemensとMicrosoftが産業分野への生成AI導入で提携した。両社の取り組みでは、生成AIを活用したシミュレーション時間の削減や機器制御用のコードの効率的な生成など、生産性の向上に加え、産業用メタバースの実現を目指している。Siemensは自社での利用に限らず、ヘルスケアや運輸などの他の業界への展開も狙っている※7。これは、Siemensが持つOT系(制御システム)の強みとMicrosoftのIT系の強みを組み合わせた事例といえる。

現在、日本で活況を呈しているインバウンド(訪日外国人旅行)の分野では、人手不足が制約要因になりつつあるが、デジタルを活用することで人的リソースが限られるなかでもサービスの付加価値を高めることができる。例えば、宿泊施設などを運営する陣屋グループでは、Salesforceのクラウド基盤をベースとした「陣屋コネクト」を自社で開発し、データの自動収集や共有による業務効率化を実現、人が強みを持つ「おもてなし」に注力できる環境をデジタル技術活用で実現している※8。さらに、自社開発した「陣屋コネクト」を外販し、現在では500施設以上で導入されるなど、宿泊業という業態にとどまらず事業拡大を進めている。

デジタルを活用し、製品・サービスの付加価値を高めるには、いわゆる「攻めのDX」が必要となる。日米企業を対象にした2021年のJEITA/IDC Japanの調査によると、米国企業のDXは、「新規事業/自社の取り組みの外販化」や「新製品やサービスの開発/提供」といった「攻めのDX」が目的となっている。一方、日本企業のDXは、「業務オペレーションの改善や変革」や「既存ビジネスモデルの変革」といった「守りのDX」が中心となっている。

すでに述べた通り、日本のデジタル赤字拡大を止めることは短期的には困難である。当面は、デジタル赤字の拡大を受入れ、企業・個人が不利益を被らないよう必要な規制※9を導入しつつ、前述のドイツ製造業や宿泊事業者の事例のようにデジタルを積極的に活用し、「攻めのDX」を実現していくことが重要である。

もちろん、本来であればデジタル基盤分野でも強みを出せることが望ましい。まずは「攻めのDX」により日本の産業全体の競争力を向上させることが重要だが、さらに先端のデジタル基盤分野への技術投資も継続的に進めて、中長期的な目線でデジタル赤字の解消を図っていくことが必要だろう。

※1:デジタル関連収支の定義は松瀬他(2023)図表2の分類に基づく。日本の国際収支統計では、著作権など使用料や専門・経営コンサルティングサービスの詳細な内訳は不明であるため、厳密にはデジタル関連以外の項目も収支には含まれる。例えば、米国商務省の統計では、専門・経営コンサルティングサービスの詳細な内訳も取得可能であり、広告サービスの収支データを取得できる。また、本コラムで対象とするデジタル関連収支は「サービス」貿易の収支である。そのため、スマートフォンやパソコンなどのデジタル関連の「財」貿易の収支は含まれない。なお、デジタル関連の財・サービスの輸出入を試算したものとしては、総務省「令和5年版情報通信白書」などがある。

※2:Google(Alphabet)、Amazon、Facebook(Meta)、Apple、Microsoftの5社。

※3:国内のインターネット広告における海外企業の正確な市場シェアは不明だが、電通「日本の広告費2023」によると、国内のインターネット広告費は約3.3兆円と拡大が継続している。

※4:2023年第4四半期時点。Synergy Research Group社の調査による。

※5:なお、サービス障害発生時の問題は、海外事業者依存固有の問題ではなく、国内事業者に関しても同様である。海外クラウド事業者のサービスに限らず、国内通信事業者での通信障害は発生している。

※6:経済安全保障の観点からは、ガバメントクラウドなどの特定分野において、国産サービスの保有・育成は必要である。ただし、ビッグテックのサービスが普及した現状では、デジタル関連収支改善効果は小さいだろう。

※7:Siemens社プレスリリース “Siemens and Microsoft partner to drive cross-industry AI adoption“
https://press.siemens.com/global/en/pressrelease/siemens-and-microsoft-partner-drive-cross-industry-ai-adoption(閲覧日:2024年4月24日)

※8:陣屋グループJINYA CONNECT
https://www.jinya-connect.com/(閲覧日:2024年4月24日)

※9:例えば、EUのデジタル市場法(Digital Markets Act)では、ゲートキーバー企業(2024年3月7日の時点でGAFAMおよびByteDanceの6社)を指定し、ゲートキーパー企業が競争や消費者利益を阻害するような行動をとった場合、多額の罰金(全世界の年間売上高の最大10%、複数回の違反時は最大20%)を課す内容となっている。現在、欧州委員会は、Apple、Alphabet、Metaを対象に調査を開始している。日本においても、公正取引委員会を中心に、アプリストアやデジタル広告、モバイル、コネクテッドTVなどの市場に関する調査を実施しており、競争法上問題がある案件については対応が検討されている。

参考文献

  • 松瀬他(2023)「国際収支統計からみたサービス取引のグローバル化」、日銀レビュー・シリーズ
    https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2023/rev23j09.htm(閲覧日:2024年4月24日)
  • 電子情報技術産業協会(JEITA)プレスリリース「JEITA、日米企業のDXに関する調査結果を発表」、2021年JEITA/IDC Japan調査
    https://www.jeita.or.jp/japanese/topics/2021/0112.pdf(閲覧日:2024年4月24日)