人材

職のミスマッチを乗り越える処方箋は、“知る・学ぶ・行動する・活躍する”を循環させる「FLAPサイクル」にあり

コロナ禍によるDX加速化で、職種別インバランスの発生は早まる

人材課題に特化したチームを組成してから3年半、当社では人材分野に関する提言を8つ取りまとめています。

山藤 AIをはじめ、デジタル技術の普及・導入が進むことで一部雇用を代替すると言われ始めたのが2015年頃からですが、一方で日本の労働力人口は減少に転じています。デジタル化と少子高齢化は、全体としてどのような雇用影響をもたらすのか。2018年に行った当社の試算では、2030年の労働人口の需給バランスは全体的にはおおむね均衡するものの、職種別には大きなミスマッチが顕在化することがわかりました。具体的には、専門技術職が170万人規模で不足する一方、事務職は110万人規模で余剰となる可能性があるのです。
さらに、コロナ禍によってデジタル技術の普及が加速化したことで需給バランスが崩れるタイミングはさらに早まるとも考えられています。これらのインバランス、すなわち「職のミスマッチ」を解消するようなキャリアシフトが人材課題の解決には不可欠です。
2030年時点での産業別・職業別の労働需要増減
2030年時点での産業別・職業別の労働需要増減
出所:三菱総合研究所

当社では職種別の就業者を「人材ポートフォリオ」として図表化し、公表していますね。

山藤 専門職は非常に幅広い分野にまたがっており、データサイエンティストのようなデジタル人材もいれば、教師や医療関係者もいます。私たちはこれらさまざまなタイプをわかりやすい形で可視化すべく、2軸・4象限でマッピングし人材ポートフォリオとしてまとめました。
分類ベースとなっているのはAutor, Levy and Murnane が提唱した仕事をタスクで捉えるタスクモデル。あらゆる職種をルーティン(定型的)/ノンルーティン(創造的)、マニュアル(作業的)/コグニティブ(分析的)という2軸で分類しています。日本はノンルーティン職の割合が低く、アメリカは日本の1.5倍、イギリスは2倍のノンルーティン職シェアを持っています。一方、ルーティン化しやすい職種ほど機械に置き換えやすく、余剰人材になりがちです。
これらの分析結果から、日本ではデジタル人材や創造的なタスクをこなす人材をいかに増やしていくかが最大の課題と考えられます。
タスクモデルに基づく日本の人材ポートフォリオ(2015年の職業別就業者数)
タスクモデルに基づく日本の人材ポートフォリオ(2015年の職業別就業者数)
注:図中の職業者数は国勢調査ベースの数値である。
出所:米国O*NET、総務省「国勢調査」より三菱総合研究所推進

人材に求める質と、人材が持つ経験を同じ軸で可視化

日本固有の社会背景も、人材課題に大きな影響を与えています。

山藤 「メンバーシップ型」と分類されることもある日本の雇用システムは、新卒一括採用や年功序列型賃金、終身雇用といった一連の制度によって支えられてきました。それらは相互補完の関係にあるため、部分的な対応ではなかなか求められる領域への人材移動を促すことができません。そこでMRIでは、職務(タスク)の可視化に着目し、雇用システムの構成要素をより職務と連動する形に修正していく、タスクを起点とした人材活用への変革を提言しています。

その目的はどのようなところにあるのでしょうか?

山藤 人口そのものが減少している今、人材流動化を促進し、職のミスマッチ解消を図ることが急務です。一方で、いくら人材側の意識が流動化へとシフトしても、企業側の意識が追いつかなければ需給バランスが崩れたままになってしまいます。
ミドル・シニア層の転職希望者を「定年が近い」というリスクから判断するのではなく、ポテンシャルを純粋に見ることで柔軟に配置できれば、職のミスマッチは解消されるはずです。

これらの提言を、横山さんらが事業開発へと落とし込んでいますね。

横山 転職市場では、企業が求める人材の質と、従業員や求職者の持つ経験を「同じ軸で可視化」することでマッチング精度が高まります。
例えば、マーケティング職と一言で言っても、「市場分析」「戦略策定」「プロモーション活動」「ウェブマーケティング」等々、職務は多岐にわたります。その中で、企業が要求する職務、あるいは個人が経験してきた職務の種類・レベルは実にさまざまです。一方、企業は往々にして自社が求める人材要件を具体的な職務として表現できておらず、個人もまた言語化することに慣れていません。これがミスマッチの原因ととらえました。そこで、職業別に定義された職務リスト(職業辞書)を用い、企業も個人も同じ辞書を見て、自らの求人、自らの経験を表現し、これをつきあわせてマッチングできるツールを提供しています。いわば、「職の共通言語」を用いたミスマッチ解消への試みです。

職のミスマッチを防ぐ「FLAPサイクル」とは

MRIでは「FLAPサイクル」を回すことを提言していますね。

山藤 人材をノンルーティン型タスクへとシフトする策として提唱しているのが「FLAPサイクル」です。「知る(Find)」、「学ぶ(Learn)」、「行動する(Act)」、「活躍する(Perform)」の頭文字をとった、MRI独自の造語となっています。終身雇用が前提のメンバーシップ型雇用では企業外への人材移動や、スキルアップを支えるインフラ整備がされていないことが障壁となり、FLAPサイクルをスムーズに回すことができません。そこでまずは暗黙知の共有化、すなわち企業間をまたいだ「職の共通言語」を整備することで「Find」につなげられないかと考えています。
例えば部長経験者ならではのマネージメント能力を、具体的にどんなタスクに落とし込めるかを設計し、企業が定量的に照合できるようにすることでミドル・シニア人材の需要が掘り起こせます。
FLAPサイクル
FLAPサイクル
出所:三菱総合研究所
横山 当社ではこのFLAPサイクルの実装に取り組んでいます。まずは、「職業辞書」として、アメリカの職業情報データベース「O*NET」を活用し、人材のマッチングツール「JOBMINEs(ジョブマインズ)」を人材事業者向けに提供しています。JOBMINEsは、JOBという職務の束に着目し、自社にとっての、私にとってのという意味のmineと、よいJOB、よい人という「宝物を掘り起こす」という意味のmineをかけあわせたものです。
JOBMINEsは、日本用にアレンジしたO*NETを共通言語としてマッチングしたうえで、個人が不足している経験を具体的に特定し、これをリスキリングにつなげられるのも特徴です。すなわち、共通言語を用いて自社の求める人材や自身の経験を知り(Find)、転職により新たな場を獲得し(Act)、あわせてそこで活躍できるためのリスキリングも行う(Learn)、といったジャーニーを目指しています。
また、現職とは異なる仕事でも、これまで培ってきた経験を生かせる職務はあります。JOBMINEsは、異なる職務間の親和性を算出し、過去の経験を生かせる新しい仕事を推奨することができます。これにより、より成長性のある求人に人材をシフトさせていくことを狙っています。
なお、日本でもアメリカのO*NETにならった日本版O-NET(愛称:jobtag)が公開されています。JOBMINEsで用いる辞書も、今後、日本版O-NETの成果も活用していく予定です。
山藤 これらのツールも使いながら親和性が高いスキルや可能性を示すことで、多くの人材がネクストステップに進むきっかけになると思います。

DX・GXに対応するには「3つのキャリアシフト」が必要

当社はポストコロナ時代に目指すべき社会を「レジリエントで持続可能な社会」と位置付けていますが、それは人材についても同様です。DX・GXは今後の産業構造における2大潮流と見込まれ、それに則した人材が求められています。

山藤 DXとGXは、いずれも大きな変革(トランスフォーメーション)をもたらしますが、両者が雇用に与える影響は様相が異なります。先に申し上げた通り、DXの雇用影響の本質はルーティンタスクの機械代替であり、非定型で創造的なタスクのニーズ増加です。そこでは職業のタスク構成が変化し、人間ならではのタスクをこなすためのリスキリング(在職中を基本とするスキル更新)が必要となります。
一方、GXではルーティン/ノンルーティンを問わず、幅広い産業で脱炭素化に向けた職業の転換が起こります。電力産業では火力関連職種のニーズが減少する一方、再生可能エネルギー関連の雇用は大きく拡大する。自動車産業では、内燃機関に関する職種に代わって、電池やモーター関連の職種の需要が拡大する。DXでは既存スキルセットをベースとしたキャリアシフトが主体となりますが、GXではときに職種、業種、産業をまたぐようなキャリアシフトを余儀なくされるものと見込まれます。
山藤 定量的なエビデンスを用いて大局的な視点から将来モデルを提示し、それが雇用面と人材面でどういう影響を及ぼすかをスターティングポイントにする必要があるでしょう。それこそがMRIの強みでもありますし、その上でどんな人材をどこから動かせばいいかを提示できれば、必要となる政策・制度変更についての議論をかぶせられるようになります。

DX・GXの実現に向け、当社は小刻みに継続的な学び直しをする「ワンノッチ・キャリアシフト」に加えて「再チャレンジ型」、「創造人材育成型」を提唱していますね。

山藤 現職スキルをベースとした「ワンノッチ型」、新たな成長領域で活用できるスキルを得る「再チャレンジ型」、変革をリードする人材の育成を意識した「創造人材育成型」の3種類にキャリアシフトを分類したうえで、それぞれに適した「Learn」が必要であると提言しています。
再チャレンジ型の場合、「内燃機関の設計に長年携わってきたエンジニアが持つこの要素技術は、実はEV開発に必要なこの工程で活かせる可能性がありますよ」といった可能性と学ぶ機会を提示することで、業界をまたいだ流動化、つまり労働マーケットへの接続チャンスが増えます。こうした提言を積み重ねることで、2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂(金融庁および東京証券取引所が共同策定したガイドライン)において、人的資本に関する情報開示が新たに盛り込まれたように、国の具体的な施策へとつながるはずです。
横山 「共通言語」のよいところは垣根を越えられる点です。私たちはまず、転職市場に着目しましたが、その先には、企業内の人材マネジメントや教育研修といった、人の成長につながるあらゆるシーンでFLAPサイクルを定着させたいと考えています。

PROFILEプロフィール

インタビューアー

  • 上田 啓行
    上田 啓行
    キャリア・イノベーション本部 本部長
    全社連携事業推進本部 人財分野VCPマネージャー
    「働き方」「学び・教育」「キャリア」に関する政策支援、先進技術を活用したサービスを主導。また人材分野の全社連携リーダーとして、提言から社会実装までのプロセス間の連携を図り、新たな価値創造を推進しています。

インタビューイー

  • キャリア・イノベーション本部
    事業創造グループ 特命リーダー
    キャリア、教育分野に関する政策支援、先進技術を活用したEdTechサービス事業開発などの実績多数。未来を構想し、具体的アジェンダを設定、パートナーシップで実現していくことを念頭に取り組んでいます。
  • 政策・経済センター 研究提言チーフ
    人材、労働、社会保障分野の政策提言、シミュレーション分析など実績多数。技術進歩が働き方や健康に及ぼす影響を定量的に分析し、中長期的な社会経済のあるべき姿を提言すべく日々取り組んでいます。

Our Efforts

「人材」分野のコンセプト

MRIは、人材にかかる政策や制度に関する提言、調査研究・コンサルティング、先進技術を活用したサービスを展開。労働人口の減少やデジタル革命により深刻化する「職のミスマッチ」解決のための提言、課題解決に取り組んでいます。

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