マンスリーレビュー

2022年4月号特集1人材デジタルトランスフォーメーション

DX・GX実現に向けたキャリアシフト

2022.4.1

政策・経済センター山藤 昌志

POINT

  • DXとGXの人材需要への影響はいずれも大きいが、内容は対照的。
  • 来るべき産業構造変化には複数のキャリアシフトの組み合わせが必要。
  • コーポレートガバナンス改革と積極的労働市場政策への転換を進めよ。

ポストコロナ社会における2大潮流

新型コロナウイルス感染症は私たちの生活を一変させた。中でも顕著なのが、デジタル社会構築に向けた切迫感の高まりだ。リモートワークやペーパーレス化、キャッシュレス決済が身近なものとなる一方、行政デジタル化の遅れによって、困窮した人たちへの支援が他国よりも大幅にずれ込んでいる実情が浮き彫りになった。デジタルトランスフォーメーション(DX)と呼ばれる企業、産業、社会全体を巻き込んだデジタル社会実現への変革は、大きな潮流となっている。

そして、コロナ禍で加速したもう一つの潮流が、グリーントランスフォーメーション(GX)と呼ばれる、脱炭素化を実現するための社会変革だ。日本では2020年10月に菅前首相が2050年までのカーボンニュートラル(CN)実現を宣言し、翌2021年秋の第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)は、世界的なCN推進の機運をさらに高めた。GXはポストコロナ社会の基本理念として、私たちの生活に大きな影響をもたらす。

DX・GXは、今後数十年にわたって産業構造を変化させる2大潮流になると見込まれる。しかし、日本の現状を見ると、その実現が危ぶまれる状況がある。その大きな要因が、成長領域に向けた人材流動性の低さ、そしてDX・GXをリードするスキル獲得に向けた人的資本投資の低さである。

雇用影響に見るDXとGXの違い

DXとGXは、いかなる人材需要や求められる人材像の変化をもたらすのか。ここではまず、当社の将来シナリオに基づくDX・GXの雇用影響を、定量的な試算結果とともに概説する。

(1) DXの雇用影響

MRIマンスリーレビュー2021年6月号※1でも指摘したとおり、デジタル技術の普及は定型的な業務(タスク)の機械代替を進め、非定型でより創造的なタスクのニーズを増やす。DXに伴う雇用影響は、雇用者数に換算すると職業分類別に100万人規模のインパクトをもつが(図の左側)、ここで起こっていることの本質は、職業の変化ではなく職業の中の「タスク構成の変化」だ。

ペーパーレス化による事務職のコピー作業削減や、飲食店でのセルフオーダーシステム導入による注文業務軽減、生産現場でのモデルベース開発※2を通じた実機製作工数の削減など、デジタル技術はさまざまな定型タスクから働き手を解放する。

そして、デジタル活用で空いた時間を使って、働き手はRPA※3の設計や顧客満足度の向上、ユーザー体験を高めるものづくりの追求など、人間ならではのタスクを遂行する。DXは、職業そのものをなくすのではなく、職業のタスク構成を変化させ、AIなどの技術を通じて働き手に、より人と向き合える時間を提供することとなる。

このように、DXの雇用影響を特徴づけるのは、デジタル技術を活用し、既存スキルをベースとするリスキリング(在職中を基本とするスキル更新)であり、そこで求められるのは恒常的な「スキルのシフト」だといえよう。
[図]2030年時点の雇用に対するDX・GX影響予測(職業分類別)
[図]2030年時点の雇用に対するDX・GX影響予測(職業分類別)
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出所:三菱総合研究所

(2) GXの雇用影響

一方、GXはいかなる雇用影響をもたらすのか。今回は、2050年のCN達成に向けて需要側・供給側の両方で変革が起こるという前提のもと、当社が開発したエネルギー需給モデルと、早稲田大学の拡張産業連関表を用いて雇用影響を推計した。この結果、2030年時点でのGXによる職業分類別の雇用影響は、DXの雇用影響とは大きく様相が異なることが判明した(図の右側)。

第1の特徴は、影響が数十万人規模とDXよりも小さいものの、幅広い職種で雇用が純増になること。これは、社会全体での大幅な電化や再生可能エネルギー普及拡大に伴い、洋上風力などの発電設備の製造・建設関連の雇用増が見込めるほか、エネルギー需要側でも省エネ化に伴って関連機器製造による雇用増が見込めることに起因する。

ただし、今回の試算には、GXの対象事業におけるDXの雇用影響は含まれていない。DXを含めたトータルの雇用影響では、事務職や販売・サービス職を中心に、無人化や省人化などに伴う雇用減のインパクトが加わる。

第2の特徴は、業種や職種による雇用増減の違いが大きいこと。例えば、電化や再エネ拡大が進展する電力関連産業は全体として雇用増となるが、火力発電所オペレーターのような火力関連職種のニーズは激減する。他方、EV(電気自動車)シフトが進み内燃機関や部品が減る自動車産業や高炉の縮小を迫られる製鉄業では全体の雇用インパクトはマイナスとなるが、その中でもモーターや燃料電池、水素還元製鉄といった、CNを支える成長領域における雇用は増加が見込まれる。

ここで見られるGXの雇用影響の特色は、脱炭素社会の実現に必要な成長領域における職業ニーズ増と、化石燃料をベースとした旧来型産業における職業ニーズ減の同時発生であり、職業そのものの顔ぶれの変化だ。そして、そこで求められるのは、成長領域でのスキル獲得を目指したリカレントであり、時に離職を伴う大規模な人材移動発生が予見される。

DX・GX実現に必要なキャリアシフト

デジタル技術の導入・普及に必要となる「学び」や「行動」のあり方として、当社は「ワンノッチ・キャリアシフト」という、小刻みで継続的な学び直しの形態を提唱している。これは、マイクロラーニング※4やeラーニング、MOOC※5などを含む時間的・金銭的な受講負担が軽い日常的な人的資本投資であり、働き手の既存スキルをベースとした、在職を基本とするリスキリングだ。

しかし、先に示したGXを含めた産業構造変化やそれに伴う雇用影響への対応を考えると、ワンノッチ型のリスキリングでは賄いきれない、より大きな人材移動を伴うキャリアシフトが必要となる。次に示すような追加的なキャリアシフト類型を含めた重層的な人的資本投資を行うことによって初めて、DX・GXを実現する人材のポートフォリオを形成することが可能となる(表)。
[表] DX・GX実現に必要となるキャリアシフト類型
[表] DX・GX実現に必要となるキャリアシフト類型
出所:三菱総合研究所
第1に、GXへの対応を意識した「再チャレンジ型」のキャリアシフト。これは、GXが迫る成長領域に向けた人材移動をバックアップすることを目的とした、比較的移動負荷の高いキャリアシフト類型である。GXの雇用影響で業種・職種をまたいだ数万から数十万人規模の人材移動が余儀なくされるため、再チャレンジ型のキャリアシフトは企業単体や単一業種内で完結できない可能性が高い。新たな能力開発にかかる期間も、半年から数年にわたる専門職業訓練が必要となり、一時的な離職を含む社会コストの発生が見込まれる。このため特集2では、在職時からの能力開発支援や政労使が連携した戦略的な労働移動支援が不可欠となる点を解説した。

第2に、大きな産業構造変化を先導する人材の育成を意識した「創造人材育成型」のキャリアシフト。こちらは、量的なインパクトは大きくないものの、従来のビジネスモデルの転換を伴うDX・GXの実現に必要な中核人材・変革人材を育てるキャリアシフト類型として、非常に重要な位置付けをもつ。狭い専門領域にとらわれない知の統合や、従来の専門性とは大きく異なるスキルセットの体系的獲得を伴うため、留学や社会人大学院での高等教育、戦略的出向などを通じた長期の学びが必要となる。ここでは、産官学の壁を越えた「共創の場」の構築とともに、企業がいかに本気になって経営資源を投入するかがポイントとなる。

ワンノッチ型、再チャレンジ型、創造人材育成型という3つのキャリアシフト類型は、来る産業構造変化に対応する上で、いずれも欠かせない人的資本投資のかたちとなる。私たちは、社会全体でこの3類型を組み合わせた人的資本投資を実現する枠組みを作らなければならない。

「内と外のFLAPサイクル」を融合せよ

DX・GX実現に向けたキャリアシフトの枠組みを構築する上で重要となるのが、「知る(Find)」「学ぶ(Learn)」「行動する(Act)」「活躍する(Perform)」のFLAPサイクルを社会全体に浸透させる視点だ。特に、今回提示した再チャレンジ型や創造人材育成型のキャリアシフトを活性化する上では、FLAPサイクルを企業内や外部労働市場で独立させず、企業内外のFLAPサイクルを融合させることがポイントとなる。

まず、「知る」について。2021年6月のコーポレートガバナンス・コード※6 改訂で人的資本に関する情報開示が盛り込まれたが、ここでは自社の経営戦略を実現する人材戦略を、外部のステークホルダーが理解できる共通言語で開示することが求められる。このため特集3では、企業内の人材可視化ツールであるタレントマネジメントシステムを活用しつつ、外部が理解可能な人材要件の明確化も必要である点を詳しく解説している。

次に、「学ぶ」について。学びで大事なのは、共創の場での暗黙知の共有化だ。なぜなら、大企業、中小企業、ベンチャー企業が共通言語で話せなければ、産業構造を転換するイノベーションは起こせないからだ。このため、今回紹介したキャリアシフト類型における教育訓練は、いずれも企業ごとに特殊なスキルではなく、汎用的・企業横断的なスキル習得を前提としている。

そして、「行動する」について。雇用維持を旨とする日本の雇用政策は、成長領域への人材移動を後押しする積極的労働市場政策へと、大きく転換しなければならない。働き手が安心して前向きに成長領域に向かって行動できるよう、行政は能力開発とセーフティネットの連動、企業は能力開発と報酬体系の連動といった枠組み作りに着手すべきだ。

最後に「活躍する」について。前出の施策は、働き手が納得し、共感して初めて定着する。個人が能力を発揮し、真に輝くためには、経営者が強くコミットして、人材が活躍するための理念を語り、実践しなければならない。行動に向けて、私たちに残された時間は決して長くない。

※1:MRIマンスリーレビュー2021年6月号「人的資本を高めるための人材戦略」。

※2:モデル化やシミュレーションを通じ、検証を行いながら設計開発を進める手法。

※3:ロボットが肩代わりするかのように、コンピューター上の定型業務を自動で大量に一括処理するソフトウエア。

※4:5分程度の短時間で受講できる「マイクロコンテンツ」による新しい学習スタイル。

※5:Massive Open Online Courseの略。インターネット上で誰もが無料で受講可能な講義。

※6:金融庁と東京証券取引所が共同で策定した法的拘束力のないガイドライン。