マンスリーレビュー

2021年6月号特集1人材

人的資本を高めるための人材戦略

2021.6.1

政策・経済センター山藤 昌志

POINT

  • デジタル革命がもたらす職のミスマッチ拡大はコロナ禍で加速。
  • 「人間ならでは」のスキル獲得に向けた人材要件の可視化が必要。
  • FLAPサイクル浸透のため行政・企業・個人それぞれが行動を。

1.求められる人的資本向上と雇用システム改革

2016年の世界経済フォーラム(ダボス会議)で「第四次産業革命」が取り上げられて以来、デジタル革命の雇用への影響は世界的な関心事として議論されてきている。

また、新型コロナウイルス感染症は技術革新と産業構造変化のスピードをさらに速めており、それに伴って労働需要と求められる人材要件の変化も加速している。こうした中、人的資本をどのように高めていくかは企業のみならず、社会全体にとって、これまで以上に重要な課題となっている。

従来の日本型雇用は、雇用を維持しつつ企業内で人材育成を進めるかたちで、経済成長と社会の安定をもたらしてきた。しかし、変化が激しい時代において技術革新を取り込み、破壊的イノベーションを生み出していくには、雇用システムも変化を余儀なくされる。

現下のコロナ禍での雇用安定は引き続き重要な政策課題となるが、ポストコロナを見据えた対応として、ニーズが高まる領域への人材シフトを促すよう、行政・企業・個人が、必要な布石を打たなければならない。

2.デジタル革命が人材需給にもたらす影響

(1) デジタル革命がもたらす雇用インパクト

デジタル革命は、雇用にいかなるインパクトを及ぼすのか。2018年に当社が行った技術シナリオ予測では、AI、IoT、ロボティクスなどの技術普及により、2030年までに全産業で約400万人分の新たな雇用が生まれる半面で約730万人分の雇用が機械に代替される。約330万人の雇用が純減するかたちとなるが、労働市場全体で考えれば、少子高齢化に伴い、需給は2030年時点でおおむね均衡すると予想される。

ただ、職種別で見ると、大きな過不足が生じる。上記の予測では2030年時点で事務職の余剰が120万人程度となる一方、専門技術職の不足は170万人規模に達する(図1)。
[図1] 日本の労働需給バランス(2015年起点)
100万人規模の人材シフトがなければ、日本経済はデジタル技術を取り込みつつ成長力を確保することができなくなる予兆が、すでに見え始めているのだ。

(2) コロナ禍で加速する職のミスマッチ

さらに、コロナ禍での非接触・遠隔化・省人化への要請は、デジタル技術普及を早める。先の予測の前提では、技術が社会実装されるのに要する期間を約10年としているが、遠隔化技術をはじめとした一部のデジタル技術導入のスピードは、コロナ禍で急激に速まっている。

こうした状況を踏まえ、コロナ禍で導入が早まると見込まれる技術シナリオの普及速度が2倍になったと想定して、労働需給バランスへのインパクトを試算した。この結果、事務職を中心とする人材の余剰が2020年代前半から高まり、全体の労働需給バランスが余剰に転換するタイミングも5年程度早まるという試算結果が得られた。

3. 人材可視化とワンノッチ・キャリアシフト

(1) 求められるのは「人間ならでは」のスキル

職のミスマッチ解消に向けて、人的資本をどのように充実させていくべきか。米国の職業情報データベース(O*NET)が保有する職業特性情報を用いて、今後ニーズが高まる職業に求められる人材要件を探った。すると、2030年にかけて需要が高まる専門技術職や管理職には、独創性や社交性、意思決定、分析的思考、革新性など、いずれも機械に代替されにくい「人間ならでは」のスキルがより多く求められることが分かった。

一方、機械に代替される可能性が相対的に高い事務職や生産・輸送・建設職は、定型的なタスク(職務)の割合が高く、人間ならではのスキルが求められる度合いが低くなっている。

無論、職業は数多くのタスクから構成されるため、職が丸ごと機械に代替されることはなく、一部の定型的タスクが機械化されると考えるのが現実的だ。職のミスマッチ解消に向けては、職をタスクに切り分け、タスクごとに必要となるスキルを可視化した上で、人間ならではのスキルを活かせるタスクの割合を高めていくことが重要となる。

(2) 小刻みで継続的な学び直しが鍵

当社では、タスクとスキルを可視化し、小刻みで継続的な学び直しを通じて人間ならではのスキルを獲得するようなキャリア形成のあり方を「ワンノッチ・キャリアシフト」と呼んでいる。

例えば、介護に携わる人がタブレット端末を使って、さまざまなセンサーが自動収集した要介護者の体調データなどを確認しつつ、心のケアを含む人間ならではの介護サービスに注力する。従来の事務フローを可視化し、自動化可能な作業にRPA※1を導入した上で、より高度な作業に人手を振り向ける。総務部の経験が長い人材が、情報セキュリティ管理の知識を習得することで企業内CSIRT※2の一員として活躍する。

定型的なタスクを少しずつ自動化しながら、機械に代替されない人間ならではのスキルに磨きをかけ、小刻みで継続的に人的資本を蓄積することは、職業や就業形態を問わず実現できるはずだ。

4. 職のミスマッチ解消に向けた人材戦略

ワンノッチ・キャリアシフトを実現するために、どのようなアクションが必要か。職のミスマッチ解消に向けた要諦として、当社は「FLAPサイクル」の浸透を提言している(図2)。FLAPサイクルは当社の造語であり、人材の適性や職業要件を知り(Find)、スキルアップに必要な知識を学び(Learn)、目指す方向へと行動し(Act)、新たなステージで活躍する(Perform)という一連のサイクルを指す。
[図2] FLAPサイクル浸透に向けた施策パッケージ
終身雇用が前提となっていた従来のメンバーシップ型雇用では、FLAPサイクルを円滑に回すための仕組みが随所で機能していない。特に、企業外での人材移動やスキルアップを支える基本的なインフラが整っていないのが現状だ。FLAPサイクルの浸透に向けて取り組むべき課題は多いが、以下に行政、企業、個人に切り分けて特に重要と思われる取り組みを示す。

(1) 行政

現役労働者の雇用や福利厚生などについてはこれまで、企業が大きな役割を果たしてきた。しかし、技術革新が加速し、人生が100年に及ぶ時代では、人材が企業の外部でFLAPサイクルを回す機会が増える。それに伴って、これまで企業が担ってきたセーフティネット、特にFLAPのL(学び直し)に対する支援の一部を公共が担うことが必要となってくる。

無論、これは行政が雇用システムの主役になることを意味しない。ここで重要なポイントは2つ。まずは、これまで企業内に閉じていたため体系化されていなかった職業情報について、基本的なフレームワークを提供することだ(特集3)

次に、雇用の枠組みから外れた人材がいち早く活躍できるように、背中を押すためのセーフティネットを拡充することである。行政は、あくまで人材活性化を後押しする上で、必要十分な側面支援を提供する役割を果たす。

(2) 企業

不透明で変化の速い時代において、自社の人材が向かうべき方向を指し示す羅針盤となるのは、企業の人材戦略だ。企業は、経営戦略と連動させるかたちで人材戦略を策定し、人材育成や採用といった具体施策に落とし込まなければならない。ここでは、3つのポイントを挙げる。

第1に、必要な人材の要件を可視化することである。昨今、大企業を中心にいわゆる「ジョブ型雇用」を打ち出し、職務定義の明確化などに取り組む事例が出始めている。この動きが、先に挙げたワンノッチ・キャリアシフト実現に向けて、企業が求めるタスクの明確化と継続的なリスキリングを促し、人的資本を充実させる契機となることが望まれる。

第2は、経営戦略に基づいた人材戦略を内外に発信することだ。企業理念や存在意義(パーパス)と連動させて人材戦略を語ることは、自社人材のエンゲージメント向上はもとより、人材を外部から獲得する上でも欠かせない(特集2)

第3は、雇用の改革に能動的に関与することだ。コロナ禍で加速する技術革新は、日本型雇用に対して、一時しのぎでは耐えきれないインパクトをもたらす。一方、長期安定雇用と企業内人材育成に特徴付けられる従来の雇用を、どの方向にどこまで変革するか、唯一絶対の解はない。本稿で取り上げた人材可視化の取り組みなどを材料にしつつ、経営者自らが新たな雇用のあり方を模索し、決断しなければならない。

(3) 個人

日本の会社員、特に日本型雇用の主役である総合職の正社員は、キャリア形成の主導権を企業に譲り渡し、職務を無限定に引き受けることで、雇用の安定を享受してきた。

今後は、本稿で示した方向に社会が動いた場合、一人ひとりに、より自律的なキャリア形成の自由度と責任がもたらされる。具体的には、例えば自身がもつスキルや経験、遂行できるタスクを外部に向けて自ら発信することが求められる。行政が提供する支援を最大限に活用し、企業が提示する人材ニーズを読み解きながら、自律的にキャリア形成を行うべく、歩みを始めなければならない。

少子高齢化が深刻化し、技術革新が加速する今後10年間は、私たち個人にとっても正念場だ。新たな可能性を切り開く挑戦の機会ともなる。

※1:Robotic Process Automation。定型的なパソコン操作をソフトウエアのロボットで自動化すること。

※2:Computer Security Incident Response Team。コンピューターセキュリティインシデントに対応するための専門チームのこと。